経営・労務・法務

医療分野の番号制度「医療等ID」が皆保険制度の持続性を担保する

マイナンバー制度が平成28年1月からスタートするなか、医療においては、この番号制度とは異なる医療分野でのみ使用する番号「医療等ID」(仮称)の導入が検討されている。厚生労働省の「医療等分野における番号制度の活用等に関する研究会」の構成員を務める山本隆一氏(東京大学大学院医学系研究科特任准教授)に、医療等IDの必要性や、導入がもたらす将来の医療の姿について話をうかがった。

山本隆一
東京大学大学院 医学系研究科
医療経営政策学講座特任准教授201509_01.jpg
聞き手/
本誌編集委員
田島隆雄(医業経営コンサルタント)

Ryuichi Yamamoto
大阪医科大学を卒業後、聖路加国際病院病理科医員などを経て1998年大阪医科大学病院医療情報部助教授、2003年東京大学大学院情報学環准教授、2013年東京大学大学院医学系研究科医療経営政策学講座特任准教授(情報学環兼担)。2012年から一般財団法人医療情報システム開発センター理事長。厚生労働省情報政策参与、内閣官房パーソナルデータ検討会委員、内閣官房次世代医療ICTタスクフォース(2014年~)、内閣官房社会保障制度改革推進本部医療・介護情報の活用による改革の推進に関する専門調査会委員(2014年~)なども務める。


本人確認を証明でき
病歴が簡単にわかる

──医療分野でのみ使える番号「医療等ID」(仮称)の導入が検討されているわけですが、その必要性について教えてください。
山本 「医療等ID」の必要性を端的にいうと、1人の患者、1人の利用者が、確実にその本人であるということを認証するためです。
 たとえば、A病院で10年前に脳腫瘍の手術を受けた人がいるとします。その人が10年後に意識をなくして倒れた。その際、現在のシステムでは、その人が10年前に脳腫瘍の手術をした人かどうかがわかりません。同じ名前はたくさんあるので、名前だけで本人確認を証明できない。保険証でもわかりません。退職や転職で保険証は変わるからです。
 そうした現状のなか、医療等IDを導入することで、過去の医療・健康の情報と今の情報とを確実に紐づけできるようになり、より質の高い医療サービスの提供につながるのです。10年前に脳腫瘍の手術をしたことがわかった上で対応するのと、わからずに対応するのとでは医療の質が大きく異なります。
──患者の病歴が簡単にわかるようになるわけですね。
山本 もう少し身近な話をすると、今、各地域では地域包括ケアシステムの構築が進められています。高齢になっても住み慣れた自宅で安心して暮らせるように、1人の患者を中心に、多職種が連携してサポートする。そこで最も重要なのが、多職種が患者情報をしっかり共有することです。その仕組みをどのようにつくっていくか。地域包括ケアの成功のカギといえますがそれが意外と難しい。
 そうしたなか、医療等IDで患者情報を管理することで、多職種の情報共有がスムーズになります。もちろん、それは質のアップに直結しますし、地域包括ケアの実現という政策を大きく後押しするものになると見ています。
──近年、深刻化している医療費増加の問題に対して、一定の効果が期待されるということもありますね。
山本 先般、内閣官房から2025年の病床数の推計が公表され、約20万床の削減が可能ということが示されました。同じようなことは、昔から何度もいわれてきたわけですが、今回、公表された数値には、これまでと大きく異なる点があります。それは、ほぼ全国民のレセプト情報が収集されている厚生労働省の「レセプトデータベース」に基づき推計されたということです。ここに集まるレセプトデータは電子化されたものだけですが、電子化率は医科で約97%、薬科で100%、歯科も80%を超えようとしています。
 今までは、ある地域をサンプリングして推計していたので、その結果に対して言い訳ができました。しかし、今回はほぼ全国民のレセプトデータを、一定のロジックのもとで推計し、20万床減という数字を出したのです。このロジックのよい悪いは別にして、元々のデータに疑問の余地はありません。
 つまり、医療は、いうなれば“譲り合い”なのです。国民全員が満足する形はあり得ません。そのなかで世界に比べると、日本の医療費は安くて、高いパフォーマンスを出しています。それでもみんなが何かしらの不満を持っているわけです。私たちは何を求めて、何を我慢しなければいけないのかが、今まで明確化されてこなかったのです。でも、これからはそれを明確にしなければいけないと思います。日本の医療制度は世界に類を見ないほど素晴らしいものですが、1点、重大な欠点があります。それは「持続性」ということです。このままでは10年も経たないうちに国民皆保険制度が崩壊してしまうかもしれない。その姿が見えている現状にあることが問題なのです。
 持続性を担保するためには、「負担を増やす」「サービスの質を落とす」の2つしかありません。国民にとって命に直結するサービスの低下は受け入れられないところですが、どこかでバランスをとる必要があるわけです。それを説得力のあるデータに基づいて国民に説明し、承諾を得ることが必要です。そこで不可欠になるのが医療等IDです。実際にニーズや効果が高い医療サービス、介護サービスは何か、講じた施策が必要な理由は何かを、医療等IDに基づくデータで正しく伝える。よく有識者らが、「国民皆保険制度の維持には消費税をこれぐらい上げなければいけない」「上げなくても維持できる」などの意見を述べますが、正確なデータに基づいたものでなければ国民の納得は得られません。

