1998年10月号Vol.9

【特別インタビュー】~少子高齢化社会と介護保険制度~

「器」だけで心の通わぬ施策は真の福祉行政にあらず!

西那須野町・宮本善夫町長 / 聞き手 本誌編集人 小林 薫

平成12年4月、介護保険制度がスタートし、市町村の責務はますます重くなる。これからの少子高齢化社会の福祉行政はどうあるべきか。“福祉の町長”と呼ばれ、長年、福祉の充実へ情熱を傾けてきた宮本善夫・西那須野町町長に聞いた。

──先日の集中豪雨では、西那須野町も床上・床下浸水の被害があったとうかがいました。心からお見舞い申し上げます。

宮本 ありがとうございます。百年に一度の集中豪雨ということで、改めて自然の怖ろしさを感じました。幸いなことに那須町など被害が甚大だった地域に比べると、西那須野町は一部地域で湧水による浸水がありましたが人命に関わる被害はなかったのでホッとしています。

──この地域は自然災害が少なく、首都機能移転の候補地になっていますが。

宮本 はい。首都機能移転とは、国会・行政・司法の三権を東京圏以外の場所に移すことをいい、現在、関西への本格的移転と災害対策移転の二通りの考え方があります。特に後者の災害対策という点では、過去の統計を見ると関東大震災クラスの大地震は約70年周期で発生しており、現在、いつ起こってもおかしくないともいわれています。そこで自然災害の少ない那須野ヶ原が候補地に挙げられているわけです。

 町の北西部に位置する国有地の草地試験場(300ヘクタール)と県有地の酪農試験場(100ヘクタール)を合わせた地域を候補地として考えていますが、あれだけの雨量で被害がなかったのは安全が証明されたようなものといえるかもしれませんね(笑)。ただ、経済状況からしても、すぐどうなるという話ではないと思います。

──ところで、現在の活況ある町の姿からは想像できませんが、昔は不毛の原野であったそうですね。

宮本 100年ほど前までは、この一帯は毎年、野火で焼くため木が成長せず、篠が生い茂る原っぱでした。鎌倉時代には武士たちの狩り場となり源頼朝らがここで大巻狩を催したという記録も残っています。町の東部地域には湧き水や小川があるため縄文時代の集落跡なども発掘されていますが、その他の地域に人の住んだ形跡はありません。

 それが明治時代になって、印南丈作(1831~88)と矢板武(1849~1921)が登場し、那須野が原も大きく様変わりしました。この二人は現在の村長クラスの公人で、彼らの奔走により那須野ヶ原の開墾事業が始まりました。この時に移住してきた開拓者たちは、まず強い北風を避けるために土手を築き木を植え、そこへ粗末な家を建てたのですが、その名残はいまでも町の隅々に残っています。

 そんな先人たちの苦心の末、明治18年に日本三大疏水の一つ那須疏水が完成し、入植者数も増加。さらに鉄道敷設による停車場が開業したことで商工業も発展し、不毛の原野が市街地へと生まれ変わり那須地域の拠点となりました。

 その後、長い時間を経て、昭和47年に東北自動車道が、57年には東北新幹線がそれぞれ開通したことで、交通の要衝としても飛躍的な発展を遂げたわけです。そんな中核都市としての顔を持つ反面、中心地を少し離れるとまだ数多くの自然が残されていて、まさに〈水と緑と心が織りなす共生都市〉と呼ぶにふさわしい町といえるでしょう。

自らに問い続ける、行政の原点

──昭和45年に私が役場に最初におじゃました頃は、人口が2万3000人ほどだったと記憶していますが、いまや4万2000人を超える県内有数の中核都市に発展されました。町づくりの抱負などをお聞かせください。

宮本 まず、第一に〈福祉の充実〉で、高齢者や身体障害者が安心して生活できる町にしたいと考えています。二番目が〈生活環境の整備〉で、道路や下水道の整備など生活に便利な町づくりをすること。そして三番目が〈教育文化の振興〉で、誰もが生涯学習できる環境を作り、みんなが生きているのが楽しく、心が豊かになるような文化を創り上げていきたいですね。特にこの“心”が一番大切だと思っていますが、目に見えない問題だけに一番難しい…。

