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5つのアプローチで「治し支える医療」に取り組む

多くの人にとって、健康な状態で長生きしたいということは、共通の願いであろう。超高齢社会が進展する日本においては、この「健康長寿社会」の実現が急務となっている。そうしたなか、加齢や高齢者そのものを対象に医学・医療を研究してきた「日本老年医学会」では、昨年、5つの柱で構成された「健康長寿達成を支える老年医学推進5か年計画」を公表した。同学会の楽木宏実理事長に話をうかがった。

木宏実
日本老年医学会 理事長
大阪大学大学院医学系研究科
老年・総合内科学 教授

聞き手/
本誌編集委員
大田篤敬
Rakugi Hiromi

1984年、大阪大学医学部卒業。1985年、桜橋渡辺病院 循環器内科医員。1989年、米国Harvard大学ブリガム・アンド・ウイミンズ病院内科研究員。1990年、米国Stanford大学心臓血管内科研究員。1993年、大阪大学医学部老年病医学助手。2002年、同大学院医学系研究科加齢医学講師、2004年、同大学院医学系研究科加齢医学助教授。2007年、同大学院医学系研究科内科学講座(老年・腎臓内科)教授(2015年に内科学再編に伴う改組にて老年・総合内科)。2014年、大阪大学医学部附属病院副病院長(兼任)。日本老年医学会(理事長 2015年6月~)、日本高血圧学会(理事)、日本心血管内分泌代謝学会(理事)。

「自分らしい生活」の視点が支える側には不可欠

──超高齢社会を迎える昨今、国民が健康な生活と長寿を享受できる「健康長寿社会」の実現が急務になっていますね。

楽木 「健康長寿」というのは、単に「病気に罹っていない」「長生きをする」ということだけではありません。1人ひとりが自分らしい生活を送ることができるかどうかという視点が大切になります。

そして、自分らしいというのは個々によって異なります。たとえば、医療や介護を必要としない健康なことが一番と思う人もいれば、さまざまな支援を受けながらも、自宅で家族と一緒に暮らすことを大切に思う人もいるでしょう。いずれにしても、「健康長寿」であることは、多くの人が望んでいます。

医療ではこれまで、病気の克服に全力を注いできました。たとえば、がんの克服ということを見ても、この十数年でその技術は飛躍的な進化を遂げています。脳梗塞、心筋梗塞においても同じことが言えるでしょう。ところが、生活習慣病をはじめとした慢性疾患や認知症などの患者さんが増加し、医療だけでは支えることが難しくなり、2000年に介護保険制度がスタートしました。病気を治すという医療だけに頼らず、生活支援を含めた介護とも力を合わせながら、「健康長寿」の実現に向けた環境が少しずつつくられているところです。

 

──現状の課題としてはどのようなことがあげられますか。

楽木 とはいえ、「健康長寿」の実現はまだまだ道半ばです。課題をあげれば切りはありませんが、1つは介護サービスのさらなる拡充です。ICTAI、ロボットなどの最新技術の導入、活用もあげられるでしょう。「健康」という部分を支える意味では、疾病予防、介護予防の充実も欠かせません。

一方で、国も疾病予防の重要性を認識し、さまざまな施策を講じてきました。たとえば、生活習慣病の管理という側面では、脳卒中や心筋梗塞の患者数が減少するなどの成果を出しています。

今後、予防という部分をどのように充実させていくかは、大きな課題です。特に高齢者においては、「フレイル」(虚弱)と「認知症」の予防、あるいはフレイルから介護に移行することをいかに防ぐかが重要となります。

 

──疾病によっては、どうすれば予防できるのかというエビデンスが確立されていない側面もあります。

楽木 そうですね。たとえば、認知症は、予防として何がよいのか明確にわかっていません。50代、60代のうちに生活習慣病を適切に管理すること、身体を動かすこと、他人との交流を図ることなどにより、将来、認知症になりにくいということはわかってきているのですが、70代、80代の認知症の初期段階の人、または認知症になった人に対する介入法についてのエビデンスは確立されていません。

つまり、医師としては積極的に予防に介入したいと考えていても、できることに限りがある。医師の想いと現実とに大きなギャップがあるわけです。

 

当面の課題は認知症とフレイル地域で見守る仕組みが必要

 

──「健康長寿」を実現するために、当面、フレイルと認知症の対策が重要だということですね。

楽木 「フレイル」というのは、まだまだ耳慣れない言葉かもしれませんが、従来は「虚弱」と表現されてきました。ただ、「虚弱」というと、そのまま弱っていき、亡くなっていくイメージを持つ方が多いと思いますが、フレイルという概念は、それとは異なり、「弱々しいけれども、そこから戻し得る状態」ということになります。元気な状態に戻し得るからこそ、しっかり介入していくことが重要です。

