売り手市場がつづく企業の採用活動。経営資源のかぎられる中小、ベンチャー企業の中にも社員に働きがいを提供し、応募者を引きつけている企業はある。共通するのは「性格のよさ」だ。性格のいい会社をつくる処方箋を、数多くの企業で人事コンサルティングを手がけている佐藤雄佑氏に聞いた。

プロフィール
さとう・ゆうすけ●株式会社ミライフ代表取締役。新卒でベルシステム24に入社、マーケティング業務に従事。リクルートエイブリック(現リクルートキャリア)に転職。法人営業、支社長、人事GM、エグゼクティブコンサルタントなどを歴任。MVP、MVG(グループ表彰)などの表彰を多数受賞。リクルートホールディングス体制構築時には、人事GMとしてリクルートの分社、統合プロジェクトを推進した。2016年にミライフを設立し、働き方改革事業、戦略人事コンサルティング事業などを展開している。

──「性格のいい会社」とはどんな会社ですか。

ミライフ 佐藤雄佑代表

佐藤雄佑 氏

佐藤 端的にいうと、人に対する考え方がある会社、すなわち人材ポリシーのある会社で、具体的には社員に働きがいや多様な働き方を提供している会社を意味します。さらに働きがいと多様な働き方を分解すると、ビジョンや成長などの7つの構成要素があります。
 なにも短時間で働けるとか有給休暇をいつでもとれるとか、社員を甘やかすことを勧めているわけではありません。楽な働き方で給与がもらえるパラダイスのような会社は遅かれ早かれ、きっと行き詰まりますから。働きやすさではなく「働きがい」と、成長しつづける「つよさ」を兼ね備えた会社が性格のいい会社なのです。

──性格のいい会社づくりが求められているのはなぜですか。

佐藤 日ごろクライアント企業の人事コンサルティングや働き方改革を支援していますが、とりわけ中小、ベンチャー企業経営者から人材募集をかけても、なかなか人が集まらないというご相談をよくいただきます。
 たしかに新卒学生向けの就職人気企業ランキングを見ても、ランク入りするのは軒並み大手企業ばかりです。学生は会社の知名度や売上高、社員数といった、いわば外見をものさしにして判断しているためです。ですから、中小企業が大手企業と外見で競うのは得策ではありません。外見を取り繕って社員を採用しても、ミスマッチを起こすだけ。外見でかなわないなら性格で勝負すればいいというのが私の導き出した結論です。
 就職と結婚は似ていて、いずれも人生の節目となる大事なイベントですが、離婚、退職理由どちらも筆頭にあがるのは性格の不一致です。働きがいを実感できなくなって人は会社を辞めるのであり、外見を理由に退職する人はまれでしょう。したがって、性格の悪い会社は辞めていく人が続出する上、人材が集まらないという負のサイクルに陥るわけです。

──外見でなく中身で勝負すべきだと。

佐藤 例えば社長の直下のポジションで仕事ができるとか、部下をマネジメントする経験を若いうちから積めるとか、大手企業ではすぐに経験できない業務面のメリットを打ち出すのも手でしょう。キャリアアップという言葉があるとおり、以前は新卒で中小企業に就職したものの退職し、大手企業への就職にチャレンジする人が少なくありませんでした。
 しかし、リーマンショックと3・11を経て、人々のキャリアに対する考え方がずいぶん変わったように感じます。自分の価値観に重きをおいて仕事を選ぶ人が増えてきた。出身地に貢献するためUターン就職したり、NPO法人などで働く人も目立ちます。とてもいい傾向だと思いますね。

求職者目線で考える

──性格のいい会社づくりのため、どんなことから着手すれば良いでしょうか。

佐藤 なによりもまず、採用戦略をマーケティング発想で考えるようにしてください。セールスとマーケティングの違いをよく話しますが、もともとある商品の良さを相手に伝えて販売するのがセールスで、それに対してお客やマーケットが求めている商品をつくる発想をマーケティングといいます。
 求めている人物像を経営者に尋ねると、大概身の回りにめったにいないハイスペックな人物像を挙げるケースが多い。いわば恋愛対象に芸能人を望むのとおなじで、実際そうした人と付き合えるかというとむずかしいわけです。人材採用も同じで相手の立場に立ち、志望したくなる理由をいかにつくることができるかが重要です。
 注意してほしいのは性格のいい会社をつくるのはあくまで目的ではなく、手段であるということ。事業の発展やイノベーションの創出といった事柄を目的におくべきであり、そうした取り組みを進めるため欠かせないのが人材です。「ヒト、モノ、カネ、情報」こそが経営資源であると長らく言われてきました。
 でもいまは「ヒト、ヒト、ヒト、ヒト」の時代。わざわざ工場を建てて機械装置を購入しなくても、コワーキングスペースのような場所に行けば3Dプリンターなどを駆使してものづくりができます。資金もしっかりした経営計画があれば融資してくれる金融機関はあるし、クラウドファンディングでも調達できる。そして、ちょっとした調べものならグーグルで十分間に合います。

