2012年1月号Vol.85

【特集1】クラウドで行政・地域の経営を変える

──「コスト削減」以外の利用価値を見逃すな!

昨年来、一気に関心が高まった「自治体クラウド」。ただ現状を見ると、コスト削減や業務の継続性など断片的なキーワードばかりが強調され、自治体の多くはメリットを十分認識できないまま、漠然とした期待と不安を抱いている。そこで行政情報化に詳しい有識者にお集まりいただき、これからの行政経営におけるクラウドの“利用価値”を考える。

角一幸氏 井堀幹夫氏 島田達巳氏 新免國夫氏 伊駒政弘氏集合写真

司会(島田) クラウドが登場した当初は、いわゆるバズワード──世間で騒がれているが明確な合意や定義のない用語、といわれていた。しかし、いまやASPをはじめSaaSやPaaSなどさまざまな言葉が「クラウドコンピューティング」という言葉に集約され、企業や行政の経営において大変有力なツールであるとの認識も広まっている。まずはクラウドの現状についてうかがいたい。

伊駒政弘氏

伊駒 自治体にとって、電子自治体推進と情報化コストの抑制は積年のテーマとなっている。地方自治情報センターでは、平成15年度から「共同アウトソーシング事業」としてモデルシステムの開発・実証を行い、その成果を「市区町村業務用プログラムライブラリ」へ登録して無償公開してきた。これにより住民サービスコンテンツの利用は進んだが、基幹業務への普及は十分とはいえない。コスト抑制ということでは基幹系システムの共同化が鍵となろう。クラウドの登場で、いまやシステムの利用形態も“所有”からサービスの“活用”へと変わりつつある。そうした環境変化に対応し、総務省では平成21年度・22年度と「自治体クラウド開発実証事業」へ取り組み、昨年春に報告書をまとめた。なかでも大分県と宮崎県は、県域を越えて事務共通化運用実証を行い、パッケージソフトに対するカスタマイズを必要最小限に抑えるなど今後の自治体クラウドのモデルとなる成果を上げている。一方でデータ移行や外字問題などさまざまな問題点も明らかとなり、これらについては総務省が引き続き検討を進めているところである。

クラウドの利用価値とは何か

司会 自治体ではクラウドをどう認識しているのだろうか。

井堀 自治体がクラウドへ期待するのは、「コスト」と「人材不足」の問題を解決する有効な手段になるのでないかということだ。昨今、システムへの依存度が高まるとともに大きな法律・制度改正が相次いだことからIT関連の経費は増加傾向にあり、その抑制が急務となっている。また、技術革新が急速に進むなか情報部門の仕事はシステム運用が主となり、法律・制度改正や技術革新への対応はベンダー任せという現実もある。一方でクラウド導入実績がまだ少なく、本当に実現できるのか、問題はないのかといった不安から、特に中規模以上の団体では一足飛びにクラウドへ移行するのはなかなか難しいだろう。多くの自治体は単純に「割り勘効果でコストが下がる」と認識しているようだが、クラウド活用のメリットはそれだけではない。ほかにもシステム全体の情報セキュリティレベルの向上、ワンストップサービスやプッシュ型の住民サービスを格段に導入しやすくなる──などがあるが、コスト削減に偏った議論となっているのが気になる。

井堀幹夫氏 新免國夫氏

新免 確かに、クラウドの利用価値はまだ十分に認知されていない。また、独自仕様へのこだわりが捨てきれず、クラウドで既製のアプリケーションを複数団体で利用することに対するギャップや、データを庁外へ預けることへの不安もある。この機に、そうした意識は切り替えなければならないと考えている。一方、コスト削減はいずれの団体も避けて通れないテーマだ。特に首長はこの点に注目するが、すべての団体において必ずしも効果が期待できるわけではないことを理解すべきだろう。これまで汎用機で処理してきた団体ではコスト削減効果も大きいが、すでにパッケージの利用や共同処理をしている団体にとってはそれほどの効果は期待できない。また削減効果をきちんと見極めるには当該年度だけではなく、もっと長い期間──例えば5年間のトータルコストに加えて次期リプレースの費用までを考える必要がある。しかも情報部門だけではなく、行政サービスの提供や業務執行に要するコストを正しく把握し評価することが重要だ。これは現状でもなかなか難しいが、この機にその評価方法についても議論されるようになればいい。また、東日本大震災の発生によりBCPの観点でもクラウドは注目されているが、事業継続のためだけに導入するならば再検討すべきだ。それならば、データやシステムのバックアップだけで十分であろう。どこかに偏った議論ではなく、次代の行政経営の基盤整備の一つとしてクラウドを捉えてほしいと思う。

