経営・労務・法務

地域包括ケアづくりに取り組む中小病院の戦略

モデルなき地域包括ケアシステム実現への挑戦

 

多摩ニュータウンをフィールドとする高齢化が顕著な多摩地区で、行政等と密に連携を取りながら、1980年の病院開設以来、医療・介護サービスをトータルに提供し、高齢者を暮らしの場で支えてきた医療法人財団天翁会。これまでの先駆的な取り組みにより、多摩地区において地域包括ケアシステムづくりに挑戦してきた。どのような考えのもとで取り組んできたのか。法人開設者であり前理事長、現在は相談役を務める天本宏氏に話をうかがった。

 

天本 宏

医療法人財団天翁会 相談役

聞き手/

本誌編集委員

丹羽 篤(医業経営コンサルタント)

 

Amamoto Hiroshi

1969年、東京慈恵会医科大学卒業。73年、聖マリアンナ医科大学神経精神科医局勤務。80年に天本病院を開設し、95年、医療法人財団天翁会設立、理事長に就任。2016年、同財団理事長を退任し相談役に就任。現在に至る。老人の専門医療を考える会初代会長、厚生省老人保健審議会委員、東京都医師会理事、多摩市介護保険運営協議会委員、聖マリアンナ医科大学臨床教授、(社)日本医師会常任理事、地域包括ケアシステム研究会委員などを歴任。

 

 

これからは国策に合わせた
医業経営が求められる

 

──2025年の超高齢社会の到来を見据え、各地域では「地域包括ケアシステム」の構築が進められています。しかし、実際は、順調に進んでいる地域とそうではない地域があるようですが。

天本 日本が超高齢社会に向かっていることは、30年以上も前からいわれてきたことです。それが今後は急速に進んでいくわけですが、なかには高齢化のピークがすでに過ぎた地域も出てきています。つまり、全国一律で語れない側面があることが地域包括ケアシステム構築の難しさといえます。

たとえば、当院が位置する多摩地域も、高齢化(平成元年は5.21%だったが平成26年は24.08%)が顕著な多摩ニュータウンをフィールドに、今後、ますます深刻化していくことが予測されていますが、このままいくと2025年には、特に90歳以上の人口層が激増することがわかっています。

このように、一概に超高齢社会といっても、各地域で抱えるミクロ的な問題、対応すべき方策というのは異なるということです。各々で地域に合わせた取り組みが求められます。

──地域特性に応じた取り組みが求められることが難しさの一因になっているわけですね。

天本 もう1つ、政府は2014年に「医療介護総合確保推進法」を制定しました。これは、医療法や介護保険法など19の法律を改正した一括法です。これにより、社会保障・税一体改革、そして地域包括ケアづくりを推し進めていくことになりました。

しかし、サービス提供側も受ける側も、その認識が不十分です。制度を含めた外部環境の変化を捉え切れていない。それが、なかなか構築が進まない要因になっていると見ています。

この一括法には、医療は医療、介護は介護と分けて考えるのではなく、総合的にサービスを提供できる体制をつくることが盛り込まれています。そして、脱病院化”“脱施設化を図り、生涯、地域での生活が継続できるような切れ目のないサービス網を整備していく。疾病医療、臓器別医療から全人的医療、プライマリケア、総合診療へと転換していく。自由開業、フリーアクセスといった時代から、ゲートキーパー機能を取り入れた受診の流れ、公的保険の効率的な医療受療システムの構築へと改革が進んでいくと思われます。また、自己完結型から地域内完結型へ移行し、そのなかでのポジショニングの模索が今後、活発化していくでしょう。さらには、自立・自助を基本に、最低限の社会保障(共助)、地域の見守り合い(互助)、生活保護等の公助で補完していく体制も強化されていくことになります。患者さん、利用者さんは、これまでのお任せの医療・介護から脱却しなければならない。加えていえば、ナショナルミニマムな社会保障に見合う保険料、自己負担にして、地域に応じたシビルミニマムを上乗せし、そこに患者さんや利用者が自由に選択できる横出しサービスを加えていくような体制に変え、画一的なサービス提供からの脱却を図るという構想も見えます(図表①)。

このように、これからの環境変化の方向性をあげればきりがないわけですが、1ついえることは、将来の医療・介護の提供体制のあるべき姿、改革の方向性が明確に示され、待ったなしでそこに進んでいくということです。まずは、そのことを各医療機関も患者さん、利用者さんもしっかり理解しなければなりません。

