企業の事業内容を定性的に評価してその将来性を判断する「事業性評価」――。地域金融機関が取り組みを進めるなか、中小企業金融はどのように変わるのか。金融機関と中小企業のパイプ役となって経営計画書策定支援などを行っているリッキービジネスソリューションの澁谷耕一氏に聞いた。

プロフィール
しぶや・こういち 1954年、北海道生まれ。一橋大学経済学部卒、ニューヨーク大学大学院中退。1978年4月、日本興業銀行入行。 ニューヨーク支店、企業金融開発部、日本橋支店、香港支店副支店長、企業投資情報部副部長を経て、2000年10月、みずほ証券公開営業部長。2001年2月に妻をガンで亡くし、3人の子どもの子育てと仕事を両立させるため、2002年3月に同社を退職し同年5月にリッキービジネスソリューションを設立。著書に『逆境は飛躍のチャンス』(リッキービジネスソリューション)、『経営者の信頼を勝ち得るために──変化の時代における銀行員のコミュニケーション術』(金融財政事情研究会)など。

──事業性評価が重視されるようになった経緯について説明してください。

澁谷 銀行に融資を申し込みにいくと真っ先に「決算書を出してください」といわれます。黒字の場合は、「3期連続で黒字だから融資は可能ですが、社長に連帯保証人になってもらいます」となります。また、収支が良くなければ担保を要求されます。
 自宅やプライベートの財産を全部失う可能性があるとなれば事業に手を出す勇気は相当なものになります。これが経営者の起業意欲をそぐ理由のひとつになっています。金融庁は不良債権問題から20年間、金融機関の破綻を防ぐために財務体質の改善を要求してきました。このため金融機関がいくら事業に可能性があると判断しても、債務者区分が低い企業に対する融資は、引当コストの高さから消極的とならざるを得なかったのです。
 ところが2015年に金融庁長官に森信親氏が就任してこの方針は180度変わりました。これまでは立ち入り検査での個別の資産査定を中心に金融機関の健全性を評価していましたが、原則として各金融機関の判断を尊重することにしたのです。また企業の財務データや担保・保証に過度に依存するのではなく、企業の事業内容を適切に評価した融資の促進も求めるようになりました。この「事業性評価」を通じて各地域金融機関が中小企業の成長に貢献し、地方創生を推進するひとつの原動力にしようとしているのです。

──「リレーションシップバンキング」との違いは?

澁谷 不良債権問題による金融危機でメガバンク救済を目的とした「金融再生プログラム」ができたのに合わせ、地銀や信用金庫が、トランザクションバンキングではない目指すべきビジネスモデルとして定められたのが「リレーションシップバンキング」の機能強化です。これは地域企業との長い信頼関係のなかで得た情報を活用し、企業のさまざまな経営課題を解決するコンサルティング業務を通じ、地域経済の活性化を目指すものでした。しかしこれは必ずしも成功したとはいえません。リレバンについて各金融機関は素晴らしい報告書を金融庁に提出する一方、支店や支店長が関心を寄せていたのは、金融商品の販売拡大や既存取引先への融資拡大など、依然として「いかに自分たちのノルマを達成するか」ということだったからです。地域の中小企業の事業内容や経営課題、社長がどのような志を持っているかなどについても関心がないまま。もっとリスクをとって事業そのものの可能性を判断して資金供給しなければ企業の成長はなく、起業件数も減り、地域経済全体の疲弊につながると金融庁は判断したのです。

──地域の金融機関はリレバンで中小企業の期待に応えられていなかったわけですね。

澁谷 金融庁が2015年に全国1000社の中小企業にヒアリングした大掛かりなアンケート調査によって、金融機関と企業経営者の間に大きなギャップが存在することが明らかになりました。
 例えば企業が金融機関から提供してもらいたい情報と実際に入手している情報を聞いたところ、経営者が興味を持っているのは業界や取引先の動向なのに、金融機関は付属の研究所が作成している国際情勢や地域情勢のリポート、金融商品についての情報を提供していたケースが多くみられたのです。またメインバンクを選択している理由について尋ねた設問では、理由のトップが「会社や事業に対する理解」で、「融資の金利」は6番目にすぎませんでした。銀行が全国で不毛な低金利競争を繰り広げるなか、経営者が金融機関に求めていたのは、自社の成長可能性をいかに見極めてくれるかということだったのです。

──そのギャップを解消するために事業性評価が登場したと。

澁谷 実は金融庁は事業性評価についての定義は特に定めていません。「自分たちで考えなさい」というスタンスをとっているので、金融機関によってさまざまな見方が出てくる可能性があります。しかし一般的には、会社の事業内容をよく調べたうえで、「いま業績が悪いけど3~5年後にはよくなる」、逆に「今は好調だけれどこのままでは3~5年後には業績が悪化する」といった判断をすることを事業性評価といいます。事業内容から企業の持続可能性や成長可能性を適切に理解・評価したうえで、必要な経営支援を各金融機関が行うことを金融庁は要求しています。

まずは事業ヒアリングから

──地域金融機関の中小企業への接し方は変わりますか。

澁谷 間違いなく変わりますね。9月に「金融仲介機能のベンチマーク」が公表されましたが、「コンサルティング機能を通じて労働生産性が向上した融資先」「貸し付け条件の変更を行っている中小企業の経営改善計画の進捗(しんちょく)状況」などが共通ベンチマークとして定められました。返済猶予のかわりに経営改善、担保や保証人に過度に依存しない事業性評価に基づく融資を優先する方針がさらに明確になったといえます。今まであまり事業に関心がなかった金融機関側から、「事業内容について詳しく話を聞きたい」と連絡がくることになるでしょう。