医療・健康情報は
本人のものであるべき

──マイナンバーと医療等IDの複数の番号にするのではなく、同じものを使ってもよいのではないかという意見もありますが。
山本 確かに、そうした意見をいう人もいますが、それは番号制度を理解していない。番号制度は今年10月の第一月曜日から住民基本台帳に載っている人に対して、順次、マイナンバーが通知され、来年1月から個人番号カードが取得できます。
 では、一般の人はそのカードを何に使うのか。来年1月から給料をもらう時に提示するのです。正社員で働いている人は年1回、来年の12月までに雇用者側に見せなければなりませんし、アルバイトで日給をもらっている人は、給料をもらう度に見せないといけない。雇用者側は、マイナンバーをつけずに源泉徴収の申請をしても税務署には受け取ってもらえません。
 いずれにしても、マイナンバーは給与を支払う雇用者側に見せるということです。そのマイナンバーに、がんなどの病気の情報が含まれていてもよいでしょうか。病気になったことを知られて会社での立場が悪くなるかもしれません。それぞれ誰にも知られたくないという病気だってあります。基本的に、医療や健康の情報は自分だけの情報であるべきなのです。それを簡単につなげることはあり得ません。だからこそ、医療独自の医療等IDが必要なのです。現時点のマイナンバーは、極端にいえば行政の効率化のためですが、医療等IDは社会保障をよくするためのもので、必要性からいえば医療等IDのほうが高いわけです。
──医療等IDの実現可能性についてはどの程度、議論が進んでいるのですか。
山本 先般、とりまとめられた「日本再興戦略2015改訂版」で、2018年までに導入を開始し、2020年に導入が終わるということが明記されました。再興戦略に盛り込まれたからといって実現するわけではありませんが、少なくても今後は、そうしたスケジュールに沿って具体化されていきます。
 また、再興戦略では現行の番号制度とは別の番号を使用することも明確になっていますし、そのことに関して関係者に意見の違いはありません。

マイナンバーの基盤を活用
国民への周知・理解が課題

──研究会の中間報告書では、医療等IDについて、マイナンバー制度の仕組みを活用する旨が盛り込まれています。
山本 先進国を見ると医療に関するID制度を持っている国はたくさんありますが、重要なことは、そのIDをどのように流通させて、運用していくかです。そのなかで、医療等IDはマイナンバー制度の仕組みをすべて活用する方針です。なぜかというと、高い効率性、安全面、プライバシーへの配慮など、他国とは比較にならないほど、よく考えられた優秀なシステムだからです。
 たとえば、住民基本台帳から発番する仕組みがありますし、震災などの不測の事態が起きた場合は、緊急的にマイナンバーと結びつけられるようにもできます。そうした他のデータと結びつける仕組みについて番号制度の基盤を使うわけです。さらには自分のIDの動きを適時、確認できる「マイナポータル」の活用です。
──番号制度も医療等IDも、本人の理解、協力が欠かせませんね。
山本
 マイナンバー制度について、これがどのような制度なのかを知らない人が多過ぎます。自分に対して番号が振られるということは、誰かが何かの意図をもってしている。そこには、自分に有利なこともあれば、不利になることもあるわけです。そのメリット、デメリットを正確に伝えて、それが本当に必要だということをわかってもらわないといけません。そこは、医療等IDの導入にあたっても非常に大事な点です。
 実は、医療等IDの議論は十数年前から行われてきました。さまざまな理由から、何度も実現直前までいって具現化できなかった経緯があるのですが、その当初の議論で、「医療等IDはいつ渡すか」という話がありました。そのなかで、中学校の授業で、自分たちにとって医療等IDはどういう意味を持つのかをしっかり学んでもらい、学校の実習で番号取得の手続きをしてもらうといったことをしないと本当にわかってもらえないという議論がありました。私は今でもそう思っていて、社会保障を維持するのは、誰のためでもなく自分のためです。
 こうしたことも含めて、今後、1つひとつ議論を進めていかなければならないと考えています。

