経営・労務・法務

「地域のために何をするか」がこれからの病医院経営のキーワード

今、2025年を見据えた医療・介護分野の改革が進められている。財政再建のための社会保障費抑制策なども同時に進行するなかで、これからの病医院経営者にはどのような視点、考え方が求められるのか。元厚生労働省老健局長で、現在は国際医療福祉総合研究所所長を務める中村秀一氏に話をうかがった。

中村秀一
国際医療福祉総合研究所 所長

聞き手/
本誌編集委員長
石川 誠

Nakamura Syuichi
東京大学法学部卒業。1973年に厚生省(現厚生労働省)入省。厚生省老人福祉課長、保険局企画課長、大臣官房政策課長等を経て、2001年に厚生労働省大臣官房審議官、2002年に老健局長、2005年に社会・援護局長、2008年に社会保険診療報酬支払基金理事長等を歴任。2010年に内閣官房社会保障改革担当室長に就任。2012年より、一般社団法人医療介護福祉フォーラム理事長、国際医療福祉大学大学院教授。


2つの改革の流れがあるも
その本質を見誤るな

──現在、持続的な社会保障制度の確立を目指し、医療・介護分野の改革が進められているところですが、まずはその現状についてどのように見ておられますか。
中村 社会保障制度改革の本格議論は、福田・麻生政権時の社会保障国民会議(2008年)、安心社会実現会議(2009年)において始まりました。その後、「社会保障・税一体改革」として、2012年度に消費税や少子化対策、公的年金に関する改正が行われ、医療・介護分野については、2014年度に「医療介護総合確保推進法」が成立し、それに基づき、今、医療・介護提供体制の改革が進められているということになります。「病床機能報告制度」(2014年10月施行)や、「地域医療構想」(2015年4月から都道府県が策定)は総合確保推進法により制度化されたものです。
他方、診療報酬改定は、2014年、2016年とマイナス改定でしたが、病床機能の分化・連携、在宅医療の充実・強化などの方向性、その目標が明確に示されました。それは2012年、2015年の介護報酬改定も同様の方向です。2025年を見据えたなかで、政府は医療・介護提供体制を大きく変えようとしている。その目標を明確に示し、そのための改革が一歩ずつ進められているわけです。
この背景には、超高齢社会の進展という問題があります。現在、全国の高齢化率は約27%にまで達しました。この数値はさらに高くなり、人口推計データでは2042年まで65歳以上の人口が増加すると予測されています。
ここで難しいのは、全国一律で高齢化率が上昇するわけではないということ。つまり、地域差があるということです。地域によっては、すでに横ばいや減少しているところもあります。全344の2次医療圏のうち、100以上の地域は高齢者数が減少しています。
──この地域差にいかに対応していくかが重要ですね。
中村 全国一律の対応ができないなかで、改革を進めるには診療報酬改定、介護報酬改定だけではその誘導が難しい。報酬改定は、増やすことは得意ですが減らすことは苦手としています。7対1の転換に苦労していることからもわかると思います。だからこそ、「病床機能報告制度」や「地域医療構想」、そして「地域医療介護総合確保基金」などが創設されたわけです。
──他方、課題についてはどのように見ておられますか。
中村 改革にはお金がかかります。単に削減するだけでは実現できません。そこで、消費増税分の財源を活用し、削減するだけでなく、強化するところにはしっかり財源を投入する。そういう方針で改革が進められているわけです。
ところが、消費税を5%から8%にするまではよかったのですが、10%への引き上げが2019年10月まで延期されることになりました。当初は、2015年10月の引き上げが2017年10月に延期されるということで、2016年度診療報酬改定には間に合いませんでしたが、2018年度の診療報酬・介護報酬同時改定までには財源を確保できると見込んでいました。そこで基金の強化を図り、病床機能の再編を加速化させ、地域医療構想の策定、医療計画の見直しなどを進める予定だったのですが、それも難しくなったわけです。
つまり、政策の方向性は明確に示され、それに沿って改革が進められていく。しかし、そのための財源は確保されていないという問題を抱えているのです。
──財源確保ができていないなかで、同時改定や新しい医療計画などを進め、効果を出していくというのは難題ですね。
中村 さらにいうと安倍総理は、2020年までに基礎的財政収支(プライマリーバランス)を黒字化する目標を掲げ、「骨太方針2015」で、2016年度、2017年度、2018年度の3年間を財政再建の集中改革期間と位置づけ、社会保障関係費の伸びを1兆5,000億円にするとしました。1年間で5,000億円に抑えるということです。
昨年の厚生労働省の高齢化にともなう増加分の概算要求は6,700億円でしたが、最終的には4,997億円となっています。削減した1,700億円のうちの1,500億円分は診療報酬のマイナス改定で出しました。ちなみに今年の概算要求は6,400億円ですから、1,400億円分を削らなければなりません。
今、厚労省の医療保険部会や介護保険部会では、2025年までにどのように地域包括ケアシステムを構築するかなどといった議論ではなく、今年の「骨太方針2016」で示された改革工程表にいかに合わせていくかという、“受け身”の議論がなされているのです。
話を整理すると、医療・介護政策は今、2つの流れが同時に動いているということです。1つは2014年から本格的にスタートした医療・介護改革。もう1つは財政再建のために3年間の医療費の伸びを1兆5,000億円に抑えつつ、「骨太方針2016」の改革工程表に示された取り組みを行っていくことです。この2つが交じり合って政策が進められているために、外から見ていると非常にわかりにくく複雑に見えるのです。
──医療・介護政策の方向性を見ていくためには、まずは2つの流れがあることを理解することが重要になるわけですね。
中村 医療機関の経営者として認識していただきたいのは、あくまでも“本筋”は前者の改革であるということです。診療報酬改定のプラス・マイナスの議論や医療費抑制策などに惑わされてはいけない。改革の方向性は今後、強化されることはあっても弱まることはないと認識し、経営戦略を検討していくことが重要です。

