経営・労務・法務

社会ネットワークの充実で健康格差社会の縮小を

昨今、日本社会では、地域間や社会階層間において健康格差が広がっていることが問題となっている。厚生労働省も「健康日本21(第2次)」(2013~2022年)で健康格差の縮小を掲げている。実際に、健康格差の現状の調査・研究を進める千葉大学の近藤克則教授は、「ミクロ」「メゾ」「マクロ」からの総合的な対策の必要性を指摘するとともに、各地域における社会ネットワークの充実の重要性を訴えている。

近藤克則
千葉大学大学院
医学研究院公衆衛生学 教授
国立長寿医療研究センター
老年学評価研究部長
聞き手/
本誌編集委員
丹羽 篤

Kondo Katsunori
1983年、千葉大学医学部卒業。東京大学医学部附属病院リハビリテーション部医員、船橋二和病院リハビリテーション科科長などを経て、1997年、日本福祉大学助教授。日本福祉大学教授などを経て、2014年4月から千葉大学教授。2016年4月から国立長寿医療研究センター老年学評価研究部長(併任)。著書「健康格差社会―何が心と健康を蝕むのか」(医学書院)で社会政策学会賞(奨励賞)受賞。

所得や教育歴、職業階層等で
健康状態に大きな格差が

──今、健康格差の拡大が問題視されていますが、実際、日本の現状をどのように見ておられますか。
近藤 健康格差とは、「地域や社会経済状況の違いによる集団における健康状態の差」です。それを考えると、今の日本は放置できないほど、健康格差が顕著な社会になってしまったと見ています。
私たちが取り組んだ「愛知老年学的評価研究プロジェクト」では、高齢者約3.3万人のデータから、社会階層間の健康格差について調査してきました。
その結果を見ると、高所得者層に比べ低所得者層で、あるいは教育年数が長い者に比べ短い者で、うつや転倒歴、口腔状態、主観的健康感などの健康指標が悪いことが確認できました(図①)。

たとえば、低所得者層では、高所得者層に比べ約5倍もうつ状態が多いのです。要介護高齢者も低所得者層ではやはり約5倍も多くなっています。
社会階層に代表される社会経済的因子は、複雑な経路を経て健康に影響していると考えられます(図②)。まず、社会階層が低い者は、健康保護作用がある社会的サポートを受けにくい環境であることが、追跡調査でわかっています。そういう者ほどストレス対処能力が乏しいという結果もあります。また、低所得世帯ほど穀類の摂取量が多く、野菜類や肉類の摂取量が少なく、習慣的に喫煙する者の割合が高く、健診の未受診者の割合が高いなどの差があります。
どうして低所得者層では健康的な生活習慣が根づいていないのか。低教育歴、低所得のために、非正規雇用の仕事しか見つからず、条件のよい社会保険に加入できず、日々の生活に追われて大きなストレスを抱えやすいのです。
──その他、健康格差を生み出す要因としてどのようなことがあげられますか。
近藤 社会階層の1つに職業による階層があり、職業階層が低いほど健康状態が悪いという結果も出ています。これはイギリスの研究ですが、経済的貧困と無関係であるはずの公務員ですら、その階層によって死亡率に差があります。
また、最近では仕事・職場に起因する職業性ストレスが健康格差の原因として注目されています。
仕事上要求される業務量やスピード、責任、心理的負担など、「要求度」が高いほどストレスを感じるわけですが、実は、それだけでは決まりません。いつまでに何を、どの水準でやるかなどを自分の裁量で決められる「コントロール度」が大きくストレスに影響しているのです。
つまり、職業階層別に見ると管理者ほど要求度も高いのですが、その分、コントロール度も高いのでストレスによる影響を受けにくい。問題は、要求度が高いにも関わらず、コントロール度が低い階層です。実際、コントロール度が高い群に比べ低い群で冠動脈疾患は約2倍も多くなっています。これはメタボリックシンドロームやうつも大きくしています。
その他、健康格差を生み出す要因として、ライフコースの違いがあげられます。つまり、妊娠期や出生時、新生児期、小児期の環境によって異なるということです。また、父親の社会階層にも関連することがわかっています。

求められる肥満対策と
公的教育の整備

──健康格差の縮小を実現するためには、今後、どのような対策が必要になるのでしょうか。
近藤 2012年、厚生労働省の「健康日本21」(第2次)のなかで、健康格差の縮小を目指すことが明記されました。しかし、何をすればよいのかという対策の中身は、保健医療専門職のなかですら議論が進んでいるとはいえません。
そのなかで、健康格差社会への対策・政策、いわゆる“処方箋”は、少なくとも3つのレベル、①ミクロ(個人や家庭)、②メゾ(職場や地域)、③マクロ(国や社会)に分けて考える必要があります。
まず、①ミクロ(個人や家庭)の対策(図③)ですが、このレベルに限定しても多くの因子が関わっていて、その1つひとつも複雑な背景関連要因を持っています。その上で、対策の具体例をあげると、1点目は「肥満対策」です。これは、リスクを持つ個人を対象とした「ハイリスク・アプローチ」では限界があり、リスクを持たない人を含む人口集団全体を対象とする「ポピュレーション・アプローチ」が考えられます。たとえば、ジャンクフードのテレビCMの規制です。実際、肥満が1980年から約20年間で3倍に増えたイギリスではその規制に乗り出し、一定の効果を上げています。日本でも、中学生1,936人を対象とする調査で、CMの影響が報告されています。テレビ視聴時間は、塾や習い事の費用負担ができない低所得者層の子どもで長い傾向があり、CM規制は健康状態の改善につながる可能性が高いのです。
2点目は「教育」です。教育歴が長い人ほど、健康に望ましい状態であることが示されています。ただ、低所得者層は教育にお金をかけられないという問題が出てくる。経済力による教育格差の是正は、健康政策でもあるということを認識し、教育の公的財源を増やし、(経済力でなく)能力に応じて教育が受けられる環境を早急に整備すべきだと考えます。

