“山陰の小京都”ともよばれる松江市の城下町。平野醤油はその一角で、一世紀にわたりしょうゆを造りつづけてきた。ファンとのつながりに重きを置き、顧客のニーズを元に製品化した商品も少なくない。店舗を切り盛りする小野詔子(のりこ)さんに自計化と書面添付(※)がもたらした変貌ぶりを語ってもらった。

商品開発を陰で支えるリピーターの熱い支持

──「甘露醤油 政之助(まさのすけ)」が看板商品だとか。

小野詔子さん(中央)をはさんで遠藤清二顧問税理士(左)と監査担当の遠藤三奈希さん

小野詔子さん(中央)をはさんで遠藤清二顧問税理士(左)
と監査担当の遠藤三奈希さん

小野 一般的に販売されている濃口しょうゆと異なり、「二段仕込み」といわれる製法でつくるのが特徴です。塩水に大豆と小麦の麹(こうじ)を仕込み、発酵させると濃口しょうゆのもろみになります。このもろみをしぼって得た濃口生醤油に、もう一度麹を仕込んで発酵させるのが二段仕込みです。二段仕込みの甘露しょうゆを3種類販売していて、中でも代名詞的な商品が創業者の名前を冠した「政之助」です。

──普通のしょうゆにくらべて醸造するのに時間と手間がかかるわけですね。

小野 単純に2倍の原料と時間がかかります。季節にもよりますが仕込んでから店頭にならぶまで、2年ぐらいかかりますね。二段仕込みしょうゆは希少で、全国で1%ほどしか生産されていません。

──味の特徴は?

小野 とろみがあって、甘さとうまみが強いです。一番よく合う食材は刺し身やおすし。熱を加えると香ばしくなるので焼きおにぎりのたれや、ステーキソースとしてもおすすめです。熟成させるぶん塩分が低めの点もうけています。

──販路開拓に力を入れられていると聞きました。

小野 お店のホームページを開設したのが2000年で、当時からインターネット販売を行っています。フェイスブックへのリンクを張るなど数回リニューアルし、昨年はスマートフォン対応も実施しました。
 また、商品紹介のパンフレットもつくりかえたばかりです。商品ラインアップの裏面に松江城や出雲大社など県内の観光名所をイラストで掲載し、地元色を押し出した内容にしました。観光客が近年増え、このようなパンフレットなら喜んでもらえると思ったのがきっかけで、店頭や観光案内所でお配りしたり、松江商工会議所発行の機関誌に折り込んでもらったりしています。デザイン性が評価され、ことし1月、島根広告賞のパンフレット部門で金賞を受賞しました。

商品

──地元を盛り上げたい思いがあったと。

小野 そうですね。日ごろ大切にしたいと思っているのは平野醤油のファンづくりです。単なるお客さまという枠をこえて個人的なお付き合いをしている方もおり、インターネットで最初に購入された北海道在住の方は、わざわざ店舗にもお見えになります。こうした熱心なリピーターの方々に支えられて今日があると思っています。

──ほかにユーザーの声を聞く機会はありますか。

小野 インターネットによる注文商品のお届け先が松江市内の場合、従業員が配達にうかがっているため、商品に関するご要望をいただくこともありますね。特定の料理に用いる専用しょうゆのニーズが高く、豆腐にかけるだししょうゆや、卵かけごはんに合うしょうゆなどをこれまで開発してきました。

遠藤顧問税理士 ラーメン店のしょうゆラーメンのタレなどもつくられています。松江市内の居酒屋におじゃますると、平野醤油さんの名前の入った卓上しょうゆ差しが置いてあったりするんですよ。

小野 お店の料理に合わせて甘みを強くしたり、だしをきかせたりアレンジを加えたオリジナルのしょうゆを造っているんです。しょうゆ差しのラベルにお店と平野醤油の名前を入れておいてもらっています。

店内風景

書面添付の連続実践が本業に集中する環境生む

──遠藤顧問税理士と知り合ったいきさつを教えてください。

小野 消費税が5%になる前年の96年に、松江商工会議所で開かれたセミナーに参加したのがきっかけです。当時は年に1回、商工会議所に領収書を持ち込み、記帳代行をお願いしていました。取引のボリュームが増えてきて、そろそろ顧問税理士さんを探そうとしていた矢先にセミナーで遠藤先生に出会ったわけです。先生の説明の仕方ややわらかい物腰から、この人しかいないと直感しました。

──『FX2』の利用を開始された時期は?

