寄稿

中小企業の黒字決算支援に向けて

赤字決算企業割合の高止まり

TKC全国会会長 粟飯原一雄

TKC全国会会長
粟飯原一雄

 ご案内のように政府は平成25年6月に、国の新たな成長戦略として「日本再興戦略──Japan is Back」を閣議決定しました。全国420万者の中小企業・小規模事業者について世界に誇るべき産業基盤をつくるとして、黒字企業を倍増(70万社から140万社へ)させ、開業率が廃業率を上回る状態を目指してきました。

 しかしながら、「2016年版 中小企業白書」によれば、わが国の小規模事業者数は325万者で、この2年間(平成24年から平成26年)で約9.1万者減少となっています。

 また、本年3月に国税庁が発表した平成26年度分の「会社標本調査」によれば、欠損法人割合は、前年度よりやや少なくなったとはいえ、66.4%と、依然高いレベルに止まっています。

 さらに、深刻なことは経営者の高齢化が進んでいることです。最近の経営者の中心年齢は66歳、ここ20年間で20歳近くも上がっており、事業承継が進んでいないという実態です。

 去る6月6日付の「日本経済新聞」朝刊に「中小企業、2030年消滅?」という大変ショッキングな記事が載っていました。このまま事業承継が進まなければ、15年後には、経営者の年齢層の中心は80歳を超えることになり、廃業が進む一方、存続してはいても活力を失った企業を多く抱えることになるというのです。今や事業承継問題は、待ったなしの状況にあるといえます。

関与先企業の黒字化支援は会計人の大きな役割

 このような現状にあるからこそ、TKC会計人による中小企業の黒字決算への支援、特に「7000プロジェクト」に引き続き取り組んでいくことが重要といえます。

 当事業の実績は、全国で1万1,421件(平成28年3月末日現在)ですが、そのうちTKC会員の支援企業は5,149件で、全体の5割近い実績をあげてきました。

 都道府県別に見ると、青森県では、TKC会員の実績が117件で、県全体の実績の82.4%と大きな割合を占めています。その他の県でも、5割以上のシェアをあげているところが17県あり、地域経済の発展に大きく貢献しています。

 なお結果的にこの「経営改善計画策定支援事業」は恒久化されることになりました。

 ところでTKC会員が関与している法人企業の黒字決算割合は、長年の活動成果もあり、年々高まってきています。『平成28年版TKC経営指標』によれば、50.7%が黒字決算で、さらにKFSを一体で支援している法人企業の黒字決算割合は、57.3%と高いレベルに達しています。

 しかしながら、中小企業全体の経営実態は、まだまだ厳しい状況にあります。今後とも「7000プロジェクト」への取り組みを中心にして、黒字決算企業を多く輩出していくことが、会計人としての大きな役割であると考えます。

 なお、当プロジェクトの活動は、信用保証協会や金融機関との連携を深める成果を生み、今後の金融機関との連携活動、とりわけ「経営者保証に関するガイドライン」や「事業性評価」、「ローカルベンチマーク」、「FinTech対応」など、地域金融機関との連携によって、地域中小企業の存続と成長・発展に貢献する諸活動の素地ともなりました。

 ちなみに当プロジェクトは、全国会主管プロジェクトとしては本年末で終了しますが、その後は「中小企業支援委員会」に担当を移管し、引き続き7,000件達成に向けた活動と認定を受けた企業へのモニタリング支援を定着させる活動を継続していきます。今後も、会員の皆様のさらなる取り組みをお願いする次第です。

企業の「事業性評価」重視へ方向転換

 政府は毎年、「日本再興戦略」について、その進捗状況などを検証した上で見直しをしています。平成28年改訂の「日本再興戦略2016──第4次産業革命に向けて」が6月2日に公表されました。その鍵となる「ローカルアベノミクスの深化」の取り組みの一つとして次のように記述しています。

「『ローカルベンチマーク』等を活用した担保や個人保証に頼らない成長資金の供給促進、金融機能の強化と事業再生・事業承継の加速化」

 このような方針の背景には、地域金融機関に対する金融庁の金融行政の方針転換があります。

 金融庁は、1999年以降「金融検査マニュアル」による資産査定をベースとして自己資本比率や不良債権比率等をチェックして「銀行の健全性」評価に比重を置いてきましたが、その方針を転換し、「平成27事務年度 金融行政方針」(平成27年9月)では、「企業・経済の持続的成長と安定的な資産形成」を目標とすることが示され、「新たに講ずべき具体的重点施策」として、地域金融機関等による「事業性評価融資の促進」が重要であるとしています。なお「事業性評価」については、「日本再興戦略2014」(平成26年6月)において次のように説明しています。

「企業の経営改善や事業再生を促進する観点から、金融機関が保証や担保等に必要以上に依存することなく、企業の財務面だけでなく、企業の持続可能性を含む事業性を重視した融資や、関係者の連携による融資先の経営改善・生産性向上・体質強化等の取組が十分なされるよう、また、保証や担保を付した融資についても融資先の経営改善支援等に努めるよう、監督方針や金融モニタリング基本方針等の適切な運用を図る」。

 このように企業活動の国際化や、国内における経営者の高齢化や人口減少が進展する中において、日本の中小企業や産業が活力を保ち、地域経済を牽引することが重要であるとして、地域金融機関が中小企業の成長可能性等を分析・評価する「事業性評価」重視へと、金融行政の方向転換が図られた経緯があります。

 TKC静岡会では、沼津市に本店のある静岡中央銀行殿と「事業性評価の支援協力に関する覚書」を締結し、2者が力を合わせて地元中小企業の地域創生に貢献していくことになりました。これは今後、他の金融機関にも波及するものと期待されます。各地域会においても、このような事例を参考に覚書締結金融機関との交流を図っていただきたいものです。

今こそ「継続MASシステム」活用が求められる

 さて、黒字決算を支援していくためには、何といっても「継続MASシステム」の普及と活用が欠かせません。今日、経営計画や経営改善計画等の策定支援は、TKC会員事務所における標準業務となっています。

『TKC会計人の行動基準書』には、TKC会員であれば等しく遵守すべき規範が規定されていますが、参考までに再掲すれば、『TKC会計人の行動基準書』(第4版)の実践規程3-9-1①では、「会員は巡回監査の実践に伴い、関与先が会計に関する情報を経営に活かせるように解説し、指導助言をしなければならない」と規定されています。さらに3-9-1③においては、「会員は、巡回監査の実践に伴い、関与先の経営に関する実務実践能力に則してTKCシステムによる経営計画の策定指導及び業績管理に関する指導助言をしなければならない」と明記しています。

 平成28年4月末日現在、当システムの保有事務所は、7,330事務所ですが、予算登録をして予実管理しているのは3,135事務所(平成28年4月末現在)です。当システムの提供が始まって20年になりますが、今こそ、その有効活用の好機と言えるでしょう。

「会計で会社を強くする」時代にあって、黒字決算支援に欠かせないことは、「継続MAS」活用によって経営者とより緊密なコミュニケーションを図ることだと言えます。

 第一ステージの最終年にあって、事務所総合力の強化に向けた各種研修が実施されているところですが、研修受講を通じて会計指導力を磨き、コミュニケーション能力を高めていただきたいのです。

 TKC方式による自計化の推進とともに継続MASシステムが広く普及し、活用されることを強く願う次第です。

(会報『TKC』平成28年8月号より転載)