1997年7月号Vol.4

【特集】必ず来る西暦2000年

立教大学社会学部教授 西田 修

「2000年になった途端、世界中のコンピュータが暴走する」-小説のストーリーではなく実際に起こるかもしれない話だ。いまや社会生活になくてはならないものとなったコンピュータ。西暦2000年問題はコンピュータ産業界だけの話ではなく、我われの生活全般に係わる深刻な問題だ。タイムリミットまであとわずか。市町村はこの問題にどう取り組むべきなのだろうか。

西暦2000年と西暦1900年

 コンピュータが、西暦2000年になったら狂い出すかもしれない。そんな恐ろしい話が聞かれるようになった。いまやコンピュータなしでは、私たちの社会は成り立たない。それが狂い出すとしたら、我われの社会は大混乱に陥ることは必至である。どうしてそんなことがいわれ出したのだろうか。

 1997年を97年と書くように、西暦年を表すとき下2桁だけしか記さないことはよくあることだ。コンピュータの世界では大量のデータを処理しなければならないため、扱うデータは1桁でも短い方がありがたい。西暦の19を省略するのは当然のことである。これまでは、こういう処理法でもよかった。

 コンピュータが登場したのは、20世紀になってからである。最初のコンピュータに入れられたデータの日付の頭2桁は19であったろう。今日までずっと同じ頭2桁なのだから、省略しても何の問題も生じなかった。ところが、1997、1998、1999年となり、2000年が来ることがわかったとき(それはわかりきっていたことなのだが)、これでいいのかという不安が出てきた。下2桁だけで処理するなら西暦2000年は00年である。でも、コンピュータに99年と入れれば1999年と理解するよう指示してきたのだから、そのままで「00年は2000年と思え」とコンピュータに望むのはちょっと無理な話だ。人間は、2000年のつもりで00年と入れても、コンピュータが1900年と思ってしまって何の不思議もない。〈西欧列強のアジア進出に遅れをとるなと、日清戦争の勝利の余勢をかって、日本が中国での権益獲得に躍起になりはじめたときである。やがて日露戦争に勝利し太平洋戦争に突入していく〉、あの時代の1900年である。

 このままいけば2000年になった途端、銀行のコンピュータは、だまって100年分の利息を余分に支払うよう要求するかもしれない。

修正は容易だが、チェックは大捜索

 日付は、最も頻繁に使われる基本的なデータだ。事務処理なら、ほとんどのデータに日付が含まれている。それが、コンピュータ内部でどのように記録されて、どのように処理されているか、この際、チェックしてみる必要がある。何の対策を施さないでもいいプログラムもあろうし、何らかの調整をする必要があるものもあるだろう。もし、修正が必要でも、通常の場合、調整そのものはさほど困難だとは思われない。どこかに、2000年以降を表す1ビットの余裕を与えてくれれば万事解決だ。あるいは、1950年以前のデータはないというのなら、コンピュータに「00年から49年までは2000年から2049年までだ」と思わせてもよい。

 しかし、問題はそのチェックだ。数が少なければいいが、一体、何本のプログラムが使われているのか判然としないほど膨大なプログラム・ライブラリィにあって、1本1本を調べていくのは気の遠くなるような話だ。このチェックは容易ではない。

 しかし、事情の変更に応じたプログラム修正は、日常的に行われることだ。何の変更も加えないで10年間使い続けられるプログラムはほとんどないだろう。2000年問題についても通常と同じように淡々と対処すればよいものを、「コンピュータが狂い出し、世界が大混乱」というのは、いかにも大袈裟にすぎるような気がする。少し前、日本史上最長の昭和が終わり平成になったとき、ソフト業界は思わぬ特需に浴したといわれる。再び「2000年特需」を夢見ているから、「世界は大混乱」と煽っているのかもしれないと勘ぐりたくもなる。

100年先は来ない?

 しかし、大量のプログラムをチェックしなければならないような事態というのは、やはり通常ではない。20世紀の最終年西暦2000年は、いずれ必ず来るべき年なのに、「どうして、当初からそれを考えておかなかったのか。そちらの方が理解できない」というのが門外漢の率直な意見だろう。

 1991年に、あるプログラムが作られたとしよう。このプログラムを作る際、これまでの日付の処理方法では2000年に不都合が起こることがわかっていたとしても、はたして、その対応をするだろうか。2000年といえば10年も先である。このプログラムも、そのときまでには何回も修正されるだろうし、そもそもこのプログラムがそれまで使われるかどうかもわからない。「その間に何らかの修正がされるだろうから、今まで通りの方法でプログラミングしておこう」と考えるのが普通だ。

 それが、1995年に作るプログラムなら、少しは考慮にいれなければならないかな、と思うかもしれない。「2000年のことは(まだ先だけど)、そのうち考えることにしよう」などという具合にもなろう。一般的にどれだけ先のことまで予測して準備しておくべきか、そんな基準は存在しない。

