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地域と一体となった体制づくりが介護事業には不可欠

地域包括ケアシステムの推進や質の高い介護サービスの提供、人材確保と生産性向上などを柱に据えた2018年度介護報酬改定が実施された。個別改定項目等について議論を進めてきた介護給付費分科会の田中滋会長に、今改定のポイントや積み残しの課題を聞くとともに、介護サービスを展開する医療法人の経営者の役割などについて話をうかがった。

田中 滋
社会保障審議会介護給付費分科会会長
公立大学法人埼玉県立大学理事長

聞き手/
本誌編集委員
丹羽 篤
Tanaka Shigeru
1971年、慶應義塾大学商学部卒業。1980年、同大学大学院商学研究科博士課程単位取得退学。
1981年、同大学大学院経営管理研究科助教授。1993年、同大学大学院経営管理研究科教授。2014年、同大学大学院経営管理研究科名誉教授。2018年、公立大学法人埼玉県立大学理事長。
地域包括ケア研究会座長、社会保障審議会委員(介護給付費分科会長・福祉部会長・医療部会長代理)、医療介護総合確保促進会議座長、協会けんぽ運営委員長等を務める。

 

機能強化・同時改定・多職種連携今改定の3つのポイント

──まずは2018年度介護報酬改定のポイントや狙いなどについて教えてください。
田中 2018年度介護報酬改定の内容を見ると、大きく3つのポイントがあげられます。
1つ目は、前改定から続いている考え方ですが、介護事業種別ではなく、それぞれの事業所が持つ機能に着目した改定と表せる内容になりました。介護老人保健施設や通所介護など、いろいろな事業がありますが、同じ事業種別でも、その機能が客観的に評価できるならば、3段階、5段階と加算を取得できる仕組みが強化されました。それぞれの事業所が持つ機能をさらに高める取り組みに対する応援が狙いです。
さらにいえば、その機能の評価のなかには、単に介護サービスのクォリティが高いだけではなく、地域連携を密に行っているか、利用者の在宅療養を支援しているかなど、地域包括ケアシステムづくりに関係する要件等が盛り込まれている工夫が特徴です。
2つ目のポイントは、中央社会保険医療協議会と合同で、それぞれの会議での議論に先立ち、丁寧に意見交換を行い、必要な部分において医療と介護のすり合わせを行ったプロセスがあげられます。入院時や退院時、そして退院後のリハビリテーション、訪問看護、看取りなどの場面で、医療と介護が切れ目なくサービスを提供する体制や、互いの情報伝達などが課題として共有できました。
──3つ目としてはどのようなことがあげられるのでしょうか。
田中 3つ目としてあげるとすれば、介護事業の種別を問わず、口腔ケア、栄養ケア、および機能訓練という意味でのリハビリテーションについて、専門職が介護職を指導し、サービスを提供すると評価されるように、随所にメッセージが盛り込まれた点です。つまり、多職種連携の強化が図られました。
介護の本質は、利用者のお世話をする業務ではありません。利用者の身体・精神等の機能について、残っている機能は使い、できれば強化する。それが介護の本来の役割です。だから、理学療法士(PT)や作業療法士(OT)、言語聴覚士(ST)、歯科衛生士、管理栄養士等の専門職らが介護職にそのノウハウを教えて、利用者の尊厳ある自立をサポートする仕組みをつくる過程も重要なのです。リハビリをするためには栄養が十分でなければなりません。栄養をとるためには口腔ケアが不可欠と続く一連のロジックが元にあります。

多職種連携によるケアマネジメントが課題

──実際の介護給付費分科会の議論のなかで、いろいろな意見を取りまとめるのは大変だったのではありませんか。
田中 分科会ではアジェンダに沿って、毎回、テーマを絞って議論を進めていきました。それぞれのサービスのクォリティを高めるためにはどういう介入があるべきか、研究データに基づきこういう部分は重点的に評価する。こういうケースは減算するなどを巡って、テクニカルな部分での追加・修正等はありましたが、基本的に論争と呼べる感じの場面は見られませんでした。
そもそも介護給付費分科会は、中医協のように支払い側と提供側が対立する構造をとっていません。よりよい介護サービス提供体制をつくるために、すべての委員の方々が基本的には同じ目標を目指して議論が進められたのではないでしょうか。
──次期改定に向けた主な課題等についてはいかがでしょうか。
田中 それについては、厚生労働省の「平成30年度介護報酬改定に関する審議事項」に示されているとおりです(図参照)。
課題は山積していますが、たとえば、介護人材の働きを支援する介護ロボットやAI・ICT等の最新技術の活用があげられます。専門家が開発した最新技術について、さまざまな研究調査を進めて安全性を確認した上で、介護分野で積極的に利用する姿は、これからの当然の流れでしょう。
また、ケアマネジメントのあり方も大きな課題です。ケアマネジメント業務とは、多職種によるアセスメントに始まり、ケアマネジャーがプラン原案をつくり、ケアカンファレンスにおいて同じく多職種による討議を経てプランを決め、それを実行し、モニタリングを行う一連のプロセスの名称です。このケアマネジメント業務全体は、ケアマネジャー1人が行うものではありません。過剰な負担をかけかねませんし、俗にいう“ケアマネ能力論”になってしまいます。そうではなく、ケアマネジメント業務について、多職種協働で行う仕組みづくりを進め、質の向上を図るための指標をつくる工夫が、これからの大きな課題だと考えています。

