1997年10月号Vol.5

【戸籍こぼれ話】戸籍をかけたたたかい

地方公共団体事業部営業推進企画部長 石井利光

「命」はイコール戸籍である

 何年ぐらい前かは定かではないのですが、朝日新聞に「標題」の記事が出ていたことがありました。

 その概略は《中部地方の山間地にダムを作ったが、そのダムの少し下流に前のダムよりも大規模なダムを作ることに決定。用地買収の交渉を始めたところ、この地区は現在のダムが作られるときに移転を余儀なくされた家ばかりで、その後、いくらも経ないで再度の移転をさせられることは承服できない。どんなことをしてもダムの建設は阻止する。今度こそは『戸籍をかけたたたかい』である》とあったと思います。

 その当時は、「ダムの建設に反対するのに、なぜ戸籍をかけるというのであろうか?」と感じました。

 戸籍は国の管理する事務ですが、国民に直結したものなので、その事務の処理を国民と密接な関係にある市区町村長に委任し、一人ひとりの人の重要な身分関係を登録公証しているものであって、個人の所有に属さない戸籍が「なぜ、たたかいの対象とされるのか」については、思い及ばないでいました。

 今年に入り「命」という文字の字義のなかに〈戸籍とか名籍〉というのがあるとラジオで聞いたので、辞書に当たったところ、〈戸籍簿、戸籍帳、名籍〉(角川書店・大辞源)〈脱名籍而逃亡〉(講談社・庚煕辞典)とありました。そこで今度は「亡命」の字義を調べたところ、〈本籍を離れて逃げうせること。命は名で、逃亡すれば名籍[戸籍]がなくなる意〉とあるではありませんか。これで最初の『戸籍をかけたたたかい』の意がわかったでしょう。戸籍をかけたたたかいとは『命をかけたたたかい』の意だったのです。

「亡命」は、自己の属する国の政治思想が自分のそれと合わないために命がけで国を棄て、戸籍を棄てるということであると思いますが、いかがでしょうか。最近では、朝鮮民主主義人民共和国の高官が韓国に亡命しています。これなどは、家族を本国に残しての実行で真に壮絶な戸籍をかけたたたかいといえるでしょう。

 亡命のついでに「命名」についても辞書に当たったところ〈名をつけること〉とある程度ですが、もう少し突っ込んで考えると、名を付けると何をしますか? そう、市役所に出生届をするでしょう。出生届を受けた市役所では戸籍簿に届出事項を記載します。ですから「命名」とは、戸籍に名を登録することだといえないでしょうか。

「命」イコール「戸籍」の公定式が定着し、人々の戸籍の重要性、必要性についての認識がより高まることを念じてやみません。

もう1つのたたかい

 わが国に全国統一の戸籍制度ができたのは、明治5年に戸籍法が施行されてからのことですが、この戸籍の内容は公開されていませんので詳しくは分かりません。

 明治19年になると、戸籍法そのものは改正されないが、戸籍の様式が大幅に改められ現在の戸籍に近いものとなりました。この戸籍は、現在も「除籍」として使用されています。

 明治31年民法が施行されるとともに、従来の戸籍法が廃止されて新しい戸籍法が民法の附属法として施行されました。この戸籍法は、大正3年に戸籍の様式、戸籍記載の手続きの簡素化などを中心に全面的に改正されました。この戸籍も、戦後の昭和23年に民法第4編親族、第5編相続の全面改正と同時に戸籍法も全面的に改正されました。これに伴い従前の戸籍は〈新しい戸籍法による戸籍即ち戸主(家)を中心とした戸籍を解体して、夫婦及びこれと氏を同じくする子毎の戸籍に改製(書き換え)〉され、前の戸籍は『改製原戸籍』となり、現在も使用の用に供しています。

 ところで、現行法前に作られた戸籍には、当時の政治情勢や社会情勢を反映して戸籍法で定められた事項のほかの事項も記載されているなど、使用(除籍謄本として公開)に適さない事柄がありました。

 この記載については、「当時の社会を知るための重要な資料なのでそのままとすべきものである」とする意見と「公開に適さない事項は削除すべきである」とする意見がありましたが、歴史的資料として使用されるのは極く一部に限られ、多くは相続関係など身分財産が絡んだものに使用されています。ひどいものになると差別に繋がるものに使われているので、「不適切な事項が記載されたものを公開することは許されるものではない」と、不適切な事項は削除されることになりました。

 ただ、ここに至るまでの事情を思うとき国民の声、事務を預かる現場の方々の熱意を感じないではいられません。

 この熱意の顕著な現れのもう一つが、戸籍法施行以来公開を当然としていた法を、「戸籍は公開を原則とするが、不当な目的をもった請求であるときは請求を拒否できる(戸籍法10条)」ものとし、「除籍については非公開を原則とする(同12条の2)」とする法律の改正に漕ぎつけたことです。

 これなどは「戸籍をかけた」というべきか「戸籍にかけた」というべきかはともあれ、画期的なできごとであったことは確かなので『戸籍をかけたたたかい』の一つに数えられるのではないでしょうか。

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