現在、進められているメタボリックシンドローム対策では、「食事は摂り過ぎないように」との指導が行われています。しかし、高齢者においては、しっかり栄養を摂ることによって活動性を担保できることがわかってきました。つまり、中高年者と高齢者とでは、介入の仕方が違うということです。また、フレイルに関連して、歩くスピードが遅い、握力が弱いといった筋肉の衰え、筋肉量の低下は「サルコペニア」ですが、その対策も進み、介入法もいくつか提示されています。

確実に「健康長寿」の実現に近づくには、医療がフレイルに適切に介入し、高齢者の活動性を保つことができるかが重要です。医療現場で当たり前のように取り組むところまで進むには、エビデンスの確立や予防薬の開発などが必要になると思います。

そして、もう1つ重要になるのが認知症対策です。ただ、これはまだまだ難しい現状にあります。認知症は、脳の病気ではありますが、いろいろな要素に起因することから、そのメカニズムが十分に明らかになっていないので、明確な治療法がないのです。進行のスピードを遅らせる薬は開発されていますが、それでも天寿をまっとうするまで認知機能を保たせるには至っていません。

こうしたことを考えると、1つは、認知症予防の研究を加速させることが最も効果的だと考えています。「どうすれば予防できるのか」は、少しずつ明らかになっているので、今の50代、60代の人がそれを実践すれば、20年後の認知症患者数を減らすことになると思います。

すでに認知症になった人への対応は、地域包括ケアシステムのなかで、認知症になっても自分らしく暮らしていけるように支える仕組みをつくることが大事です。

この見守る仕組みというと、病気を治す、予防するということとは異なりますが、地域全体で患者さんを支えていくというのは、認知症に限らず、超高齢社会においてとても重要な視点です。「治し支える医療」は、治そうという努力と、支えていこうとするみんなの力がないと、自分らしい生活を担保するのは難しいのです。

 

「5か年計画」の5つの柱を国民全体に理解してほしい

 

──日本老年医学会では昨年、「健康長寿達成を支える老年医学推進5か年計画」を策定しました。まずは「5か年計画」の意図などについてお聞かせください。

楽木 「老年医学」という学問自体、国民はもちろんのこと、医療界においてもまだまだ認知されていないと私たちは感じています。高齢者を診療する医学だと思われているところがあります。たとえば、80歳の高血圧の治療を研究するというのは老年医学の一部分に過ぎません。高齢者が抱える個々の疾患を対象としているのではなく、高齢者に潜む、認知症やフレイル、サルコペニアといった複合的な要因で発症する病態を的確に把握し、総合的に介入しようとするのが老年医学の本質です。

このことを医療関係者だけでなく、多くの国民に理解していただき、当面の取り組むべき対策を明確にしたのが「5か年計画」ということになります。

 

──5か年計画」の概要について教えてください。

楽木 大きく5つの柱で構成されています。1つ目は「老年医学・高齢者医療の普及・啓発」、2つ目は「フレイル予防・対策による健康長寿の達成」、3つ目は「認知症への効果的な早期介入と社会的施策の推進」、4つ目が「高齢者の定義に関する研究の推進と国民的議論の喚起」、そして、5つ目が「基礎老化研究の育成・支援」です。

 

──5か年計画」のなかでも具体的な対策として、「認知症」と「フレイル」を掲げていますね。

楽木 認知症については、まずレジストリ研究(観察研究)を進めていく計画です。他の関連団体等でも行っていることですが、多くの軽度認知障害の患者さんのデータを収集し、それを効果的な治療、薬剤の開発につなげていきたいと考えています。そこから一歩進めることで、次には予防段階でのより効果的な介入方法などもわかってくると思いますし、効果的な薬剤の開発にもつながると考えています。

また、ICTIoT・ロボット技術・AIなどを用いた認知症支援の研究を進めていくことも盛り込んでいます。

あとは、診療できる認知症サポート医の拡充です。発症前の段階から適切に対応し、必要に応じて認知症専門医につなげる環境を整えていかなければなりません。ここは関係団体と連携しながら進めていきたいと思っています。

他方、フレイルについても1つはレジストリ研究を進めていく計画です。ただ、それだけではなく、フレイルというのは、老化そのものと密接に関わっていることがわかっているので、老化に対する研究も同時に進めていかなければなりません。

これまで、老化とともに身体が弱ってくるのは仕方がないとされてきました。しかし、老化そのものの研究が進めば、筋肉の衰えを予防できる薬剤が開発できるかもしれない。そうすれば活動性も保たれ、認知機能の低下のスピードを抑えることも可能です。そういうところまでを視野に取り組んでいきます。

 

