人手不足、後継者難、売り上げ・利益の漸減……。現在、中小企業はさまざまな経営課題に直面している。それらを克服するためには、何が必要なのか。中小企業基盤整備機構の高田坦史理事長と、TKC全国会(全国1万名超の税理士・公認会計士のネットワーク)の坂本孝司会長がお互いの意見を述べ合った。

坂本 中小企業の置かれている状況をどう見ていますか。

高田坦史氏

中小企業基盤整備機構理事長
高田坦史氏

高田 商工会等と一緒にやっている景況調査があるのですが、それによると今年の第1-3月期は少し上向きに転じています。トランプ効果で円安に振れ、輸出関係が好調だったことがその要因でした。しかし一方で、最近実施したアンケート調査では、人手不足を感じている中小企業のうち、「人手不足が深刻」と回答した中小企業が半数以上を占めており、それが売り上げ・利益の獲得にもマイナスの影響を及ぼしています。

坂本 あまりよい傾向とは言えませんね。

高田 「経営者の高齢化」も中小企業が直面している課題のひとつです。いま中小企業経営者の平均年齢は60歳を超えていますが、親族内承継が難しくなっていることもあり、約半数がまだ後継者が決まっていません。「よろず支援拠点(*1)」には、昨年度で20万件近い相談が寄せられているのですが、「後継者が見つからない」という相談も増えてきています。このままだと、後継者が見つからずに廃業を余儀なくされる会社が増える恐れもあります。

坂本 これらの現状を踏まえて、中小機構さんではどんな取り組みをされているのでしょうか。

高田 端的に言えば、「需要を見つけるお手伝い」です。人口減少社会においては、個人消費の伸びはあまり期待できません。とりわけ地方の中小企業は、人口が都市部に流れているなか、新たな需要を探さないと商売を続けるのは難しくなる。では、需要を見つけるためにはどうすればよいかと言うと、例えば「都会の需要を積極的につかみにいく」という発想を持つことも大事だし、あるいは大企業のように海外に目を向けることも大切になってきます。

坂本 中小機構さんはこれまで、中小企業に「海外に出ましょう」と背中を押す活動を積極的にされてきました。

高田 2013年からはじまった日本再興戦略では、5年間で1万社の企業を海外に出すべきだとする目標設定がなされ、その実現に向けて私たちも尽力してきました。私が中小機構の理事長に就任してまだ間もない2013年頃の調査では、海外に関心のある中小企業は3~4割程度でしたが、今年1月にあらためて調査したところ、およそ7割に増えていました。

坂本 すごいですね。

高田 これはもちろんTPPにまつわる国民的議論があったことも追い風になったのでしょうが、やはり日本国内だけではダメだということを私たちが言い続けてきた効果も少なからずあったのではないかと思っています。ここまで関心が高まれば、あとは実際に海外へ出る決断ができるかどうかの話になりますね。

坂本 私の地元(静岡県浜松市)にある社員数20名規模の中小企業もタイに進出し、現地の人を何百人も雇用して生産活動を行っています。時代は変わりましたよ。

高田 海外はチャンスがあれば出たほうがいい。消費市場としても、生産拠点として見てもいい。どちらにせよ実際に行動に移さなければチャンスは生かせません。

坂本 ほかにも中小機構さんでは、後継者問題の解決にダイレクトにつながる活動を展開されています。

高田 「事業引継ぎ支援センター(*2)」の体制が全国で整い、事業承継に関連した個別相談を受け付けています。事業承継における最大の問題点は、「会社を売りたい」あるいは「社長をやめざるを得ない」という人と、「事業を引き継ぎたいと考えている人」とをうまくマッチングさせるだけの情報が不足していることです。

坂本 当然、周囲には知られたくない、という気持ちが働きますからね。

高田 そこで考えたのが、事業を引き継ぎたいと考えている人に〝売りたい会社〟の情報を提供するデータベースを作ることでした。まだ1万社ほどのデータにとどまっていますが、今後さらに充実させていくつもりです。

高齢者や女性の活用も

坂本孝司氏

TKC全国会会長 坂本孝司氏

坂本 それにしても人手不足の問題はやっかいですね。特にサービス業は苦しい。

高田 とりあえずは、現状の社員数を維持しつつ生産性を上げることに努めていくしかないかもしれません。労働力人口が減少しているわけだから、そう簡単には人が集まってこないからです。貴重な戦力だった団塊の世代の人たちもすでに65歳を超えています。一方で、少子化により若い世代の労働力人口も減っている。人手不足の問題をそういう形でとらえると、いかに深刻な課題であるか分かるはずです。では労働力人口の減少に対してどんな対策を採ればよいかというと、例えば65歳を過ぎたシニア層にもっと働いてもらうといったことも選択肢の一つになるかと思います。