 私は町長として常に「行政の原点とは何であろうか」と考えています。よく「人に優しい政治、環境に優しい政治」といわれますよね。これは大変結構なことですが、優しさだけで実際の行政運営はできません。例えば、行政の財源は税金によって賄われますが〈優しさ=税金は安く、事業はたくさん〉と捉えると財源は到底足りなくなります。行政は緊急性・重要性を考えながら財源を有効的に活用していかなければならず、時には厳しい姿勢も必要でしょう。そのためには町民と行政担当者が互いに十分理解し合い、意思の疎通を図ることが大切で、この心の交流こそが行政の原点なのではないかと思うんですよ。

──宮本町長は“福祉の町長”と呼ばれています。積極的に福祉の充実へ取り組まれてきたのには、何か動機があるのでしょうか。

宮本 それは私自身、祖母や母を自宅で看取った経験があり、老人介護がいかに大変か身をもって判っているからなんです。多くの高齢者が「収容型福祉」よりも、住み慣れた地域や自宅で顔見知りの人々や家族に囲まれて暮らす「在宅型福祉」を望んでいます。しかし、家族だけに頼った在宅介護では介護を受ける人もする方も共倒れになってしまうため、デイサービス、ショートステイ、ホームヘルプといった行政の支援が必要なんですね。そこで町としても介護を要する高齢者対策に注力してきたわけです。

 お陰様で、厚生省が毎年公表する『老人保健福祉マップ』では、在宅福祉サービス市町村別利用状況で年々順位を上げ平成八年度には県内トップとなりました。また、これらの取り組みが評価され、今年10月6日に平成10年度在宅福祉事業推進功労で厚生大臣表彰を受けました。

介護保険への取り組み

──介護保険制度も在宅介護が一つの柱となっています。その支援拠点となる『健康長寿センター』が今年四月に竣工しました。利用状況はいかがですか。

宮本 『健康長寿センター』は〈健康・福祉・世代間交流〉をコンセプトに建設したもので、いわゆる地域福祉センター、保健センター、温泉や生涯学習といったコミュニティー施設を複合化したものです。まだ、オープンして半年ですが老若男女を問わず多くの住民から利用され、その数は我われの予想をはるかに上回り今年度中には10万人を突破する勢いです。特に温泉の利用者が多く、1日平均で420人に利用されています。

 この施設は10年後、20年後の福祉行政の在り方を見据えて設計されていますが、まだフル活用されているとはいえません。やはり、これを補うソフト面の整備が必要で、スタッフの増強とともに、リハビリテーション機能や少子化・核家族化対策としての子育て支援機能、ボランティア活動支援などの充実が今後の課題だろうと考えています。

──先頃、西那須野町をはじめとする北那須地区の広域七市町村が連携し「介護保険事務推進会議」を発足されましたが。

宮本 はい。介護保険制度の施行までに、マンパワーの確保・施設の整備・要介護認定業務の公平性・健全財政の維持など、市町村が考えなければならない問題点はたくさんあります。介護報酬など制度の詳細は今後、政省令で決まってきますが、事務処理ひとつとっても未確定な部分が少なくありません。

 そこで、各市町村で個々に考えるよりも、一緒にやった方が知恵も浮かぶだろうということで、県の主催により「介護保険事務推進会議」を組織しました。ここで栃木県の標準的な事務モデルを作成することが決まっています。

 この勉強会の目的は事務処理の共同化ではなく、あくまでも国が決めた介護保険制度の運営を効率よく確実に実施するための準備事務を研究することに眼目を置いています。住民の信頼と付託に応えるには公平でミスのない事務執行が最優先の課題であり、限られた時間で市町村がやるべき作業を洩らさず洗い出して対策を図らなければなりませんからね。現在、毎週一~二回の会議を開催して、これらの作業を進めていると聞いています。

 昨年、町村会の副会長を務めましたが、そこで首長さんの話を聞くと介護保険制度では全国の市町村が苦慮しています。西那須野町の高齢化率は12.5%と大都市圏を除けば全国でも“若い町”の部類に入りますが、過疎地など特に高齢化率の高い町村では在宅介護システムや事務を広域圏で共同処理しようという動きもあります。サービスの市町村格差をどうするか、あるいは在宅介護支援センターの多様化など、制度施行後のことを考えても、これから広域圏発想がますます見直されてくるのではないでしょうか。

