ウインドウディスプレイの施工や雑貨店「インナチュラル」を展開するクレスト。2代目の永井俊輔社長は、創業者である永井久志氏の鶴の一声により就職後わずか半年で会社を辞め、2009年に同社に入社した。厳格な父の言葉は半ば絶対だったが、全面的に言いなりになったわけではない。大反対されるもIT化を強引に進め、会社を大きく飛躍に導いたのである。

プロフィール
ながい・しゅんすけ●1986年、群馬県生まれ。2009年に早稲田大学商学部を卒業後、ジャフコに入社。M&Aやバイアウトに携わった後、クレストに入社。2016年に代表取締役社長に就任。2014年にドラミートウキョウ設立、2015年にグリードナーチャリング創業。著書に『できる100の新法則実践マーケティングオートメーション』(インプレス)がある。趣味はサーフィン、アコースティックギター、キックボクシング。特にサーフィンは小学生のときにスポンサーが付き、日本学生サーフィン連盟ロングボードで4年連続優勝するなどプロ級の腕前。
永井俊輔 氏

永井俊輔 氏

「お父さん」と言って話しかけたのは10歳まで。中学生までは「永井さん」、高校生からは「社長」、第一線から退いた現在では「父上」とその呼称は変遷したが、物心ついてから父親とは敬語でしか話したことがない。しかし欲しい物は何でも買ってもらえた。永井社長は、その行為にある教育的ねらいが潜んでいたと語る。

「厳しく育てる定番パターンとしてありがちなのは、『テストで100点をとったらゲーム機器を買ってあげる』などの、KPIを与えてそれを達成したら成果報酬を与える方法です。しかしわが家では、あらかじめ欲しいものはすべて与えるという方針でした。与えられて喜びを得た後に、それを取り上げられる恐怖に打ち勝つ努力が求められたのです。要求されたテストの点数を達成できなかった場合、ある日突然プレゼントされたゲームソフトがまとめてゴミ箱行きになるわけですから、とにかく必死に勉強しました」

 同じ金額でも、獲得したときのうれしさより失ったときのダメージのほうが大きい。行動経済学でいうプロスペクト理論である。

高校生で不動産営業マン

 永井社長が高校生のとき、早くも経営者になるための訓練が始まった。父の生家は群馬県前橋市で代々農業を営んできた大地主。群馬県内に多数の不動産を所有していたことから家業でアパート経営も手がけていたが、父からその不動産事業の立て直しを命じられたのである。

「不動産ビジネスを統括していた祖父を退かせて、父は私を営業マンとして任命したのです。アパート100部屋、マンション5~6棟で賃貸事業を展開していましたが、大手企業が撤退した影響などもあり空室率が30%と高くなっていたのが問題になっていました。まだ高校生でしたが、私に断る権限はありません。自転車に乗って営業活動に奔走しました」

 普通の高校生では手が出ないような高級ブランド服やバンド活動で使うギターも、頼めば買ってもらえた。携帯電話は常に最新モデル。これだけの物が自由に与えられていただけに、文句は言えない。永井青年は「とにかく不動産店のスタッフに顔を覚えてもらおう」と考えた。平日の午後、学校が終わった帰り道にひたすら地元の不動産店を回り、自社物件を来店客に紹介してくれるよう依頼して回ったのである。物件が決まるごとに不動産店スタッフに商品券をプレゼントするインセンティブの仕組みも考えた。すると成果が出始め、空室率は徐々に改善。最終的に稼働率を95%まで引き上げたというからすごい。

 早稲田大学商学部進学後も、学生と経営者の二刀流を地で行っていた永井社長。これだけビジネス経験が豊富な若者を企業が放っておくわけがない。就職活動は非常に順調で、多くの企業から内定が出た。就職先に選んだジャフコでは、出資者から資金を集めて企業を買収し企業価値を上げ、高値で売却するM&Aを手がける部署に配属される。いわゆるバイアウトで、通常新人が配属される部署ではないが、その能力が高く買われたのだろう。配属後早々に上司から「4000社リストアップしてあるから、このなかから会社を買ってきて」とリストをポンと手渡された。

