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今こそ看護ケアの原点「TE-ARTE」に立ち返るとき

近年の医療現場では、高度化・機械化が進み、正確なデータに基づく診断、治療が可能になった。その反面、「会話をする」「手を触れる」などが疎かにされ、そのことが患者サービスの低下を招いている現状もあるという。長きにわたり医療現場に関わってきた看護師の川嶋みどり氏は、今こそ看護ケアの原点である「TE-ARTE」(テアーテ)に立ち返ることの重要性を説く。

川嶋みどり
健和会臨床看護学研究所 所長
日本赤十字看護大学 名誉教授

聞き手/本誌編集人 石川 誠

Kawashima Midori
1951年、日本赤十字女子専門学校卒業。1971年まで日本赤十字社中央病院、日赤女専、同短期大学勤務。1984年、健和会臨床看護学研究所創設。2003年、日本赤十字看護大学教授、同学部長を経て、2011年、名誉教授。2003年、第4回若月賞、2007年、第41回フローレンス・ナイチンゲール記章、2015年、第1回山上の光賞を受賞。主な著書として「看護の力」(岩波新書)、「キラリ看護」(医学書院)など多数。

医療の高度化・機械化で
患者サービスが低下している

──60年以上にわたり看護の世界に関わってこられた川嶋先生は、現在の医療現場の問題点等をどのように見ておられますか。
川嶋 看護師になって約66年間、ほとんど休みなく看護の仕事に携わってきました。実際に看護師として勤務したのは約20年間ですが、その後は、看護研究・教育に取り組み、現在は講演会等も行っています。そのなかでは母や夫の病気で外から医療現場を見る機会もありましたし、自分自身が病気になり患者の立場で医療と関わることもありました。
そんな私が、今の医療現場を見て危惧しているのは、医療の高度化・機械化により、大きなメリットを得られている一方で、患者サービスが低下しているということです。
昔の医師は、患者さんが診察室に入ると、まずじっくり話を聞き、その上で触診したり、聴診したり、打診したりして、身体の悪いところを突き止めていました。しかし、今は話をきちんと聞かずに、まず検査のオーダーを出します。検査から患者さんが戻ってくると、パソコンの画面で検査データを見ながら診察を行い、その表情や話には無関心です。それで「問題ありませんね」「お歳のせいですね」などで済ましてしまう。
確かに医療の高度化・機械化により、正確なデータに基づいた診断、治療が可能になりました。しかし、現実として、そもそもすべての患者さんが病気に罹って来ているわけではありません。“病は気から”という言葉があるように、気持ちの面から病であるかのような症状が発症している方もおられるのです。
たとえば、「お腹が痛い」という患者さんが診察室に入り、医師の顔を見て、会話をしているうちに痛みがなくなってしまった。そんなことが昔は多々ありました。それが今では受診することで病状が悪くなったり、薬の習慣性が出てしまったりということが起きています。
──“人間全体を診る”医療の重要性がいわれて久しいわけですが、なかなか実践できていない現状にあるわけですね。
川嶋 医学の進歩というのは細分化だと思っています。進歩するほど人間全体ではなく、細かく臓器別に診るようになり、最後は組織レベル、分子レベルまで細分化して診ることができるようになる。これは医学の進歩の宿命です。そのなかで、「医師に人間全体を診ることが大切だ」と訴えても、医師の仕事の特性上、難しいことかもしれません。
しかし、患者さんの側から見ると、特に現代社会においては、生活環境が非常に複雑化していて、人々はさまざまなストレスにさらされています。そのストレスフルの環境が病気の発症の大きな要因となっていることもいろいろな研究でわかっています。そのなかで、患者さんの話に少しでも耳を傾け、リラックスさせる診療、ケアを心掛ければ、病状がよくなるということはあるのです。
とにかく今の医療現場では、60年以上、この業界に身を置いている者として、患者さんの話をじっくり聞くとか、触診するとか、そういうことが疎かにされている気がしてなりません。

