企業主催の恒例イベントを毎回楽しみにしている地域住民は意外に多い。会社にとっても、顧客ロイヤルティーの強化や企業イメージの向上などのメリットがある。識者や事例企業へ取材し、その実態を探った。

プロフィール
いずみ・よしつぐ●CSRコンサルティング事務所「允治社」代表。第一カッター興業監査役(東証2部)。静岡市CSR企業表彰専門委員会委員長。大学の研究員、講師としてCSR教育や産学連携教育などを担当した後、独立。自治体のCSR政策や企業のCSRコンサルティングを行う。自治体が直接企業のCSR経営を認証する初めての取り組み「さいたま市CSRチャレンジ企業認証制度」、「静岡市CSRパートナー企業表彰制度」の制度設計などを手掛ける。著述に『CSRチェックリスト読本』(さいたま市刊・監修・執筆)、『[新]CSR検定・3級教科書』(ウィズワークス刊・共著)など。

 中小企業が行っているさまざまな地域イベントは、企業にとって2つの「選ばれる力」を生み出す。1つ目は顧客から選ばれる力だ。「地域貢献に熱心なきちんとした会社だ」というメッセージが伝わることで顧客に安心感を与え続けることができる。これは広い意味でマーケティング活動に含めてよいかもしれない。2つ目は、将来の従業員に選ばれる力になるということ。イベントを継続して実施するということは、会社の内実をさらけ出すということでもあるが、ありのままの姿を見て「良い会社だな」と思ってもらえればこんなによいことはないだろう。あるいは転職や就職を考えたときに「地元にあんな会社があったな」と思い出してもらえることもあるかもしれない。人手不足の傾向が強まる中、これは中小企業にとって大きな強みになり得る。

 例えば神奈川県横浜市に石井造園という会社がある。同社は年に1回、CSR活動を報告する行事を夏に行っている。同社が地域の人を集めて1年間のCSR活動を報告するだけでなく、自社の業績までオープンにするイベントだ。

 しかしこの会の本当の目的は、音楽やダンスなどのサークル団体や地域で活躍するローカルアーティストの発表の場をつくっていることである。地域の中小企業とも連携しており、地元の横浜ビールが屋台を出していたり、地元の特産品販売希望者にはブースを提供したりもしている。

 同社では、売り上げの下3ケタを積み立て1年間にたまった金額に、その同額を同社が上乗せする「緑化基金」を実施している。基金は緑化活動に励んでいる団体に寄付しているが、その贈呈式もこの会で行う。マンションの管理組合や一戸建て住宅の保有者などのクライアントを招き、さらに住民が主役となる舞台をつくることで地域コミュニティーの活性化・再強化を図っているのだ。こうしたイベントの開催は、最終的に顧客ロイヤルティーを高めることになる。一見奇をてらっているようにみえるが、地域の中小企業の経営としては王道を突き進んでいるといえるだろう。「将を射んと欲すればまず馬を射よ」ではないが、お金をすぐ払ってくれる人だけに愛想をよくしてはだめなのである。

「守るCSR」は盤石に

 ここで気をつけなければならないのが、まずは「守るCSR」を充実しなければならないということ。CSRには、会社を「守るCSR」と会社を「伸ばすCSR」の2つがあり、さらに「必然」「一般」の2つの軸を組み合わせることにより、4つの内容に分けることができる(『戦略経営者』2017年11月号27頁・図表参照)。「必然×守るCSR」はその会社で絶対に守らなければならないことで、例えば飲食業なら食品衛生法、建設業なら建築基準法などの法令を順守することを意味する。「一般×守るCSR」は、業種にかかわらず発生する社会的責任のことで、会社法や労働法、税法などを順守することを示す。地域イベントの開催は企業価値を高める「伸ばすCSR」だが、これら「守るCSR」という足元が盤石でないまま進めてしまうと事業リスクを高めることにつながりかねない。

 社長がベンツにのっているのに従業員が軽自動車も買えない給与水準の会社があるとする。そんな会社の社長が「寄付をした」といってどや顔をして地元紙に掲載されているのをみた社員が、「この会社に入ってよかったな」とは思えないだろう。外部向けイベントではどうしても守るCSRの片りんが出てしまう。経営者が社員をしかりとばしたのに急に来場者には柔和な顔をしたりすれば、「この会社は裏表がある」と思われてしまうのである。

 イベントで社員も楽しんでいる会社は、社長があいさつや指示だけなくイベント時に具体的な労務を担っていることが多い。「社長がやるなら私も」と社員も積極的に動くのだろう。これは中小企業の良さで、経営者との距離が良い意味で近く、一丸となって取り組むことができる。このようにトップが陣頭指揮をとっているケースを私は「CSR営業」と呼んでいる。

 会社を長く続けるために当然もうからなければならないが、これからの時代、目の前の顧客だけを喜ばせるだけではやっていけない。社会問題や環境問題が深刻化するなかで、こうした問題解決に積極的に取り組んでいくことで企業価値や顧客に対するプレゼンスを高めていく必要がある。石井造園の例に見られるような地域イベントも、そのような文脈で読み解くことができる。

 実際そうした観点から、大企業やグローバル企業を中心にCSRの実施状況を調達先選択の基準にする「CSR調達」が増えつつある。今年4月に、持続可能な調達に関する国際的なガイドラインとして「ISO20400」がスタートした。グローバル企業や大企業とのつながりを求めていたり、海外進出を検討していたりする中小企業はこの動きをもはや無視できなくなってきている。

元気な高齢者が活躍する場に

 では具体的にどんなイベントをすればいいのか。一言でいうと、一般論としての「善行」や単なる利益還元ではなく、その会社、その業種だからできることをしよう。飲食チェーンなら食にまつわる行事、建設業であれば技術力を生かせるイベントなど本業に関連する内容がベストである。また地域とのつながりが密接になることで従業員の満足度向上を狙うのか、将来の従業員を獲得する可能性を広げるのか、あるいは企業ブランディングを追求するのかなど、イベントの目的を明確にしておくことも大切だ。業績がタイトになって右往左往しイベントを中止したりすると、逆に会社のブランドを毀(き)損(そん)してしまいかねない。恒例化するのならば、業績に左右されずに続けられる仕組み作りにしっかり着手する必要がある。

 さらに地域イベントの定期開催は、事業承継にプラスになる可能性もある。名誉職に退いたはずの先代が毎日会社にきていろいろ口を出す、という悩みを後継者から聞くことがある。仕事一筋の人生を送ってきたので引退しても他にやることがないらしい。そうした先代経営者に積極的に関与してもらい、地域住民との交流に生きがいをもってもらえばよいのである。

 従業員についてもこの効果は期待できる。私はES(従業員満足度)の本当の価値は、在職中の待遇に加え退職後の価値=RS(Retirement Satisfaction、退職者満足度)で決まると考えているが、このRSが飛躍的に高まる可能性を秘めているのだ。仕事を含めた社会生活が人生の楽しみになっていることがESのポイントだが、地域活動のネットワークを就業中に構築していれば、定年後もビジネスパーソンとして培ってきたノウハウを生かすことができる。高齢社会のなかで、地域で生き生きとしたおじいさんおばあさんを継続的に輩出することは、企業による究極的なCSRともいえる。掘り下げれば掘り下げるほどその意義は深い。侮るなかれ、企業イベントである。

(本誌・植松啓介)

掲載:『戦略経営者』2017年11月号