 数十億円~数百億円の金額が動く世界である。世間が抱くイメージと同じように激務だった。

「テレアポ一本勝負ですね。結果を出さなければいけませんから、とにかくがむしゃらに働きました。午前3時に帰宅してその日の5時からミーティングに出たこともあります。ジャフコには約半年しか在籍していませんでしたが、勤務時間と思考スピード、活動量を考えると、10年分くらいのキャリアを積んだと思っています」

 その働きぶりを間近で見ていいタイミングだと判断したのだろうか、父からの指示がまたもや下った。「今日で会社を辞めてこい、クレストに入社するんだ」。

無断で大規模IT投資を決断

 さてクレストに入社してみると、会社の状況があまり順調ではないことが分かった。クレストが展開していた事業は、店舗の看板やウインドウディスプレイを施工するサイン&ディスプレイ事業、コンピューターを使って印刷用原稿を作成するDTP事業、植物やガーデニングを中心に生活雑貨や衣料品を販売するライフスタイルショップ「インナチュラル」事業の3つ。看板工事業は店舗を全国展開する大手企業2社と安定的な取引関係を築いていたが、入社時はリーマンショック後で設備投資が縮小していた時期。小規模な内装工事会社の倒産が相次いでいて、下請け業務の未回収金が多数発生していた。パソコンで扱える画像処理ソフトの普及で斜陽産業化していたDTP事業は、毎年右肩下がりで売り上げが落ちている。加えて買収したばかりのインナチュラルは、いまだ赤字の状況を脱していない。永井社長は、まずは優先的に取り組むべき事業を決めた。

「DTPのマーケットは縮小していくばかりです。インナチュラルの改善にもすぐには手を付けられませんでした。しかしサイン&ディスプレイのマーケットは景気が回復してリアル店舗の出店が発生すれば必ず需要が上昇すると予想しました。そこで特に小売店やファッションブランドのウインドウディスプレイに力を入れて営業活動を開始したのです」

 営業スタッフはたったの3人。まだ1人1台パソコンの時代ではない。手段はテレアポしかなかったが、幸い前職でかなり鍛えられていた。受話器に自分の手をガムテープで巻き付け、「安くて早くて上手です」という売り文句でとにかく電話をかけまくる。成約率は100件かけて1~3件程度と高くはなかったが、それでも業界内でこれほど積極的な営業をかけている会社は珍しく、次第に取引先が増えていった。

MAの導入で取引先が急増

 取引先数の拡大とともに顧客管理をどうするかという問題が新たに生まれた。エクセルファイルの共有では追いつかなくなっていたのである。大規模なIT投資が必要だった。永井社長は、大がかりな投資を決断する。

「CRMの仕組みをどうするかいろいろ調べた結果、セールスフォース・ドットコムのサービスを利用することを決めました。しかし当時父親は大反対。何せ投資額の見積もりは数千万円にのぼっていましたから。結局説得することはできませんでしたが、最終的には無断で僕が導入を決めてしまいました。当然、後で大目玉をくらいましたが(笑)」

 信念を絶対に曲げないのは父親譲りか。こうして2011年ごろから、社内のデジタル化が急速に進む。社員数は入社当時の30人から今では120人まで増加したが、ほんの数人をのぞいて全て永井社長より後に入ってきた人材ばかりだ。IT化についていけない社員は自然と会社を去っていったのである。

 最先端のCRMに加え同社が導入したのがMA(マーケティングオートメーション)である。全幅の信頼を寄せていたセールスフォース・ドットコムの役員が転職したベンチャー「Marketo(マルケト)」が手がけていたことをきっかけに、永井社長はそのツールの存在を知る。見切り発車で運用を開始し、実際に自ら使っていくなかで、永井社長はその大きな可能性にすぐに気づいた。

