寄稿

「職業会計人の職域防衛と運命打開」の意味を確認する

「職域防衛」は職業エゴではない

TKC全国会会長 粟飯原一雄

TKC全国会会長
粟飯原一雄

 TKC全国会の理念の一つである「職業会計人の職域防衛と運命打開」は、TKC会員にとって身近な言葉であり、さまざまな場面で使用されてきました。株式会社TKCは昭和41年の創業以来、定款の事業目的に「会計事務所の職域防衛と運命打開のため受託する計算センターの経営」を掲げています。
 しかし、その意味を、議論し、掘り下げるということはあまりなかったように思います。特に「職業会計人の職域防衛」の語は、他から見て、職業会計人である自分たちの生活を豊かにすることだけを目的とする、職業エゴ的なスローガンと受け取られかねません。
 TKC全国会活動が広く世の中から注目されるようになり、外部との接点が多くなってきた今日、改めてその意味するところを整理しておきたいと考えます。

米国の銀行等が会計事務所の関与先を収奪

 飯塚毅初代会長が昭和37年に、第8回世界会計人会議の日本代表として米国を訪問したころ、米国では銀行等が大型コンピュータを使って関与先の財務計算を会計事務所から奪っていました。日本でも同じことが起きないように税理士のための計算センターを創ろうと決意し、TKCを創業しました。つまり「職域防衛」とは、このような職域侵害の歴史を踏まえた言葉です。今日の日本においても関与先のパソコン会計導入による会計事務所からの離脱等から職域を防衛する必要があります。

TKC全国会の集団原理を示す言葉

 TKC会計人集団の基本的な実践原理について、「TKC会計人の基本理念25項目」の13項目と24項目にこう書かれています。

 「13.TKC会計人は、自利利他の理念を、自己の実践原理として位置づけた、職業会計人の集団である。」

 この「自利利他の理念」とは世俗的に表現すれば、自分の真の利益は、他を利することをいう。別言すれば、他のために徹底的に奉仕することが、本当の自分のためになるのだと解釈されています。すなわちTKC全国会の集団原理は、関与先企業や社会への貢献を目指すことにあり、職業エゴとは対極の価値観を示しています。

 「24.TKC会計人は、その日常の職業的実践活動の中にあって、二元相対的発想法に立たず、職員も関与先の者も、我に対する汝、自に対する他として是を観ぜず、万象が即ち我である、との観想・実感に立つことを祈られている集団である。」

 「二元的な発想法」の否定は、東洋思想、特に禅思想において広く知られているところですが、対立するように見える二つの事象・事物が、実は一体不離であると覚知することを言います。
 すなわち「色を滅して空に至る」あるいは、「自利を滅して利他に至る」などの段階的変化を意味するものではなく、「色即是空」、「色すなわち空である」という相即の論理であり、「自利即利他」、「自利トハ利他ヲイフ」という一元的発想を指します。
 このような集団原理を追求するTKC全国会にとって、「職域防衛と運命打開」とは、社会に貢献するべき会計人本来の使命を果たすために掲げられた理念であり、職業エゴ的な発想とは無縁なものです。

租税正義実現に向けた法改正提言活動がその一つ

 「職業会計人の職域防衛と運命打開」を目指す具体的な活動には、2つの側面があります。
 その一つは、職業法規や税法等の欠陥是正に向けた提言活動が挙げられます。飯塚毅初代会長は、昭和48年7月のTKC会報・巻頭言「会員の大増強を叫ぶ、必然の論理は何か」のテーマで次のような趣旨のことを述べています。

 「職域防衛という理念は、世界の文明国中には他に類例を見ない理念です。これを掲げざるを得ないほど日本の職業会計人の前途には、法制度を含め驚異的な障害が横たわっているから、これを正していく必要があり、その運命打開のためドイツのダーテフ・スタイルの強力な法改正実現のエネルギー集団が形成されなくてはならない」

 また「TKC会計人の基本理念」の17項目には次のように記述されています。

 「TKC会計人は、自由社会の存亡が、職業会計人の存亡と直結しているので、現代の自由主義法治国家の中で生活するわれわれは、単に精神的奴隷たることに甘んずるべきでないことは勿論、進んで正当な生き甲斐を求めねばならない。
 それは、より公正な職業法規の改訂実現と、より綿密な租税正義の実現のための各種税法及び会計諸法規の改訂実現であろう。それは職業会計人が、善良従順に就業を続けることのみによって実現される性質のものではない。それは職業会計人の固い団結と真剣な実践活動により、国会議員を動かす他はない。会計人の職域を守り、運命を打開するには、国会を動かさねばならぬ、と。清潔・公正・有能な国会議員と強力に連携し、その当選に絶対の責任を負う体制構築はそのためなのである」

 そこでTKC全国会はTKC全国政経研究会(篠澤忠彦会長)を組織して、各党からなるTKC議員連盟(国会議員・自民党139名、公明党27名、民主党18名)を通してこれまで法制度の改訂に活発な活動を展開してきました。
 「運命打開」とは、国家国民にとって法制度はどうあるべきかを提言し、その欠陥を是正していくことであり、その意味で、本質的には政治闘争の性格を内包しており、これを避けて通ることはできないということになります。

会計人のドメイン(本業)を充実強化し社会貢献すること

 第二の側面は、本業を充実強化して社会貢献するとの意味があります。TKC全国会第3代会長の武田隆二先生は、平成14年7月号のTKC会報・巻頭言の中の「職業会計人の職域防衛と運命打開をどう捉えるか」で次のように述べています。

 「職業会計人という職業、『ドメイン』(自分がもっとも得意とする分野。本業)を大切にしなければなりません。なぜなら、自己のドメインから出発しない発展は、必ず失敗に終わります。
 自己のドメインを大切にし、そして他の職種と異なる特性を発揮することが、社会貢献を果たすことにつながっていくと考えるわけです。
 さらに『職域防衛』という言葉によって、『職域』といわれるドメインを充実強化することが意味されていると解釈したわけですが、それによって、自己の確立がはかられるのです。自己の確立を大切にし、他と区別された特質を増やしていく。それが実は、『防衛』という概念につながっていく。つまり、自らの力を蓄えることが、自ずと防衛につながっていくという意味に解することができるのではないかと考えます。そして、自ら職業会計人としての行くべき方向性、すなわち運命打開がはかられると解釈しています」

 運命打開とは「自己のドメイン(本業)を中核とする新たな事業の開拓による戦略展開」とも指摘しておられます。
 職業会計人のドメインは、いうまでもなく「税務と会計の専門家として、その特技を活かして社会貢献していく活動」ということになります。

「会計で会社を強くする」活動もその一環

 TKC全国会は、2021年に向けた成長戦略として「中小企業の存続と成長・発展を支援する」を掲げ、次の3本の矢を実施していきます。

①黒字決算の支援
②決算書の信頼性を高めていく支援
③企業の存続基盤を盤石にしていく支援

 この中心は、「会計で会社を強くする」ことによって社会貢献を果たしていくことであり、「職業会計人の職域防衛と運命打開」そのものであると言えます。

 以上に見てきたように、「職業会計人の職域防衛と運命打開」とは、TKC会計人の基本理念に基づく社会貢献を包含する概念として理解すべきであると考えます。

(会報『TKC』平成27年10月号より転載)