小野 顧問契約を結んだ直後だったと思います。ふだん店番をやりつつ伝票入力していますが、昨年の秋からフィンテック機能の《銀行信販データ受信機能》を活用し、入力にかかる負担がだいぶ減りました。従来、時間を要していたのが金融機関口座の入出金取引で、これを一瞬で読み込むことができ大変助かっています。

──どんな財務数値に注目していますか。

小野 売上高を旅館、飲食店、ネット通販などの得意先別に細かく分け、売り上げの推移に注目しているほか、毎月利益を残せているか特に気を配っています。それと、前年同月とくらべて変動の激しい経費があった場合は、伝票までさかのぼって原因を調べています。
 例えばシジミの仕入れ量が多かったから限界利益が減っているとか、原材料の仕入れに起因する場合が多いですね。遠藤先生とは四半期ごとに経営計画の進捗(しんちょく)と目標に対する打ち手を話し合っており、前向きな気持ちで臨んでいます。

──計画はどのように立てているのでしょう。

小野 毎年、確保したい利益額をまず決め、そこから逆算して目標売上高を定めています。前期の取引実績をふまえ、翌年の単年度計画を毎年策定しています。

──商工会議所に記帳代行を依頼されていたころと180度変わりましたね。

小野 日々、仕訳を入力し、監査担当の遠藤さんのチェックを受けることで、毎月10日すぎには前月の業績を把握できるようになりました。監査の日にちも2カ月先まで決まっています。『FX2』を導入し自計化して以降は税務調査もありません。

外観

──以前は税務調査が頻繁にあったんですか。

小野 3年おきぐらいの割合でありました。父が2日がかりで税務署の担当者に対応しているのを目にして、面倒だろうなと感じていました。調査があるたびに、しょうゆがどのようにつくられるか毎回ヒアリングから始まるんです。二段仕込みのプロセスがわからないと、原価計算の仕方がわかりませんからね。遠藤先生に税務顧問をお願いしてからは税務署から問い合わせの電話もかかってこないため、ありがたいと感じています。

遠藤税理士 個人事業者としてはそれなりの取引規模があるため、税務調査の候補にのぼりやすかったのかもしれません。決算申告の際には、毎月の巡回監査でうかがった出来事を記した書面を添付し、申告書の透明性をアピールしています。

──「書面添付(※)」ですね。

遠藤税理士 私の事務所では月次巡回監査を行っている関与先さまは法人、個人を問わず100%書面添付を実施しています。平野醤油さまでも実践して10年近くたちます。月次巡回監査に基づく透明性の高い申告書を提出し、税務当局との信頼を深める必要があると思っています。

──再来年に創業100年を迎えられます。

小野 指摘されて初めて気づきました(笑)。いつも思っているのは、変わることと変わらないことを大事にしていきたいということですね。お客さまの声を商品づくりに取り入れつつ、こだわりは持ちつづけたい。経理面も時代に合わせて変えていく必要があるでしょう。地域に根ざし、これからも感謝の気持ちを忘れずにお客さまと接していきたいと思っています。

※「書面添付制度」とは

 税理士が申告書作成にあたり次のような項目について、添付書面に記載します。
  1. 関与先にどのような資料、帳簿類が備え付けてあり、どの帳簿類を基に計算し、整理し、申告書を作成したか。
  2. 今期大きく増減した科目の原因及び理由。
  3. 関与先からどのような税務に関する相談を受け、回答したか。
  4. 税理士として関与先の申告書内容について、どのような所見を持っているのか。
 書面添付をすると、調査対象となる前に、税理士に記載内容についての意見を求められることがあります。これを「意見聴取」と言います。この意見聴取で疑問点が全て解決できれば、調査省略となります。また、調査に移行したとしても、既に調査を行うテーマが分かっており短時間で終了するのが殆どであり、税理士・関与先ともに負担が軽減されます。
日本税理士会連合会「書面添付制度をご存じですか?」より引用

(本誌・小林淳一)

会社概要
名称 平野醤油
創業 1919年4月
代表者 平野政雄
所在地 島根県松江市中原町153
社員数 4名
URL http://www.syouyu-ya.com/
顧問税理士 遠藤清二
遠藤清二税理士事務所
島根県安来市安来町1183番地12
TEL:0854-22-5114
URL:http://endo-ac.tkcnf.com/

掲載:『戦略経営者』2017年5月号