複数の番号にすることで
より安全性が高まる

──その他、医療等IDの導入にあたってはどのような論点が上げられているのですか。
山本 医療等IDは複数必要ではないかという論点もあります。
 先ほどの「レセプトデータベース」について、これは本人を特定できないようにデータを変換し管理しているので、誰のレセプトかはわからないようになっています。
 一方、来年1月から「全国がん登録」がスタートすることになります。これは法律に基づき、患者の同意の有無に関係なく、全国の病院でがんと診断された患者の初期治療、手術、化学療法、その後の経過などの情報が登録されるもので、病院は義務化されます。クリニックだけでがん治療が進められることはないので、全国のがん患者のほぼ全数がそこに登録されるわけです。そうしたなか、一通りの治療が終わった後は、一般のクリニック等でフォローすることになりますが、現状では、クリニックでのフォローの情報は登録されません。
 がん登録とレセプトデータベースを結びつけることができれば、たとえば、がんを患い、治しきれなかった患者が安心して日常生活を送るためには、どのようなフォローが必要なのか、どのようなケアが効果的なのかなどが見えるわけです。つまり、レセプトデータベースとがん登録を“結びつける”ことさえできれば、同じIDでなくてもよいということです。
 また、2つの医療等IDがほしいという患者もいます。たとえば、うつ病と水虫の治療をクリニックで受けて、うつ病の薬は自分の最寄駅の1つ手前で降りて処方してもらい、水虫の薬は自宅の近くの薬局で処方してもらう。若い頃にかかった病気は忘れたいという人もいます。それを1人1つの医療等IDで管理してよいのかということです。
 要は、重大な病気にかかった時に、これまでの診療データや病歴がわかればよい。「実は番号が2つあるのです」と必要に応じて見せた時、それがつながるようにすればよいのです。
──複数の医療等IDに分けられるような柔軟性を持たせるということですね。
山本 医療等IDを複数にすることは安全性を高めるということでもあります。
 たとえば、マイナンバーは1つですが、実は各役所には“機関別符号”といわれる違う番号が存在し、マイナンバーに紐づけされているその符号で管理するのです。つまり、自治体の数だけ符号が存在するということです。
 それがどのような効果につながるのか。仮に文京区の職員が悪意を持って住民のマイナンバーを引き出し、過去に住んでいたところの情報を得ようとしても番号が違うので、そういうことはできないのです。もう1つ、文京区役所が他国からサイバー攻撃を受けて情報が漏えいしたとします。番号制度のもとで、1か所が漏えいすると、紐づけされたすべての情報にまで影響が及ぶのかといえばそうではない。文京区役所だけに留めることができるのです。
 ですから番号を複数使うというのは、もともと持っている番号制度の能力であり、必要に応じて結びつけるというほうが、安全性をより担保できるということです。
 もう1点、必要に応じて結びつけることができるという仕組みには大きな意味があって、誰が何のために複数のIDをつなげたのか、記録を残せるということです。「マイナポータル」という機能により、本人がそれを確認できるようになっているのです。医療でもそうした仕組みにしたほうが格段に安全です。

医療等IDの導入で
自ら健康管理を行う社会に

──課題についてはどのように見ておられますか。
山本
 特に情報漏えいに関する問題を危惧する声がありますが、私はあまり心配していません。医療等IDが導入されれば、IDを扱う医療機関、薬局のシステムには一定の安全基準を満たすことが求められます。医療等IDだけを盗んでも悪いことができないような仕組みにしますが、盗まれること自体、あまり気持ちのよいものではありません。
 つまり、今の電子カルテ、レセコンのセキュリティについて、ワンランクアップが求められるということです。それはシステムを買い替えるということではなく、セキュリティが弱いレセコンを使うなら、それを使う医療機関が、そのパソコンを持って逃げられないような仕組み、使う時にはいつ誰が操作したのかなどをしっかり記載するような仕組みをつくらなければなりません。
 ただ、今でも医療機関には情報管理において一定の基準が設けられています。他の分野に比べると、対策という意味ではそれほど大変ではないはずです。
 いずれにしても、医療等IDの導入を契機に、もともと根づいている情報管理体制のさらなる強化ができると見ています。
──最後に、「医療等ID」が導入された将来への期待についてお聞かせください。
山本
 社会保障、国民皆保険制度の持続性を担保できることはもちろんですが、健康に関する情報を本人が管理する時代がそう遠くない将来に訪れると思っています。これまでは患者が持っている医療・健康情報は、診療明細書、糖尿病手帳、お薬手帳、健康診断の結果ぐらいです。でも医療等IDが導入され、マイナポータルで情報が結びつき、情報の動きが確認できるようになれば、自分の健康に関する情報は常に手元にあるという環境になります。
 これを「パーソナルヘルスレコード(PHR)」と呼ぶのですが、これはとても大事なことです。「健康情報をもらっても使い方がわからない」という人もいるかもしれませんが、そんなことはありません。情報は今、ほとんど持っていないのでわからないだけで、手元にあればそれなりに活用できるようになるはずです。さらに最近では、スマートフォンなどが普及していますので、情報を確認するツールには困らないわけです。時間はかかるかもしれませんが、自ら積極的に健康管理を行う人が増えるのではないかと考えています。そして、そのような社会になって、初めて国民のほうから、社会保障はこうあるべき、医療や介護はこうあるべきということがいえる時代になるではないでしょうか。
(平成27年7月29日/構成:本誌編集部佐々木隆一)
 

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