──一方で、4つ目の柱として掲げられている「高齢者の定義に関する研究の推進と国民的議論の喚起」とはどういうことでしょうか。

楽木 私たちは、基礎研究を進める上でも、あるいは認知症・フレイル対策を進める上でも、また担い手の教育を進めていく上でも、国民との議論を深め、国民とのつながりをもっと強めていかなければならないと考えています。

今は若くて元気であっても、誰もが認知症やフレイルになる可能性がある。自分もいずれ歳を重ね、死を迎える。そのことをしっかり認識していただき、高齢になっても元気で生き生きと暮らすとはどういうことなのか、高齢者というのはどういう特性を持っているのか、高齢者に対する医療・介護とはどのようなものなのか、国民みんなで考えていくことが重要だと思うのです。

この国民的議論が起きなければ、どんなに素晴らしい薬剤が開発されても、どんなに効果的な治療法が生まれても、それらが公平に分配され享受される社会にはならない。少なくても、今のままでは「財政が厳しいからここまでのサービスしか提供できません」「新しい治療法はあるけれどあなたは受けられません」といった論調が独り歩きしたり、若い人たちが「自分たちが納めた税金は高齢者にばかり使われている」といった不満を漏らす社会になってしまう気がします。

高齢者も若い人も、元気な人も元気ではない人も、地域社会というのはいろいろな人がみんなで暮らしている。そのことを国民的議論を通じて理解を深めていただき、それぞれが自分の生き様死に様を真剣に考えていただくことが大事なことです。

基礎研究も、担い手の教育も、認知症、フレイルの対策も国民全体に理解していただきながら進めていく必要があると考えています。

 

真の健康・幸せな社会を目指し「不老」の実現に挑戦する

 

──5か年計画」で社会はどのように変わるとお考えですか。

楽木5か年計画」は、健康長寿を実現するための導入部分といったイメージです。5年で実現できるほど簡単なことではありません。どちらかというと、今後5年間で着手しなければならないことを示したものです。

では、その先の青写真としてどのような姿をイメージしているのか。2040年ぐらいには、超高齢社会と呼ばれながらも、日本は高齢者が健やかに自分らしく生きていける国だと世界中から認知され、日本より遅れて高齢化が進む各国に、システムや仕組みを含めたさまざまなノウハウ、技術、教育を提供しているという姿になるだろうと思っています。

また、すべての国民が死を敗北と捉えるのではなく、「生をまっとうした」ということを納得できる社会になることが必要です。それを支えるのが医療や介護で、そういう姿が構築されていればいいですね。これは医療従事者、介護従事者がつくるのではなく、国民全体がつくっていかなければならないものだろうと思います。

 

──現時点において、健康長寿を実現するために、医療機関ではどのようなことが求められるのしょうか。

楽木 生活習慣病の治療におけるアプローチです。実際、生活習慣病については、そのガイドラインに基づき、運動指導や食事指導、投薬といった治療・指導が行われていますが、どうしても漫然と進められがちなのです。生活習慣病と認知症、フレイルというのは大きな関連性があります。個々の患者さんの生活パターンや背景を細かく把握し、50代、60代の段階から、認知症やフレイルの予防的要素も交えた指導を行うことで、十分な成果が出ると期待されます。

 

──最後になりますが、日本老年医学会のこれからの役割、抱負などをお聞かせください。

楽木 私たちは「自分らしい人生を保つために何ができるか」を研究している学会です。そのなかで、ずっと掲げているのが「治し支える医療」です。「治す医療」だけでなく、「支える医療」も研究してきました。その先にあるのは、高齢者が生き生きとした人生を楽しみ、長寿を喜べる社会をつくることです。

そして、「治す医療」にも積極的に取り組んできたわけですが、その究極の取り組みが「不老」への挑戦です。「不老長寿」という言葉がありますが、その「不老」の達成に向けて、10年後、20年後には少しでも近づきたいというのが大きな目標です。その導入部分が、「5か年計画」にも示されている基礎研究となっています。

 

──「不老」の実現というのは、まさに希望ある壮大な話ですね。

楽木 人はいつか必ず死ぬものです。今のところ、これに抗うことはできません。だから、「不老不死」ではなく、「不老長寿」なのです。この不老長寿というのは、まったく雲を掴むような話ではありません。その研究が各分野で進められ、昨今では長寿遺伝子があることが発見されました。その遺伝子を活性化することができれば、「老化」を“治す”ことにつながるかもしれません。本当の意味での健康や幸せにつながるのではないかと考えています。これは老年医学に携わる者たちだけで実現できるものではありませんが、この医学を研究しているものとして、挑戦していきたいと考えています。

(2019年2月28/構成・本誌編集部 佐々木隆一)