 IT関連の費用には「見えるコスト」と「見えないコスト」があり、無駄の排除や費用の抑制を考える上では見えないコストにも着目する必要がある。見えないコストとは、運用に伴う職員の人件費やサーバ等の電気代あるいは災害対策やセキュリティ対策にかかる費用などだ。クラウドになると、これらがサービス価格として見えるコストに転化でき、住民や議会などに対して投資対効果を明確に示すことが可能となる。ただ、パッケージ利用団体がクラウドに移行する場合、減るコストがある一方で増えるコストもあり、これまでの「見えるコスト+見えないコスト」の合計額とほぼ変わらない。ではクラウドの利用価値とは何か。そのキーワードが“安全・安心・便利”だ。大震災では栃木県も震度6強の強い揺れに見舞われ、当社データセンターも北東方向に16センチ揺れたが各種サービスは問題なく提供し続けることができた。これほど堅牢な免震構造の設備を自治体が自前で建設・維持するのは現実的ではなく、専用のデータセンタを利用する方が割り勘効果もはるかに大きい。また、法令等の改正にも速やかに対応が可能となる。さらにクラウドならではの付加価値として、少ない投資で新たな住民・職員向けのサービスを柔軟に拡張できる点が挙げられるだろう。

伊駒 皆さんの指摘の通り現状ではコスト削減にやや偏った議論となっていることは否めない。例えば、佐賀県では開発実証事業において杵藤地区6市町のBPRを行った上で住民情報、税、国民健康保険関係の共同利用アプリケーションを開発した。報告書を見ると、現行システム(形態は汎用機とC/Sの混成)に比べて導入費を含めても運用コストが27%削減された上に、手続に要する住民の待ち時間が31%、職員の業務処理時間が30%、それぞれ削減されたとしている。このようにクラウド化で生み出された経営資源を、いかに住民サービスの向上や効率的な行政運営に活かすかを考えることが大事で、そこに利用価値があると思う。

井堀 また、単に技術的な情報セキュリティ対策だけではなく、組織全体の情報管理体制の強化という利用価値もある。多くの自治体では重要な情報資産がどういう状況になっているのかチェックしておらず、それを管理する職員の教育も十分ではないなど、情報管理体制は未だ発展途上にあるといえる。自治体はこの強化を真剣に考えるべきだ。そこには「可用性」(情報にアクセスすることを認められた者が、必要な時に中断されることなく、情報へアクセスできる状態を確保すること)や「機密性」(情報にアクセスすることを認められた者だけが、情報にアクセスできる状態を確保すること)に加えて、「完全性」(情報が破壊、改ざんまたは消去されていない状態を確保すること)の視点が重要だ。ここでいう完全性を広義に捉えれば、住民に対して公平・公正にサービスを提供できているかということである。また自治体の現場で常々感じるのは、自分たちのやっている方法がベストだと信じていることだ。職員たちが自らの仕事に熱意をもって工夫や努力を重ねてきたことは認めるが、それが独自仕様システムへのこだわりやコスト増につながっていたのも事実である。クラウド時代になれば情報部門の役割も変わる。行政組織や業務のあり方も変えなければいけない。もしかすると情報部門は外に置くのがベストなのかもしれないし、国と地方が連携した組織が必要なのかもしれない。そうしたことを日本全体で考えるべき時機にも関わらず、相変わらず団体ごとに「このシステムをクラウドへ移行する・しない」という議論をしているのは非常に残念で、もっと先を見据えてクラウドを考えるべきではないだろか。

普及へ向け、いまだ課題は山積み

司会 クラウドには「共同運営組織による方式」と「ベンダーのサービスを利用する方式」があるが、自治体がいずれかを選択する際のポイントは何だろうか。

伊駒 それぞれにメリット・デメリットがあり、どちらがいいか判断は難しいところだ。ただ、近年のダウンサイジングにより基幹業務でパッケージを活用する自治体が広がっており、これらがクラウド化されると比較的多くの団体が移行しやすくなるのは間違いないだろう。

