2012年4月号Vol.86

【特集1】「自治体クラウド」へ挑む

──失敗しないために何を考え、どう行動するか

多くの市区町村が、基幹系システムへのクラウド活用を検討し始めた。クラウドは目的ではなく手段である。これを使って何をやるのか、実務面に与える影響は、いつからやるべきか…など、いま担当者は多くの悩みを抱えていることだろう。そこで、最前線でクラウドへ挑む担当者とともに、市区町村の身近な相談相手である実務経験豊富なアドバイザーと地域ベンダーにお集まりいただき、自治体クラウドの活用について考える。

奥田敏行氏 茶谷達雄氏 北條喜久夫氏 小島師紀氏集合写真

悩み多きクラウド検討の現場

茶谷達雄氏

茶谷 「自治体クラウド」という言葉はすっかり定着したが、その実像はいまだ漠然としている。私は、自治体クラウドとは「自治体の政策に沿った、新しいコンピュータ資源の活用法」であり、その取り組みには主に三つの柱があると考えている。一つは、ネットワークを経由してデータセンターにあるコンピュータ資源を共同利用する方法論の話だ。二つ目が、システムの開発・導入・運用にかかるコストや時間、要員を軽減するとともに、社会制度の変更に柔軟かつ拡張性をもって対応すること。三つ目が、情報セキュリティ対策とBCPの強化だ。そして、その成果として「行政運営の基盤整備」と「住民へのサービスや信頼の向上をはかる戦略実行」へつなげる──それが自治体クラウドであると解釈している。

 この普及促進を図るため、総務省では自治体クラウド推進本部を設置しデータ移行や外字等の問題について検討を進めている。また、平成23年度には共同化やデータ移行に対して特別交付税措置を講じたほか、東日本大震災復興対策として被災地団体における導入を補助する取り組みも開始した。こうした支援もあって、自治体クラウドは市区町村へ着実に浸透しつつあるようだ。総務省の調査によれば、基幹系システムの共同利用(予定を含む)団体は平成23年12月現在で17地域において協議会等が組織され、参加団体は177市町村に達したという。

北條 いま、ある地域の情報化プラン策定業務に関わっているのだが、その計画の柱の一つが自治体クラウドの導入だ。また、ほかの市区町村でも、今後の情報化を考える上でクラウドを強く意識するようになっている。ただ、それは計画上の話で、多くの場合は詳しい情報がないなかで何をどう考えればいいのか分からず、具体的な取り組みをなかなか進められないというのが実状ではないだろうか。

 自治体と民間とではクラウドに求められるものも異なるが、究極としてクラウドの持つ“良さ”はすべてに共通するものだろう。例えばスマートフォンは、多彩なアプリケーションを手軽にダウンロードして利用できることから、短期間で爆発的に普及した。そうした“良さ”は自治体クラウドでも十分享受できるはずだが、なぜ本格的に普及しないのか。その最大の要因は扱うデータの違いだ。情報セキュリティなどさまざまな面で課題が山積し、またクラウドを導入することでどんなリスクが発生するのかを掴めないことへの不安もあり、どうしても慎重姿勢にならざるをえない。

 さらにもう一つ普及を阻む要因として、自治体クラウドを導入する目的が曖昧になっていることが挙げられる。現状を見ていると「割り勘効果」ばかり強調されるが、本当に大切なのは「自治体クラウドで、これからどんな行政運営を行い、いかに住民サービスの拡充をはかりたいのか」という目的だ。その議論や合意形成がないままクラウドの導入検討を始めても、なかなか前に進むことはできないのではないだろうか。

茶谷 なるほど。情報不足という点では、ベンダーにも責任の一端がありそうだ。実際に、利用者としてクラウド導入を検討する小島さんはいかがだろうか。

小島師紀氏

小島 自治体クラウドへの関心が高い一方で、そのリスクを掴み切れない不安はある。北海道の場合、市町村数が圧倒的に多いため、自治体クラウドですべてが共同化されれば割り勘効果も非常に大きいが、共同化には限界があるのも事実。例えば、共同利用では参加団体のセキュリティレベルが一定基準に保たれていることが大前提となるが、庁内のLAN環境などネットワーク部分は個々に対応している状況では、これは非常に難しい問題で新たなリスクともなりかねない。