──同感です。西那須野町の取り組み状況はいかがですか。

宮本 現在、全庁をあげて基盤整備にあたっていますが、この中核をなすのが福祉部です。保健・医療・福祉の関連部門で構成されており、各部門の緊密な連携を期待しています。また、事務処理としては、介護保険は国民健康保険事務と似ている点があるので、これを参考に処理の流れを検討しているところです。

 審査会については、単独に運営する方向で準備中です。西那須野町の場合、人口規模から見ても月四回程度の開催で、医師等の負担などを考慮して二班作る予定です。5名で2班ですが、厚生省が示すものに従い、医師・歯科医師・作業療法士・理学療法士・保健婦・薬剤師から適宜に選び委嘱したいと考えています。

 介護サービスの充実については、需要の動向を十分調査して進めていく計画です。その点、今回実施した「高齢者実態調査」は、65歳以上の住民5300人に調査委員が直接面接してデータ収集しているので、これを分析・検討しニーズの把握、サービスの必要量等の決定などへ役立てたいと考えています。

 いまのところ町独自の施策として考えているものはありません。まずは保険制度の基本事業をきっちり展開し、必要があれば一つずつ対応していく方針です。

──介護士や民間企業などとの連携については、どのようにお考えでしょうか。

宮本 やはり、皆さん関心が高いようで、9月に実施した介護支援専門員の試験には予想を超える応募数がありました。町としては、これらの方々を核として福祉人材の充実に努めていきたいと考えています。

 また、民間企業やボランティアとの関わりについては、まだ未知数で今後の課題です。ただ、基本的にはこれからの介護は民活に期待する部分が大きく、いずれ産官民が連携して取り組むことになるでしょうね。

21世紀につなげたい「心の通う町」

──町長職は激務とうかがっていますが、いかがでしょうか。

宮本 あまり大変だと感じることはないですね。首長として夢もいろいろとありますし、やりがいのある仕事だと感じています。役場にいる方が落ち着き、気持ちもいきいきとしてくるんですよ。

 そう考えると最近の高齢者は皆さん元気ですし、人生は70歳からが円熟期といえるのかもしれませんね。実際に「まだ老人といわれたくない」という住民も多く、なかなか老人クラブへ加入してもらえないこともあるようです(笑)。

──なるほど。夢と希望とやりがいが宮本町長の健康法といえそうですね。高齢者の生きがいという点で、何か取り組んでおられることはありますか。

宮本 まず、生涯学習という点では、高齢者を含め住民の学習意欲を満たすことができるよう施設整備やスタッフの拡充に努めています。小学校単位に設置しているコミュニティーセンター(公民館)には、司書を含むスタッフを常駐させ、また、ここには大きなグラウンドが併設されており子供からお年寄りまで“ひとり1スポーツ”を目指して生涯スポーツ推進にも努めています。毎年恒例の高齢者スポーツ大会も盛大で、この他、町の文化祭ともいえるイベントでは絵画や踊り、書道などの披露も行っています。

 さらに、高齢者の持つ熟練の技を活かし、仕事を通じて充実した毎日を過ごしてもらえるようシルバー人材センターも設置しています。ここでは現在、約250名の会員が活躍中です。

──少子高齢化が進展する中で、住民の行政に対する期待は、さらに大きくなってくるものと考えられます。

宮本 責任重大ですね。それに、少子高齢化で避けて通れない問題が「心の教育」だと思うんです。老人介護には親や高齢者を敬い、弱者を大切にする心が必要ですが、いまの時代、大人も子供も他人を思いやる気持ちが欠けていますよね。最近、目を覆いたくなるほど卑劣で残虐な事件が増えていますが、これは他人を蹴落とすことばかり教えてきた教育に起因していると思うんです。我われの時代には『教育勅語』がありましたが、そういう道徳感がいまの日本には欠落してしまったのではないかと…。

──同感です。〈…父母ニ孝ニ兄弟ニ友ニ夫婦相和シ朋友相信シ恭儉己レヲ持シ博愛衆ニ及ホシ…〉ですね。心の教育の重要性を痛感します。我われ戦中派の責任も重いといえるでしょう。