新免 岡山県と県内全市町村が連携して電子自治体構築を推進してきた立場としては、共同運営組織にクラウドの仕組みや手法を採り入れていくのは非常に興味深い。一方、ベンダーのサービスを利用する方式にも手軽さやコスト面でのメリットがある。共同運営組織でベンダーのサービスを利用するという方法もあり、いずれを選択するかは自治体の規模や置かれた環境によっても異なるだろう。

角一幸氏

 クラウドの普及促進という点では、地域単位だけでなく全国規模の共同利用も視野に入れるべきだろう。最大の要因はネットワークだ。岡山県などのように県域で自治体間を結ぶ高速ネットワークが整備されている地域と、そうではない地域との差がいまや歴然としている。その意味では第3次LGWANの動向に注目しており、これを通信基盤としてクラウドサービスが利用できれば経済的だし、地域インフラの格差解消も期待できるのではないかと考えている。

伊駒 LGWANについては全面的な見直しを行い、第3次LGWANとして4月より運用を開始する予定だ。これにより、(1)LGWANバックボーン回線の増強、(2)通信プロトコルの制限緩和、などが実現することになる。現在のLGWAN─ASPサービスを見ると、登録アプリケーションのほとんどが住民サービスコンテンツだが、今回の改定によりベンダーにとっても基幹業務分野でのサービスを提供しやすくなると思われ、クラウド普及に弾みがつくことを期待している。

新免 クラウドを安心して使うにはネットワーク上でいかにデータの機密性を保つのか、また不正アクセスやサイバー攻撃などの排除といった安全性の確保が重要だ。その点、クローズされたネットワークであるLGWANは最善の策であろう。ただ、クラウドを支えるインフラとしてはまだ十分とはいえない。地域の情報通信基盤も含め、これまで通り高いセキュリティを確保しつつ、さらなる高速化を図るなど一層の強化に努めてほしい。

司会 総務省・自治体クラウド有識者懇談会では普及の課題としてデータ移行や外字の問題を指摘しているが。

伊駒 データ移行については、いま総務省の「自治体クラウドの円滑なデータ移行等に関する研究会」が、旧システムのデータを新システムで使用するために用いる「中間標準レイアウト」のデータ形式の標準化へ取り組んでいる。これにより相互運用性が確保され、自治体は異なるベンダーのサービスへ容易に切り替えが可能となる。この原案がまとまった段階で関係ベンダーから意見収集・調整を行い、その上で標準化案を作成する計画だ。また外字についても同研究会で自治体外字の実態調査を進めており、昨年6月に外字に関する市町村へのアンケート調査を行い、収集した外字の同定作業に取り組んでいるところだ。

新免 外字はデータ移行における最大のネックで、クラウドでコスト削減できてもここに膨大なイニシャルコストがかかるのではないかという懸念がある。実際、従来はベンダーを変更すると膨大な移行費が請求されることもあり、サービスの選択が事実上制限される、いわゆる「ベンダーロックイン問題」につながっていた。クラウドで新たなロックインを発生させないためにも、外字問題は早急に解決してほしい。それとともにクラウドの移行費には何があるのかを整理し、参考事例を集めて概算コストなどの情報を発信することを考えられないだろうか。

 それは賛成だ。標準フォーマットが決まれば各ベンダーはそれと連携するだけで、ほかに移行に伴う作業費がかかるとしても大した金額とはならないはずだ。また先ほどカスタマイズの制約がギャップとなっているとの話があったが、解決策の一つに「パラメータ(システムへ動作を指示する設定値)」があると思う。例えば当社では、アウトプット様式など自治体ごとに異なる条件はパラメータとしてシステムへ標準で組み込み、個々に選択できるよう設定情報を拡充することでノンカスタマイズを実現してきた。この考え方はクラウドでも有効だろう。

新免 その通り。またクラウド利用にあたっては、安定的なサービスを受けられるようベンダーとSLA(Service Level Agreement/サービス品質に対する利用者側の要求水準と提供者側の運営ルールを明文化したもの)を締結することが望ましい。『地方公共団体におけるASP/SaaS導入活用ガイドライン』(総務省/平成22年4月)のようにクラウド版SLAの整備が必要で、同時に実践マニュアルの策定も欠かせない。過剰なサービスレベルを要求してコストが増えるのは本末転倒だが、何か起きた時に対応してもらえないのも困る。現場ではこうした不安を持っているのも実状だ。

