寄稿

関与先企業の存続基盤構築に向けたリスク管理を

はじめに

TKC全国会会長 粟飯原一雄

TKC全国会会長
粟飯原一雄

 近年日本では、東日本大震災、熊本地震などの大規模地震のほか、台風や豪雨災害など大規模災害に伴う緊急事態が頻繁に起きています。

 さらに、中小企業の身近なリスクとして、経営者の不慮の事故や病死、従業員の労働災害事故、情報セキュリティに対するリスクなど企業の存続基盤が一瞬にして危機的事態を迎えかねないさまざまなリスクに直面しています。

 そもそも企業経営者は日ごろ、どのような災害を最も意識しているのでしょうか。帝国データバンクが本年実施した「事業継続計画に対する企業の意識調査」(「TDB・2016/7/14」)によれば、半数超(51.8%)にのぼる企業が地震災害を意識し、次に火災が19.5%、水害が7.7%など、実に8割を超える企業が自然災害を挙げているのです。特に、「地震」については、高知県、静岡県、和歌山県、愛媛県、東京都など、大規模地震の発生が想定されている地域で高くなっています。

 このような状況のもと、企業経営者には企業の存続と成長・発展をとげていくために将来発生するであろう様々なリスクに適切に対処しながら経営を切り盛りする気概が求められています。

トータルリスクマネジメント指導の主役は会計人なり

 一般的に中小企業経営者の多くは、自動車事故や火災事故に対しては安全対策や保険加入などによる対策を講じていますが、自然災害や他のリスクに対する危機意識はあっても、その対処が十分になされていないというのが実態です。

 TKC会計人は、企業経営において、直面する不測の事態による損害を極力避止するためのトータルリスクマネジメントの指導を本来業務として、「企業防衛制度推進委員会」「リスクマネジメント制度推進委員会」「共済制度等推進委員会」の三つの委員会が中心となり、それぞれの分野ごとに啓蒙活動と積極的な推進活動を展開してきました。

 特に、企業防衛制度推進委員会では、企業防衛加入関与先企業30万社を目指した活動を展開している中にあって、第1ステージの目標であった17万社を、本年7月に早期に達成されました。これは各地域会の委員会の皆さんを中心とした会員各位の逞しい努力の成果でありましたが、中小企業の存続基盤を盤石にしていくために、30万社に向け、さらに会員が等しく推進活動を進めていかねばなりません。

 一方、財物、賠償責任、情報漏洩などのリスクへの対応支援を行うリスクマネジメント制度の推進にあっては、会員の理解度がまだまだ弱いように思われます。リスクマネジメント制度推進委員会は、企業を取り巻くリスクが多様化する中、平成24年から従来の損害保険指導推進の活動に加え、「総合的なリスクマネジメントの研究と啓蒙に関する事項」を委員会の職務に追加し、リスクマネジメントの指導書である『よくわかるリスクマネジメント指導実務』(TKC出版)を教材として研修を実施してきました。

 既にご案内のとおり、『TKC会計人の行動基準書・第4版』の実践規定の部において次のように明記されています。

3-9-1④《経営リスクに関する対策指導》[新設]
 会員は、巡回監査の実践に伴い、関与先の経営に関するリスクについて充分に分析を行い、その対処策としてTKC企業防衛制度、TKCリスクマネジメント制度、小規模企業共済制度、中小企業倒産防止共済制度、中小企業退職金共済制度の利用が有効と判断した場合は、積極的にこれを指導推進しなければならない。

 将来のリスク対策の指導は、会計人の本来業務の一つであり、関与先企業トータルリスクマネジメントを積極的に指導推進することが、TKC会計人に求められています。

中小企業のBCP策定は15.5%に止まる

『中小企業白書(2016年版)』では、中小企業の「稼ぐ力」の強化における重要なファクターとして、生産性向上のためのIT活用および売上拡大のための海外展開のほか、増大する多様なリスクに対応して経営基盤を支えるしっかりとしたリスクマネジメントが重要であることを示しています。特に、強調しているのが企業の多様なリスクに対する事前対策としてのBCP(事業継続計画)策定による対策です。

図1、図2

 BCP(Business Continuity Plan)とは、自然災害で事故などの緊急事態に遭遇した際においても、企業の重要な事業を継続させるために必要な一連の活動を管理する手法です。

 BCPを人体に例えれば、心肺停止になった場合に、どうやって蘇生可能時間内に救命措置を取るかを定めた計画、ということになります。具体的には、当座の資金確保、職場の安全確保、システムのバックアップ体制、従業員の安否確認などの手順策定ということです(『よくわかるリスクマネジメント指導実務』)。

 中小企業庁が実施したBCPの認知度調査によれば、「よく知っており必要である」と「聞いたことがあり必要であると考えている」の回答を合わせると約6割を占めています。他方で「聞いたことがなく知らない」「聞いたことがあるが必要ではないと考えている」と回答した企業が4割弱となっています。まだBCPに対する認知度や理解度に、ばらつきがあるようです。(図1参照)

 また、帝国データバンクの調査によれば「BCP」を「策定している」企業となると15.5%に止まっています。(図2参照)

関与先のリスクマネジメント指導を実践しよう

 中小企業経営者にあっては、企業の危機管理意識は高まりを見せているものの、災害復旧時や事業再開時の資金確保への対応が不十分のようです。

 中小企業庁では「中小企業BCP策定運用指針」において、緊急事態発生後のキャッシュフロー対策として「災害発生後1カ月の支出を賄える現金・預金をもっていること」を勧めていますが、帝国データバンクの調査によれば、売上の1カ月以上を保有している企業は4割に止まっており、「ほとんど保有していない」が2割を超えているほか「売上の1カ月未満」が14%となっています。(「TDB・2016/7/14」)

 リスクマネジメント制度推進委員会では、従前から実施している「知って得するリスクマネジメント」の研修に加え、平成26年度から「リスクアセスメントレポート作成手法」を追加し、各地域会において研修を実施しています。これは、国際標準化機構(ISO)によって制定されたリスクマネジメントの規格(ISO31000)によるリスクマネジメントの手法を学ぶことができるものです。本研修は、各地域会で毎年開催されていますので、ぜひ受講されることをお勧めします。

 さらに今年度よりワークショップ形式の「リスクアセスメントレポート作成実践会」が行われています。

 当実践会では、個別企業の経営全般にかかるリスクの実態を把握し、経営者と各種リスクへの対応について対話をしながら、リスク対応の方針、リスクコントロール(リスクの回避・低減)とリスクファイナンシング(リスクの移転・保有)の優先的順位や、その内容の決定について考えていただく過程を模擬体験して会計人としての正しいリスクマネジメント手法を学ぶ機会としています。

 今や会計人として、将来発生するであろうリスクに対処した対策を指導していくことは必然の時代となっています。

 ぜひ、こうした実践的な研修に多くの会員及び職員が参加され、関与先企業の存続基盤構築の支援に向き合う体制をつくられることを強く願う次第です。

(会報『TKC』平成28年10月号より転載)