東日本大震災への対応

コミュニケーション重視の巡回監査で非常時の関与先を元気にしていきたい

税理士法人阿部会計事務所 代表社員 阿部喜和(東北会宮城県支部)

取材日:平成23年5月11日(水)

阿部喜和会員

阿部喜和会員

古くから港町として栄え、仙台と松島の中間に位置する宮城県塩釜市も、この震災で甚大な被害を受けた。同市の阿部喜和会員は「関与先を元気にするためにもまず会計事務所が元気になる」との考えから、日本政策金融公庫による融資相談会を早期に実施し、巡回監査の情報提供等で関与先をサポートしている。阿部会員と、監査総括責任者の瀬和松夫氏、監査統括マネージャーの松田和明氏、小岩健也氏に話を伺った。

「机の下には潜り込むな!」

 ──3月11日の震災当日はいかがでしたか。

震災直後の所内

ヘドロで埋めつくされた震災直後の所内。
皆で協力し早期の復旧を果たした。

 阿部 11日は職員が所内で確定申告業務として最後の電子申告を行っていました。地震はものすごい揺れで、上から物がみんな落ちてきた。宮城県沖地震を経験していた私はとっさに「机の下には潜り込むな!」と職員に言いました。大事なのはすぐに逃げられる態勢を整えておくことなので、事務所には非常用の避難口も設置していました。
 揺れの後に「10メートルの大津波が来るから避難を」という警報を耳にしたときはぞっとしました。海の近くに住む我々は「津波」警報は聞くものですが、「大津波」は初めてだったからです。それでもパソコンや重要書類をできる限り1階の執務室から2階の研修室に移動させました。そして、事務所の目の前にある塩釜港湾合同庁舎に職員と避難しました。外は雪が降っていました。
 合同庁舎からは事務所の前の道路を津波の濁流が押し寄せ、車や船が流されている様子が見えました。事務所の車8台も水に浸かり、全て使えなくなった。また自宅が流された職員が2名いました。
 それでも塩釜市の被害状況はまだよいほうです。関与先のある石巻市などの被害は本当にひどく、言葉を失います。
 11日は合同庁舎にそのまま泊まり、12日の午後に事務所に向かいました。3艘のボートが事務所の前の道路を塞いでいましたが、それをどかして事務所に入りました。事務所の1階はヘドロまみれでしたので、しばらくは2階の研修室に職員全員で集まり、業務を行いました。その後、町内会みんなで協力して町内を清掃し、思ったよりも早く4月18日に復旧できました。

 ──TKCのサポートは?

 瀬和 地震によってできなかった電子申告を、東北SCGサービスセンターで3月18日に実施させていただきました。事前にセンターの方は泥まみれになりながら事務所までわざわざサーバーを取りに来てくれました。そして私がセンターに行くと準備万端で待っていてくれました。ありがたかったです。

融資相談会で冷静な助言を心がける

 ──震災後、どのようなことに取り組まれましたか。

 阿部 まず行ったのは関与先の安否確認です。電話が通じなくて連絡手段がないし、一時的に従業員の自宅や仮のアパートに住んでいる社長もいたので時間はかかりました。同じ市内で比較的距離の近い新浜町の関与先には、徒歩や自転車で直接安否を確認しに行きました。

 ──巡回監査は再開できましたか。

 松田 震災後当初はとてもできる状況ではなかったです。私の担当先は比較的被害の少ない新浜町が多いのですが、まずは安否確認。それから状況を確かめながら、企業防衛制度の支払い方法等を案内していきました。

 瀬和 私は石巻のお客様が多いため、社長や経理担当者など知っている限りの携帯電話にかけても、ほとんどつながらなかったです。電話がつながってもガソリンもないし、道路も通行止めになっているのでそこまで行けません。次第にお客様のところへ行けるようになりましたが、その日程調整は難航しました。

 小岩 こんな大変な状況なので、社長は話を聞いてあげるだけでも気持ちが楽になっていたようでした。ただ、中には、何もかも失ったから他県で事業転換しようと考える社長もおられます。お客様に合った制度、施策を活用して必要な資金が入ってくれば行動しやすくなるので、その情報提供に努めているところです。

 阿部 今は平時ではないため、巡回監査ではいろいろな対応が求められます。特にコミュニケーションと、関与先への情報提供を最も重視しています。問題は3月11日以降の売り上げが全くない関与先、資金繰りに苦しむ関与先をどうサポートしていくかということです。

