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今だからこそ求められるBCP ―策定する上で知っておくべき知識とポイント―

自然災害の頻発や新型コロナウイルス感染症の流行の影響から昨今、事業継続計画(BCP)の重要性が叫ばれている。しかし、実際に策定するとなると、その具体的な内容は地域や診療科、規模等によっても異なり、医療機関等にとってはハードルが高いものとなっている。医療・介護分野のリスクマネジメントの専門家で、厚生労働省「介護サービス類型に応じた業務継続計画(BCP)作成支援」検討委員会の委員長を務めた本田茂樹氏に、BCPを策定する上でおさえておくべき知識とポイントについてうかがった。

本田 茂樹 氏 本田 茂樹 
信州大学 特任教授
ミネルヴァベリタス株式会社 顧問

聞き手/ 本誌編集委員 佐々木 隆一
Honda Shigeki

現在の三井住友海上火災保険株式会社に入社後、MS&ADインターリスク総研株式会社での勤務を経て、現職。医療・介護分野を中心にリスクマネジメントおよび危機管理に関するコンサルティング、執筆活動を続ける一方で、全国での講演活動も行っている。また、これまで日本経済団体連合会・社会基盤強化委員会企画部会委員を務めてきた。厚生労働省「介護サービス類型に応じた業務継続計画(BCP)作成支援」検討委員会の委員長としてガイドライン策定や研修に携わる。近著に、『中小医療機関のためのBCP策定マニュアル』(社会保険研究所)がある。

医療・福祉の策定率は20%超も BCPの取り組みは広がっていく

──まずは医療機関等におけるBCP策定への取り組みの現状について教えてください。

本田 内閣府(防災担当)が2020年3月に公表した「令和元年度企業の事業継続及び防災の取組に関する実態調査」(参考①)によると、最も策定率が高い業種は金融保険業で69.2%となっています。金融保険業は社会基盤を支える重要な業種で、不測の事態が起きても滞りなく事業を継続することが強く求められている。それにもかかわらず7割弱に留まっている現状は、私のイメージよりもだいぶ低い数値です。これに次いで情報通信業が57.6%、建設業が55.1%、学術研究、専門・技術サービス業が47.7%と続きます。
 では、医療・福祉はどうなのか。その策定率は22.2%です。これは医療機関だけではなく、介護事業者等も含んだ数値です。医療機関等も金融保険業と同じように大事な社会基盤の1つであるにもかかわらずこの数値はとても低い状況といえます。

参考①:BCP策定率(業種別)とBCPの見直し頻度の関連性

──一般企業と比べても医療・福祉分野ではBCPの導入が遅れているわけですね。

本田 だからこそ、熊本地震が発生した2016年の翌年に、厚生労働省は災害拠点病院の指定要件としてBCPの策定を義務づけました。そして、2021年度介護報酬改定においては、3年間の経過措置があるものの、すべての介護事業者に業務継続計画(BCP)の策定を義務化したわけです。
 昨今の自然災害の頻発、さらには新型コロナウイルス感染症の流行の長期化などを考えると、BCPを求める動きは今後、さらに広がっていくと見ています。

医療従事者の職業倫理だけに 依存してはいけない

──災害等が発生した際、最も大事になるのは国民の健康や命に直結する医療、そして介護だと思います。この分野でBCPがなかなか浸透しないのはどうしてでしょうか。

本田 我々は医療職や介護職の方々が持ち合わせている高い職業倫理と強い使命感に頼りすぎていたかもしれません。つまり、何か起きたとしても医師や看護師、介護士は自己犠牲もいとわずに患者や利用者を守ってきたのです。
 たとえば、2011年に起きた東日本大震災の時もそうでした。津波がきても逃げずに、誰に指示されることもなく入院患者や入所者を一生懸命に支えました。介護士が利用者に覆い被さる姿で遺体となって発見されるようなこともありました。
 でも、いつまでもその倫理観や献身的な努力だけに依存するのではなく、仕組みとしてきちんと対応できる体制を整えることが強く求められるのではないでしょうか。そうしなければ、これからも医療・介護従事者の災害等による痛ましい事故はなくなりません。

──確かに、医療・福祉分野では災害等にかかわらず個々の倫理観と自己犠牲に依存し、対応してきた側面があることは事実だと思います。その他、浸透しない理由としてどのようなことがあげられますか。

本田 医療機関等の多くがBCPを十分に理解していないことも要因の1つだと見ています。
 まず、おさえておいてほしいのは、BCPとはすべての危機事象、つまりオールハザードに対応したものであるということです。水害や地震等の自然災害はもちろんのこと、感染症のまん延やテロ等の事件、大事故、さらにサプライチェーン(供給網)の途絶、突発的な経営環境の変化も守備範囲です。
 その上で、BCPは大きく2つの事項が示されたものであるということです。1つ目は、災害等が起きても重要な事業を中断させないために、「事前に取り組んでおくこと」です。2つ目は、たとえ事業が中断しても「可能な限り短い期間で復旧させるための方針や手順等」です。BCPというと事後対応をイメージする方が多いのですがそれだけではありません。事前に取り組んでおくべき事項が示されているからこそ意味があります。