坂本 その意見には賛成です。いまの高齢者は元気だから。

高田 それから女性の活用ですね。女性の持つ力をうまく活用していくことが大切になってきます。
 とはいえ、シニアや女性の力を活用していくこともさることながら、当面はやはり、例えば5人でやっていた仕事を4人でもこなせるように何らかの工夫を行っていくといったように、社内の生産性を上げる努力が必要になってきます。一例をあげると、経理担当者を多能工化して、経理の仕事を半分にする代わりに、現場に出てもらうといった工夫などが挙げられます。

坂本 中小企業の現場からは人が足りないといってビジネスチャンスをみすみす逃すくらいなら、残業したほうがはるかにマシとの声も聞かれるほどですから、生産性の向上は不可欠です。

高田 実際、中小企業の多くが「残業でやる」「多能工化する」「習熟度をあげる」などの〝ヒト系〟の工夫でどうにか乗り切っています。加えて、これから積極的に考えていかなければならないのは、ICT(情報通信技術)の活用です。少なくとも大企業はいま、そこに力を入れて、例えばサービス業なら、「案内ロボット」や「癒やし系ロボット」の導入が行われています。「人対人」の温かい関係が大事だとよく言われますが、意外と「緊張するので人と話すのは苦手」という方も多く、ロボットによる対応も好意的に受け入れられています。ロボットなら「変なことをいうと怒られる」といった心配がありませんからね。
 ICTがさらに世の中に浸透し、それに伴いベンチャー企業の「創業」が増えることは、私たちが期待しているところでもあります。創業件数が増えれば、中小企業数もそれだけ増えます。医療関係やヘルスケア関係などのベンチャーがもっと出てくることを楽しみにしています。

目標設定のベースは「数字」

坂本 さてTKC全国会では今年、新たな「運動方針」を掲げました。その中で重点運動の3大テーマとしたのが、①「中小会計要領(*3)」に準拠した信頼性の高い決算書の作成と金融機関等への普及・啓発②「書面添付(*4)」の推進③「自計化」の推進です。
 実は、われわれ会計事務所の業務には、「会計」「税務」「保証」「経営助言」の4つがあります。このことは米国で50年前から言われているのですが、日本では税務業務に偏ってしまったきらいがあります。しかし本来は、その4つの業務にきちんと向き合っていくことが求められていて、3大テーマの①~③はまさにそれを意識したもの。根っこには会計帳簿があって、その数値を使って税務業務をしたり、決算書を作成したり、さらにはその信頼性を保証する。あるいは、財務データをもとにした経営助言をしていくわけです。社長に対してただ「頑張ってください」と言うよりも、「あと年間3000万円売り上げを増やせばいけます」と具体的な数字で説明したほうが、はるかに心に響きます。おそらく高田理事長も、トヨタ時代は数字を使って指示したことが多かったのではないでしょうか。

高田 もちろん、そうです。

坂本 その当時、どのようにして全国のトヨタ車販売店の「販売台数目標」を設定していたか教えてもらえませんか。トヨタの「組織論」として非常に興味があるところです。

高田 ベースになるのは「現在の市場に対してどのくらいのシェアを取りに行くか」です。簡単にいえば、前年よりも市場規模が1割伸びると見込めば、販売台数目標も1割増やすといった感じです。つまり環境の変化に応じて目標台数も変わっていくのです。さらに、車のラインアップの問題も絡んできます。モータリゼーションが進むなかで、より高級車への乗り換えを促すことを狙ってさまざまな新車を投入していきました。そして、それを確実に売っていくためにも具体的な販売目標を示す必要がありました。
 また、新しい車を投入するとなれば、ブランド構築のために宣伝活動にも力を入れる必要が出てきます。これらについても、すべて数字で管理しました。

坂本 いまの中小企業に足りない部分は、まさにそこなんですよ。

高田 自動車には国土交通省の登録制度があるため、現在どこにどのくらいの台数があるか、今年新たにどのくらいの需要が生まれたかなどが、だいぶ正確な数字でわかります。数字をベースにするようになったのは、こうしたことが背景としてあるのでしょう。

坂本 私たちがやりたいのも、まさにそれなんです。要は、データの活用です。これで客観事実の7~8割を押さえられます。財務データから導き出した客観事実を社長さんに伝えて、会社のウイークポイントを改善するためにはどんな打ち手を講じるべきかを提案する。これこそが会計事務所が果たすべき役割なのです。私が考案した「会計で会社を強くする」というキャッチフレーズには、その心意気が込められています。

