経営・労務・法務

上杉鷹山の教えに学ぶ 経営者が持つべき10の視点

経営環境の変化が厳しい昨今、医療機関が選ばれ続けるためにはどのような視点が重要になるのか。“変化”に柔軟に対応できる経営者の資質が求められると話す日本病院会会長の堺常雄氏は、江戸時代中期に藩政改革を行い、貧困に苦しむ領民たちの生活を救った上杉鷹山の教えから、現代の医療者に持ち合わせてほしい10の視点を示している。

堺 常雄
一般社団法人日本病院会会長
社会福祉法人聖隷福祉事業団
総合病院聖隷浜松病院総長


聞き手/
本誌編集人
石川 誠

Sakai Tsuneo
1970年、千葉大学医学部卒業。1971年から米国で脳神経外科研修。1979年、米国ニューヨーク州立大学アップステート・メディカルセンター大学院卒業。聖隷三方原病院脳神経外科部長・副院長、聖隷浜松病院脳神経外科部長・副院長を経て、1996年、聖隷浜松病院院長に就任。2010年、一般社団法人日本病院会会長(現職)。社会保障審議会医療分科会 臨時委員、医療従事者の需給に関する検討会構成員などを務める。

環境変化が最も厳しい時代
医療機関にも“変化”が必要

──昨今の医療機関を取り巻く経営環境は大きく変化しています。この変化にいかに対応するかが、これからの医業経営のカギを握りますね。
 これまでを振り返ってみても、今が最も「環境変化が厳しい時代」といえるかもしれません。
少子高齢社会の進展にともない医療費の増大が問題視されています。このままでは国民皆保険制度の存続も危ぶまれる。こうした状況に対応するため、現在、医療提供体制改革が行われています。地域包括ケアシステムの構築、そして地域医療構想づくりなどが各地域で進められています。これが実現したときには、医療側から見た“風景”は、これまでとはまったく違ったものになることが容易に想像できます。
しかし、そのためには、個々の医療機関の“変化”が必要です。病床を大きく変えなければならないなど、これまでの姿を180度変えなければならない医療機関も出てくるでしょう。
また、高齢社会にともない患者ニーズも変化しています。私が医師になった頃は、目の前の患者さんを救うために、持っている医療技術を出し尽くすのみでしたが、今は、患者ニーズに合わせて治療を進めなければならない。たとえば、がん末期の患者さんが、「治療はそんなにやらなくていい」と言えば、医師は治療を押しつけることはできません。つまり、医師の考え方にも、その他の医療従事者の考え方にも変化が求められているということです。
医療技術も日々、進歩しています。最新の医療技術にいかについていくか。代表的なものとして最近、話題となっているがん免疫治療薬のオプジーボがあります。これは、大きな治療効果が期待できるものです。その一方で、薬価が50%引き下げられたものの、それでも高額であると問題になっています。
いずれにしても、医療機関は、こうした環境変化にしっかり向き合い、先を見据え、自院の姿を積極的に変えながら経営することが求められています。実際には「なんとかなる」と思っている経営者が多過ぎます。“古き良き時代”にすがり、なかなか行動に移すことができない医療機関は淘汰されていくでしょう。想像以上に厳しい状況に置かれている現実をしっかり受け止めなければならないと思います。