生活と住まいを医療が支える「介護医療院」

──今改定で新設された介護医療院についてはどのように見ておられますか。
田中 高齢者が安心して暮らせる生活を支え、尊厳ある看取りまでを行うためには、少なくとも「医療」「介護」「予防」「生活支援」「住まい」の5つの機能が必要不可欠です。そして、この5つの機能をどのように組み合わせていくかが大事と言えます。
たとえば、特別養護老人ホームとは「介護」「住まい」「生活支援」が組み合わされた事業種別です。しかし、日常的な医学管理は別として、「医療」は目的ではありません。他方、介護老人保健施設はどうでしょうか。リハビリテーションが中心の「医療」と「介護」を通ずる「在宅復帰支援」、そしてその後の在宅における「療養支援」が託された機能です。しかし、リハビリ以外の「医療」は入所の主目的ではありませんし、最終的な生活の場とは異なります。基本的には3か月から6か月で自宅等に戻るための中間施設だからです。また、療養病床は「医療」「看取り」と「介護」の組み合わせであり、「住まい」とは呼べません。
これに対し介護医療院は、「生活」と「住まい」を、看取りを含む「医療」が支える形です。
介護医療院は、医療法上は「医療施設」と位置づけられていると同時に、介護保険上は「住まい」と規定されています。つまり、「医療施設」でありながら「住まい」とみなされる新しい類型です。したがって診療報酬上の在宅復帰先としてカウントされます。もちろん「介護」サービスも提供されます。大切なポイントは「生活」です。「生活の場所として地域に開かれ、地域と交流しなければならない」と求める運営基準が定められた「住まい」です。英語で表すと、「スキルド・ナーシング・ファシリティ(SNF)」。今までの特養や老健、療養病床とも違う新しい機能の組み合わせの施設として期待しています。
──介護医療院で行われるサービスの特徴とはどのようなところにあるのでしょうか。
田中 介護施設等に入所する高齢者のなかには、医療的ケアを必要とする方がたくさんおられます。医療的ケアとは、医師の指示の下、看護師等が行う業務を指します。典型的な例としては喀痰吸引があげられます。こうした医療的ケアが1日何回も必要な方は、これまでの介護施設等では対応が難しかったケースも見られました。しかし、介護医療院であればそういう方を最期まで支えられるでしょう。また、病院と同じ建物内なら医師が常駐しており、必要な医療設備も備えているため、たとえば、肺炎の恐れがあるとなれば、すぐにレントゲン検査を行い、適切な診断等も可能です。
──先般、日本慢性期医療協会では介護医療院の新たな形として、現在の精神病院の空きベッドなどを活用し、認知症専門の介護医療院「認知医療院」の創設を提案されていますが。
田中 介護医療院が今後、しっかり地域で機能するとわかれば、上手く枠組みを調整して、その発展型として広がる可能性も十分に考えられるのではないでしょうか。