 小学生時代、夏休みに大量の宿題を出されて、苦労した思い出をお持ちの方も多いだろう。宿題に、いつから手を着けるべきかは決められていない。7月が過ぎて、8月になった。「少しは手を着けなければならないなあ」とは思いながらも「まだまだ日にちがある」と、ついつい1日延ばしになっていく。そして、結局、8月31日の夜に家族中が徹夜しなければならない事態になってしまうのが常である。人間というものは怠惰なものだ。せっぱ詰まってからでないと動かないというのは、人のあたりまえの姿なのだろう。

 ところで、2000年問題について必要な修正を施したとしても、その修正はいつまでもつのだろうか。同じことが2050年に起こったり、2100年に起こったりする。永久に通用する日付処理の方法など存在するわけがない。非常に慎重な人がいて、「100年後に同じことが起こるかもしれないから、2100年対策も施しておきました」などといったら、嘲笑されるに違いない。そんな先の日付は来ないのである。しかし、本当に来ないのだろうか。

99年の実証

 この冊子の発行日である7月1日に香港が返還される。1840年のアヘン戦争の結果結ばれた『北京条約』で99年の租借地と定められたためである。およそ、世界史でしか承知されていないこの条約が、いまその存在を主張することになった。100年といえば“永久”ととられる。そこでやや遠慮して1年引いた99年ということで妥協が成立したのだろう。それでも、99年は、とてつもなく長い天文学的な数字として認識されたに違いない。だが、時間は刻々と過ぎる。どんなに長い99年であっても過ぎるのである。そして、返還の日はやってきた。 

 日付のある未来は必ず来る。たとえ人類が絶滅していても、その日はかならず来る。だが、〈日付はないが必ず来る〉という問題についても、我われは十分に対処しなければならない。

 何も、一部の新興宗教のように、宇宙の最後や人類の滅亡までも考えようと主張するものではない。〈西暦2000年と同じくらいに、その日が来ることがわかっている問題〉〈幸か不幸か、具体的な日付が記載されていないから、まだまだ先だと考えがちな問題〉のことをいっているのである。日付があれば、その日までは安心していられるが、日付がないということは、明日かも、ひょっとすると今日かもしれないのである。

日付のない問題

 そのひとつに、国家財政の問題が含まれるだろう。毎年、赤字を続け、これを補うために大量の国債が発行されてきた。期限の来た国債を返還するため、またまた国債を発行する。これを繰り返していける間は倒産(支払不能)とはならないが、どこまで続けていけるだろうか。国といえども、その借入能力には限度がある。やがて、どれほど増税しても利息すら払えず、新規の国債は引き受け手がなくなる日が必ず来る。でも、その日の日付はない。今日ではないだろう、たぶん明日でもないだろうと、楽観視されてきただけである。

 ケインズ経済学をそのまま理解するなら、国債でまかなった財政支出は、やがて税収の増加となって報われるはずであった。しかし、国債は増え続けるだけであった。国債以外にも旧国鉄の債務をはじめ政府関連の負債、それに地方債、年金など、こうした問題の解決はいつも先送りされてきた。そのため、解決がますます難しくなった。

 このような問題は、社会全体としては非常に重大な問題であることはわかっている。でも、その具体的な解決をはかろうとすると、どんな案であっても、どうしても現在よりも不利になる立場の人が登場してくる。これをどう調整するか、2000年問題ほど簡単にはいかない。我われは、民主主義社会に住んでいる。民主主義は、何か問題を解決しようとすると時間がかかるのが特徴だ。それは、民主主義のすばらしさを享受するための貴重な代償である。その時間をかけている間、2000年が来ないでくれることを願うのみである。しかし、逆に、2000年が目前にやって来ていることが、みんなに見えるようになるギリギリのところまで追いつめられないと、問題解決がはかられないということもまた事実である(ひょっとしたら、我われは自らの意志で解決するのではなく、経済問題を一挙に吹き飛ばしてくれる神風を待っているのだろうか。非常なインフレを)。

 考えてみると、我われ自身も〈そのままいけば、いますぐ破綻するわけではないが、いずれは破綻することはわかっている〉という問題を、いっぱい抱えている。その解決を1日延ばしにして、結局2000年を迎えてしまった、というようなことがないように心したいものである。『風と共に去りぬ』のラストシーンのスカーレット=オハラの台詞「それは、あした考えることにしよう」ということは許されないのである。

にしだ・おさむ
1938(昭和13)年、大阪生まれ。東京大学理学部卒業後、同大学院経済学研究科博士課程修了。現在、立教大学社会学部教授。公認会計士。主な著書に「ベーシック/コンピュータ入門」「コンピュータのことが分かる本」「狙われたコンピュータ」「コンピュータからの発想」など。

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