「例えば見込み客にダイレクトメールを送るとします。MAを活用すると、IPアドレスやクッキー情報などによって受け取った人がどのような行動をするか識別できるため、Aさんはそのままメールを開封していない、Bさんはホームページのなかの事例ページを見た、Cさんはブログをチェックした――などといったデータが蓄積されます。ページごとに得点をあらかじめ決めておき、それを各人が閲覧するたびごとに加点していけば、当社のサービスに強い関心を持っている人が自動的に高得点になるというわけです。その人がどんなサービスに興味を持っているかはこちらですでに把握しているので、後は適切なタイミングでその商品に関するご案内を『ごぶさたしております』と電話ですればいい。連絡を受ける方はあらかじめ分析されているとは露知らず、『もうちょっと知りたいな』と思っている絶好のタイミングで電話がかかってくるので、受注の確率は大きく高まります」

 MA導入の効果は絶大だった。クレストに入社してわずか5年の間に、取引先企業は数十社から約4000社に激増。リードからアポイント獲得に至る割合はなんと66%に達した。一方事業拡大の見込みがなかったDTP事業は、3年前に1社だけ残っていた取引先が倒産。スタッフを別部門に配置転換するなど人員整理を行い、事業から撤退した。

 インナチュラルは、社長に就任した2016年からバリューチェーンの抜本的な見直しに着手。▽商品構成や陳列方法の見直し▽各店舗に任せていた仕入れを本社に一本化▽オリジナル商品の強化による粗利率の改善――などの対策を次々に実施。さらに世界初の革新的な取り組みで業界を驚かす。センサーカメラを使って店頭ディスプレイへの関心度を測定する「ESASY(エサシー)」を自社開発し、全8店舗に試験導入したのである。

「サイン&ディスプレイの事業を通じて感じたのは、施工したウインドウディスプレイの費用対効果について客観的なデータがとれないということでした。インターネットの広告では、グーグルが無料で提供しているグーグルアナリスティクスなどを使えば、閲覧やクリックした数、閲覧している時間数などについてデータを取得することができます。これと同じように、リアルな店舗の世界でも通行人がウインドウディスプレイにどれくらい関心を持ったかを測定する仕組みがあればいいのに、と思ったのがエサシーを開発したきっかけでした」

 エサシーは、小型センサーカメラで撮影した画像を解析し、通行人の人数やディスプレイを何人が見たのか、何秒間見たのか、どれくらいの距離で見たのかなどといったデータを取得できる業界初のシステムである。2016年に公表し翌年には最新バージョンをリリース、自社店舗でのABテストの実施などで、より効果的なディスプレイを実現するための有効なツールであるとの手応えをつかんでいるという。

 さらに直近では自社メディアの「インナチュラルスタイル」をオープン。レジを総入れ替えし最新のIDPOSシステムを導入、ホームページの閲覧履歴とリアル店舗での購買履歴を一人ひとりにひも付けた最先端の顧客管理システム構築を目指している。

「顧客から取得したメールアドレスやラインIDと当社のMAのシステムをつなげ、デジタル化をさらに推進していきたいですね。具体的には、『1カ月前に店舗で植木を買い、かつサイトの記事を見ている』といった顧客に、メールやチャット機能をつかって、時間限定セールのメッセージ動画をダイレクト配信するといったことを計画しています」

 看板ディスプレイ工事業や小売業といった、成長率が低いといわれる「レガシーマーケット」に次々とイノベーションを巻き起こしている永井社長。一流ブランドのウインドウディスプレイを手がける「ドラミートウキョウ」やMA導入コンサルティングの「グリードナーチャリング」など複数の企業代表も務めている。レガシーマーケットとITの組み合わせでトップ企業100社を育てるのが目標だという。

(本誌・植松啓介)

会社概要
名称 株式会社クレスト
設立 1987年9月
所在地 東京都千代田区神田三崎町3-8-5
社員数 約120名
店舗数 8店舗
URL https://www.crestnet.jp/

掲載:『戦略経営者』2018年6月号