1999年7月号Vol.13

【特集】自治体改革待ったなし!

-国内外の取り組み事例に見る行財政改革のあり方-

専修大学 櫻井通晴教授 / 聞き手 本誌編集人・角 一幸

市町村の行財政改革が待ったなしの状況となっている。この大改革を推進するためには強固な財政体質を作り上げるとともに、それぞれの市町村に合った「効率的な地域経営」の発想が必要だ。そこで、行政の効率化の考え方と独自の視点で行財政改革に取り組む先進例を見ながら、これからの地域経営について探る。

──少子高齢化や環境問題への対応など新たな行政需要が増大する一方で、もはや右肩上がりの税収増は期待できない状況です。こうした時代の要請により、市町村では行財政改革への取り組みが活発となっていますが、いま求められる視点とは何だとお考えでしょうか。

櫻井 日本経済は相変わらず厳しい状態にあり、民間企業はリストラやリエンジニアリングなどに必死で取り組んでいます。一方、地方自治体では東京、神奈川、大阪といった巨大な自治体が相次いで「財政非常事態」を宣言し、経費節減や首長の給料引き下げ、賞与カットなど緊急財政措置を打ち出していますが、民間企業に比べると真正面から効率化に挑む姿勢が足りないように思われます。また、自治体はこれまで国から補助金や予算を獲得することにのみ労力を費やし、その予算をいかに効率的に使うかという視点が欠けていたのではないでしょうか。

 現在の日本は苦境に喘いでいた1980年代後半の米国によく似ています。当時の米国経済は大変深刻な状態で、93年にクリントン大統領が連邦政府全体の行革推進を宣言し、政府と自治体がともに「サービスレベルを落とさずに行政経営の効率化を図る」ことに取り組みました。日本政府もようやく重い腰を上げ、4月27日に『行政コスト削減に関する取組方針』を閣議決定しましたが、最近つくづく感じるのは政府や自治体の抱える問題点――例えば単年度主義や縦割り組織などは万国共通だということです。唯一違うのが、欧米の自治体では、すでに企業会計制度を導入するなど、民間企業並みの経営の効率化を図っていること。この点で日本は先進各国から10年遅れていますね。

米国再生をリードした地方行革

──そういった点では、日本でもバランスシートを作成する自治体が増え、行政の効率化に関する研究をしようという動きも出てきたように感じていますが。

櫻井 そうですね。経営の効率化を図るために欧米で広く用いられたのが『ABC(Activity-Based Costing)』という方法論です。これは87年にハーバード大学で誕生し、当初は主に製造業における製品戦略に利用されていましたが、その後の研究が進むとともに適用範囲が広がり、90年代後半には非営利組織においても活用され実績を挙げています。

 行政の効率化を図るためには、まず「現在どれだけのコストがかかっているか」「本来どれだけのコストであればいいのか」を知らなければなりません。ところが、これまでの日本の官庁会計では「いくら税収があり、全体でいくら支出したか」という資金の出入りに注目し、例えばゴミ収集のためにどれだけのコストがかかるかを算出するものではありませんでした。ABCとは「ゴミ収集のためにどんな活動を行い、そのためにいくらかかっているか」を知るものです。部門やプロジェクトという単位ではなく、活動ごとにコスト分析することで「どの活動が無駄で、どの活動が不可欠か」が分かり、どのような改善のアプローチを取るべきかが見えてくるわけです。

──マネジメントの世界では〈組織は戦略に従う〉といわれますが、往々にして組織ありきの発想で戦略をこれに合わせてしまうことがあります。先生の論文や著書を拝見して、日本にはそれと似たような問題があるという印象を受けました。

櫻井 本来ならば自治体も何をすべきかという戦略に従って行動すべきなんです。ところが現在の会計制度では「トップの戦略を遂行するためにコストがどのぐらいかかり、どういう公共利益があるのか」を比較計量することはできません。だから、ABCという新しい方法論を用いてはどうかと考えました。

 私がこの方法論を知ったのは、89年にフルブライト上級研究員としてハーバード大学のビジネス・スクールに滞在した時のことです。その後、間もなくして日本はバブルが崩壊して構造不況に陥りました。そこで日本へのABC適用方法を研究してきたわけです。現在、製造業のほか、NTTや電力会社、金融機関などがABCを導入して経営の効率化を図り、最近では中央官庁でも内部研究を始めています。

──欧米の自治体では、ABCをどのように導入しているのでしょうか。

櫻井 例えば、自動車レース『インディ500』の開催地として知られる米中西部の都市・インディアナポリスがあります。財政破綻に直面していた都市を再生させたゴールドスミス市長は、92年の市長就任にあたり「行政サービスに官と民の区別はない」と宣言しました。あらゆる側面で行政経営の効率化を図り約4億ドルの財政を削減し、この予算で警察と消防の人員を五割増やして「治安の向上」という市民の要望に応えたんです。彼が行ったのは公共サービスに次々と入札制度を導入したことで、市と民間を同じ条件で入札に参加させた結果、市の業務の七割を民間に転換しました。その一つがゴミ収集です。これによりゴミ収集にかかるコストは半分となりました。これは一つの例にすぎませんが、インディアナポリスでは行革を進めるにあたりABCを導入し、コストを明確に算定して民間委託と自分たちで行う場合とどちらがいいのかを比較したわけです。

 市長の強い信念があったからこそ、行政改革を成し得たのでしょう。インディアナポリスは戦略思考のトップの登場で、歳出や職員数の削減というマイナスイメージを持つ行革を 民間の仕事と雇用の増加 というプラス効果に変えたわけです。このような地方政府の成功例は全米各地に広まり、米国経済再生の原動力となりました。これを手本としたのが岐阜県の梶原拓知事で、今年1月に米国の大手情報処理サービス会社と「事務の合理化と情報関連産業の育成」に関する包括的なコンサルティング契約を結ぶことで合意したことを明らかにしています。