地域医療構想との整合性が
融資でも求められる時代に

──地域医療構想については都道府県が策定を進めているわけですが、これまで国のトップダウンで行われてきた医療・介護政策を、実際に地方行政が担うことはできるものなのでしょうか。
中村 全体の約8割が民間病院であることを考えると、もともと国であろうが地方自治体であろうが、行政主導で動かすことは容易ではありません。
そのなかで都道府県はデータに基づき地域医療構想を策定することになります。昨年、内閣官房専門調査会が2025年の全国の医療機能別必要病床数(高度急性期、急性期、回復期、慢性期の合計)を約120万床と推計しました。この手法を参考に都道府県は2次医療圏ごとの医療機能別必要病床数を推計し、地域医療構想を策定します。ですから、このことに関してあまり心配はしていません。
難しいのは、策定した地域医療構想と現実とのギャップを埋めてどのようにゴールインさせるかです。
──民間病院が中心のなか、ギャップを埋めるのは簡単ではありませんね。
中村 そこでは、まず病床転換をスムーズに進めるために基金の強化が不可欠です。
その上で、「地域医療構想調整会議」でいかに落としどころを見つけていくかということになりますが、現実的には、地域での自院の機能を明確にし、ニーズに応じて迅速に転換を進めなければ生き残ることができない状況にあります。特に地方では人口減少社会が急速に進み、年々、病院経営が厳しくなっているのです。地域のすべての医療機関が力を合わせて対応しなければ、厳しい経営環境を乗り切ることはできないということです。地域医療構想に合わせて自院の機能を転換せざるを得ないというのが現実でしょう。
もう1点、今後はさまざまな場面で「地域医療構想との整合性」が求められます。たとえば、民間病院が資金調達をする場合、金融機関は「地域医療構想に合っているか」ということを融資の判断材料の1つにすることが考えられます。「骨太方針2016」の改革工程表でも地域医療構想との整合性を取って進めることが示されていますし、医療費適正化計画でも地域医療構想を踏まえて都道府県が策定することになっています。
まだ地域医療構想は出揃っていませんが今後、いろいろな場面で関係してくる重要な政策であることを認識しなければなりません。

