事務所経営

所長は総合受付・プロフェッショナルを育成し地域の「総合病院」を目指す

増山会計事務所 増山英和(関東信越会茨城支部)
増山英和会員

増山英和会員

先代の父・増山信次郎会員の事務所を平成13年に承継した増山英和会員。承継を機に事務所戦略を「関与先拡大」と定め、医業や公益法人等の業種対応・相続支援など変化を先取りする「攻めの経営」を実践。480件超の関与先を支援する事務所へと成長させた。

事務所を開業した両親の姿を見て小学校6年生で「税理士になる」と宣言

 ──もともとはお父様が事務所を開設されたとうかがいました。

 増山 昭和48年、税務署に勤めていた父が42歳の時に水戸市内で創業しました。当時はオイルショックまっただ中で、「こんな時に開業するなんて」とさんざん周りに言われたそうですが、「いま開業すればあとは上がるだけだ」と振り切ったらしいです。私が小学校5年生の時のことで、郵便屋さんが配達してくれた合格通知を見て父が大騒ぎして喜んでいた姿はいまでも覚えています(笑)。
 当の本人はあまり記憶にないんですが、友人に言わせれば「君は小学校6年生の時から『税理士になる!』と言っていたよね」と(笑)。ただ、父が関与先からいただいてきた報酬を、伝票を切って母に渡し、そして母親が現金出納帳をつける姿を見ていました。だから「毎日大変だな」と思いながらも、「家族だし、僕も手伝わなければいけないな」といつしか自然に思うようになっていましたね。
 その後は迷うことなく会計人の道を志すことに。ただ、東京の大学に進学してからは会計学を学びながら公認会計士試験の勉強をしていました。ところがそのうちに、父にガンの疑いがあるとの連絡がありました。結局ガンではなかったのですが、いまから思えば私を帰らせるための口実だったかもしれません(笑)。でも「父にもしものことがあったら大変だ」と、そこから急いで方向転換。大学院に行って税理士の資格を取得しようと必死になりました。大学院の合格通知を持って見舞いに行った時の父のうれしそうな顔は忘れられませんね。いま思えば、後継者ができるということはどんなに心強かっただろうと。
 やがて、このままいけば資格が取れると分かった時に、「俺はいったいどうしたらいいのか」と突然頭の中が真っ白になりました。それまでは税理士になることを目標に一生懸命勉強していたのですが、地元に帰れば父の後を継がなくてはいけないと分かってひるんでしまったんです。それからはどうしても地元に帰りたくなくて(笑)。いわゆるモラトリアムですよね。だからすぐには帰らず、コンサルティングを勉強するんだという大義名分をつけて、そのまま東京で中小企業診断士の勉強をしていました。ただ、振り返るとこの時の勉強が、いま経営助言をする際に非常に生きています。そして大学院修了後、地元に帰って父の事務所に入所しました。昭和63年のことです。

 ──お父様もTKC会員ですね。

 増山 父の入会は開業してまもなくの頃だったそうです。税務署時代に仲が良かった人たち3人で中途退官し、皆で飯塚毅TKC全国会初代会長の導入セミナーを聞きに行ったそうなんです。そこで父は「これだ!」と思い、その場で入会を決意したと聞いています。それ以来、浮気せずにTKC一筋。平成8年には私も当たり前のように入会しました。

承継を機に戦略を「顧客拡大」へシフト
現在の関与先件数は480件超に

 ──平成13年にお父様の事務所を承継されました。

 増山 申告書に所長として初めてのサインをするときは手が震えましたね。税理士として、そして所長として重大な責任を担っていること、そして社員とお客様を支えていかなくてはいけないということに対するプレッシャーはものすごく大きかったですから。

 ──2代目所長として、まずどんなことをしていきたいと思われましたか。

 増山 まず考えたのは、社員をパワーアップさせたいということ。自発的・創造的・高付加価値の組織づくりを進めるために、「自分で考えること」を重視する方針としました。父の時代はトップダウンで、「指示待ち」の姿勢が強かったからです。もちろん社員が自発的に考えて行動して、その結果失敗したとしても責任はすべて所長の私にある。だから気にせず行動しなさいと。おかげで皆よく頑張ってくれるようになったと思います。
 例えば、当社では時代に応じて社内プロジェクトを立ち上げていて、現在では資産・医業・公益・消費税・親睦会の5つのプロジェクトがあります。基本的に若い人を中心に抜擢していますが、「自分で考える」風土が定着したせいか、セミナーや研修、勉強会の開催など積極的に企画・運営してくれている。皆良い仕事をしてくれているので頼もしいです。

