
令和7年度税制改正の中でも、事業者や給与計算の実務に影響の大きい「年収の壁」の見直しについて、経営者と給与計算担当者向けに解説します。
また、パートやアルバイトの従業員の就労調整等にも影響があります。改正の内容を正しく把握して、従業員へ早めにお知らせしましょう。
「年収の壁」
見直しの概要
年収(年間給与収入)と所得の違い
改正の中身に入る前に、まずは混同しやすい言葉「年収(年間給与収入)」と「所得」の違いの確認です。
従業員に改正の内容や年末調整の注意点を説明する際に正しく伝えられるように、あらためてご確認ください。
年収(年間給与収入)
社会保険料や税金を引かれる前の、会社から支払われる総支給額を年収(年間給与収入)といいます。
源泉徴収票の「支払金額」欄の金額です。
給与所得
年収(年間給与収入)から、給与所得者の必要経費である「給与所得控除」を差し引いたものが給与所得です。
給与以外の所得がなければ、給与所得=合計所得金額となります。
課税所得
合計所得金額から、基礎控除や生命保険料控除等の所得控除額を差し引いたものが課税所得です。
課税所得に税率を掛けて所得税を算出します。
改正内容
主な改正内容は次のとおりです。
法令改正の施行日は令和7年12月1日です。詳細は国税庁ホームページの「令和7年度税制改正による 所得税の基礎控除の見直し等について(源泉所得税関係)」をご確認ください。
給与所得控除の引き上げ(所得税・住民税共通)
給与所得控除の最低保障額が55万円➡65万円に引き上げられました。(図表を表示)
令和6年まで
給与所得控除の最低保障額 = 55万円
令和7年から
給与所得控除の最低保障額 = 65万円(年収162.5万円以下の場合は+10万円)
基礎控除の引き上げ(所得税)
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合計所得⾦額が132万円以下の場合は、上記❶の引き上げ額に37万円上乗せされ、
基礎控除が 58万円+37万円= 95万円になります(恒久的措置)。(図表を表示)令和6年まで
基礎控除 = 48万円
令和7年から
基礎控除 = 58万円 + 上乗せ額 37万円 = 95万円(+47万円)
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合計所得⾦額が132万円超655万円以下の場合は、上記❶の引き上げ額に5万円~30万円上乗せされ、
基礎控除が 58万円+上乗せ額の合計金額になります(令和7年・8年限定の時限措置)。(図表を表示)令和6年まで
基礎控除 = 48万円
令和7年から
基礎控除 = 58万円 + 上乗せ額(5万円~30万円) = 63万円 ~ 88万円(+15万円~+40万円)
給与所得控除と基礎控除の引き上げを合わせて、所得税がかからない年収、
いわゆる「年収103万円の壁」が「年収160万円の壁」になります(+57万円)。
従業員本人だけではなく、従業員が扶養する配偶者・親族の控除についても税制改正があります。
これによって、従業員が扶養する配偶者・親族の控除を受けるための「年収の壁」も変わります。
扶養控除等の所得要件の改正
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給与所得控除の最低保障額が 55万円➡65万円に引き上げられました。
令和6年まで
必要経費に算入する金額の最低保障額 = 55万円
令和7年から
必要経費に算入する金額の最低保障額 = 65万円(+10万円)
-
基礎控除の改正にともない、扶養控除等の対象となる扶養親族等の所得要件が緩和されました。
扶養親族及び同⼀⽣計配偶者の場合 または ひとり親の⽣計を⼀にする⼦の総所得⾦額等の場合令和6年まで
基礎控除 = 48万円
令和7年から
基礎控除 = 58万円(+10万円)
給与所得控除の引き上げと所得要件の緩和を合わせて、扶養控除の年収の壁は、
103万円➡123万円になります(+20万円)。
特定親族特別控除の創設
新たに「特定親族特別控除」が創設され、19歳~22歳の大学生世代の子供を持つ親が受けられる控除について、子供の所得要件が大幅に緩和されました。
扶養控除等の所得要件の改正と特定親族特別控除の創設により、特定扶養控除相当額(63万円)の控除を受けられる従業員の19歳~22歳の子供の年収の壁は、103万円➡150万円になりました(+47万円)。
また、19歳~22歳の子供の年収が150万円超188万円以下の場合も一定の控除を受けられるようになりました。
事業者への影響
「年収の壁」が入れ替わります。
「社会保険の年収の壁」を超えた場合の影響もご確認ください!