 ──4月12日には事務所で日本政策金融公庫による融資相談会をいち早く実施されたそうですが。

 阿部 私の事務所は「何事も迅速に対応する」がモットーです。3月18日にはすでに日本政策金融公庫の担当者と相談会の話を進めていました。
 早くに企画した理由は、何より関与先の「震災倒産」を防ぎたかったし、「関与先を元気にするためにもまず会計事務所が元気になろう」と考え、大変な状況でもTKC会員の事務所はしっかりやっていると伝えたかったからです。
 当日は11社が集まり、1日かけて融資相談が行われました。参加した社長は「今後どうなるかと思っていたけど、なんとか生き延びられそうだ。先生ありがとう」と感激されていました。今はどうしても経営者は感情的になってしまうので、資金繰りの面も含めて、我々は今後の経営をどうすればよいかを冷静にアドバイスするようにしています。

データのバックアップ体制で助かった

 ──関与先経営者はどのようなご様子ですか。

 松田 落ち込んでいる経営者はまず見たことがありません。皆さん頑張っていこうという気概でおられます。また社員間の助け合いの精神も強く感じます。

 瀬和 石巻は今後の見通しがまだつかないお客様がかなりおられます。被災した地域によってだいぶ違うと思います。

 阿部 経営者は本当に強く、弱音をはく人はほとんどいませんが、石巻は例外です。従業員を一時的に解雇しないと生き残れないから、雇用調整助成金制度を利用して、復活したらすぐに再雇用することにしている企業がかなりあります。借入金やリース料の支払いもあるので、もうしばらくすると震災倒産する企業が出てくることが懸念されます。

 瀬和 雇用調整助成金受給などのとき、資料がないと雇用保険番号がわからないのですが、PX2なら従業員1人ひとりのデータが入っているのですぐにわかりました。TISCへのアップロードなどデータのバックアップ体制で助かっています。

 阿部 関与先からは「データを復元してもらえてありがたい。TKCシステムでよかった」と本当に喜ばれました。データのバックアップについて震災前からよく説明していたせいか、「TKCシステムだから大丈夫だよね」と当然のように言われる方もいますが(笑)。この震災でTKCシステムへの安心、信頼が増しています。津波でデータが破壊され、試算表も出せない会社がたくさんありますから。

 松田 そうしたことで、融資がいち早くおりるお客様もおられます。

 小岩 たとえ宮城県でデータがだめになっても、データセンターでバックアップされているから復元できる。TKCシステムの良さを実感しました。

左から瀬和松夫監査総括責任者、監査統括マネージャーの松田和明氏、小岩健也氏

左から瀬和松夫監査総括責任者、松田和明監査総括マネージャー、
小岩健也監査総括マネージャー

まずは会計事務所が元気になる

 ──当面の事務所の業務態勢についてはどうお考えでしょうか。

 阿部 私の事務所は2月まで、27か月連続で翌月巡回監査率100%でした。顧問契約書に書面添付の実施を明記してお客様と約束しているので、巡回監査の完全実施に向けて取り組んできたということです。関与先をサポートするためにも、コミュニケーションを深めながら改めて100%にしていきたいと思います。
 また震災によって関与先の今後の見通しがそれ以前と全く変わったので、継続MASを使って、計画を作り直していくつもりです。
 正直言うと、こうして話をして、笑っていても、心の中は寂しいんです。だけどそれを表に出したらみんな寂しくなってしまう。だから暗くなってばかりはいられません。先ほども言いましたが、震災倒産など本当に大変な状況になるのはこれからです。関与先、地域を元気にできるように、「まずは会計事務所から」の姿勢で頑張っていきます。

(TKC出版 清水公一朗)


阿部喜和(あべ・よしかず)会員
平成14年TKC入会。所員数17名。関与先数約180件。現在、東北会ニューメンバーズ・サービス委員長を務める。57歳。

税理士法人阿部会計事務所
 住所:宮城県塩釜市貞山通3-7-14
 電話:022(367)0375

被災企業への巡回監査

関与先の渡波水産加工業協同組合、石巻市水産加工業協同組合への巡回監査に同行した。漁港で冷蔵・冷凍倉庫の復旧作業を行っていた組合の経理担当者は、「数年前に阿部事務所に関与してもらってから経営のアドバイスを受けるようになりました。何もなければ今期は今までで最高の利益を出せる状態でした。その矢先の震災で悔しいが、また相談にのってもらいながら立て直していきたい」と語っていた。阿部会員と瀬和氏は持参したノートパソコンでデータを確認するとともに、資金調達に向けたアドバイスを時間をかけて丁寧に行っていた。

 
近況を聞きとりしながらアドバイスする阿部会員、瀬和氏(石巻市水産加工)   津波で泥まみれになった資料
     
 
渡波水産加工の倉庫の復旧作業を行う従業員とボランティア   久しぶりの再会に笑みがこぼれる(渡波水産加工)
     
 
壊滅的な被害を受けた石巻周辺    

(会報『TKC』平成23年7月号より転載)