 ──その成果と思われますが、現在、関与先件数は480件超だそうですね。承継後にも250件以上拡大されたとうかがいました。

 増山 基本戦略として「顧客拡大」を軸にしているので、件数はその現れだと思います。売上の基本的な考え方は「単価×数量」ですよね。売上を上げるには付加価値をつけて単価を上げるか、数量を増やすしかない。もちろん付加価値を高めて単価を上げることも必要なんですが、地域密着型で業務を展開している地方の会計事務所では、なかなか単価のアップは難しいのが現状です。
 それと、税理士と公認会計士とでは対応できる業務の領域や主要な顧客層が違うと思っているんです。平たく言うと、公認会計士の場合はFX4クラウドFX5がスムーズに入っていくような顧客層、税理士ではe21まいスターで十分という顧客層──というイメージ。この違いは残念ながら実際にあります。
 そしてこの顧客層の「違い」は、もちろん事務所の力や持っているノウハウの違いによるところが大きいのですが、一番は、やっぱり都市部と地方との差なのかなと。ならば地方に拠点を構える会計事務所の戦略としては、単価はある程度の水準に留めて顧客数を増やしていくしかないと判断したのです。

増山会計事務所

シンボルマーク(事務所名横)には、「『幸せ』『豊か』『成長』の3つ
の波紋を広げられるような小石になろう」という意味が込められている。

ターゲットを「医業」「公益法人」に絞り社内プロジェクトで徹底的にフォロー

 ──顧客拡大を果たすために、具体的にはどんなことをされましたか。

 増山 一つはターゲットの絞り込みです。父の時代には明確な戦略や目標を立てなくても、自然と右肩上がりに顧客拡大ができていました。ちょうど高度成長期でもありましたから、時代がよかったんですね。日本全体を見ても建設業が元気な時代で、当事務所の関与先も建設業のウエイトが大きくなっていました。
 ところがバブル崩壊後、建設業は総じて厳しくなってしまいましたよね。そうすると、このままでは結果的に事務所の収益も下がってしまう。これではいかんと思って、特にここ数年は業種特化を意識するようになりました。

 ──どんな業種でしょうか?

 増山 いま力を入れている業種は2つあって、ひとつは医業。とりわけ歯科医です。医業は、実はまだそれほど経営に困っておらず経営支援を一生懸命PRしてもピンとこない人が多い。でも歯科医は競争が激化しているので、「業績管理をしっかりしたい」「毎月試算表が欲しい」といったニーズがまだあるからです。歯科医への支援強化のため、医療機器メーカーの方などと連携して「いばらき医業支援グループ」を立ち上げました。ここで開業支援に関する勉強会やセミナーを開催したところ、結構評価をいただいて新規契約にもつながりました。
 もうひとつの業種は公益法人です。もともと関与先が数件あったのですが、新公益法人制度への移行の話が出てきた頃、移行手続きやその後の支援は簡単ではないので、その数件をどうすべきか迷ったのですね。でもその数件を当社が支援しなければ、当然、別の事務所とのおつきあいが始まってしまうわけです。それはやっぱり悲しいなと思い、3年ほど前に社内に公益法人プロジェクトを立ち上げて徹底的に支援することを決めました。
 ところが、移行手続きに関するご相談は思ったほど多くなかった。それでもプロジェクトメンバーは、「セミナーより相談会の方が敷居が低くて反応があるかも」「DMを送ってみたらどうか」などとさまざまな工夫をして地道な活動を続けてくれていたんですね。そうしたら、移行後、つまり新会計基準への対応に不安を抱えていたある法人からご相談のお電話をいただきました。関与が決まってから、その法人がとてつもなく大きな規模の団体だと分かった時には皆でびっくりしちゃいましたね(笑)。
 所長としては、効果が見えてこないから「公益法人プロジェクトはそろそろ潮時かな」なんて思う時もあったんです(笑)。でもやっぱり「継続は力なり」なんですね。メンバーが「辛抱して続けてよかったね!」なんて大喜びしている姿を見た時は「よく頑張ったね」と私もうれしくて心からほめました。

ビル入口や事務所入口に置かれているパネル。

ビル入口や事務所入口に置かれているパネル。
「お客様に少しでも元気とやる気を与えたくて」(増山会員)。

事務所経営のキーワードは「営業力」
「AMTULの法則」でファンを獲得

 ──そのほか関与先拡大で特に意識されたことは?