今回の改正で「所得税の年収の壁」が103万円➡160万円になったこと、また、「扶養控除の年収の壁」が103万円➡123万円 になったことで、これまで103万円を意識して就労調整していた従業員が労働時間を増やす可能性があります。
従業員の年収が増えると、一定の条件の下、従業員に社会保険への加入義務が生じたり、配偶者等の社会保険の扶養から外れて従業員自身が国民健康保険・国民年金に加入する義務が生じたりします。これが「社会保険の年収の壁」です。
今回の改正によって、年収が増えていくと、従業員は「所得税の年収の壁」よりも先に「社会保険の年収の壁」の影響を受けることになります。
従業員が51人以上の企業の「年収の壁」
・週の所定労働時間が20時間以上、・賃金が月額8万8,000円以上(年収計算で約106万円、残業代・賞与・通勤手当・臨時の手当は含まない)、・2か月を超えて働く予定がある、・学生ではない
(参考)
「106万円の壁」を越えた場合の社会保険料の負担増
(例)協会けんぽの場合
年額 約14万8,800円 月額 約1万2,400円(介護保険料なし、社保の標準報酬月額8万8,000円、協会けんぽ栃木県で試算)
「110万円の壁」を越えた場合の住民税の負担増
年額 7,200円 月額 600円(年収111万円、均等割額4,700円、所得割率10%、森林環境税1,000円で試算)
「160万円の壁」を越えた場合の社会保険料の負担増
年額 2,500円 月額 200円(年収165万円で試算)
従業員が50人以下の企業、または学生の従業員の「年収の壁」
そのため、従業員自身で「会社の社会保険」または「国民健康保険・国民年金」に加入する必要があります。
(参考)
「110万円の壁」を越えた場合の住民税の負担増
年額 7,200円 月額 約600円(年収111万円、均等割額4,700円、所得割率10%、森林環境税1,000円で試算)
「130万円の壁」を越えた場合の社会保険料の負担増
(例)協会けんぽの場合
年額 約18万6,000円 月額 約1万5,000円(介護保険料なし、社保の標準報酬月額11万円、協会けんぽ栃木県で試算)
(例)国民健康保険、国民年金の場合
国民健康保険年額 約8万2,800円(月額 約6,900円*1)、国民年金年額 約21万200円(月額 約1万7,600円*2)
合計年額 約29万3,000円 月額 約2万4,500円
「160万円の壁」を越えた場合の所得税の負担増
年額 2,500円 月額 200円(年収165万円で試算)
特に「社会保険の年収の壁」を超えた場合の社会保険料の負担は大きいため、所得税や扶養控除の年収の壁の改正内容と併せて、早期に従業員への案内が必要です。それぞれの「年収の壁」を超えた影響を従業員に理解してもらったうえで、どのくらい働くか確認しましょう。
社会保険に加入すると、社会保険料を支払うことで手取りが減る可能性がありますが、従業員には将来もらえる年金額が増える・病気等の際に給付金が受け取れる等の長期的なメリットもあります。従業員が総合的に判断できるように情報提供することが重要です。
厚生労働省の「社会保険適用拡大特設サイト」に、事業者向けの資料や従業員向けの社会保険加入に関する案内がまとめられています。必要に応じてご確認ください。
自社の手当等を見直す必要があるか検討
従業員に住宅手当や家族手当等を支給している場合、自社の手当等について確認し、支給条件を見直す必要があるか検討しましょう。福利厚生制度や給与規定等の見直しが必要となる場合もあります。早めに対応して、従業員に周知することをおすすめします。
(例)
・扶養親族に当たる家族を家族手当の支給対象としている場合
「扶養控除の年収の壁」が103万円➡123万円になったことで、手当の支給対象者が増える可能性があります。
手当の支給対象の範囲が広がることを従業員に周知しましょう。
・「給与所得○○円以下」等、従業員本人や家族の所得を支給条件にしている場合
給与所得控除が55万円➡65万円に10万円引き上げられたため、手当の支給対象者が増える可能性があります。
手当の支給対象の範囲が広がることを従業員に周知しましょう。
また、所得要件の改正に合わせて、支給条件「給与所得○○円以下」の金額を引き上げる等、検討しましょう。
・「収入○○円以下」等、家族の収入を支給条件にしている場合
今回の改正の影響で、従業員の家族がより多く働くようになり収入が増えると、手当の支給対象から外れる可能性があります。年収の壁の見直しに合わせて、支給条件「収入○○円以下」の金額を引き上げる等、検討しましょう。
給与計算の実務への影響
令和7年分の年末調整への影響