鷹山の10の教えが示す
経営にとって大切な視点

──今後、医療機関が生き残るためには、経営者のあり方というのが問われているといえますが、そのなかで堺先生は、昨年の日本病院学会において、「医療人のあるべき姿―上杉鷹山の教えに学ぶこと」をテーマに講演されています。参加者らを惹きつける内容で、非常に好評だったようですね。
 上杉鷹山は、江戸時代中期、米沢藩主(山形県米沢市)として、藩政改革を実行し、貧困に瀕していた領民の生活を救った人物で、今なお米沢市民に親しまれています。私は、その米沢近傍出身で、藩校の伝統を受け継ぐ米沢興譲館高校が母校です。
とはいえ高校時代は、のんびりした生活を送ってきたこともあり、あまり上杉鷹山を意識していなかったのですが、無意識のうちにその精神が身体に刻み込まれていたのでしょう。その後、医師になり、聖隷浜松病院の院長になった際に、浜松医科大学で「医学概論を教えてほしい」ということでその内容を考えていた。その時、藩政改革の一環として医学への取り組みにも力を入れた上杉鷹山がふと頭に浮かんだのです。さらにいろいろ調べていくと、上杉鷹山の魅力にどんどん惹きこまれていった。私が思っていた以上に素晴らしい人物であることがわかりました。それ以降、講演させていただく機会などには、上杉鷹山の話を出したりしていました。
余談ですが、第35代米国大統領のジョン・F・ケネディは、日本人記者団との会見で「尊敬する日本人は誰ですか」と聞かれ、「上杉鷹山」と答えています。ケネディの大統領就任演説では、「我が同胞アメリカ国民の皆さん、国家があなたに何をしてくれるのかを問うのではなくて、あなたが国家に対して何ができるかを考えてみなさい」という言葉を残しています。立証するものは残っていませんが、これはまさに上杉鷹山の教えそのものだと思っています。
──今の医療者にとって重要な上杉鷹山の教えとは具体的にどのようなものなのでしょうか。
 私は現代の医業経営に通じる上杉鷹山の教えとして、具体的に10の視点をあげています。
まず1つ目は「慈愛の政治」です。藩主は領民に対して、父母のように慈愛を持って接しなければならないといっています。これは「患者中心の医療」に置き換えることができるでしょう。医師中心、病院中心の医療から完全に脱却を図る必要があるということです。
2つ目は、「自ら範を示した」です。貧困で苦しむ領民を救うために、率先して現状打開のための改革を断行した。院長、幹部職員も職員に自院の方向性を明確に示し、よりよい姿になるように、改善、改革に取り組むことが重要です。
そして3つ目が「広く民意を問うた」。領民が何を考え、何を望んでいるのかを知り、それに応えたのが上杉鷹山です。つまり、経営者には患者・職員の意見を重視することが求められるということです。
4つ目は、「将来を見通して計画を立てた」です。まさに今、医療機関も変わらなければいけないわけですが、5年後、10年後の姿を明確に計画書に落とし込み、“希望の光”を示さなければ、職員はついてきません。
──患者中心の医療、職員重視、経営計画の策定など、確かに医業経営に通じる視点ですね。5つ目はいかがでしょうか。
 5つ目は、「教育は国を治める根本」ということで、上杉鷹山は人材育成の重要性を説いています。医療機関は人材がすべてです。経営状況が悪いからといって人材教育を疎かにしてはいけない。これは“先行投資”と捉えるべきでしょう。すぐに結果が出なくても、必ず中長期的にその成果が表れてくるはずです。
これに関連して6つ目は、「人材登用に秀でていた」ということ。優秀な人材には、ポジションと権限を与えました。つまり育てた職員をどんどん活用するということです。トップダウンの組織ではなく、職員が自発的に動ける組織をつくるということにも通じると思います。
7つ目は「優れた補佐役を得た」です。院長の意思決定を補佐する経営幹部、またはコアとなる経営チーム等の機能が大切だということです。クリニックであれば、事務長の配置、または税理士等のサポートということも考えられると思います。
そして、8つ目が「よき指導者に恵まれた」です。これは自分の考え方に固執せずにいろいろな人の意見を聞くということです。外部の研修会に積極的に参加してどんどん知識や技術を吸収する。そこから新たなアイデアが生まれてくるものです。
9つ目は「政策の実行は勇気を持って行う」ということです。行動に移すことに臆してはいけません。権力をふるって偉そうに指示をしてもいけない。進むべき方向性を決めたら、結果が出るまで、とにかく実行するのみ。その行動力が求められるということです。
最後の10番目は「発想の転換を図った」です。まさに新たな価値創造です。「今まではこういう形でうまくやれていた」という過去に捉われることなく、環境変化を見据え、180度の方向転換もいとわずに前進することを考える。そうしなければ、これからの新時代には対応できません。
──10の視点をあげていただきましたが、そのなかでも医業経営において特に重要なものはございますか。
 やはり職員中心という考え方だと思います。何か事に当たるとき、院長だからといって独善的に進めるのではなく、職員と力を合わせて行う。そして、職員をやる気にさせて、100%の力を引き出してあげる。「1+1」は「2」ではないのです。間違った対応をするとマイナスになってしまう。でも上手く職員の力を引き出せば、「3」にも「4」にもなります。
──職員のやる気を引き出すためには、どういうことが大切になるのでしょうか。
 1人ひとりの職員が何をやっているのか、どんなことを頑張っているのか、そういうことをしっかり見てあげて、それを数値で見える化し、適切に評価することでしょう。そして、もしその職員に足りない部分があれば、明確にアドバイスしてあげることが、職員のモチベーションアップに結実すると考えています。是非、経営者には、職員のやる気と能力を引き出す経営に特に力をいれていただきたいと思います。