 増山 経営の理論を実務に落とし込んでみること、でしょうか。例えば、私が考える経営の方程式は「経営力=営業力×商品力×人財力×管理力」。税理士の商品は申告書ですが、申告書作成には資格が必要ですし、劇的に税額が違う申告書を作成することは考えにくい。つまり「商品力」にそれほど大きな違いはないはずです。
 そうすると、職員の「人財力」や所長の「管理力」はもちろんなのですが、会計事務所業界全体で考えれば、差別化のカギとなるのは「営業力」ではないかと思ったんです。
 そこで「AMTUL(アムトゥール)の法則」を応用してみようと考えました。これは「Awareness(気づく)」「Memory(覚える)」「Trial(試す)」「Usage(利用する)」「Loyalty(ファンになる)」の略で、人々がものを買うときの行動プロセスを説明する考え方です。「BtoC」のビジネスの世界でよく用いられる概念ですが、会計事務所でもこのステップを踏めばうまくいくんじゃないかと。

水戸市民球場

水戸市民球場。目立つ位置に
「増山会計」の看板が。

 まず「気づく」。こちらが何もせず「よろしくお願いします」と言ってくれる人はまずいません。まずは事務所の存在を知ってもらうことが必要です。そこで立てた営業戦略は露出を増やすこと。例えば、バンド活動や地元ラジオのDJをしてみたり、雑誌や新聞の論説を書いたり。あとは広告。地元のフリーペーパーと、珍しいところでは水戸市民球場に看板広告を出しています。これは看板広告を手がける関与先に頼まれたことがきっかけだったのですが、高校野球の茨城県予選大会では必ずテレビに映る位置にあるので宣伝効果は抜群(笑)。広告宣伝費は結構かけている方だと思いますね。
 次に「覚える」。人間はすぐに忘れてしまうので、これらの宣伝活動を何度でも繰り返す。「最後の一押しでいけるかもしれない」と信じて継続して露出する。認知度が上がってきたな、と手応えを感じたら、次の段階は「試す」。それが毎年秋の「TKC経営支援セミナー」をはじめとした各種セミナーの開催なんです。チラシをまいたり、フェイスブック内にイベントを立ち上げたりして集客していますが、いまでは参加者の3分の1は関与先以外の方になっています。
 そしてセミナーでアンケートをとって、「もう少し詳しい話を」と書いてくれた方のところにフォローに行く。ありがたいことに実際に顧問契約を結んでいただいたら、「利用する」段階に入ります。つまり、FX2継続MASをフル活用して、税務・会計の分野はもちろん、経営全般について一生懸命フォローする。そうすると、「増山会計に関与してもらってよかった」と「ファン」になっていただける。それが信頼になり、ご紹介にもつながるというわけです。

 ──時代や環境の変化に合わせて戦略を練っていらっしゃいますね。

 増山 私の大好きな言葉に「企業は環境適応業である」というのがありますが、会計事務所も「企業」ですから。SWOT分析でいう「外部環境の変化」には結果的には対応できているのかなと。ちょっと格好良いことを言うと、時代を読む力を養い、時代の変化を待ち構えるということですよね(笑)。
 例えば、相続税増税をにらんで最近多くの会計事務所が相続関連のセミナーを開催していますが、当社では数年前から相続関連の支援に力を入れています。
 具体的には相続手続きを総合的に支援するため、当社を含め県内の3つの事務所(つくば市・土浦市・水戸市)で連携してNPO法人「相続支援協会」をつくりました。現在では司法書士や行政書士、ファイナンシャルプランナーといった専門家もメンバーになっていて、相談に応じたりセミナーを開催したりしています。

「守り」を固めるため組織を改革
チーム制にし合言葉は「チームで勝つ」

 ──どんな事務所を目指していますか。

 増山 目指しているのは地域の総合病院。社内にプロフェッショナルを育成して、関与先のいろいろなニーズや諸問題に対応したい。総合受付は私です。受付でまず私が関与先の問題を聞いて、そしてそこから専門医、つまり各プロジェクトメンバーに任せるという姿を理想としています。