宮本 そうですね。第二次大戦後、それまでの国の在り方を180度方向転換したのはいいのですが、日本のいい所まで見失ってしまった弊害が、今日に現れているのではないでしょうか。キレる子供を前にして学校の先生も親もどうしていいか分からなくなっている。

 しかし、すべての子供がそうではなく、水害地へボランティアに来てくれる子供たちもいます。少子高齢化の時代となったいま、そんな相手をいたわり、互いに支え合う心を育むことが必要でしょう。いたわりの心は、相手を知ることから生まれます。そこで、健康長寿センターも世代間交流を前面に打ち出したわけです。幸いにして、西那須野町は開拓の町で、風土として助け合いの精神が根づいており、この心を歴史や文化とともに次代へつなげていきたいと願っています。

 福祉行政の本質は、とかく大きな施設を造ったり華やかなことを打ち出したりするのではなく、心遣いや福祉の心に意を用いて日々の施策推進にあたることだと思います。

 例えば、高齢者や身障者を介護する人は世間体や親族内などに気兼ねしてなかなか外出や旅行などできませんが、これを公が主催することで少しは参加しやすくなるわけです。私も時間の許す限り参加して、介護する人が何を求めているのか話を聞くようにしています。

 介護保険制度も“器”を整備するだけでは行政の仕事が完成したとはいえません。制度の基盤となる“心”が伴って初めて、真の福祉行政が整うのではないでしょうか。

──おっしゃる通りですね。本日はご多忙の中、ありがとうございました。(記事構成/井村 薫)

みやもと・よしお
1923(大正12)年生まれ。宇都宮高等農林学校(現宇都宮大学)林学科卒業後、海兵団を経て栃木県技術吏員に。県退職後、西那須野町の収入役、助役を勤め、平成2年から現職。

西那須野町 健康長寿センター
あすなろ館

 西那須野町では、平成11年度末を目標に老人保健福祉計画『ゆうゆう・らくらく・長生きプラン』を推進している。キーワードは〈生きがい〉〈福祉〉〈健康づくり〉〈まちづくり〉〈コミュニティ〉。この中核基地といえるのが今春オープンした『西那須野町健康長寿センター・あすなろ館』だ。

 総事業費約28億円(用地費含む)、工期2年をかけて建設されたこの多目的施設は、住民の保健福祉の統合化を目的とする『健康長寿センター』(延床面積は5524.4平方メートル)と、不登校児童の援助指導などを行う『あすなろ館』(同310.34平方メートル)の二つの施設からなる。主な設備は、世代交流ホール、ふれあいの大広間、温泉やジャグジーなど入浴施設、子供元気ルーム、健康学習室兼集団検診室など。

 この施設の特長は、第一に高齢者から赤ん坊まで、健常者も身体障害者も気軽に集い、ふれあえる〈交流の拠点〉であるということだ。このため、建物全体がバリアフリー設計となっている。第二が〈健康増進の拠点〉であること。ここでは住民が心身ともに健康に過ごせる支援が行われているが、施設整備だけではなく、気軽に健康相談できる体制づくり、健康管理の情報発信、取り組みやすいリハビリメニューなど事業・制度・人材教育の充実が図られているのが興味深い。

 最後に、高齢者や身障者の自立を支援する〈福祉の拠点〉であることだ。介護を要する老人や身障者には、施設福祉サービスに裏打ちされた在宅福祉サービスの強化充実が欠かせない。このため、デイサービスやショートステイによる介護者支援のほか、ボランティアの支援など相互助け合いの精神を育成する場としても機能しているのである。

 施設の入り口に立って耳を澄ますと、元気に遊ぶ子供たちの声に、高齢者たちの笑い声が重なり合う…。制度一辺倒で思いやりのない福祉施策は高齢者だけを囲い込み隅に追いやる結果になりかねないが、“世代を超えたふれあいの場”を目指すこの施設には住民相互に手を取り支え合う意識が息づいている。これぞ血の通った福祉行政の姿といえるのではなかろうか。(井村 薫)

※掲載の内容、および当社製品の機能、サービス内容などは、取材当時のものです。

※掲載団体様への直接のお問い合わせはご遠慮くださいますようお願いいたします。

  • お客様の声
  • TKCインターネットサービスセンター「TISC」のご紹介