 また、クラウドにはまだまだ不確実な部分が多い。サービスを利用する側とすれば、ベンダー各社のアプリケーションを“いいとこどり”で使いたいのが本音だが、そうすると職員認証はかなり煩雑になるだろう。また、アプリケーションをデータセンター側で修正した時に、「Aさんの使用時は修正が反映されず、Bさんの使用時には修正が反映された」といった同一性の問題が発生しないのか。さらには、可用性(システムが継続して稼働できる能力)や完全性(情報や情報の処理方法が正確かつ完全で、改ざんされていないことを保護すること)といった問題も懸念される。

やってみなきゃ分からないこともある

小島 浦幌町はすでにノンカスタマイズのパッケージシステムを採用し、ネットワークの運用管理もほぼ自前で行っているため、クラウドへ移行してもコスト削減効果はほとんど期待できない。それでも来春に財務会計システムをクラウドへ移行する方向で具体的な検討を始めた。その理由は、特に運用管理面において「使ってみなければ分からないこともある。ならば悩むよりもまずは使ってみよう」と考えたものだ。この点、財務会計は住民に直接関わるシステムではなく、また職員のほぼ全員が利用するためクラウドの良さや課題がより明確になるだろう。それにより、住民サービスという次のステップへ安心して進むことができると考えている。

茶谷 その実行力は素晴らしい。そうした市区町村をサポートする立場としては、現状をどう考えているのだろうか。

奥田 当社は財団法人として設立されて以来、40年にわたって鳥取県庁と県内市町村の情報システムの共同開発・運用に携わってきた。また、平成21年4月に株式会社となってからは、県外の自治体に対しても事業展開を行っている。

 クラウドサービスについては、平成22年9月よりIaaS/PaaSのサービスを開始した。県庁では、基幹系以外の個別システム(約200サーバ)を当社のデータセンター(TICクラウドセンター)へ集約し、平成26年度までにすべてのシステムをクラウド化する計画となっている。また現在、県内19市町村のうち10団体がTKCの基幹系システムを利用しているが、これらについても平成25年度中にすべてクラウド移行を進める予定だ。

図1クラウドサービスとは

 当社のサービスの最大の特長は、「パブリッククラウド」であるということだ。自治体向けではプライベートクラウドが主流のなか、あえてパブリッククラウドとしたのはユーザが「必要な時に必要な資源を活用できる」ようにしたため。ここにクラウドの一つの“良さ”があるのだと思う。市区町村が基幹系システムを導入する場合、これまで業務量のピークや5年後のデータ量を考慮して、ある程度の過大投資を行ってきた。しかし、パブリッククラウドとして県庁と市町村が一つの資源を共有することで、業務の閑散期には余分な情報化コストをかけずに済む。これは現状で最も効果的なコスト削減策といえるのではないだろうか。

 サービスを開始した当初はクラウドを使うことへの抵抗感が強かったが、当社の土木積算システムを一例に挙げれば現在、県内すべての団体がクラウド利用となっている。鳥取県の場合、クラウドを比較的受け入れられやすい素地があったともいえるが、CMS(コンテンツ管理システム/Webを構成するテキストや画像などを管理し、配信などを行うシステムのこと)利用では県外5団体にも利用されるなど、地域を問わずクラウド利用のニーズは高い。共同化やアプリケーションの標準化を考えると、自治体クラウドはなかなか進まない。まずは、実践するなかでクラウドを利用する文化をしっかりと根付かせることが大切なのではないだろうか。

北條喜久夫氏

北條 まず実践してみるというのは、クラウド普及のカギといえるかもしれない。その場合でも、並行して起こりうるリスクを回避、あるいは影響を軽減することは考えておく必要がある。

 その一つがシステムの可用性の問題だ。スマートフォンの場合、アプリケーションが何らかの事情でなくなっても別のサービスへ簡単に乗り換えて継続利用することができる。しかし、自治体のシステムではそうはいかない。ベンダーに何かあっても取りあえずはシステムを運用し続けることができる自庁内方式と、ASP/SaaSの形態をとるクラウドとでは、可用性の点において不安の度合いが大きく異なるということだ。