社会サポート・ネットワークが
健康に影響

──メゾ(職場や地域)レベルでの対策としてはどのようなことが考えられますか。
近藤 職場のリスクと取り組み(図④)ですが、働き盛り世代は、職場で多くの時間を過ごし、さまざまなリスクにさらされています。そのなかで、企業レベルでできることはたくさんあります。たとえば、従業員の健康に配慮した経営を行う「健康経営」に取り組む。長時間労働の是正、また職業性ストレス対策として、職場内での社会サポート・ネットワークの再構築などが考えられます。
また、地域対策としては、人々のつながりを豊かにすることがとても重要です。いわゆる、「ソーシャル・キャピタル」の充実です。
ソーシャル・キャピタルとは、人々の社会ネットワークであり、各種のサポートはこのネットワークから得られることがほとんどです。貧困、障害など社会的弱者ほど、社会サポートもネットワークも弱く、孤立しやすい傾向にあります。社会的孤立は、うつなどの精神的な不健康を招き、それがやがて身体的健康をも蝕みます。
実際、地域にある趣味の会やスポーツ組織へ参加しているかどうかで、住民のうつ状態や転倒割合は異なります。これは、個人の意欲の問題もありますが、各地域にそういう機会があるかどうかという問題もあります。地域の社会ネットワークが充実しているかどうかが重要なわけです。

──マクロ(国や社会)レベルについてはいかがですか。
近藤 今、日本では無駄な受診の抑制を図ろうとしているわけですが、それによって低所得者層の必要な受診の抑制や健康格差の拡大が起きることを懸念しています。実際、ヨーロッパおよびOECD加盟国の医療制度改革をまとめたレポートには、自己負担を増やすと、不要な医療も減るが、必要な医療も減るという報告があります。しかも、低所得者ほど不健康が多く、医療の必要性が高いにも関わらず、必要な医療から排除されやすくなると指摘されています。低所得者層でも安心して医療にかかることができる医療保障制度が必要だと思います。
その他、肥満対策をはじめ、教育政策や貧困児童対策、長時間労働対策、労働・雇用政策など多岐にわたると考えています。
いずれにせよ、健康格差社会の是正には、ミクロ・メゾ・マクロの総合的な対策が必要です。
──先生が取り組む「JAGESプロジェクト」(日本老年学的評価研究)では、健康格差に関するさまざまな調査研究だけでなく、実際に、高齢者が集う場の開設、運営を行ってきたとお聞きしました。
近藤 愛知県武豊町(2015年時点で人口4万2,744人、高齢化率23.4%)において、2007年度から町の介護予防施策として、高齢者が集い、楽しみ、交流できる「憩いサロン」を開設する取り組みを進めてきました。そのなかでは、毎週、健康体操など行い活動の増加や外出の機会を増やすなどといったことを行いました。
主観的健康感が良い人が2.5倍になるなど改善が見られ、5年間の要介護認定率でも、非参加群の14.0%に対し、参加群では7.7%と約半分に減少しました。さらに7年間の追跡調査をしてみると、認知機能の低下リスクが参加者では非参加者に比べ約3割低下したという結果も確認できました。
ちなみに、サロン参加者の背景を調べてみると、教育年数が短い人や所得の低い人たちで、むしろ参加割合が高かった。つまり、社会ネットワークの場が、健康格差の縮小効果に大きくつながることを表しています。

医療機関には地域住民が
つながる場の提供を期待

──最後に、健康格差を縮小するために医療機関の経営者に期待することなどはございますか。
近藤 「時間外にどうしても診てほしい」と訴えてくる患者さんがいたり、「持ち合わせがなくてお金が払えない」という患者さんが来られたりもすると思います。その患者さんの背景をよく見ると、いろいろな事情を抱えているわけですね。その時、「困った患者だ」と一蹴するのではなく、「生活は大丈夫ですか」などと声をかけてほしい。そして、そこから、社会的サポートにつなげてあげる。診察室のなかでできることは必ずあるはずです。
また、医療機関には地域住民がつながる場、活動できる場を積極的に提供いただきたいと思っています。少しずつですが、そういう取り組みを行うところが増えていますが、それが当たり前のようになれば、地域の健康格差の縮小につながっていくと思っています。
(平成29年6月22日/構成・本誌編集部佐々木隆一)

「健康格差社会への処方箋」
著者:近藤克則 発行:医学書院(2017/1)
社会経済的因子による健康格差の実態とその生成機序を「健康格差社会」と名付け、日本社会に早くから警鐘を鳴らした著者が、その後の研究や社会動向から健康格差縮小のための“処方箋”を示す。国内外で実証されつつあるミクロ・メゾ・マクロレベルの戦略・対策が紹介されている。

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