防災が整備されていなければ BCPは機能しない

──他方、防災計画とBCPとの棲み分けも曖昧な部分があると思うのですが。

本田 BCPと防災計画の違いをきちんと理解されていないことも、取り組みが進まない理由だと考えています。
 防災計画は、端的にいうと「経営資源を守る」という目的で策定します。具体的には、患者や職員の身体・生命の安全確保、建物・設備、そしてライフライン(電気・ガス・水道など)を守るための方針等を示したものです。ここで重要なことは、経営資源の守り方は災害の種類によって異なることです。たとえば、地震であれば建物の耐震補強工事を行う、キャビネットを固定する、キャスター付き複合機であればロックをかけておく。水害であれば洪水ハザードマップを確認しておき、避難行動を決めておく。感染症であれば感染予防対策を徹底する、マスクや防護服などの衛生資材を確保しておくなどがあげられます。
 一方、BCPとは、患者や職員の身体・生命の安全確保に加え、優先的に行うべき重要業務の継続・早期復旧を目的に策定するものなのです。

──多くの医療機関等では防災計画の策定に留まっていることが想像されますが。

本田 とにかく災害等に適切に対応するためには防災だけでは不十分です。それにもかかわらず、まだ防災への的確な対応ができていない医療機関がたくさんあるという認識を私は持っています。
 そう考えると、まずは防災の整備です。防災は経営資源を守るためのもの。いわば“土台”です。“土台”が固まらなければBCPを策定しても機能しません。地震で建物が倒壊する、職員が負傷する。経営資源がないなかでの事業継続は不可能です。防災計画とBCPはセットであると捉えるべきです。

優先順位を明確に定め 経営資源を集中させること

──BCPを策定する上で重要になる視点について教えてください。

本田 BCPは重要事業の継続・復旧を目的としたものです。そのなかで経営資源がすべて残っていれば事業は継続できます。問題は経営資源が欠けた場合の対応を示すということです。
 たとえば、職員が足りなくなった場合に備え、法人内の他の施設に応援を要請する仕組みを定めておく。退職した人に手伝ってもらう手配をしておく、また自治体から派遣してもらうことも考えられます。電力供給が途絶えることも想定できますから、それに備え自家発電装置を導入しておくという対策が考えられるでしょう。
 先ほど、防災は災害の種類によってその対応が異なると話しましたが、BCPは災害の種類は関係ありません。職員が足りない、あるいは停電になった、という災害の結果にどう対応するかがポイントです。そのことを認識した上で、自院の状況にマッチした対応を検討することが大切です。

参考②:「防災計画」と「BCP」の目的の主な違い

──その他、いかがでしょうか。

本田 日頃から自院の“落とし穴”を認識しておくということも忘れてはいけません。先ほど、キャビネットを固定しておくなどと話しましたが、それは日ごろから院内を見回り、リスクがあることを認識しているから気づけることなのです。つまり、あらかじめリスクを認識し、洗い出しをしておかなければそもそも備えられません。
 そして、もう1つ、優先順位の明確化です。災害等が起きた時、現場は大混乱を起こします。経営資源も限られるなかですべての業務に対応することは物理的に難しいでしょう。だから、BCPで「何をやるか」「何をやらないか」を決めるのです。「できるか・できないか」ではありません。緊急時においては「やるべき業務」に経営資源を集中させることがとても大事です。言い換えると、切り捨てる業務を決めるともいえます。
 なお、優先順位は災害等が起きる前に定めておくことがポイントです。事が起きてから「これはどうする」などを考えると、より重要な業務が抜け落ちてしまう恐れがあります。
 では優先順位はどのように決めればよいのか。医療機関等であれば患者の健康・生命を守る業務の優先度が高くなることはいうまでもありません。一方、生活習慣病などの慢性疾患への対応や健診など命に直結しないことは優先順位を下げるという判断もあり得ます。また、そこでは地域での役割も考えなければなりません。たとえば、地域のなかで人工透析治療を行っているのは自院だけということであれば優先順位を上げるという判断をすべきです。