──将来の姿を見据えた経営が求められますね。

天本 当法人のこれまでの35年を振り返ると、地域ニーズに合わせて、先駆的に介護事業を展開し、認知症への対応を強化し、在宅医療、訪問看護等に順次、取り組んできました。そして、私たちの取り組みに制度が後からついてきたのです。これまでの医業経営はそれで成り立ちました。でも、これからの35年は違います。重要なのは、制度に自院がどれだけ合わせることができるかです。将来に向けた国策が明確に示された。それにどれだけついていけるかで、その医療機関が今後、生き残ることができるかどうかが決まってくるのです。今がその転換期にあることは間違いありません。

国策に合わせた経営というのは、言葉でいうほど簡単なことではありません。短期的に見ると、2年後には、医療・介護の同時改定が控えていますが、そこでは大きな変化が予測されます。それについていくだけでも医療機関等は大変な苦労をすると思います。

 

暮らしの場で支える
高齢者の安心生活

 

──「医療法人財団天翁会」では、医療・介護サービスをトータルに提供する「あいセーフティネット」をつくり、地域の高齢者の安心生活を支えておられますね。

天本 「あいセーフティネット」の礎となる高齢者専門の天本病院を設立したのは1980年のことです。当時は、認知症をはじめとする高齢者医療に対しての社会の理解が進んでいませんでした。そのなかで、人里離れた老人病院とは違う、暮らしの場での医療を実現するため、あえて多摩ニュータウンの市街地で開業しました。そこには、箱ものだけを増やし、寝たきりをつくるだけという、悲惨な高齢者医療の現実をどうにかしたいという想いがありました。

原点は暮らしの場での医療です。それを実現するために、病院設立と同時に訪問診療をスタートし、その後、順次、クリニックや介護老人保健施設やグループホーム、小規模多機能型施設、訪問看護・訪問リハビリなど、全16の事業所を展開し、機能の拡充を図ってきたわけです。

現在、こうした機能がスムーズに連携し、「あいセーフティネット」として多摩地域の高齢者の安心生活を支える機能を果たしています。また、地域包括ケアづくりの一助にもなっています。

──地域の高齢者を暮らしの場で支えてきたことは、「あいセーフティネット」の実績(図表②)からもよくわかりますね。

天本 在宅復帰率を見ると、病院が88.2%、老健が45.1%と高くなっていますし、在宅医療、訪問看護・訪問リハビリの件数、さらには看取り件数、看取りの場所からも、暮らしの場で支えるということが、少なからず実現できているのではないかと考えています。

地域を1つの病棟として捉え、病院当直医のように、地域当直医を配置し、24時間365日、いつでも問い合わせや救急出動に応じてきたことが、実績にも表れていると思います。

 

今後は健康寿命の
視点からのサポートが大切

 

──今後、90歳以上の高齢者が増加するなか、どのような対応を考えていますか。

天本 全国の90歳以上の人口は2015年で約190万人ですが、2040年には、約550万人になることが予測されています。そして、多摩地域ではその数が激増することが見込まれています。ここで重要になるのは、単なる長命をサポートするのではなく、健康寿命をサポートすることです。

戦略として、まず1つ目は、認知症の患者さんへの対応の拡充です。特に予防への取り組みを強化していかなければならない。早期発見ができればそれだけ進行を遅らせることができますし、最近では適度な運動により認知機能の低下を抑えられることがわかってきました。少しでも長く自分らしい暮らしができるようにサポートしていくことが重要です。

2つ目は、骨折などの治療が終わった後のリハビリテーションの強化です。急性期病院は治療に特化し、患者さんをどんどん地域に帰していく時代になります。近い将来は、リハビリも回復期病院などではなく、地域で行うことになるでしょう。それに対応できる体制を整えていくということです。