──どのような内容を聞かれるのでしょうか。

澁谷 各金融機関で「事業性評価シート」のようなものをつくり、それに情報を埋めるような形でヒアリングが行われると思います。例えば日本政策金融公庫の事業性評価融資で使用される「経営ビジョンシート」では、経営理念からはじまり、生産から仕入れ、販売に至るまでの自社の強み・弱み、将来ビジョンやそれを実現するための戦略などを書いて提出しますが、おおよそこれと類似した項目を担当者から質問されると思います。地域の中核企業に対する徹底的な事業性評価で有名な広島銀行では1000項目もの記入項目があるそうですが、各金融機関によってさまざまな個性が出てくると思います。

──銀行にとっては負担が大きいのでは。

澁谷 日本全体では少子高齢化と人口減少が進む一方、都市部に人口が集中するなど地域間格差は広がっています。金融機関にとっては、長期的な預金減少と競争の激化が避けられません。産業のグローバル化と空洞化で設備需要も伸び悩んでおり、資金需要の低迷が続くことも予想されます。しかも金融緩和政策の継続とマイナス金利の導入で金融機関の経営は非常に厳しい状態。銀行は基本的に長短の金利差による利ざやを収益としているので、長期金利が非常に低く利ざやが圧縮されている今の状態では極めて資金運用が困難な状況にあります。
 さらに他業態からの新規参入も大きく影響しています。住信SBIネット銀行は毎年1兆円ずつ預金を増やしており、すでに全国の地銀の20番目くらいの規模になりました。全国のコンビニ網を生かして手数料収入をあげているセブン銀行やショッピングモールとのシナジーを生かしているイオン銀行なども、強みを生かして勢力を伸ばしています。またフィンテックの導入が進むと、大きな収益源となっていた為替手数料や送金手数料などの手数料収入が大きく減少することも予想されます。こうした事業環境を考慮すると、コンサルティング機能を発揮した新たなビジネスモデルを構築し不毛な金利競争を脱することは、地域金融機関にとっても必要なことといえます。

担当者と信頼関係構築を

──経営者はどのように対応すればよいのでしょう。

澁谷 ヒアリングでは、組織体制や財務、会社のSWOT分析、製品の強みや原材料をどこから仕入れているのか、販売先はどこか、経営課題は何か、単価を上げたり仕入価格を下げられる余地はあるか……などについて質問されると思いますが、基本的には聞かれたことに対してできるだけ正直に情報提供するのがよいと思います。「投資信託を買ってください」「借り入れを増やしてください」といった会話しかなかった金融機関の担当者と、信頼関係を構築するための本当の意味での「対話」がはじまると思います。

──事業性評価に基づく新たな関係を構築するうえで、経営者に必要なこととは?

澁谷 まずきちんと自分の会社を自己評価することができるようにしましょう。これには何より自社の財務内容を正確に把握することです。経営者は得てして財務は経理担当者におまかせになってしまうものですが、事業と財務は会社の両輪です。金融機関はもちろん財務や資金繰りについてはより深く突っ込んで聞いてきます。ここでウソや隠し事、あいまいな返答をしていると信頼関係を構築することはできません。
 それから自社の事業内容について分かりやすく説明する努力も必要でしょう。金融機関にはひとりで50~60社担当している担当者もいます。支店ではあらゆる業種の企業を担当しなければなりません。担当者がすぐに理解でき、かつ印象に残るように、自社の事業内容や強みが分かりやすくまとめられた独自の資料を作成しておくのがよいと思います。会社案内のパンフレットをポンとだして終わりではいけません。

──どこまで会社の内情について話してよいのでしょうか。

澁谷 経営者と金融機関は債務者と債権者の関係ですから、「業績が悪くなったことを理由に来期の資金を継続してくれなかったらどうしよう」と心配されるのは当然だと思います。まるで尋問のように黙々とチェックシートを埋めていく担当者がヒアリングに来た場合も前向きな気持ちにはなれないでしょう。私は、担当者をよく観察して、信頼に値する人物かどうかを判断したうえで話す内容と範囲について決めてもよいと思っています。

──コミュニケーションのあり方が変わりますね。

澁谷 これからは、金融機関に主張すべきははっきりと主張したほうがいいと思います。これまでは債権者と債務者という関係上、さまざまな不満がありながら直接文句はいわないのが通常でした。しかし「事業の内容を聞きもせずに担保がないというだけで融資を断る」という姿勢は今後通用しなくなる可能性があります。また金融庁も中小企業の生の声を聞きたがっており、そうした事例を報告する窓口も設けられました。あまり萎縮しないで、事業性評価に基づく融資を促進するという金融庁の政策を金融機関と一緒に推進していくという気持ちで対応してもらえればと思います。

──より前向きな協力関係が期待できると。

澁谷 金融機関が事業性評価に取り組むことによって、今後は金融機関と企業経営者の間で事業性評価に基づいた対話ができるようになります。つまり、金融機関が事業性評価を行うことによって浮かびあってきた経営課題等を社長に投げかけ、課題の共有・解決に向けた取り組みができるようになると考えられます。やはり金融機関の持っている情報とネットワークは中小企業にとって魅力的です。適切な情報開示で事業をきちんと把握できれば、ビジネスマッチングを含めた総合的な企業支援の質は間違いなく上がります。担当職員に対し「用がなければ来るな」というオーラを出すのではなく、「いつでも遊びに来なよ」と一声かけるような心構えが今後は必要になるでしょう。金融機関の職員ももともとは「地域の役に立ちたい」「企業を成長させたい」という思いで働き始めたわけですから、目指す方向性が一致すればウィンウィンの関係になれるはずです。

(本誌・植松啓介)

掲載:『戦略経営者』2016年12月号