 もう一つが機密性(アクセスを認可された者だけが情報にアクセスできる)の問題だ。例えば、住民監査請求で自分の情報に関するアクセスログを請求された場合、自庁処理であればすぐに対応できるが、クラウド環境ではログを収集するのにどの程度の時間がかかるのか分からず、場合によってはそのために新たなコストが発生するのではないかという不安もある。さらにクラウド化した場合、情報セキュリティ対策が向上するという利点がある一方で、システムやデータが分散して格納され“ブラックボックス化”が進むという心配もある。

 そうした不安に応えるためにもベンダーは市区町村の話を聞き、悩みを共有して、「それはこう対応できる」などきちんと情報発信してほしい。それとともに官民が協力して、市区町村が安心できる新たな技術対応や仕組みの創設を目指すことも、自治体クラウドの普及促進には欠かせないだろう。

小島 おっしゃるとおり、現状ではどのベンダーに聞いても「現場の運用はこうなって、ここまでのサービスを提供する」という答えは返ってこない。サービスを提供する側もいろいろ悩みながらやっている状況なのだろうが、使う側にとってはそれが明確となっていない不安がある。

 また、可用性の観点ではベンダーの倒産というリスクもある。そうなると投資費用が無駄になるだけでなく、業務の継続にも影響する大きな問題だ。

 そうした対策の一つは、市区町村がいつでもシステムを変更し、乗り換えができるぐらいの技量や知識を持つことだろう。クラウド化が進むほど、システムやサービスは目に見えなくなる。ならば我々もしっかりと理論武装して、ベンダーへ自分たちの意見や考え方を伝え、それを反映してもらうような信頼関係をつくることでしか、本当の安心感は得られないのではないかと思っている。

茶谷 確かに、ユーザとベンダーの役割分担を整理する必要がある。それによって、クラウド時代における市区町村の人材育成のあり方なども見えてくるだろう。

導入に失敗しないポイントは?

茶谷 では、クラウド導入に失敗しないポイントはあるのだろうか。

奥田敏行氏

奥田 ネットワーク帯域などの問題もあって、大量データをやりとりする大規模団体の基幹系システムではクラウド化はまだ難しいかもしれない。だが、中小規模団体であれば、県域や地元にこだわらずベンダーが提供する全国規模のサービスを利用するという選択肢もあるだろう。また、個別データのやりとりが少ないシステムはパブリッククラウドを使ってコスト削減を図るなど、業務によってクラウドを使い分けるのも有効な方法だ。ただし、パブリッククラウドであっても「LGWAN-ASPサービス提供事業者」のサービスであることは必須条件ではないだろうか。

小島 残念ながら、やる前から失敗しないための万全な方策はない。もちろんやる前に注意できること、押さえておくべきポイント、解決しておかなければならないことはある。よく「クラウドは情報セキュリティ事故が心配」という声があるが、セキュリティ事故の9割以上はそれに関わる人間が原因であり、その点では自庁処理もクラウドも事故率に差はない。これはクラウドとは別の問題として対策すべきものだ。

 また、市区町村がサービスを選ぶ際にはどうしても「すでに存在するサービス」のなかから総体的に評価をして選択することになってしまう。しかし、失敗しないためには、やはり市区町村が目に見えないサービスを見る力をつける、あるいは見せてもらえる力を持つことが大切だろう。その意味では使う側とサービス提供者の双方が、そうした意識を持つことにつきるのではないか。

茶谷 見る力・見せてもらえる力をどう育てていくかは個人的にも興味がある。究極的には、クラウドリテラシーといったものが養成されるといいだろう。

 さて、これまでの議論を踏まえ、私なりに失敗しないためのサービス選定のポイントを整理してみたい。

 第一に、信頼のおけるデータセンターを選ぶことが大前提だ。その参考指標としては、ISO27001/ISMS認証の取得やプライバシーマークの付与、LGWAN-ASPサービス提供事業者など第三者による認証がある。もちろんサービスを利用する側としても、設備やデータセンターの運用管理体制などをきちんと評価できる力を持つことが欠かせない。