3つ目は、地域における看取り体制のさらなる充実です。これは特に重要です。亡くなるパターンというのはさまざまで、ピンピンコロリと亡くなる方もいれば、長期間かけて衰弱していき最期を迎える方もおられます。そのなかで、前者のような亡くなり方ができるように対応していくことが1点。2点目は、終末期のあり方を患者さんや家族が選択する際に、それを適切にサポートすること。「どこで最期を迎えたいのか」「残りの人生をどう過ごしたいのか」「抗がん剤などを使い最期まで治療をするのか」などです。こうしたサポートを行うためには、医療だけでなく、哲学や宗教といった側面からのバックアップも必要になります。医療技術の進歩によって痛みや呼吸苦を取り除くことが可能になりました。でも、どうしても限界がある。日本人の平均寿命が延びているのは、医療技術が進歩したからではなく、栄養等を含めた生活環境がよくなったからです。寿命を決定する要素として医療は10%程度しかないといわれているのは、あまり知られていません。そういう意味でも、医療以外の部分からのフォローが重要になってくるはずです。

その他、救急医療における軽症者の増加や、在宅医療に取り組む地域のクリニックが少ないこと、さらには「医原病」といわれるように、特に高齢者においては、その人の全身や生活全般に支障をきたす治療もあり得ることなど、全国共通の問題も当然に抱えています。こうしたことも念頭におきながら、より安心して生活できる地域づくりを進めていきたいと考えています。

 

みんなで知恵を出し合い
未来の姿をデザインする

 

──その地域づくりには、多摩ニュータウンの変遷を実際に見てきた天本先生だからこその視点も生かされていくのでしょうね。

天本 多摩ニュータウンのなかには、5階建てでエレベーターがない建物が多く残されています。

最も簡単な方策は建て替えですが、それには資金も時間もかかります。さらに重要な視点として、2050年以降は地域の高齢者が減少していくということがあります。

多摩ニュータウンは1966年から開発がスタートし、都心で働く方々のベッドタウンとして爆発的に人口が増加しました。それにともない、小中学校もたくさんつくられていきましたが、時間の経過とともに少子高齢化が進み、今は次々と廃校になっています。その際、廃校になった建物は文部科学省の管轄で、すぐ高齢者のための施設に転換することができないということを体験しました。

今、老朽化した団地を単に建て替えても、将来的に同じような問題が起きることが予測されます。

だったら今ある資源を有効に活用できる方法を検討するほうが得策です。団地をサ高住にすることも考えられますし、住民がなかなか外出できないというなら、私たちが積極的に出ていき、それをサポートすればよい。学生寮にリニューアルし、若い人たちが住むような形にすることもできます。

地域の人たちみんなでいろいろな知恵を出し合い、みんなで未来の地域の姿をデザインしていくことが必要だと思っています。

──現在、多くの医療機関では人材不足の課題を抱えています。地域の高齢者の生活を支えるためには、マンパワーの確保も非常に重要になりますが。

天本 現在、当法人では約800人のスタッフが働いているわけですが、そのなかで、人材をいかに確保していくかということについては、教育の機会を与え、自分自身の成長を実感してもらうことが何よりも重要だと考えています。

1年目でできなかったことが、2年目にはできるようになる。そして、患者さんが納得した最期を迎えられた、家族と寄り添い共感できた。その成長が地域貢献につながっていることを体験してもらう。それが、働くモチベーションとなるのです。

もう1つ、採用の際は当然、ライセンスや技術も重要ですが、その人の心、ケアマインドを重視することがポイントだと考えています。特に介護現場は非常に大変です。利用者さんや家族からの要求水準も高くなっています。そのなかでも、少しでも高齢者の方々の力になりたいという想いがあれば、それがケアの質の担保につながります。

──これからの地域での役割などをお聞かせください。

天本 私たちは職員行動指針として「ハートワーク(愛)・ヘッドワーク(智恵)・フットワーク(行動)」を掲げています。つまり、サービスを提供する側としてを持って接する、常に新しい技術の習得に努め、そこで得た智恵を活用して柔軟な発想でサービスを提供する、そして、人を想う気持ちや智恵をすぐに行動に移すということです。

このモットーを再認識して、多摩ニュータウンで高齢者が安心して過ごすことができるように、多摩市やその他の事業者と協力しながらつくっていくことが当院の目標です。そのために、医療・介護の立場から何ができるのか、何が求められているのか。高齢者の気持ちに立ち、しっかりと検討し、迅速に行動に移していく。すべての団地が同じでなくていいのです。すべての住民の方々が画一的なサービスを求めているわけではないのです。それぞれの環境、ニーズに合わせて必要なサービスを提供していく。これからもモデルなき挑戦を続けていきたいと考えています。

(平成28222/取材協力・高岡会計事務所/構成・本誌編集部 佐々木隆一)

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