新たに示された財務省の抑制策
“本筋”ではないことに留意

──2017年度予算案の編成の議論が始まり、財務省は、16項目の医療・介護費抑制策について提言しています。年末までに改革案としてまとめ、来年の通常国会に提出する方針とのことですが。
中村 まず、ここで提言されているのは、“本筋”ではなく財政再建のための流れであることに留意してください。
その上で、提言の内容を見ると、医療分野では、「高額療養費の見直し」「かかりつけ医以外を受診した場合の定額負担導入」「オプジーボの薬価等の見直し」「後期高齢者の保険料軽減措置特例の見直し」などが示され、介護分野では、「軽度者に対する生活援助サービス等の引き下げ」「介護納付金の総報酬割」などがあります。
厚労省との攻防が予測され、このまま成立するかどうかはわかりませんが、まずは示された個々の項目の意図を理解することです。
たとえば、がん治療薬の「オプジーボ」は、直近の医療費の増加に関連します。実はここ数年、医療費全体の伸びは年率1~2%と落ち着いていたのですが、直近は3.8%となった。その理由はC型肝炎薬の保険適用です。このままオプジーボに対しても無策では医療費全体が激増する恐れがある。つまり5,000億円の枠に抑えるための対策が他に必要になるということがわかります。
また、「軽度者への生活援助サービス等の引き下げ」は、たとえ国会を通っても、すぐに効果が出るものではありません。2014年度介護報酬改定で、要支援の訪問介護、通所介護を保険適用外としましたが、半数以上の自治体は2017年にその切り替えを行うとしていて、時間がかかるのです。要介護1・2の軽度者のサービスを見直すことになっても同様に3年ぐらいの期間が必要でしょう。
反対にすぐに削減の効果が表れるのは、患者負担に関するところです。具体的には、「高額療養費の見直し」や「後期高齢者の保険料軽減措置特例の見直し」「介護納付金の総報酬割」などです。
──「かかりつけ医以外を受診した場合の定額負担導入」も、すぐに効果が出るものに該当しますね。
中村 これに関しては現実的ではありません。単に「かかりつけ医を決める」といっても、そのルールづくりは想像以上に複雑です。たとえば、かかりつけ医をどのように定義するのか、皮膚科や眼科などのクリニックを受診した場合はどうするのか、国民はどのようにかかりつけ医を登録するのか、かかりつけ医はかかりつけ医であることを拒否できるのか等々、いろいろな問題をクリアしなければなりません。もちろん理論的にはかかりつけ医がいたほうがよい。ただ、その基盤がないなかで進めるのは難しいと見ています。

生活を支える医療への
重点移行を認識すること

──今後、病医院が生き残るためにはどのような視点、取り組みが重要になるのですか。
中村 先ほど高齢化の進展には地域差があると話しました。病医院の経営者は、自院がどこの2次医療圏に位置しているかを把握した上で経営戦略を打ち出すことが必要です。2次医療圏によって抱える問題やその対応は異なります。まずはこのことを強く認識しなければなりません。
クリニックについては在宅医療への取り組みが不可欠です。これは同時改定でも強化される方向にあるでしょう。しかし、24時間365日の対応は医師1人では難しい。そこで重要になるのが地域の病院、クリニック、訪問看護、介護事業者等との密な連携です。その体制をつくるためには、院長先生自らが積極的に地域に出ていき、関係者とコミュニケーションを取ることが欠かせません。
あとは、クリニック、病院の両方にいえることですが、院内の人的資源を地域の資源として生かしていく視点も必要です。今、全国的に要介護認定率が上がっていますが、大分県は上がらなかった。その理由は、県内の理学療法士(PT)や作業療法士(OT)が地域ケア会議等に参加し、積極的に高齢者のケアに取り組んでいるからです。しかし、PTやOTは地域にいません。つまり、病医院の経営者が彼らを地域に出しているということです。自院の人的資源が地域で活躍することで、自院の信頼が高まり、結果、患者の紹介などにつながります。
──病院の経営者に求められることとは何でしょうか。
中村 医療の重点が移ってきていることを強く意識すべきです。高度急性期が大事であることはいうまでもありませんが、現実は患者のほとんどが高齢者なのです。そこで求められるのは高度急性期ではなく、生活を支える医療であり、自立を支援するリハビリや介護ケアです。こうしたサービスを提供する病院こそが地域でなくてはならない病院なのです。医療界ではどこか“高度急性期が最も偉い”という考え方が根づいていますが、それを改めなければならない。この意識改革ができないと、いつまでも7対1の看板にしがみつき、経営の方向性を見誤ることも十分に考えられます。
そういう意味では、病院に限ったことではありませんが、これからの病医院経営のキーワードは、「地域のために何をするか」でしょう。地域に積極的に出ていき、ニーズを拾い、それに1つひとつ応えていく。そうした取り組みを積み重ねていくことが、病医院の地域での存在価値に結実するのだと思います。(平成28年10月26日/構成・本誌編集部 佐々木隆一)

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