高田 中小企業においてもデータの活用が当たり前になっていく必要がありますね。

坂本 トヨタにいた頃はどのくらいの頻度で財務データがあがってきましたか。現場では当然、月次決算(*5)をしているわけですよね。

高田 もちろん月次決算を実践しています。だから毎月しっかりとした財務資料があがってきました。ただ販売実績については、毎日データがあがっていましたね。今日は計画どおりに売れたのかなどが日々わかります。

坂本 IT(システム)を使って経営者に続々と数字があがってくるような仕組みを、私たちも作っていきたいんですよ。

高田 数字をタイムリーに入手することは、組織のオペレーションを円滑に回していくうえで不可欠な要素ともいえます。数字がわからなければ、具体的な戦略・戦術を考えられませんし、その結果検証を含めたPDCAサイクルを回すこともできないからです。

坂本 中小企業向けの新しい会計ルールである「中小会計要領」を作るにあたっての委員会に、学者先生や官僚の方々などに混じって、私も参加していました。あるとき中小企業の実態を説明するために「そもそも中小企業には税務申告のためだけに帳簿を作成しているところが多い」と発言したところ、「いや、企業であれば帳簿で業績を把握しているはず」と反論する人もいました。私からすれば、それはあまりにも現場を知らなすぎると言わざるを得ません。財務データを活用して何かをしようとするレベルにまで到底達していない中小・零細企業がまだまだ多いのが実情です。私はこの状況を何とかして変えたいと思っています。

財務データを経営に生かす

高田 先ほどのTKC全国会の重点運動のテーマの一つに「自計化」とありますが、これは中小企業が会計ソフトを使って自ら財務データを作るということですか。

坂本 たいていの中小企業は会計事務所に頼む際に、「簿記をはじめ何もわからないから全部やってほしい」と言います。すると会計事務所のなかには、言われたとおりに受けてしまうところもある。でもそれじゃダメなんです。TKC会計人は45年も前から「教えますから、自分たちで記帳してください」というスタンスを取り続けています。数字はあくまでもその会社のものだという姿勢を崩していません。いまは昔にくらべて会計ソフトがあるぶん企業側の負担も軽くなっていますが、そうやって財務データを自分のものとしている会社のほうが黒字率が高く、結果的に永続発展できるのです。

高田 80年代あたりから、中小企業の数は減少傾向にあります。これは要するに、環境の変化に十分に適応できなかった企業がそれだけ多かったことを示しています。この先、中小企業が競争力を高めて永続的な発展をとげるためには、データをもとに自社の置かれた状況を把握し、適切な手を打っていくことは確かに重要なことです。

坂本 ただ、私たちの力だけでは中小企業を支援しきれない部分もたくさんあります。そのあたりについては、よろず支援拠点の展開を支援されたり、各種共済制度を運営している中小機構さんとの連携をぜひ深めていきたいところです。

<注釈>
*1 よろず支援拠点
国が全国に設置する経営相談所。中小機構は、「よろず支援拠点全国本部」として、各よろず支援拠点をバックアップしている。
*2 事業引継ぎ支援センター
中小企業の事業引継ぎを支援する公的相談窓口。中小機構は、「中小企業事業引継ぎ支援全国本部」として、各事業引継ぎ支援センターへの事業引継ぎ案件等の助言、アドバイス等の支援を実施している。
*3 中小会計要領
中小企業の実態に即してつくられた新しい会計ルール
*4 書面添付
企業が税務申告書を税務署へ提出する際に、その内容が正しいことを税理士が確認した書類を添付する制度
*5 月次決算
毎月の「月末」を決算期末とみなして、業績管理に役立つ決算書を作成すること
プロフィール
高田坦史(たかだ・ひろし)●1969年4月、トヨタ自動車販売入社。2001年6月、トヨタ自動車取締役。03年6月、トヨタ自動車常務役員。05年6月、トヨタ自動車専務取締役。09年6月、トヨタアドミニスタ代表取締役会長。同年6月、トヨタ名古屋教育センター会長。09年10月、トヨタマーケティングジャパン代表取締役社長。同年12月、トヨタモーターセールス&マーケティング代表取締役社長。12年7月、独立行政法人中小企業基盤整備機構理事長就任。
坂本孝司(さかもと・たかし)●1978年、神戸大学経営学部卒。81年、浜松市に会計事務所を開設、同年TKC全国会に入会。98年、東京大学大学院法学政治学研究科博士課程単位取得退学。2011年、愛知工業大学より博士号を授与。経済産業省・中小企業庁等の委員等を歴任。現在、愛知工業大学経営学部教授、中小企業会計学会副会長。17年1月、TKC全国会会長に就任。著書に『会計で会社を強くする(中小会計要領対応版)』(TKC出版)などがある。

(構成/本誌・吉田茂司)

掲載:『戦略経営者』2017年6月号