年末調整関連の申告書に記載する所得の計算方法や、控除を受けられる所得要件等が変わります。
また、特定親族特別控除を受けるために記入する欄が追加されます。これらを従業員に周知して、正しく記載してもらう必要があります。
令和7年分基礎控除申告書 兼 配偶者控除等申告書 兼
特定親族特別控除申告書 兼 所得金額調整控除申告書
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給与収入190万円以下の人の所得の計算方法が変わります。
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控除額を判定する合計所得金額の見積額に応じた区分が「132万円以下」「132万円超336万円以下」等と細かくなります。該当する区分によって控除額が変わるため、正しく記載する必要があります。
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基礎控除申告書の❶と同様に、所得の計算方法が変わります。
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配偶者控除等の控除額を判定する区分の合計所得金額の「48万円」が「58万円」に変わります。
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特定親族特別控除を受ける場合の申告書が創設されます。
年齢19歳以上23歳未満で、所得58万円超123万円以下(給与収入のみの場合、年収123万円超188万円以下)の親族を記載します。
令和7年分扶養控除等申告書
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申告書に記載する源泉控除対象配偶者の範囲が変わります。
所得要件は合計所得金額95万円以下のままで変更ありませんが、給与所得控除の最低保障額が10万円引き上げられ、所得の計算方法が変わったことによるものです。これまでは、所得の見積額が95万円(給与収入のみの場合、年収150万円)以下の場合に記載していましたが、令和7年分からは、所得の見積額が95万円(給与収入のみの場合、年収160万円)以下の場合に記載します。
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申告書に記載する扶養親族、障害者控除を受ける同一生計配偶者、ひとり親控除を受ける場合の生計を一にする子の範囲が変わります。
扶養控除等の所得要件の改正 給与所得控除額の最低保障額の引き上げ
これまでは、所得の見積額が48万円(給与収入のみの場合、年収103万円)以下の場合に記載していましたが、令和7年分からは、所得の見積額が58万円(給与収入のみの場合、年収123万円)以下の場合に記載します。
-
所得の計算方法が変わります。
令和7年分の年末調整は
例年に比べて煩雑になる見込みです
このような業務負荷を軽減するため、また、従業員に申告書を正しく記載してもらうため、計算方法や記載方法の丁寧な周知が欠かせません。
- 申告書の様式が変わる
- 所得の計算方法が変わる
- 令和7年分と令和8年分は基礎控除の金額が所得によって変わる
- 「扶養の範囲」の基準となる所得の金額が変わる
- 新しい控除(特定親族特別控除)が創設されて記入欄が増える
- 「パートやアルバイトへの支給累計額」「配偶者控除の年収の壁までの余裕額」「社会保険の年収の壁までの余裕額」を確認できます。
- 従業員が就労調整する際の参考情報として、給与明細に1月からの課税支給額合計を表示できます。
- 社会保険の短時間労働者に該当しそうな人を確認できる機能もあります。
- 扶養控除等申告書等の記載方法の注意点をまとめた「従業員向けの資料」をご用意します(検討中)。
- 従業員が申告した所得を入力することで、控除額を自動計算します。
- 改正後の内容にもとづいて自動で年末調整計算します。
- TKCまいポータルやPXまいポータルを利用して年末調整計算を電子化すると、年末調整に関する申告書等をWebで手間なく配付・回収できます。
- 従業員が画面の案内に沿って入力した内容をシステムがチェックします。また、入力した給与収入や公的年金収入にもとづき、所得と控除額を自動で正しく計算します。
- 従業員から提出された申告書のデータを年末調整計算に利用できるため、給与担当者の入力作業を省力化できます。
令和8年分以降の所得税計算にも
万全に対応します!
令和7年分の年末調整も
令和8年からの給与計算も安心です