行政の枠組み変える四日市市の試み

──行革の必要性は市町村の誰もが十分理解していると思いますが、具体的にどうすればいいのかが難しい問題です。

櫻井 おっしゃる通りですね。実は先頃、四日市がABCの導入を決定しました。他の市町村と同様に四日市市でも、バブル期の大型施設の建設などで財政は危機的状況に陥り、98年10月時点の市債残高は2200億円を超えました。97年に就任した井上哲夫市長は、昨年『新・四日市市行財政改革大綱』を策定するなど行財政改革に懸命に取り組んでいます。ただ、その効果測定はなかなか難しい。そこで、科学的に誰もが納得できるような形で事業を評価しようとABCの導入を決めました。現在、市の事務事業は500以上ありますが、当初は主要事業に絞って導入すると聞いています。

 その一例が市内26ヵ所の出張所の効率化です。ABCを用いて出張所の活動内容やそれに要する時間、利用者数の成果指標などを分析します。具体的には出張所の職員に「どの仕事に何時間かかっているか」を申告してもらいます。調査時間は一ヵ所一日程度で、すべての出張所を調査する必要はなく、一番効率がいいと思われるところ、一番効率が悪いと思われるところ、そして中間と思われるところの3ヵ所をサンプリング調査します。その結果を比較分析し各出張所の改善点を考えるわけです。四日市市では首長以下3人ほどでプロジェクトチームを組み、6月から活動を本格化して三ヵ月程度で結論を出す予定です。

──今後の成り行きが注目されますね。そうした取り組みで、期待される効果は何だとお考えでしょうか。

櫻井 自治体の場合は民間企業と違って利益を得ることが目的ではありません。このためABCによる大きな効果といえるのは、職員がこうした作業を通じて「自分の仕事のコストと成果を意識し、自ら行政サービスを点検したり能動的に政策について考えるようになる」ことではないでしょうか。これが住民サービスの質の向上をもたらすわけですね。また、従来はそれぞれの部門が縦割り組織でしたが、プロセスを核として部門や人材の活用が進み、横断的な組織体制もできる。これも見逃せない成果です。恐らく四日市市でも、これまでは出張所同士の横のつながりはなかったのではないでしょうか。ABCの導入は、いわば行政の枠組みを変える試みでもあるわけです。これは出張所の例ですが、一つの自治体全体で導入すれば、より大きな効果を得られると考えられます。

──ということは、小規模な団体の方が比較的取り組みやすいといえそうです。しかし、そのためには欧米のように企業会計をまず採り入れる必要がありますか。

櫻井 確かに企業会計制度が導入されていることが望ましいといえます。世界的な潮流としても企業会計制度を採用し、その延長線上でABCを導入していますからね。ただ、ABCの視点は既存の会計制度の勘定科目とはまったく別体系であり、採用していなくても困ることはありません。ABCに必要なのは、資源(発生した原価)→活動→原価計算対象への原価の割り当てで、この3つが決まればパソコンのパッケージソフトで簡単に処理できます。業務の見直しというとかなりお金がかかるように思われますが、米国の事例を見てもABCを導入するためのソフトやコンサルタント費を合計しても1000万円かかっていません。

求められる効率性重視の経営

──ABC推進のポイントは?

櫻井 まず重要なのは、自治体の場合は人減らしを目的とするものではないということです。人件費の削減は目先の経費削減の効果はあっても、行政サービスを受ける住民の利益から考えれば決してプラスとはいえません。また、最初から大がかりなことはしないということもあります。四日市市のように負荷がかからないよう主要業務から導入し、まずは一つの成果を出すことが大切です。

──部分から入って、徐々に適用範囲を拡げていけばいいということですね。

櫻井 はい。それが鉄則です。部分的な適用でも、かなりの成果を得ることができます。そして最後に情報技術をうまく使うということです。もう一つアドバイスを加えると、ABCを導入するならば専門家を活用した方がいいですね。市町村の職員は地方行政については専門家ですが、経営を効率化したりシステムを動かすのには、専門家が必要です。その部分はプロに任せるのが、一番安く確かな成果を得る秘訣ですね。実際に米国では情報サービス会社とともに会計事務所をコンサルタントとして活用し成果を挙げています。日本でもTKCのようなところがコンサルタントと協力していくのが望ましいと思いますよ(笑)。

──それは責任重大です(笑)。今後、岐阜県や四日市市などの成果が明らかになると、この方法論は全国の市町村へ一挙に拡がるでしょうね。

櫻井 いま日本が再生するためには、政府や自治体の効率化は避けて通れません。

 ただ忘れてならないのは、市町村の行財政改革は組織のスリム化や財政削減のためだけに行うのではないということです。行革とは五年後、10年後にどんな地域社会を創り、どんなサービスを行うのかという青写真を描き、そのために行政機能の拡充をどう図るかという行動を示すことにほかならない。そこには住民のニーズやそれぞれの首長の戦略に沿って「いかに効率的な地域経営を行うか」という視点が重要です。その点、従来の行政の枠組みを変えようとする岐阜県や四日市市の試みは注目されますね。まさに明治維新が地方から湧き起こったように、行革の波も地方から中央、全国へと拡がっていく――それこそが日本再生の道だと思いますよ。(構成/井村 薫)

さくらい・みちはる
1962(昭和37)年、早稲田大学第一商学部卒、68年同大学商学部研究科修士課程、71年修士課程修了。専修大学助手、専任講師、助教授を経て79年教授に。著書は『管理会計』『間接費の管理』など多数。現在、自治体や民間企業をメンバーとする政府・自治体、公共事業の効率化検討委員会を主催。

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