BCP策定のプロジェクトは 経営者が必ずトップになること

──実際にBCPを策定する際の大まかなプロセスと、そこでの留意点等について教えてください。

本田 まずは院内で、何のためにBCPを策定するのか、その方針を明確にします。
 次に、BCPを策定・推進するためのプロジェクトを立ち上げるのがよいでしょう。一から組織するのは大変だと思うかもしれませんが、医療機関等では少なからずこれまでリスクマネジメントや安全管理に取り組んできたはずです。それをベースに機能させていけば難しくはないと思います。
 ただ、ここで大事なことは必ず経営者をトップに置くことです。事務長などをトップにしてもBCP自体は策定できるのですが、それでは機能しないのです。優先順位をつけるにしても、それが院長の想いや自院の役割とズレていると的確な運用ができません。病棟の耐震化にしても防災備蓄にしても、そして非常用電源にしても費用がかかることです。やはりトップの速やかな判断がなければ機能しません。その上で、プロジェクトは部門横断的に動かしていくのがベストだと思います。
 そして、被害想定を考える。たとえば、南海トラフ地震が発生したら自院はどれぐらいの被害が出るのかを国や自治体の資料等を参考に想定しておく。電気やガスはどれぐらいで供給再開されるのか、その時に職員はどれぐらい出勤できるのか。そういったところを考えた上でサービス提供の優先順位や早期復旧の方策をBCPで示していくことになります。

──BCPの共有化やそれに基づくスタッフの訓練も必要ですね。

本田 BCPは策定して終わりではなく、策定してからがスタートです。BCPを院内に定着させるために共有の場を設けたり、教育・訓練を行ったりすることは必須です。そして、そのなかで、年1回は更新をしなければなりません。自院の変化に応じてBCPも進化させていくということです。

今後の経営環境の変化を見据え 中長期経営計画も欠かせない

──令和3年度介護報酬改定では、すべての介護事業者にBCPの策定が義務づけられましたが、実際、対応できるものなのでしょうか。

本田 今回、3年間の経過措置は設けられたものの事業者には頭を悩ませているところもあるかと思います。そのなかで認識してほしいのは、BCPの策定は必ずしもハードルが高いものではないということです。
 まずはBCPを俯瞰的に理解することから始めてください。先般、厚生労働省では介護事業者に対して、新型コロナウイルス感染症と自然災害等を対象とした2つの「業務継続ガイドライン」を公表しました。私もその検討委員長として作成に携わりましたが、その目次を眺めるだけでも全体像が見えるはずです。全体像が把握できれば、あとは個々の項目を順番につくりあげるだけです。もちろん早くできることに越したことはありませんが、「すぐに全部つくらなければならない」と追い込むのではなく、計画的につくりつつ、猶予期間の3年間で少しずつレベルアップしていくのがよいのではないでしょうか。

──BCP策定の際は、必要に応じて専門家等のサポートを受けることも考えられると思います。

本田 もちろん外部の専門家の力を借りるのも1つの方法です。ただ、リスクの洗い出しなど、現場で働いていなければわからないことがたくさんあります。
 実際、私もBCPの策定支援を行っていますが、その際は必ず現場を確認します。すると避難経路に設定している廊下に段ボールが積み上がっているなんてことは往々にしてあるのです。これではスムーズに避難ができません。
 病棟の実態は現場の人でなければわかりません。そういう意味で、コンサルタント等に丸投げするのではなく、コンサルタントとの共同作業が望ましいでしょう。

──BCP策定の重要性・必要性に関連し、医療機関等の経営者にメッセージなどをお願いします。

本田 いつどのようなリスクに遭遇するかは誰にもわかりません。これまで医療機関等は災害等が起きた時、医療従事者の高い職業倫理と献身的な努力で乗り越えてきました。でも、これからは職業倫理や努力という職員の力と、BCPという組織の力で対応するという意識を経営者には強く持っていただきたいと考えています。
 もう1つ、医療機関等が事業を継続させるという意味では、これからの経営環境の変化についても意識することが重要だと思います。今後、少子高齢社会が進展し生産年齢人口が減少していきます。人材不足はさらに深刻化していくことが予測されます。患者数もいずれは減っていく。社会保障費は削減され、診療報酬も介護報酬も減少していくことが考えられる。医業収益はどんどん落ちていくかもしれません。業務の効率化、生産性向上がさらに求められることになれば、組織体制自体も見直していかなければなりません。
 こうした種々の課題は今すぐに深刻化するわけではないかもしれない。しかし、何も方策を講じなければ、どこかの段階で問題が爆発する可能性があります。爆発しなくてもこうした環境変化は5年後、10年後にボディブローのように効いてきて経営を脅かす可能性も否定できません。
 このなかで経営の持続可能性を担保するためには、中長期経営計画の策定が不可欠だと考えています。BCPを策定していたとしても財務的に厳しい状況に陥っていればそれは機能しません。防災とBCPがセットであるように、BCPと中長期経営計画もセットなのです。こうした視点も認識していただき、これからも地域医療への貢献を続けていただきたいと考えています。

(2021年4月2日/本誌編集部 佐々木隆一)