正解がないことを意思決定するのが経営者

──今回の介護報酬改定を受けて、介護事業を展開する医療法人の経営者は、どのようなことに留意しなければならないのでしょうか。
田中 どのような方向で介護報酬改定が実施されるかは、適時、公表されている分科会等の資料や議事録を見ればかなり前から明らかです。少し厳しい言い方かもしれませんが、介護報酬改定が実施されてから経営を考える対応では遅いのです。
その上で、ポイントとしては、医療機関と介護事業所間の切れ目のない連携構築、情報の共有化、理念の統合があげられます。その共有化のなかには当然、ICTを使った予後予測の共有、ケアプランの共有も含まれます。
もう1つは地域貢献です。
目の前に医学的症状で困った人がいたら、その人を助けるために行う診療は医療法人等の本来の役割です。しかし、これは必要条件にしかならず、生き残りのための十分条件ではありません。十分条件を満たすためには、地域の元気な高齢者や学生たち、商店街などの力をいかに取り込み、一緒に勉強会などを開催し、地域の力を高める。こういう仕掛けづくりも法人経営レベルで重要な視点と言いえるでしょう。
──地域と積極的に関わっていくことが求められるわけですね。ただ、こうした取り組みは、正解がないことでもあり、一般の医療法人等では、現実的にはなかなか難しいところでもあります。
田中 そもそも経営者とは、唯一無二の正解がない課題に対し意思決定する責務を負う役割を担う存在なのです。「こうすればよい」と分かっている事柄を実行するだけなら、それは管理者の仕事です。たとえば、院内感染をできる限り少なくする、褥瘡を減らす、新設された加算を算定するために体制を整えるなどが管理課題の例です。これらは正解の方向が1つしかあり得ません。
これに対し、経営者は、どれを選択しても正しい結果になり得る選択肢の中から、自分の理念や自法人の内部資源を踏まえて意思決定を行わなければなりません。別な見方をすれば、選ばなかった有力案を「捨てる」意思決定をする決意が求められます。
たとえば、介護療養病床の経営者の場合は、医療病床ないし介護医療院に転換するのか、サービス付き高齢者向け住宅にするのか、もしくは介護事業から撤退するのか。また、クリニックであれば、在宅中重度者を見ていく仕事を中核にするのか、外来を中心に広く地域住民の健康を守るのか。中重度者を選択するなら専門職による多職種協働体制の構築が必須です。他方、外来を中心とした住民の健康を守る戦略を選択するなら、地域で積極的に健康教室を開く、商店街や高校生らを巻き込んでいく、社会福祉法人や市役所の力を活用するなどの広義の連携への参加も必要でしょう。
いずれにしても、分析の結果残った選択肢の中なら、何を選択しても正解です。経営者の仕事は、自法人の資源を考えていずれかを選ぶ瞬間がもっとも大切です。そして、よかったかもしれない選択肢を捨てる覚悟も持ち合わせなければなりません。

人材不足を解消するにはさらなる効率化が必要

──介護業界においては常に人材不足の問題が取りあげられていますが、この点については、どのようにお考えですか。
田中 冷静に見るべき数値は、介護人材は年間5万人から10万人ほど、増え続けている現実です。介護業界は成長性がある分野で、建設業界、商業界やサービス業界、運輸業界から羨ましがられるほど従事者が増え続けてきました。この実態をまずはきちんと認識して議論する必要があります。
問題は人材増以上のスピードで介護需要が増加している趨勢です。これが介護業界だけ人材が集まらない時代なら、手厚い給与による人材確保策が功を奏し得ますが、現在は決してそうではありません。今は、全国的、全産業で人手が不足しています。そのなかで重要な経営努力は生産性向上でしょう。それこそ、ICTやAI、ロボットなどの力も使ってもよい。その前に、業務の標準化や段取りの整備など地道な作業が行われるべきですが。
──他方、介護需要の増加に対応するために海外の人材の活用という流れもありますが。
田中 海外の人材が日本で研修を受け、日本の優れた介護技術や介護サービスの仕組み、さらには地域包括ケアシステムの考え方などを学び、それを将来は母国で活用するためなら、一定期間日本で働くあり方は非常によい方法でしょう。海外の専門職の若手教育訓練は、世界に先駆けて超高齢社会を迎えた日本の大きな役割であり、国策としてとても意味がある選択です。しかし、それと同時に、海外の人材活用の流れは、日本の介護人材不足の解消が主目的ではないと認識しなければなりません。
──人材不足を補うためには、介護施設の業務分担の見直しや効率化を図ることが必要になりますね。
田中 まさにそれが大事な経営者の責務なのです。高齢者へのケアのすべてを専門職種が行う必要はありません。たとえば、施設内の上げ膳・下げ膳、運転、風呂掃除などを介護福祉士が行う業務配置では人材の無駄遣いです。病院で医師や看護師は配膳や風呂掃除などはしません。そうした業務は適切な訓練を受けたアルバイトの学生でもできますし、専門業者に委託してもよいのです。
専門職である介護福祉士がどのような業務を担うのか。業務分析をきちんと行い、たとえば、キャリア段位制度のレベル1の人はAの業務、レベル3以上の人はBの業務などとしっかり割り当てていく。ただ「人が足りない」と嘆くだけでなく、業務の分析をした結果、どの業務で人が足りないのかを見極めていく。そして、どの業務は機械化できるのか、どの業務は非専門職でも受け持ち可能なのかを分析する。そういう取り組みが効率化、生産性の向上につながると考えています。
──最後に、介護事業を展開する経営者にメッセージなどがございましたらお願いします。
田中 どのような対応をすればいいのか。それに対する唯一の答えはありません。それぞれ地域の状況は違うからです。自院が立地する地域の状況を分析し、住民同士のつながりはどうか、医療・介護・福祉資源の充実度はどうかなどを細かく確認する。さらに地域の現在のニーズ、そして20年後のニーズと競争状態を想定する。より詳細に地域分析を行った結果から、自院のポジショニングや役割、進むべき方向性が見えてくるはずです。

(平成30年5月7日/構成・本誌編集部 佐々木隆一)