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病医院のコスト管理の基本(2) 労働分配率や人件費比率など関連指標をトータルでみることが大切

医業経営コンサルタント 税理士 岩田 修一

 診療報酬のマイナス改定やクリニック開業件数の激増など、病医院を取り巻く経営環境は年々厳しさを増しています。そうしたなか、安定した医業経営を実現するためには、「コスト管理」が欠かせません。特に、コストのなかでもクリニックの経費の大部分を占める人件費を適切に管理し、スタッフのモチベーションを下げないような体制づくりを行うことは、安定経営を実現するためのポイントとなります。

 クリニックは、医療サービスという人的役務の提供の対価として医療収入を得て成り立っています。したがって、人件費とは、人の労務の対価として支払われる賃金や給与、賞与等の総称です。人件費は、他の経費項目とは異なり、管理の対象が「人」であるため、人件費特有の難しさがあります。個人によって、学歴や職務能力、意欲、貢献度などが違うからです。今月号では、人件費分析のポイントや、分析結果をどのように経営改善に生かすかなどを解説します。 

1.人件費分析の2つのポイント

 クリニックが人件費分析を行う際は、1,他のクリニックと比較して適正かどうか、2,自クリニックの収益構造として適正かどうか――の2つのポイントがあります。
 基本的な人件費分析指標には、以下の5項目があげられ、これらは、人的生産性を見るものです。
 
(1) 1人当り医業収益高 = 医業収益高÷平均従事員数
(2) 1人当り給与費 = 給与費÷平均従事員数
(3) 1人当り限界利益 = 限界利益÷平均従事員数
(4) 労働分配率 = 人件費÷限界利益×100
(5) 人件費比率 = 人件費÷医業収益高×100


 なお、人件費のなかには、賃金・給与・賞与等の15〜20%の社会保険料などの法定福利費が含まれていることに注意しなければなりません。

 5つの指標を使って変動損益計算書(平成18年版TKC医業経営指標・内科クリニックの平均値)を分析すると図表1のようになります。

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2.人件費分析結果を経営改善に生かす

 ここでは、図表1で示した変動損益計算書をもとに解説します。

(1) 1人当り医業収益高
 人的な観点から生産性をみる場合、スタッフ1人当りの医業収益高が1つの目安になります。他クリニックとの医業収益高の比率だけではよくわからなかった自院の効率が、スタッフ1人当りで比較することでよくわかるようになります。

(2) 1人当り給与費
 クリニックの給与水準を示すものです。〔平均給与費×平均従事員数×12=年間総給与費〕と考えれば、クリニックの適正給与費計画や、スタッフの個別給与管理の基礎的データとなります。たとえ、給与水準が高くても、労働生産性と1人当り医業収益が大きければ、経営内容は優れているといえます。

(3) 1人当り限界利益
 生産性分析のなかで最も重要な指標であり、スタッフ1人当りの月平均の限界利益を示すものです。クリニックの経営は、単に収益の増加だけではよい結果が得られるとは限りません。1人当りの限界利益を高くすることで人件費への分配額も多くでき、労働分配率も適正水準を維持することができます。クリニックにとってこの増加こそが重要となります。

(4) 労働分配率
 限界利益に占める人件費の割合を示します。生み出した付加価値に対し、どれだけ人件費として消費したかをみて、労働分配と経営能率の適否を判断することができます。労働の質的低下を招くおそれがあるため、必ずしも小さい方がよいとはいえません。

(5) 人件費比率
 適正人件費の測定尺度であり表示方式の1つです。クリニックの直接的な業績である「医業収益」とそれを得るのに要した「人件費」とを直接に対比させ、その負担割合が適正かどうかを判断します。  この事例の場合、労働分配率は37.1%になっています。この労働分配率が高い場合、人件費の増加率が生産性の上昇を上回っていることを意味し、収益性は悪化します。反対に、低すぎると労働の質的低下を招くため、必ずしも小さいほうがよいとはいえません。クリニック全体の人件費をみる労働分配率は低く、
1人当り給与費を高くするのが基本です。

 "事業は人なり"というように、すぐれた人材が育てば事業は伸びます。少数精鋭による高付加価値と高人件費の実現が理想です。人件費比率23.5%という数字も適正な人件費をチェックする上で必要な指標です。

 図表1で示した5つの計算式は、1つだけ取り出してみるのではなく、他の指標と関連付けてみていかなければなりません。たとえ、医業収益が大きくなっても、医薬品の使用量が多くなったり、増員して1人当たり限界利益が減少したら、人的生産性は悪化するからです。

3.質の管理を見据えた人事制度が重要

 適切に人件費を管理するために重要なことは、看護師や受付事務員などのスタッフの「人件費総額」を「質的な面」から管理し、職員の倫理意識や患者(顧客)さんの満足度(CS)向上につなげていくことです。そのためには、"インセンティブ"を含んだ「人事制度の設計」が重要になります。

 近年、医療現場ではアウトソーシングのニーズが大きな広がりを見せており、こうした外部委託を活用して、一部の人件費をコントロールするといった流れがあります。しかし、こうした短期的視点ではなく、長期的な視座に立ち、高い倫理意識や接遇サービスに長けた人材を確保するほうが、患者満足度が向上し、結果、来院患者数の増加につながります。また、クリニックレベルの人事管理体制について、「年功序列」が根づいているなどの問題があり、こうした視点からも「抜本的な人事体制改革」が重要だと考えます。

 人事制度改革を実施し、クリニックの人件費の管理をしっかりと行うためには、定量的な数値をマネジメントするとともに、数値では表われない定性的な「質」の部分の管理を行うことが重要になります。そこで、初めて経営改善という大きな目標が達成されます。この改革が達成できたクリニックこそが、今後の医療業界のフロントランナーとなっていくのでしょう。

 なお、人事改革の重要性をイメージとして認識していただくために、「クリニックの人的経営問題の概念図」を図表2に示します。

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(TKC医業経営情報2007年7月号より)