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持続可能な医療の構築を目指して ~次世代医療構想センターの取り組みとは~

超高齢社会に突入した日本。地域医療構想の実現などを通じた、持続可能な医療提供体制の構築は待ったなしの課題だ。こうしたなか、千葉大学医学部附属病院次世代医療構想センターでは、地域の医療提供体制の整備に向けた研究や、課題解決のための方策の開発と提言活動などを行っている。吉村健佑センター長に、これまでの活動と今後の展望についてうかがった。

本田 茂樹 氏 吉村 健佑
千葉大学医学部附属病院
次世代医療構想センター
センター長/特任教授

聞き手/ TKC全国会医業・会計システム研究会 千葉県リーダ 桐谷美千子
Kensuke Yoshimura

2007年千葉大学医学部卒業後、精神科医・産業医として勤務。2015年厚生労働省医政局・保険局課長補佐。2018年より千葉大学医学部附属病院病院経営部門特任講師と千葉県医療整備課を兼務。2019年に同病院に設置された次世代医療構想センターのセンター長・特任教授に就任。

県・大学の二足の草鞋の活動がセンターの発足へと発展

──まずは、センター発足の経緯をお聞かせください。

吉村 その話をするには、まず私の自己紹介から始めるほうがいいかもしれません。私はもともと千葉大学医学部出身で、医師免許を取得後、精神科医や産業医をしていました。ところが精神科の現場では、患者さんが学校や職場、家庭で問題202403_01-2を抱えていることがあり、診察室で薬剤処方や精神医療をしているだけでは根本的な治療とはなりませんでした。
 それで地域社会に対してのアプローチが必要と感じ、公衆衛生について理解を深めるため東京大学大学院の修士課程に入って、統計学や経済学、政策学について体系的に学びました。
 それまで学んでいた医学では、「命や健康はかけがえのないものであって、時間、コスト、労力を惜しんではならない」とされていました。しかし公衆衛生の分野の「限られた資源をいかに配分して最大限の幸福を実現するか」という考え方とは相反します。
 資源をどんどん投入するというのは、資源が多くあった時代の話です。現代では高齢者数が増加し、支える若年層が大きく減少するなかで資源をどう配分すべきかが問題となります。しかし、「命や健康が大事」という従来の医学の理念だけでは意思決定は難しいのです。
 大学院修了後は厚生労働省に入省し、医政局と保険局の課長補佐を兼任しました。特に保険局では、診療報酬によって想定した通りの医療が提供されているのかなどを分析しつつ、国が持っているデータを公開することで、医療の最適化につなげようと取り組みました。
 しかし、国で行った意思決定が患者さんのところに反映されるまでに、都道府県や市区町村、病院、医師と何段階かあって、そのなかで変質してしまうこともあります。患者さんにとってプラスになることをやりたいと思っても、現場は遠いと感じました。
 そこで、1つ現場寄りとなる千葉県の職員になりました。その際、当時の千葉大学医学部附属病院の病院長からも声がかかり、千葉大学でも雇用されました。

──医療の現場から政策立案の立場まで幅広く経験されてこられたのですね。県や大学ではどういったことに取り組まれたのですか。

吉村 県と大学の両方の立場を活かし、私自身がハブとなって、千葉県の医療提供体制の再構築を目指す活動を始めました。
 本来、都道府県と国立大学との交流は、国の所掌が異なることもあり、そう多くありません。
 一方で千葉大学医学部附属病院は、約150年前に地域の有志がお金を出し合って設立した病院という経緯があります。つまり他の元官立病院とは違う、いわば地元出身の病院であり、地域の住民に貢献する義務があるといえます。そこで、大学と県庁をつなぐ仕組みが必要になるのです。

──都道府県が医療提供体制を構築する理由について教えてください。

吉村 近年では地方分権の流れのなかで、都道府県に財源や人事などの権限を委譲する動きが出ています。そうすると、これから医療提供体制の再構築について考えるためには、都道府県を中心として、その地域内にある大学病院や公立病院などのプレイヤーを巻き込みながら進める必要があります。
 これまでは、病院をはじめそれぞれの医療の主体が自らの利益を最大化させることがゴールでした。
 しかし、資源が限られているこれからの状況では、隣同士の病院が同じことに取り組んだり、誰も診療にあたらない空白地が生じたりすれば、無駄が生じて医療が回らなくなってしまいます。
 この医療提供体制の再構築を目指す活動を知った県の幹部から提案があり、それらの活動を全国モデルとするため、県が千葉大学内に寄附講座をつくって、2019年に次世代医療構想センターが設置されました。
 2022年には寄附講座から共同研究部門へと形を変えつつ、現在に至ります。