クラウドで実現するもの

島田達巳氏

司会 さまざまな課題が挙げられたが、最大の課題は話題先行で「クラウドを導入して何をするか」が明確になっていないことといえそうだ。アウトソーシングが進むなかで、自治体は改めて本来の役割とは何かを考えるべきだろう。

井堀 これからの自治体は自らサービスを供給するだけでなく、地域の住民や企業などのさまざまな活動をつなぐ“コーディネーター”役を担うことが求められる。そのためにも行政の仕組み・システムについて、あらゆる場合にあらゆる情報を必要な時には適切な管理の下に一元化して連携できるようにすべきだと考える。例えば、被災地では被災者の生活支援のため個別訪問して住民一人ひとりの情報収集を行ったが、ここで集められた情報は個々の業務システムが保有しているものだ。我々は震災から学び、業務の“縦割り”を排除してシステム間連携を進めることが不可欠といえる。また、住民の生活に直結した公共サービスとしては、行政機関が直接または委託して提供するものとは別に、民間事業者が提供する医療や介護、ライフラインなどのサービスがある。これら全体で「公共サービス」なのであり、必要に応じて民間とも情報連携できるようにすべきだろう。

新免 一過性の流行としてではなく、ぜひ前向きにクラウド活用を検討してほしい。サービス選定のポイントは自分たちにとって本当に必要なものは何かということになるが、自治体はそれを見極める手段を持っていない。そのため研修や情報提供などの支援ができないか考えている。また、私は地方にいるため、クラウドの進展で地方ベンダーが厳しい経営環境に追い込まれることも心配だ。そこで地方ベンダーが直接サービスを提供しなくても、サポート業務やシステムの調達・運用を支援するPMO(Project Management Office)として活躍できる場を、ぜひ自治体の皆さんにも考えてほしい。結果的にそれが地方の活性化にもつながるはずだ。クラウドでは最も適したサービスを選び組み合わせることが可能となる。ただし、自治体から見ると一つの仕組みとして利用できることが肝要だ。これについては、財団法人全国地域情報化推進協会の「地域情報プラットフォーム標準仕様」に期待したい。

 確かに、最もいいサービスを組み合わせて適正なコストの範囲内で調達するのが理想的な方法だ。そうしたあたかも一つに見えるサービスは、すでにコンビニ交付や地方税電子申告で現実のものとなっている。これらは地方自治情報センターや地方税電子化協議会、そして我々ベンダーなど複数の関係者が、物理的に別の空間にある別々のサーバでそれぞれが提供するサービスを組み合わせ提供しているものだ。これからは、このようなさまざまなサービスを柔軟に組み合わせることが主流となるだろう。また最近感じているのは、本庁・支所だけが公共サービスの拠点ではなくなるということだ。例えば、コンビニは多くの人がさまざまな目的で利用する地域のコミュニティセンター化している。この特性を活かすサービスは他にもあるはずで、クラウドの付加価値──行政経営に活かすという観点で研究を進めていこうと考えている。

井堀 おっしゃる通り、サービスを提供するのは行政機関に限らない。これからは情報や人材、サービスを共有の資産として必要に応じて行政・民間が相互活用できるような「公共社会システム」が目指すべき姿だと思う。そのため、いま国が情報連携基盤を構築しようとしているわけだ。ただ、そのためには個人情報の取り扱いや個人情報保護条例、あるいは法律などを見直す必要もあるだろう。そこをしっかりと整備しないとクラウドや情報連携のネックとなりかねない。

伊駒 クラウドにはいまだ解決すべき課題も多いが、自治体にはその利用価値をしっかりと理解して活用し、住民サービスの向上と行政の効率化へつなげていただきたい。また、自治体が比較検討して自分たちに最適なものを選べるよう、ぜひベンダー各社にはLGWAN上でより多くのサービス展開をお願いしたい。

司会 クラウドは課題や不安はあるが、サービスの活用次第でさまざまな可能性を秘めているといえそうだ。また、クラウド導入にあたっては共通番号制度の動きにも注目し、付加価値の高い住民サービスを期したい。さらに住民サービスの向上という点では、ソーシャルネットワークサービスなど新たな技術を活用して、さまざまなチャネルから住民の声を収集することも必要だろう。クラウドを単なるブームで終わらせず、地域の明るい未来を拓く架け橋として有効に活用していただきたいと考える。

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