 ──事務所経営上の課題は何もないように見受けられますが。

 増山 経営に「攻め」と「守り」があるとしたら、「攻め」はいまエクセレント。広報活動をたくさん続けているおかげで地元の認知度も高いし、関与先もおかげさまで増えています。
 ただ課題は「守り」です。いままでは、所長の私がいてあとは皆横並び状態の「文鎮型」でした。けれども私が全部見きれなくなってきたこと、また管理者を育てなくてはいけないという課題があります。ISOの教育訓練プログラムもあるのですが、誰が誰の面倒を見るのかといった役割が明確になっておらず、誰も新入社員の面倒を見ていなかったということもあったりして、辞めてしまう人も出たのです。
 そこで、ようやく今年から組織改革をスタートさせました。6つのチームに分け「チームで勝とう」を合言葉にし、各チームのリーダーに裁量を与えています。例えば時計には大小さまざまな部品がありますが、どれが欠けても時計は動きません。それと同じで、チーム内でそれぞれの役割を自覚して、自分の力を発揮してほしいと言っています。
 ただ事務所は直行直帰が多いので、皆事務所にいないんです(笑)。だから日常の事務連絡はフェイスブックの「秘密のグループ」内でやりとりしています。これは震災時につくったのですが、便利なのでいまでも活用しています。とはいえ、対面でのコミュニケーションも重要です。毎週金曜日の夕方に行っている掃除の時間に極力事務所に戻ってきて、その時に全体のミーティングをしたりグループ内で情報を共有したりして交流するよう心がけています。

 ──ところで、そもそも職員さんの採用時はどんな点を意識されていますか。

 増山 新卒でも中途でも構いませんが、中途の場合は会計事務所経験のある人は残念ながら遠慮させてもらっています。面接でチェックするのは「やる気」「プレゼン力」「人間力」。基本的に「人と会うのが嫌い」という人は採用しません(笑)。だって我々の業務はプレゼンですから。いくら良いことを言っても、その言葉をきっかけとして社長が動かなければ何も変えられない。知識は後から吸収できるので、知識がなくても社長とすぐ仲良くなれる人、相手が理解できる言葉できちんと話せる人を採るようにしています。

震災時に気づいた「家族の絆」
社長に寄り添い幸せを追求していきたい

 ──今後のビジョンを教えてください。

 増山 人生は一度きり。51歳になって、そろそろ今までお世話になったことの「お返し」をしていかなければいけないなと思うようになりました。
 そこで念頭に置いているのは「金は残すな、人を残せ」。社員がほめられるのは私が直接ほめられるよりすごくうれしくて。だから一緒に仕事をしている以上は、社員が一人ひとり元気に、「増山会計で働けて幸せだ」と思ってもらえるような事務所をつくっていきたい。当然、愛する関与先も同じ。地域に貢献できる元気な良い会社になってもらいたい。そのために、社長と一緒に未来を語って、未来を切り開いていくための経営支援により力を入れていきたいというのが夢ですね。

 ──具体的な数値目標はありますか。

 増山 「関与先件数500件」が一応の目標なのですが、それはあくまで結果です。昔は関与先件数や職員数にこだわっていた部分があったのですが、ある程度大きくなってきた時に「何が残ったのかな」とふと虚無感を感じたり、「数の追求は関与先にとって幸せなことなのかな」と思ったりもしました。
 ただ税理士は「経営者」と「職人」という2つの顔があります。経営者として雇用の確保をするためには、ある程度の規模にすることも大事です。同時に、それを支えていただいているのは関与先の顧問料ですから、関与先に「あなたと出会えてよかった」と言っていただける事務所にならなければと思っています。

 ──職員さんと関与先への強い「想い」を感じます。

 増山 ずっと「社員と関与先は家族である」と思って、「絆を大事に」と意識して事務所経営をしてきました。でも、「3.11」の震災時に気づいたんです。あまり報道されませんでしたが、茨城県も大きな被害を受けました。極限状態が続く中で関与先からお叱りを受けることもありました。「本当に自分の家族と同じように社員とお客様すべてを心配できていたのか」と深く反省したんです。
 家族であれば、心配事があればすぐに駆けつけるし、良いことがあったら共に喜びを分かち合い、泣くこともありますよね。家族は悲しませたくないし、幸せであってほしい。そのために何ができるか、何に困っているのか、どうやったら解決できるか──を社長に寄り添いながら一緒に考える。まさに共存共栄です。これからも家族として社員・関与先とともに幸せを追求していきます。

増山会計事務所の皆さん

増山会計事務所の皆さん

(TKC出版 篠原いづみ)


増山英和(ますやま・ひでかず)会員
昭和63年先代の増山信次郎事務所に入所。平成8年TKC入会。現在、関与先件数約480件(法人・個人含)。職員数25名(男性19名・女性6名)、うち巡回監査担当は21名。関東信越会中小企業支援委員長。51歳。

増山会計事務所
 住所:茨城県水戸市千波町1258-2 増山ビル2F
 電話:029-240-3600

(会報『TKC』平成25年9月号より転載)