──参考になる企業の取り組みを教えてください。

佐藤 Great Place to Work(GPTW)という団体が働きがいのある会社を調査し、毎年ランキングを発表しています。リクルートエージェント(現リクルートキャリア)在籍時に第1回ランキングで1位を取った、私にとって思い入れのある調査です。このほど、2017年版ランキングが発表されましたが、従業員100人以上999人以下のカテゴリーで2015年から3年連続で1位を獲得したのが、VOYAGE GROUPです。
「人を軸にした事業開発会社」を掲げており、会社の経営理念である「SOUL」や価値観の「CREED」に共感するクルーが集まり、会社が前進するためさまざまな施策を実施しています。ちなみに同社では社員をクルーとよびます。中でも印象的なのが「エビ」と「カニ」と呼ばれる事業活性化策です。エビはExcellent Business Innovationを略した事業プランコンテストで、実際に事業化された案件も複数あります。
 そしてCompany Advice New Innovationの略称がカニで、業務に関わる改善提案です。意見は役員に直接届くようになっていて、過去には社員の提案により社内の椅子が疲れにくい椅子に刷新されたこともあります。クルー全員で職場改善を行う姿勢がコンスタントに高い評価を獲得している要因だと思います。

即戦力の出戻り社員

──最近は副業を認める会社も増えています。

佐藤 オンラインショッピング事業を展開するエンファクトリーという会社がありますが、この会社が打ち出しているのが「専業禁止」というとてもユニークな人材ポリシー。加藤健太社長に話をうかがいましたが、社員に副業を認めることで新たなエネルギーを生み、成長を早めると効果を語っていました。自身が好きな物事に打ち込むうちに、顧客が何を求めているかという視点で考えられるようになり、ビジネス感覚を磨ける。副業というと以前はアルバイトをかけ持ちしたりして収入を補うというイメージが強かったですが、エンファクトリーでは人材育成の一環として認めているんですね。

──副業の方が気に入り、会社を辞めてしまう社員が出てくるかもしれません。

佐藤 例えば副業としてカフェで働いている社員から会社を退職してカフェを開業したいと言われたとき、笑顔で送り出せるかがポイントです。得てして日本の企業では、社員が途中で退職するのを損失とみなし、けんか別れしてしまう場合が多いですが、本人の人生にプラスになるのであれば、意思を尊重し独立を応援するべきです。確かにせっかくお金と時間をかけて育ててきた社員が辞めてしまうのは痛いという気持ちはわかります。しかし、それは短期的な視点であって、さまざまな経験を積んで戻ってきてくれるなら効果は計り知れません。
 先に述べたエンファクトリーには、退職あるいは独立した社員とのつながりを維持できる「フェロー」というしくみがあります。退職後、ビジネス上のつきあいが途絶えてしまうのはもったいないし、出戻り社員は〝スーパー即戦力〟になりますからね。先日、日本マイクロソフトの会長を務めた樋口泰行氏がパナソニックの専務に就任すると報じられましたが、日本でもこれほど大型の出戻りが起こる時代になったかとうれしかったですね。

育休は家庭への出向

──会社員時代、男性社員の中で先駆けて育児休暇を取得されたそうですね。

佐藤 子どもが生まれて半年たった2013年4月から9月まで取得しました。当時、人事部門のマネジャーとして人事制度の刷新を担当し、社内でもトップクラスで長時間働いていました。そのプロジェクトがちょうど完了したころ、長女が生まれたんです。
 出産後、妻が実家に帰り3週間後戻ってきたんですが、将来一番後悔するとしたら何だろうと考えたとき、思い浮かんだのが家庭のことでした。入社して以来ずっと働きづめで、家庭のことをじっくり省みる余裕はなかったですから。あの生活を続けていたら一家が崩壊していたかもしれません。

──実際に育児をこなしてみて、どうでしたか。

佐藤 育休を取得して100%良かったと思っています。半年間、いわゆるイクメンとして料理、洗濯、片付けなどをこなしたので、今では妻と全くおなじやり方でひととおりの家事をこなせるようになりました。妻との関係が良くなりましたね。妻も働いていますが、それぞれが「攻め」と「守り」を分担できる一体感のあるチームになりました。
 もっぱら男性が攻めて、女性が守備を担当する時代は終わり、会社で働く女性が増えて攻撃に参加するようになりました。サッカーにたとえると、ディフェンダーは駆け上がって攻撃参加しているにもかかわらず、フォワードは相変わらず前線にとどまり攻撃しかしない。そうするとディフェンダーにかかる負荷が増し、不満が大きくなります。昨今、スローガンとして女性活躍がよくいわれますが、男性の家庭進出とセットで方策を考えるべきです。

──お互いがカバーしあうのが大切だと。

佐藤 リクルートには、部署を異動し新たな経験を積ませることで社員の成長を促すという「場所が人を育てる」という考え方があります。育休の取得は家庭に〝出向〟するのとおなじ。仕事とまったく異なる筋肉を使うわけですから、となりの部署に異動になるよりも大きな経験値を獲得できます。家事や育児の大変さを理解することは、女性の部下をマネジメントするうえでこれから必須になるでしょう。

──上司や同僚の理解と協力も欠かせません。

佐藤 男性社員が育休を取得する際、出産後1歳になるまでのあいだ等の時期に関わる条件はありますが、計画的に取得できるのがメリットです。私の場合、3名の社員に当時担当していた業務を引き継ぎました。育休を取得して職場に復帰すると会社へのロイヤルティーがおのずと高まり、引き継がれた社員が新しい仕事にチャレンジできるのも利点です。
 部下の仕事と育児の両立を支援する「イクボス宣言」を行う企業や団体は増えており、小池百合子・東京都知事も就任早々宣言して話題になりました。また、イクボスの趣旨に賛同する企業経営者による「イクボス企業同盟」の加盟企業数は135社をこえています。男性社員の育休取得を推進できるかどうかは、マネジメント層の意識改革にかかっています。

(インタビュー・構成/本誌・小林淳一)

掲載:『戦略経営者』2017年4月号