ヒューマンエラーは決して避けられない。人間は必ずミスをおかす生き物だからだ。だからといって放っておくわけにはいかない。本特集では、各界の専門家たちに取材し、ヒューマンエラーの効果的防止策について心理学的観点もまじえながら考察してみた。

プロフィール
しげもり・まさよし●立教大学卒業、学習院大学大学院で記憶・注意などを研究する認知心理学を専攻。その後、公益財団法人鉄道総合技術研究所人間科学研究部に在籍。現在、静岡英和学院大学短期大学部現代コミュニケーション学科准教授。専門は認知心理学、ヒューマンエラー。
ヒューマンエラーの心理学

 ヒューマンエラーとは、工学的には「(人の行為が)システムの規定する(許容する)パフォーマンスからずれる」ことを意味するが、心理学では、そこから「故意による違反」を除いた定義を使用するのが通常である。ここでは、後者をベースにして論じてみたい。

 人は、状況などから手がかりになる情報を受け取り、そこに結びついている知識・スキルを記憶から取り出して行為・判断を実施する。その取り出し方には「自動処理」と「制御処理」という二つがある。自動処理とは、走る時に手足を動かしたりキーパンチャーがキーボードを打つ時のように、無意識(自動的)に取り出される記憶で、一方、制御処理とは、意識的に注意を向けて取り出される記憶のこと。ヒューマンエラーが起きる基本的メカニズムのひとつには、正しい制御処理を行おうとするときに、うっかり誤った自動処理(思い込み)が割り込んでしまうという状況が考えられる。自動処理(思い込み)は普段の生活や作業のなかでつくられている。赤色インクで書かれた「あお」という文字の「色」を答えなさいという質問を出した場合、普通に色だけを答える場合に比べて2倍近くの時間がかかる。これは「ストループ現象」といわれ、誰にでも起こる事象である。普段、私たちは文字を見れば読むことを繰り返しているため、「文字読み」が自動処理になっているのである。

 人間は自動処理と制御処理を使い分けることができるので、柔軟かつ効率的な行為が可能になる。ところが、ヒューマンエラーは、この制御処理をするべき際に、何らかの要因から十分にそこに注意・意識を向けることができずに、思い込みが顔を出してしまう時に起きる。

「確証バイアス」という現象がある。仮説や信念を検証する際にそれを支持する情報ばかりを集め、反証する情報を無視または集めようとしない傾向のことである。図1(『戦略経営者』 2018年4月号13頁・図1参照)を見ていただきたい。4枚のカードのうち、「表が母音なら裏は偶数」というルールが守られているか確かめるには、どの2つをめくれば良いかという問題だ。正解は「A」と「7」。しかし、「7」を「4」と答える人が多いのではないだろうか。それは、ルールにある「母音」と「偶数」の裏を確かめたいという「確証バイアス」の罠にはまってしまっているからだ。実際には、「偶数」の裏は「母音」でも「子音」でもかまわない。確証バイアスは、できあがった自動処理(思い込み)から抜け出せない理由の一つである。

「注意」が働く仕組みづくり

 自動処理は強力に体にしみついている記憶なので、制御処理を行う際にはやるべきことをしっかりと意識する必要がある。ところが、注意力のキャパシティーを超える仕事量を抱えていたり、焦りや緊張を誘引する何らかの要因が周囲にあると、人は自動処理へと流れてしまうか、あるいは頭が真っ白になって何も出てこなくなる。

 これを防ぐには、注意がきちんと働くような仕組みづくりを行う必要があるだろう。個人の仕事量を減らしたり、同時に注意を向けなければならないものが存在する場合はそれを排除したりといったことである。人は同時にたくさんのことに注意を向けることはできないし、注意を向けていないものは情報処理されない。あるいは、行為と行為の間に時間が空くような作業手順は、その分注意が薄れるため、制御処理から誤った自動処理への転換を促しがちだ。人は同じ事に注意を向け続けられない。また、注意を向けやすいような整理整頓も必要だろう。

 もしくは、場合によっては制御処理を、あらかじめ自動処理化(手がかりを製作)するという方法もある。たとえば、商談の途中で、「これを後でコピーしておきましょう」と約束したとする。しかし、この約束は、商談が長引けば長引くほど、守られない可能性が高くなる。しかし、そのコピーの原本を、部屋の出口のドアに貼り付けておけばどうか。それが「手がかり」となって、約束は守られるだろう。つまり、「後で」というケースが出た場合、このように手がかりをつくって「自動処理」的なものにしてしまえば、ヒューマンエラーは確実に減る。

 また、「指差呼称」(指さし確認)も、注意をしっかりと向けるという意味で、有効なヒューマンエラー防止策である。さらに、「ゆっくりやる」ことも制御処理によるエラーを減らす要因となる。

「15の気づき」

  1. いつもと違うことをするときは注意
  2. 同じパターンが続くときは注意
  3. 思い込みはすでにあなたの中にある
  4. 大丈夫ということばかりに目が向く
  5. まぎらわしいものは見間違う
  6. 整理整頓でエラー防止
  7. 「後で」はできそうだができない
  8. 「後で」やるためには手がかりをつくる
  9. ゆっくりやる
  10. 同時にたくさんのことに注意できない
  11. 注意が向かないものは見えていない
  12. 不安も注意を奪う
  13. 能力の高い人はプレッシャーに弱い
  14. 不安は書くと消える
  15. 同じ事に注意を向け続けられない

 たとえば史上最悪の航空機事故といわれるテネリフェ空港ジャンボ機衝突事故はヒューマンエラーの典型例のひとつだろう。1977年、スペイン領カナリア諸島にあるテネリフェ空港の滑走路上で2機のボーイング747型機同士が衝突し、乗客乗員のうち合わせて583人が死亡した。濃霧のなか、KLM機が滑走路上にいるパンナム機に気づかず離陸しようとし衝突。主な原因は、パンナム機が3番ゲートでの待機を指示されていたにもかかわらず確認を怠って4番ゲート付近でうろうろしていたこと。また、KLM機が管制許可がおりただけなのに離陸許可がおりたと勘違いしたこと。天候や無線状況の悪さも大きな要因だったが、基本的にはコックピットの「思い込み」(自動処理)、「不注意」、あるいはKLM機の「(乗客をいったん降ろす事態になる前に)早く飛び立ちたい」という「焦り」も要因だった。つまり、ゆっくりと落ち着いて異常事態に注意を向け続けることができれば、この事故は防げた可能性があるのだ。

 上記は、これまで述べてきた「気づき」を15項目にまとめたものである。行動のすべてをマニュアル化することはできない。必ず想定外の事象は起こる。その際に、正しい処理をできるよう、そこに従事する「人の教育・訓練」をベースにした柔軟なシステムを構築する必要がある。「15の気づき」を、そんなシステム構築のヒントにしていただければ幸いである。

(構成/本誌・高根文隆)

掲載:『戦略経営者』2018年4月号