患者・家族の視点から
医療サービスを見直すこと

──今後、地域住民から望まれる病院とはどのような姿だとお考えでしょうか。
 私は、地域ニーズに応える病院機能として、「地域包括ケア“支援”病院」というものを提案しています。これは、地域包括ケア病棟の3つの機能に加え、急性期と回復期の両方を合わせ持つ病院です。これによって、24時間365日、何時でも高齢者救急に対応することができる。そして回復期で急性期の患者のリハビリを行うことができるわけです。こうした機能を持つ病院なら患者・家族や地域も安心ではないでしょうか。
これが具現化するかどうかは別として、今の医療サービスは、すべて診療報酬によってコントロールされています。経営を存続させなければならないので当然ですが、今後、重要なことは、診療報酬ではなく、患者・家族の視点から医療サービスを考えるということではないでしょうか。どういう病院だったら任せることができるのか、任せたいと思うのか。この考え方に基づき、自院の体制づくりを進めていくことで、必ず地域住民に求められる病院になると思っています。
──地域完結型の医療提供体制をつくっていくというなかで、この4月からは地域医療連携推進法人制度が施行されますが、これについてはどのように見ておられますか。
 個人的にはよい制度だと見ています。ただ、実際に具現化するとなるとなかなか難しい。
たとえば、浜松には6つの急性期病院があります。民間病院が聖隷浜松病院、聖隷三方原病院、あとは大学病院と公立病院です。大学病院は研究機能を持ちながら質の高い急性期医療を提供していますが、他の公立病院は、そこまで質が高いとはいえません。聖隷浜松病院と聖隷三方原病院には敵わない。現実的には、浜松という地域に6つもの大きな急性期病院は不要なのですが、それでも、そのすべてが急性期をやりたいと言っています。そうしたなかで地域医療連携推進法人をつくるとなれば、どこがどんな役割を担うのかは大きな議論になるでしょう。
このようなところは、浜松に限らず多いと思います。それなら、まずは地域連携推進法人という制度に捉われずに、“緩やかな”連携体制をつくることから始めてみてはどうだろうかというのが私の考えです。
ICTを使った情報の共有からスタートして、すべての病院がそれぞれMSWや医療コーディネーターを持つ必要はないので、地域でそうした人材を共有する仕組みをつくる。病院の高度な検査機器は地域の共有の財産として、広くかかりつけ医が使えるようにする。そうしたことから始めればよいのです。
──それで最終的には地域医療連携推進法人という形にするということですね。
 地域医療連携推進法人にするかどうかは、また別の議論が必要になるのですが、要は法人化することを目的にしてはいけないということです。あくまでも目的は、地域住民が安心できる医療提供体制をつくることができるかどうか。この目的に向かって地域のあらゆる資源が最善の姿を見つけ出すということが大切なのです。
もちろん人口減少が激しく、今後、患者数はどんどん減っていくという地域もあります。そういうところでは、何もしなければ病院もクリニックも経営がどんどん悪化してしまう。閉院ということになれば、困る患者さんが出てくる。そうならないために、地域のあらゆる資源を活用して、早急に地域医療連携推進法人を設立し、医療サービスの最適化を図るということになると思います。

医師とAIの融合を見据え
今こそ資質を磨く時

──本日は貴重なお話をありがとうございました。最後になりますが、医療機関の経営者にメッセージなどがあればお願いします。
 これからの医療者は、医療技術や診断能力といったことはもちろんですが、いかに患者や家族に対して温かい目で見守ることができるかが重要になると思っています。心ある医療をいかに提供することができるかです。とても定性的な表現ですが、この部分が今後の医業経営の存続、いや医療そのものの存続に関わってくることだと考えています。
というのも、ご存じのように最近、AI技術が著しく進歩しています。AIが病気の診断をしたという報道もありました。このAIの診断の精度がどんどん向上していけば、私たち医師の診断能力はAIにはとても敵わなくなるでしょう。もしかしたら実際の手術まで医療ロボットが行う時代が来るかもしれません。
それでは医師はもういらなくなるのでしょうか。そんなことはありません。私は、人間的な温かみまではAIで提供することはできないと思うのです。つまり、これからの医療者は温かみを持って患者と接し、AIや最新技術を駆使して、診断や治療を行う。そういう医師とAIの融合の時代が、そう遠くない将来に訪れると思うのです。そんな未来を見据えて、私たちは今こそ人間力を磨き、医療者としての資質を高める時なのかもしれません。
(平成29年2月21日/構成・本誌編集部佐々木隆一)

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