いよいよ6月から提供が開始されるTKCのFinTech(フィンテック)サービス。97%の銀行(法人口座)に対応した同サービスとはどのようなものなのか。株式会社TKCの飯塚真規専務取締役・営業本部長と、堀越浩システム開発研究所会計情報システム設計部部長に話を聞いた。

──FinTech(フィンテック)サービスの開発にあたり、マネーツリー社と提携したのはなぜでしょう。

飯塚真規 氏

飯塚真規 氏

飯塚 もともと、インターネットバンキング(IB)やクレジットカードのデータを、自動的に会計システムで受信し、仕訳に展開するサービスを手がける必要性は感じており、提携すべきベンダーを探していました。ところが、個人向けIBに対応しているところは結構あるのですが、法人向けを手がけているところは少なく、そこに対応しようと提案してくれたのがマネーツリー社だったというわけです。その当時、マネーツリー社は対応できる個人向け口座数が比較的多く、独自にアイフォーン、アイパッド向けの家計簿アプリも販売していて、その分野ではナンバーワンの企業です。また、セキュリティにも配慮した開発思想を持っていて、その意味でも相性がよかったのだと思います。

──そのようなマネーツリー社とTKCが提携することで、何が可能になるのですか。

飯塚 いま、話題となっている多くの新興クラウド会計は、ウェブスクレーピング(ウェブサイトから情報を抽出する)技術を活用し、「すべてを自動化する」という設計思想でシステムが作られています。マネーツリー社もその意味では、同様の技術をベースとしており、他社との厳しい競争のなかにあるわけです。しかし、すべて自動で仕訳を起こすことは事実上不可能で、そこには多くの問題点が出てきます。まず、二重計上、記帳漏れや誤仕訳などを完全には防ぎきれないこと。それらリスクをわれわれの技術で補完するのです。
 ではどう補完するのか。詳しくは第2部に譲りますが、簡単にいうと、入出金明細を会計システムで受信する際に①自動的に差分データのみ取得②現金預け入れ、引き出し取引、銀行の口座間取引を自動チェック③カード利用明細書とカード利用時の未払金計上仕訳を突合することで、漏れやダブり、重複計上といった問題を解消するのです。
 それだけではありません。巷(ちまた)には元となる電子データを確認できないクラウド会計ソフトも存在するし、消費税の仕入税額控除の記帳要件に対応する機能はどのソフトにもついていません。これらの機能をTKC側が提供することで、従来のクラウド会計の弱点をつぶし、法人でも安心して使えるシステムを提供しようというのが、われわれの狙いです。

トレーサビリティーを完備

──とはいえ、新興のクラウド会計ソフトを使用している企業も増えていると聞きます。

飯塚 普及すればするほど混乱が起きるでしょうし、実際、すでに起き始めています。たとえば、こんな情報もあります。新興のクラウド会計ベンダーから数社の紹介を受けたある税理士が、帳簿を見たところ、どこから修正していいか分からないほどの状態でお手上げとなり、結果的に事務所を閉めてほかの会計事務所の職員になられたそうです。決算報酬なども安いので「やってられない」という意識もあったのでしょう。

──銀行の一部でもこれらクラウド会計をモニタリングに活用しようという動きがあるようですが。

飯塚 おそらく機能しないでしょう。記帳漏れや誤った仕訳、二重計上などが積み上がっていくばかりでは、モニタリングのしようがありませんから。決算期を迎えるころから混乱が顕在化してくるのではないでしょうか。

──TKCフィンテックサービスは、クラウド会計の弱点を補完するという意味でほぼ完成形といってもいいのでしょうか。

飯塚 そう思います。たとえば預金通帳の明細に表れない預金利息にかかわる税金、あるいは、顧問報酬を支払う際に源泉所得税を差し引くケース、また、振込手数料などもそうですが、見かけ上は一つの取引であっても複数の仕訳を計上しなければならないケースがあります。TKCフィンテックサービスでは、仕訳計上時に設定・修正した内容が学習され、次回以降、同様の仕訳を例示します。他社は、「自動化」の意識が先に来ていて、計上したものを確認・修正するというアイデアがあまりないように思います。
 それから当サービスのもうひとつの特徴はトレーサビリティーです。原始記録(証憑(しようひよう))から仕訳、決算書までつながるのが簿記の基本ですが、逆に決算書から証憑までトレースできることもまた正規の簿記の原則。既存のクラウド会計サービスにはここが不十分なものもあります。
 一例を挙げましょう。他社のクラウドサービスでは、AとBに口座があるとき、取引が混在して表示されます。これだけでも面倒ですが、「自動」にチェックを入れると受信画面さえも出てこない。仕訳の誤りに気づけない仕組みになっているのです。一方、TKCのサービスでは、A、Bそれぞれの口座が別々に表示されブラックボックス化を避けるような設計になっています。
 さらにいうと、TKC以外のすべての他社システムは加除訂正の処理をしても訂正前のデータが残りません。つまり「上書き」されるわけです。これは大きな問題だと考えています。自由に改ざんできるわけですからね。