 第二が、適切な利用契約を締結することだ。サービス事業者の倒産・廃業、事業の撤退などに備えて、データの所有権や契約終了時のデータの取り扱いなどを明確にしておく必要がある。また、運用の責任区分や、トラブルが発生した際の報告義務と対応の仕方なども明記しておくべきだろう。利用契約については、自治体クラウド推進本部でも標準的なものを作るとしているのでぜひ期待したい。さらに、あまり意識されていないが、裁判となった場合、基本的に事業者の本社機能のある所在地の裁判所が所管になるということも考慮しなければならない。

 第三に、事故を想定した訓練の実施で、これは非常に重要だ。東日本大震災の教訓からもぜひ考えてほしい。

 第四に、共同化・標準化されるシステムへ、いかに融通性や多様性を盛り込むかだ。現実問題として、大規模団体と小規模団体では組織や業務分担の形態が違うし、地域特性もあって完全な標準化は不可能だ。そのため、標準システムにもある程度の融通性や多様性を持たせる必要がある。これについては、パラメータやテーブルの活用が考えられるだろう。

 第五が、何かトラブルが発生した時にいかに迅速に正常の状態へ戻せるかという問題だ。話がそれるが小惑星探査機「はやぶさ」では、唯一正常に稼働していたイオンエンジンが停止し帰還が絶望的という状況に陥った時に、研究者や技術者たちはそれぞれに異常を抱えるほかのエンジン2基に1基分の働きをさせるという柔軟な運用で危機を乗り切ったという。これは基本的な構造を熟知しているからできたことで、サービス選定には「トラブル時に誰がどう対応するのか」の確認も重要なポイントといえるだろう。

図2クラウドサービスの提供条件についての確認項目

北條 先述したように、自治体クラウドへ安心して取り組むためには新たな技術対応や仕組みの創設などが考えられる。市区町村の担当者とよく話題になるのが、データセンターの情報セキュリティを第三者機関が監視する仕組みができないかということだ。さらに、データセンターにある情報資源を自治体が主体的にコントロールできる仕組みもあるといい。クラウド環境が常態となれば、膨大なデータは分散して格納されるようになり、市区町村がデータを検索・分析する際に必要なデータがどこにあるのか分からないということにもなりかねない。これを自治体がコントロールできるようになれば、担当者の不安解消につながるのではないだろうか。また、通信技術の分野においても、行政独自のプロトコルの開発、また国や都道府県単位で共通基盤の早急な整備が行われるようになれば、さらに安心できるようになるだろう。

 加えて、都道府県による技術情報の提供や勉強会の開催などといった自治体への支援とともに、ベンダーには具体的な情報発信をお願いしたい。そうしたことが、個々の市区町村のクラウド導入の大きな後押しとなるはずだ。

奥田 また、導入後の運用を考えると、市区町村が安心して相談できる身近な窓口や担当者の存在も重要なポイントといえるだろう。

茶谷 今日、自治体クラウドで指摘される問題は昔からいわれてきたことであり、新たに発生した問題ではない。そう考えるとクラウドは特別なものではなく、これまで市区町村が培ってきたアウトソーシングのノウハウを活かせる部分も多く、過度の心配は不要ではないだろうか。また、その導入検討には目先の割り勘効果ばかりではなく、長期的な視点で考えることも必要だろう。特にクラウドには多様性という潜在力があり、その強みを大いに活かせるサービスかどうかが重要だ。

 自治体クラウドには、いまだ多くの課題があるのは事実だが、時代環境がどんどん変化するなかでいくら時間をかけて考えても完璧な対策はできない。

 市区町村の戦略として、これを使って何をするのかは徹底的に議論されるべきだが、一方で予測不能な部分は仮設により動き出し、状況に応じてそれを改善しながら進める「実行力」も必要だろう。その実行の過程で試行錯誤を繰り返し、クラウド文化を根付かせていくなかで、行政経営の明るい未来も拓けるものと確信している。

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