TKC会員による経営承継支援

もしも承継対策をしなかったら...

◎税理士 中田庄吾

 企業の存続・発展のため技術や社員を後世へと引き継がせる事業承継は、現代に限らず遙か昔からある普遍のテーマだ。特に昨今は、中小企業経営者の高齢化が進んできていることで、ますますその重要性が言われるようになっている。
 一方で事業承継は、後継者の選定から教育、相続関係など多くの検討事項を含む一大イベントでもある。それだけにスムーズな事業承継を実現するには、可能な限り早い段階から必要な対応策を立案し実行していくことが不可欠になる。
 しかし、もし計画的な事業承継対策が行われなければ、会社の将来はいったいどうなるのだろうか。その失敗例を、3つの親族内承継のシミュレーションからみていこう。
 なお、この3つのシミュレーションはあくまでも傾向的に多いと思われる事業承継の失敗例を独自の見解でまとめたものであり、実在する特定企業の事例について言及したものでないことをお断りしておく。

シミュレーションA
先代がいつまでも実権を手放さないケース

 A社のA一郎会長は、中学卒業後に地方から上京し、就職した企業で技術を習得した後、30代半ばに徒手空拳で会社を立ち上げた苦労人。職人タイプの経営者で、高い技術力を武器にA社を発展させてきた。
 長男で後継社長のA太郎氏は、大学卒業後ほかの会社に数年勤めてからA社に就職。複数の部署を経験して3年前に社長に就任した。
 ところが、社長という肩書きはあっても実態は違っていた。経営上の実権は相変わらずA一郎会長にあり、“金庫の鍵”も会長が握ったまま。A一郎氏は典型的なワンマン会長だったのだ。A太郎社長が何かを決める際は必ず会長にお伺いを立てなければならず、ほかの役員や幹部社員も社長より会長の意向を汲んで動いていた。
 そうした状況の中で、A一郎会長が急死してしまう。これでA太郎社長は晴れて実権を手にしたが、経営者としての経験が乏しかったことが災いし会社の業績のほうは下降線をたどることになる。さらには「あの社長には経営能力がない」という風評までたち、取引先や取引金融機関からの評価が急落。これにより業績や資金繰りはますます悪化していった……。
 このシミュレーションは少々大げさにしてあるが、程度の差はあるにしろ親子間の事業承継では似たようなケースが決して少なくない。一般的に言って、経営者はあまり後継者への実権の委譲に積極的でないように感じる。
 その理由は大きく分けて2つ考えられる。1つは自分の子供を後継者として客観視できず、どうしても親の視点から見てしまうということだ。そして「自分がした苦労を息子にはさせたくない」と甘やかしたり、逆に「経営者としての経験も見識も俺の方が上。息子はまだまだ頼りない」と、ことさらに厳しく評価したりしてしまう。結果、「あいつにはまだ会社を任せられない」と結論づけてしまうわけである。
 2つ目は経営者が過去の成功体験から抜けきれないこと。これは特に、会社を順調に成長させてきた、自分の経営手法に自信をもっているタイプの経営者に見られる傾向だ。
 過去の手法が今後も有効であるとは限らないし、時代変化のスピードが早い今はむしろリスクのほうが大きいといえる。経営理念など変えてはいけないものはあるが、具体的な営業戦略などは、やはり時代に合わせ変化させていくべきだろう。ところがこのタイプの経営者は、自分のスタイルに固執してしまい、後継者の経営方針や決断をどうしても否定的にとらえてしまうのだ。
 経営者の仕事は多くの成功と失敗の経験を通してしか学んでいけない。信じて任せることが、最良の後継者育成法なのである。