“診療報酬ファースト業務”が
看護の仕事を奪っている

──限られた診療時間のなかで、医師が十分に患者の話を聞くのが難しい状況にもあると思います。そのなかでは、看護師がその点をしっかりフォローするということも大切になりますね。
川嶋 そのとおりです。医師ができない分、看護師がしっかり患者さんの話を聞いてあげるべきですが、残念ながらそれもできていないのが、今の看護師の問題です。医師と同じようにデータを通して患者さんを看ている。ただ、その背景には、個々の看護師の質の問題もありますが、人材不足と業務内容の過密さで、そこまで手が回らない状況にもあるのです。
今年の4月、厚生労働省の「新たな医療の在り方を踏まえた医師・看護師等の働き方ビジョン検討会」で報告書をとりまとめました。ここでは、医師不足が深刻化するなか、医師業務を移譲する、つまりタスクシフト、タスクシェアを進めることが示されています。そして、その担い手として看護師があげられています。さらに看護師の業務負担が大きくなる方向に進んでいるのです。
医師も不足しているかもしれませんが、看護師は慢性的にずっと人手不足です。少なくてもこの60年間、満ち足りていたことは一度もありません。それでも、私が若い頃に比べたら、1病棟に当時の3倍以上の看護師が配置されています。当時では考えられないぐらい労働環境もよくなっている。それなのに、そもそもなぜ人材の不足感が高まっているのか。
看護の祖であるナイチンゲールは「看護師は看護に専念すべき」といっています。看護師は独立した専門職です。それなのに、今の現場は、看護師が看護に専念できない状況にあるのです。
その大きな要因を私は“診療報酬ファースト業務”と呼んでいます。つまり診療報酬を算定するための業務に全体業務の3分の1を割かれているのです。
たとえば、病棟の看護師は、患者さん1人ひとりに対して、毎日、「看護必要度」を記入しなければなりません。今日、その患者さんにどのような医療的処置を行ったのか、患者さんのADLはどうか、状態に変化はないかなどを、項目に沿って詳細に電子カルテに入力するわけです。それを入力しなければ、たとえば、7対1看護基準を算定できなくなるのです。
また、看護必要度とは別に、入院患者さんの日々の記録も取らなければなりません。しかも、その記録は、看護必要度と関係する内容を盛り込まなければならない決まりになっています。
さらに入院時アセスメントシートというものがあり、新規に患者さんが入院してきた際、なぜ入院してきたのか、どんな状態なのかなどを問診して記載する業務があります。この内容は看護計画とまったく連動しておらず、単に診療報酬の加算を算定するための仕事です。多い時には、25種類のシートがあり、1シートあたり50項目ぐらいの質問が書いてある。これをすべて記載しないと加算をとれないわけです。しかも、たとえば、褥瘡ができそうかどうかを確認するシートがあるのですが、そもそも1週間で退院するような、どう見ても褥瘡ができそうもない患者さんに対してもアセスメントをしていかなければならない仕組みになっています。
──病院の看護師は書類作成業務が多いと聞いていましたが、それほどとは思いませんでした。
川嶋 私は、ずっと大学で教えていたので、今の現場で何が起きているのかまったくわかりませんでした。ある日、卒業生らと会う機会があり、「仕事はどう?」と聞くと、涙を流しながら「辛い…」というのです。よく話を聞くと、深夜の看護師が出勤する時間帯にようやく日勤の看護師が帰宅できるというのです。勤務時間が終わってから深夜まで“診療報酬ファースト業務”を行っているわけです。どんなにエキスパートでもその業務に2時間半~3時間はかかっています。そこに医師からのオーダーへの対応が加わるとなると、本来、行うべき看護ケアが十分にできないということになります。
病院では経営が優先されて、それが看護師の疲弊や、看護ケアの質の低下につながっていることは間違いありません。