──フィンテックサービスを展開するには金融機関との連携が必須ですね。

飯塚 TKCでは2016年3月時点で金融機関の法人口座928、個人口座1300に対応しています。これは全口座の97%に該当しており、当社の大きな強みのひとつです。もともとIBとの連動は、全国銀行協会の提供するフォーマットで行われていました。なので、全銀協に対応していないと手の打ちようがなかったのです。しかし、今回、われわれのサービスでは「MT LINK」というサービスによって、各金融機関の独自のフォーマットにアクセスしてデータをダイレクトに持ってくるような仕組みになっています。結果として非常に効率的なフローができあがったということです。

管理会計機能が最大の特徴

──ところで、中小企業にとって、TKCフィンテックサービスを導入した場合の目に見えるメリットは何でしょう。

飯塚 中小企業の仕訳の4割程度が預金取引といわれています。これまでは経理担当者が金融機関に行って通帳に記帳し、それを手書きかあるいはFXシリーズなどの自計化システムに打ち込んで会計帳簿をつくっていく。その作業が、TKCフィンテックサービスを導入することでほぼなくなると考えられます。つまり、経理業務の4割程度は合理化できるということですね。だとすれば、これまで自計化(自社で会計データをソフトに入力すること)に二の足を踏んでいた企業も、そこへ踏み出すハードルが低くなります。

──経営者にとってはいかがでしょうか。

飯塚 いまの話でいえば、ハードルが低くなった自計化の実践によって、迅速に経営データを管理できるようになりますから、経営者にとってはプラスです。それと、新興クラウド会計ベンダーとわれわれとの間の最大の相違点は、経営者にとって役立つ「管理会計」の機能があるかどうかです。FXシリーズなどTKCの自計化システムでは、発生主義、365日変動損益計算書、部門別管理など、スピーディーで詳細な経営管理機能があります。
 また、その背景としてTKC会員税理士による月次巡回監査や書面添付などの付加価値がついています。もっといえば、TKCフィンテックサービスとはTKC会員の月次巡回監査が前提となっているということです。つまり、これまでやってきたTKC方式のすぐれた戦略をより強化する。その文脈のなかで、企業にとっては仕事が効率化され、かつ、正確性が担保されるのです。

──6月からの本格展開を前にすでにパイロット版は提供されているようですが。

飯塚 評判は非常に良いですね。まず、入力の手間が減るということが一番です。それから「学習機能」によって正確な仕訳が可能になります。これが意外に他社サービスとの差別化のポイントになると考えます。たとえばアマゾンから書籍を買ったとします。すると、他社システムでは、次に備品や食料品などを買ったとしても、新聞図書費に自動的に計上されてしまいます。一方、TKCフィンテックサービスの場合、アマゾンから買った物については、過去に計上した科目を一覧で見せてあげることで、正しい仕訳を難なく選択できるのです。要するに、仕訳の完全自動化は不可能だということです。「正しいサジェスチョン」をしてあげることが、われわれの役目だと考えています。

──TKCフィンテックサービスの今後について教えて下さい。

飯塚 預金残高をリアルタイムで把握できるサービスを年末までに提供します。社長や経理担当者が手元のスマートデバイスで預金や資金の取引をチェックできるようになります。
 また、近く国税関係書類の保存制度が変わり、スマートデバイス等で撮った写真でもOKになります。これに対応すべく、たとえば、接待交際費などの領収書類を出張先からスマートフォンで撮影してTISC(TKCインターネット・サービスセンター)にアップロードすれば、FXシリーズなどで、仕訳の基礎データとして受信できる仕組みを来春までには提供しようと考えています。
 さらに、TKC会員事務所が巡回監査した月次決算の数字をモニタリング用データとして金融機関に提供するサービスを開始する予定です。また逆に、TISCにある関与先企業のリアルタイムの業績データを、金融機関が会計事務所のウェブサイトを通じて確認できる仕組みも検討中です。もちろん、これらは関与先企業の同意の下で行われるサービスであり、意識の高い経営者が金融機関からの信頼感を醸成していくための施策です。かつ、その財務諸表の信頼性はTKC会員税理士が担保していることになります。これは、経営者にとっても金融機関にとっても重要なポイントといえるでしょう。
 いずれにせよ、昨今のクラウド会計ベンダーの勃興は、TKCにとって大きなチャンスだと考えています。繰り返すようですが、金融と会計の融合は、単に自動化するばかりでは成り立たないからです。会計の専門家である税理士などが介在(月次巡回監査や書面添付など)してはじめて、決算書の信頼性が担保されることが、まもなく明らかになるでしょう。そのときには、TKCフィンテックサービスの存在感がより増すことになると確信しています。

(構成/本誌・高根文隆、植松啓介)

掲載:『戦略経営者』2016年5月号

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