シミュレーションB
後継者への計画的な自社株譲渡ができなかったケース

 B社では、創業者のB一郎氏が経営の第一線から退き、長男で後継者のB太郎社長が会社を切り盛りしていた。B一郎氏は、後継者教育としてB太郎氏に早くから経営の実践経験を積ませ、B太郎氏が専務時代に新事業を成功させたのをきっかけに引退。跡を継いだB太郎社長は着実に業績を向上させ、将来、株式上場を検討する段階にまで来ていた。
 このようにB社の事業承継は、一見スムーズに行えたように見えた。だが状況は、B一郎氏の死去で一変してしまう。B一郎氏の遺産のほとんどが自社株を中心とした事業用資産だったからだ。なまじ会社の業績が好調だったため自社株評価が高くなってしまい、その相続には相当額の相続税が見込まれた。
 さらには、B太郎社長の弟である次男のB次郎氏、三男のB三郎氏(ともにサラリーマン)が法定割合に基づいた遺産分割を求めてきた。B太郎社長としては経営の実権を維持するため、最低でも特別決議に必要な発行済株式総数の3分の2以上の自社株を確保しておきたい。結局、B社とB太郎社長が、次男と三男が相続した自社株を買い取ることになる。このため、B太郎社長は、相続税の納税資金と2人の弟への支払いを工面するため新たに借金をし、自分の個人資産も売却しなければならなかった……。
 経営者個人が所有する事業用資産の譲渡は、先代経営者の生前から計画的に行わなければならない。これを怠れば、後継者が相続時にかなりの金銭的、精神的な負担を受けることになる。実際には多くの経営者がその重要性を認識しているが、なかなかきちっとした対策が行えていないのが現実のようだ。
 相続時のトラブル回避や相続税対策は、非常にテクニカルな話になる。その詳細は本特集のほかの記事に譲るとして、ここでは前提となる心構えについてだけ述べたい。
 最低限認識しておかなければならないのは、後継者のほうから「お父さんが個人所有している事業用資産を譲ってください」とは心情的に言い出せないということ。後継者への個人資産譲渡は、あくまでも先代経営者が主体的に取り組むべき課題といえる。経営者は常日頃から、自分が死んだ後のことを想定しておかなければならないのだ。

シミュレーションC
従業員など関係者との調整が不備だったケース

 C社は同業他社も一目置く地域トップ企業。創業者のC一郎氏は業界団体の役員なども務めたいわゆるカリスマ経営者だった。
 そのC一郎氏は社長在職時に急死してしまったが、長男のC太郎専務に対し早い段階から計画的に個人所有の事業用資産を譲渡していたため相続問題は発生しなかった。大きな混乱もなく、次の社長には既定路線通りC太郎専務が就いた。
 ところが1年後、C社に大問題が起きる。先代社長の右腕だった常務が社長に反旗を翻したのだ。
 内紛の火種はC一郎氏が健在だった頃から見られた。常務は創業時からC一郎氏と二人三脚で同社を成長させてきた功労者。それだけに自負心は人一倍強く、また社内での影響力も抜群だった。そんな常務は常々、当時のC太郎専務に対し物足りなさを感じていた。一方、C太郎専務にとって常務は、何かと言えばしたり顔で意見する小姑のような存在だった。両者で意見が対立することもしばしばで、その都度、C一郎社長が間に入っていた。
 それがC一郎氏という“重し”がなくなったことで、互いの不満が徐々に表面化し、やがてC社は社長派と常務派に二分することになる。結局、常務は子飼いの社員たちを引き連れ退社。同業の別会社を設立してしまったのだった……。
 事業承継では、会社の物的資産に加え、人的資産や信用力も後継者に引き継がせなければならない。つまり先代社長は、後継者が役員や従業員、取引先、メーンバンクなどのステークホルダー(利害関係者)の方々と適切な関係を築けるよう、事前に調整しておく必要があるのだ。このシミュレーションの場合なら、C一郎氏が存命のうちに両者の関係改善を可能な限り行っておくべきだったといえるだろう。
 信用力については、代替わりしたとたん金融機関から融資の早期返済を求められるケースがままある。これを避けるには、経営者の個人的信用力に頼るのではなく、会社として『中期経営計画』や『事業承継計画』などを公表し、外部に対して自社の将来像をあらかじめ伝えておくことが必要となる。
 いずれにしろ、事業承継については長いスパンで考える必要がある。しかも3つのシミュレーションを見てきた通り、後継者教育や相続対策などを個別に行うのではなく、「総合的な対策」(事業承継計画)を立案しなければならない。それを中小企業が独自に作るのは難しいため、税理士などの専門家から助言を受けるとよいだろう。また、最近では公的機関による支援も充実してきており、それらを活用すれば自社にあった適切な対策を立案できるはずだ。
 毎日忙しい日々を送っている経営者は、ついつい事業承継対策を先送りにしてしまいがちだ。しかし将来のリスクを考えれば今すぐにでも取り組むべき課題といえる。そしてこの課題に取り組めるのは、経営者以外に存在しないのである。

(構成/戦略経営者編集部・千葉博文 戦略経営者2007年7月号より転載)

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