「自然治癒力」引き出す
「TE-ARTE」が看護の原点

──本来の看護ケアとはどのようなものなのでしょうか
川嶋 人間は毎日、呼吸をする、食べる、排せつする、身体を清潔にする、睡眠を取る、等々、当たり前の生活を営んでいます。これらを私たちは誰に指図されることなく、セルフケアで行っています。しかし、それが病気や障害、手術、もしくは高齢になるとできなくなる。それを、手助けをするのが看護ケアです。
その人の代わりに食べることはできないけれど、これまで本人がやってきたことと同じように、またはできるだけそれに近づける形で手助けし、それがある程度、自分でできるようになると、患者さんに前向きな気持ちが生まれる。それが、患者さんの「自然治癒力」の発現につながるわけです。
つまり看護ケアで自然治癒力を引き出してあげることが看護の原点となります。
──「食べる」「排せつする」などを支えることが看護師の本来の役割であるというのは、これまでの私の認識とギャップがあります。
川嶋 近年では、そういう仕事を看護師がやらなくなったからでしょう。分業化が進み、そういう仕事は介護士、看護補助者などが行っていることもその理由だと思います。また、最近の看護師は、日々の忙しさもあり、看護の原点に関心を持たなくなっていることも事実です。
その結果、今、看護師は「何をする専門職なのか」という存在意義が問われていると思います。
看護師が本来の看護ケア以外の仕事に割かれて疲弊しているなか、一昨年から特定行為に関する看護師の研修制度がスタートし、医行為の一部をシフトさせようとしている。だからますます現場の看護ケアがおかしな方向に進んでいるのです。
看護師が本来の看護ケアに専念すれば、特に不定愁訴といわれる、原因がわからない吐き気やめまいなどを抱える患者さんの6割の病状はよくなるはずです。
手厚い看護ケアをすれば褥瘡はできない。よい看護ケアをすればするほど何も起こらない。それが看護ケアの本質なのです。
それなのに、今の診療報酬は、たとえば、褥瘡ができればその分、点数が上がる仕組みになっています。
ナイチンゲールは「薬を与えることは何かをしたことなのに、空気や暖かさや清潔さを与えることは、何もしていないことであるという確信が何と根強いことか」と嘆いています。同じ構造が日本の医療現場にあるということです。
──川嶋先生は、自然治癒力を引き出す看護ケア「TE-ARTE」(テアーテ)という言葉を生み出し、世界に広めようとされていますね。
川嶋 「TE-ARTE」とは、手を触れるということだけでなく、傍に寄り添うということ。しかも物理的に傍にいるのではなく、心を通わせながら傍にいる。また、よく話を聞く、積極的な傾聴です。こうしたことを含めて「TE-ARTE」と表現しています。これらを行うことで何が起きるのか。
たとえば、お湯とタオルで患者さんの全身をきれいに拭く。これも「TE-ARTE」です。その際、単に清潔にするというのではなく、患者さんが気持ちよいと感じる拭き方が看護技術としてあります。これを実践すれば、患者さんは「まるでお風呂に入ったみたいだ」というわけです。お風呂に入ったような気持ちよさ。それは自律神経の副交感神経が優位に働き、気持ちと身体をリラックスさせます。するとナチュラルキラー細胞という免疫細胞が活性化して、自然治癒力を引き出すのです。
こんな基本的なことでさえ行っていません。それどころか、最近では袋詰めにされた紙製のおしぼりを身体拭きタオルとして患者さんに配っているところが増えています。しかも、そのおしぼりにはさまざまな化学物質や抗菌薬が入っていて、「乳児には使わないでください」「お肌が弱い方は医師にご相談ください」などの注意書きがあるのです。
そんな環境下では、看護師がいくら看護ケアを実践しようと思ってもできません。
──その他、看護ケアの原点といえるものとして、どのようなことがあげられますか。
川嶋 セルフケアの動機づけです。認知症にしても、がんにしても、生活習慣に起因していることがわかってきました。生活習慣を変えるためには、本人が生活を変えないといけません。そのためのセルフケアの動機づけ、患者さんの行動変容を起こすことも看護ケアです。それが実践できれば看護の将来は明るいと思います。
先般、亡くなられた日野原重明先生は「これからの医療をけん引していくのが看護だ」といっておられましたが、まさにそういう意味だと思います。

本来の看護ケアに立ち返り
実践あるのみ

──昨今、AIの進展による医療現場への影響がいわれていますが、これにより看護も大きく変わるのでしょうか。
川嶋 どんなにAIが進展しようとも、100年前の人の気持ちと、今の人の気持ちは変わっていません。正岡子規が「病牀六尺」という亡くなる2日前までの病人の気持ちを綴ったのは、明治のことですが、それと今の病人の気持ちは同じです。そう考えるとAI化に恐れることはありません。どんなにAI化が進んでも人の考え方までをコントロールされることはありません。最もオートメーション化されない領域が看護です。1人の人間としての看護ケアに邁進していくのみです。
──医療機関の経営者に期待することなどはございますか。
川嶋 経営者の哲学が看護ケアのよしあしを決めます。私は今、四国にある100床程度の小規模病院に関わっていますが、同院の理事長、院長は看護師を伸び伸びと育成しているのです。看護師が精神的に安定して仕事をすることで、サービスの質が患者さんに還元されている。「TE-ARTE」を推進し、そのことが地域の人々からの評判を高めています。
経営者が経営を最優先するのは当たり前です。でも、それを看護師に押し付けないでほしい。看護部門は診療報酬の仕組みからいっても本質的に不採算部門です。だからといって冷遇するのではなく自院の付加価値として位置付けてほしいと考えています。
──最後に、将来を担う看護師にメッセージをお願い致します。
川嶋 今の看護師は、できないことまで、できる顔をして引き受けてしまい、自分を苦しめ、本来やるべき仕事を犠牲にしています。本来の看護ケアに立ち返り、学生時代に学び、想い描いた夢を現場で実現できるように突き進んでほしいと思います。もちろん、そこにはたくさんの障壁があるでしょう。それを黙って受け止めるのではなく、患者ニーズに照らし、必要かどうかを判断していってほしいと思います。
看護師が生き生きと働く医療現場は、患者さんに対する質の高いサービスにつながります。患者さんに喜んでいただければ、家族も喜びますし、看護師本人だって嬉しいはずです。
看護師は、社会的に有用であり、有限の資源です。看護師が看護ではない仕事をすることは看護の無駄遣いといえます。そうならないために、看護師は専門職としての看護ケアを徹底する。その価値を皆さんに認めていただきたいと思います。そのためには実践する以外にないのです。本来の看護ケアに立ち返り、実際に病人のお世話をし、家族の心を支えるなかで、「やっぱり看護師がいないと困る」と思っていただけるような取り組みを愚直に積み重ねていくことを望んでいます。
(平成29年8月9日/構成・本誌編集部佐々木隆一)

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