データによる見える化と合意形成が課題解決の要

──ご自身の活動がセンターの活動へとつながったのですね。センターはどのような体制になっているのでしょうか。

吉村 センターは主に「次世代医療構想部門」と「政策情報分析部門」の2つに分かれています(図表参照)。「政策情報分析部門」は、県内の医療機関のレセプトデータをはじめさまざまなデータを調査・分析しています。「次世代医療構想部門」は、それらのデータの分析結果をもとに、戦略の提案に向けた活動を行っています。

参考①:BCP策定率(業種別)とBCPの見直し頻度の関連性


 センターを運営するにあたっては、新しい大学病院の部門をつくりたい、新しい価値をつくりたい、ということを掲げて、かなり野心的に取り組みました。
 まず、若手を含めた多職種のチームを確立しました。私自身も41歳で当センターの統括を任され、若い人材をどんどん登用しました。現在では、各診療科の医師はもちろん、行政での勤務経験者やデータサイエンティストなど、特任・客員を含めて約20名のスタッフがいます。
 また、外部資金100%での運営に取り組んでいます。最初は県の寄附講座として始まったので、県のお金で運営していましたが、自分たちが財源を持って、大学側に依存せず発言権を確保できるように、大手通信会社やグローバル企業との共同研究などを通じて資金を確保しています。
 いま当センターが入っているのは中小機構が運営する産学連携施設ですし、私の給料も大学からは出ていません。逆に大学にはセンターで得た資金の一部を間接経費として納めています。
 センターは単に研究をするという機関ではなく、課題解決を目指す組織です。都道府県、そして国が抱えている課題を、地域にある資源とメンバーを使って解決するという、地域主義の流れのなかでつくられているものと理解しています。

──これまでの主な活動についてお聞かせいただけますか。

吉村 主な取り組みとして、いわゆる「三位一体の改革」、つまり地域医療構想の実現・医師偏在の解消・医師の働き方改革に関する研究と提言を行ってきました。つまり、施設や人材をどのように配分するか、ということですが、医療人材は需要や年齢層に応じて変化するものなので、そういった動的な変化にも対応することを目指しています。
 地域医療構想についていえば、千葉県は人口約620万人のうち、主要都市部に400万人が住んでいます。それ以外の220万人が暮らす地域は、大きい病院があっても維持が難しくなったり、開業医の先生方が高齢化したりしていて、地域の医療をどう縮小させるかという話をしなければなりません。
 ところが、6年に1回立案される県の医療計画では、医師数が少ない地域にも医療提供体制を整備する、と書かれています。この地域にそれだけの需要があるのか、この地域で働く医師がいるのか。その答えも出さずに、人口が増加し続けた経済成長期と同じように整備するとしているのです。
 それならば「医療の機能を周りの地域に任せて、ここに住む人に周辺の病院に行きやすくするような補助をしたほうがよい」と計画の変更を提言するわけです。
 たとえば産科、新生児科、小児科がそろうべき周産期母子医療センターは県内に12か所ありますが、医療計画では13か所目をつくることになっていました。
 ところが、新生児科の専門医は全国でも1,000人ほどしかいません。千葉県の人口が全国の5%ほどですから、集められる新生児科医は50人くらいしかいない。これを13か所に分けると1施設3~4人で担当することになり、働き方改革との関係で法令違反の状態になってしまうのです。
 そこで、「計画を実現させると違法状態になりますよ」ということを県側に説明して、政策の変更を求めるとともに、医療機関にも行動変容を促すことが私たちの役割になります。
 こうしたことは誰もやりたがらない仕事ですが、やらなければ県と病院が乖離してしまいます。その結果犠牲になるのは住民である患者さんですから、そうならないように計画的なすり合わせが必要だ、というのが次世代医療構想センターの問題意識です。
 地域医療構想では、医療の最適化をしようとしても、単一の病院経営とは異なり、「経営者」が知事なのか、それとも市町村の首長なのか、保健所になるのか明確にはなっていません。強制力もありません。「顧客」にあたるのは未来の地域住民なのですが、各病院は20年後ではなく今の状況で判断してしまいがちです。このため、病院の経営会議に相当する地域医療構想調整会議では調整が難航してしまうのです。
 こうした状況を変革するための解決手段は「データによる見える化」と「合意形成」の2つしかありません。データ分析による状況把握と、意見交換による合意形成の2つを回していくことが課題解決につながると思っています。

