1999年4月号Vol.11

【巻頭言】地方税とアカウンタビリティ

東北学院大学経済学部教授 高橋志朗

 銀行の不良債権処理にかんする一連の問題を契機として、企業や政府の「アカウンタビリティ」を指摘し、より広範な情報開示を求める声が高まりつつある。そのこと自体は、大変に喜ばしいことではあるが、概念にかんする人々の理解には、いまだ程度の差があるように思われる。

「アカウンタビリティ」は、日本人にとっては耳慣れない言葉だけに、なにか特殊な概念のように思われがちだが、けっしてそうではない。

"account for~"という言葉が「~の説明をする」、あるいは「~の申し開きをする」という報告行為を意味するように、「アカウンタビリティ」という言葉は、運用をまかされた資金の使途についての説明義務ないしは報告責任をさしている。

 たとえば、企業経営者は、株主から出資金の運用をまかせられた「受託者」として、出資の使途を株主に対して、報告する義務ないしは責任を負う。わが国商法が、会計の計算書類にかんする詳細な定めを設けて、会社の取締役に対して会社の計算書類の作成・提出、監査、さらには、株主総会での報告ならびに承認を求めているのも、経営者の株主に対する「アカウンタビリティ」の存在を認めているからにほかならない。見方を変えれば、商法の規定にもとづいておこなわれる会計は、企業経営者にとって、みずからの「アカウンタビリティ」解除の手段なのである。

 もちろん、住民から租税を徴収し、それを行政サービスの財源として用いる地方自治体にも「アカウンタビリティ」は存在する。しかも、税金は、すべての住民に対する強制的課徴金であることを原則とするから、地方自治体の「アカウンタビリティ」は、一私企業の「アカウンタビリティ」以上に重大である。各自治体は、「アカウンタビリティ」を履行するために、詳細かつ客観的な記録をもとに、税金の使途とその結果にかんする十分な申し開きを住民に対しておこなう必要がある。ここで重要なことは、この申し開きは、住民の要請を待ってなされるべきスジ合いのものではなく、「受託者」たる地方自治体の義務として、自治体みずからの手で自主的になされねばならないという点である。

「地方分権の時代」がさけばれ、人々の関心は地方自治体の役割の拡大に注がれている。しかし、大多数の地方自治体にとって、「地方分権」の推進は、自主財源である地方税の強化という住民の新たな「痛み」をともなう点で、「悩ましい」事業でもある。住民に対する自治体の「アカウンタビリティ」の誠実な履行は、自治体の活動に対する住民の理解と支持をとりつけ、地方税にかんする住民のいっそうの納税協力を確保するための最も基本的条件として、その重要性を増している。

1951年、宮城県生まれ。小樽商科大学商学部卒、早稲田大学大学院商学研究科修士課程・拓殖大学大学院商学研究科修士課程終了。94年から現職。

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