──課題解決にはデータが武器になるのですね。

吉村 そうですね。ただ、データだけ見せられてもわからないですよね。だから分析をするわけですが、データから出てくる問題を抽出して、優先順位をつけて提案するというようにしなければなりません。
 実はそこには、データによる客観性から一歩踏み込んで、主観や価値観の重みづけがあります。その重みの付け方は何をベースにしているかといえば、次世代の利益になるかどうかです。そこはブレないようにしています。

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県や市の医療政策立案でシンクタンクの役割担う

──医療政策の提言は、実際にはどのように活かされているのでしょうか。

吉村 私たちがつくった報告書は県職員に読まれていて、活動も知られています。何か困ったときには、センターの見解について聞かれることもあります。また県議会では、報告書のロジックに基づいて県側が答弁するなど、県の政策立案におけるシンクタンク的な役割を一部は担えていると思います。県はデータと現場の声、そしてそれらに基づく知見を求めています。しかし、それだけの人員も予算もないので、いわば私たちが代わりに行い、県に施策を提案しています。
 最近では市町村と組む個別のプロジェクトが次々に発足していて、旭市との共同研究や、市原市の医療提供体制に関する意見交換なども行っています。市町村はそれぞれ困りごとが違うわけですが、それらになるべく対応して、1つでも解決できるように意識しています。
 今後もプロジェクトにも注力して、ゆくゆくは県内の全市町村と何らかのかたちで一緒に仕事をしていきたいと思います。

──センターでは人材育成にも力を入れていると伺いました。人材育成の取り組みについてお聞かせいただけますか。

吉村 今年度は在宅医療の人材の育成に取り組んでいます。千葉県は今、在宅医療に対応できる人材を増やしたいと言っているのですが、いきなり在宅医療を開業できる医師はいません。
 そうすると、学生や研修医の頃から在宅医療の取り組みに接してもらい、何年かかけて在宅医療をやりたいと思う人を少しづつ増やすしかありません。
 しかし、県庁は単年度予算ですし、事業計画も2~4年程度で評価されることが多く、そうした短いタームでの政策評価と、課題解決の打ち手を実行してから成果が出るまでのタイムスケジュールが大きく異なります。これは県だけでは対応できません。
 一方で、大学には十分な資金も権限も付与されていませんが、昔からの信用と人材があります。中長期的な利益、価値を世の中に提供できます。
 そこで、大学が中長期の部分を受けもって、短期の部分は県の政策的誘導や予算措置を積み上げていくという役割分担が求められるのです。

次世代のためにセンターの活動を続けたい

──センターでは方針の1つに「千葉をモデルとして全国各地に展開する」ということを掲げておられます。全国につながった取り組みはあるのでしょうか。

吉村 センターの設置前から継続して取り組んできた、医学部の「地域枠」の学生らへの支援事業は国の政策に反映されました。
 もともと、地域枠の学生らへの支援体制について手薄なのが課題でした。学生たちは医学部の6年間、そして義務履行する9年間が過ぎるうちに状況が変化しますが、県が個人を追跡することは大変です。そのなかで「お金を返すので離脱します」という人が出てきます。入試で枠が分かれているのに、簡単に離脱されては困りますが、医師のキャリアをつくれなくなるのも困るということで、県に「キャリアコーディネータ」という職が全国で初めてつくられ、私が配置されました。取り組みの結果、千葉県では地域枠から離脱する人がいなくなりました。
 これが厚労省の現在の「キャリア形成プログラム」につながりました。都道府県にキャリアコーディネーターの配置が義務付けられたのです。

 センターは主に「次世代医療構想部門」と「政策情報分析部門」の2つに分かれています(図表参照)。「政策情報分析部門」は、県内の医療機関のレセプトデータをはじめさまざまなデータを調査・分析しています。「次世代医療構想部門」は、それらのデータの分析結果をもとに、戦略の提案に向けた活動を行っています。

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──最後に、これからの医療のあるべき姿についての先生の考え方と、センターの今後についてお聞かせいただけますか。

吉村 日本の医療は診療報酬で広くカバーされており、濃厚な医療を、誰でも安価に早く受けられる状況が前提にあります。これは諸外国ではなしえないことです。
 これからは維持するのに多額のコストがかかり、全部の維持はできなくなります。しかし、縮小には医療提供側も自治体も患者さんも慎重になります。結果、そのお金を誰が払うかとなると、次の世代のツケになってしまいます。それでは無責任です。
 これからは、限りのある医療資源を前提とした「現実的な解」を見つけ出して、そこに向かって行動変容を促すことで、制度を持続させていくことが必要なのです。
 当センターも持続可能な医療の確立につながるよう、今後もさまざまな課題解決とその支援をしていきたいと思います。

(2024年1月22日/構成・本誌編集部 川村岳也)