2006年に会社法で定められた「会計参与」。この制度の知名度はいまだ僅少だが、なかには極めてうまく活用しているケースもある。株式会社セイムと原田伸宏税理士・公認会計士の関係性がそれだ。

株式会社セイム

 桜もほぼ緑へと変わり、早春の爽やかな風が吹く午前9時30分。茨城県守谷市の建材メーカー、株式会社セイム本社では、平均年齢30歳の若い社員たち(11名)が、仕事机から移動し、ぞろぞろと玄関横の長テーブルに座る。プロジェクターの前でプレゼンテーションの準備をしているのは原田伸宏税理士・公認会計士。同社の「会計参与」である。

 会議は毎月通例、半日にわたって行われるが、その日はまず、『FX4クラウド』(TKC統合型会計情報システム)の帳表画面を映しながら、売り上げや限界利益(率)、固定費などの推移とその理由を原田氏が解説していく。たとえば、前年比売上高は多少落ちているものの限界利益がアップしている現状を、業務の選択と集中の成果ではないかと指摘。ただ、固定費が増加傾向で経常利益が減少。主力製品「タスペーサー」(後述)関連の経費増が理由ではないかとの意見も出た。

原田伸宏税理士

原田伸宏税理士

 さらに、今後予想される季節変動を含めた需要増に対応するための完成品の確保について話し合われた。この点については、今後の出荷予想と在庫の数、前年対比の数字を勘案しつつ、原田氏が「生産体制は問題ないけど、最大の課題が〝検品〟のためのパワーが足りていないということ。いくらものをつくっても検品しなければ出荷できない。そのあたりの対応が今後必要になるのでは」と指摘。社員たちがうなずく。

 そして、立ち上げたばかりの飲食部門の課題の抽出にテーマが移る。『WebBAST』(TKC経営指標のウェブ版=22万9000社を超える企業から集計された業種別の財務指標)の画面を見ながら、他社比較のなかから最近出店した店舗(カフェ)の特徴や弱みを見つけ出していく作業が続く。固定費、人件費の管理、スタッフ教育、家賃にまで話題がおよび、侃々諤々(かんかんがくがく)の議論となる。そのすべてが数字に基づいたものだからだろうか、具体的で実効性のある意見が次々と飛び出すのが印象的だった。

深い信頼関係で結ばれる

倉持忠行社長

倉持忠行社長

「会計参与」とは、会社法に明記されている「役割」で、顧問先の社長や取締役等と共同して、申告書を作成する税理士・公認会計士のこと。チェック機能は有するが、監査法人ほどの客観性や厳格性は求められておらず、むしろ会社の内部に深く入り込んで、会計関連のコンサルティングをするイメージだ。当然、申告書の信頼性は高まり、場合によっては金融機関からの優遇利率での融資なども期待できる。

 セイムの倉持忠行社長と原田税理士は、会社設立前、つまり、倉持社長が個人事業を営んでいた時代からの付き合い。深い信頼関係で結ばれている。それはそうだろう。会計参与とは、経営者と共同で財務諸表を作成するわけだから、言い換えれば会社の内情すべてを第三者にさらけ出す制度。信頼していなければ無理である。加えて、経営者の会計に対する真摯(しんし)な姿勢も必須条件。もちろんのことだが、経営へのメリットを期待できなければ、この制度自体が絵に描いた餅となる。

主力製品の『タスペーサー』

主力製品の『タスペーサー』

 セイムは2006年創業という比較的若い会社。個人で建築関連の請負事業を行っていた倉持社長が独立。自らの経験から、すぐに独創的かつ画期的な建築用工具を開発し、メーカーとして成長を続けている。その商品とは知る人ぞ知る「タスペーサー」というもの。

 倉持社長はスレート屋根を塗装する際「塗料がスレートの間を塞いでしまわないように爪楊枝を挟んで塗装をしていましたが、専用の器具があればなあといつも思っていました。そこで、町工場に試作を依頼しながら試行錯誤を続け、タスペーサーへと行き着いたのです」と開発当時を述懐する。

木村大祐さん

木村大祐さん

 重ねて同社開発室の木村大祐さんがこう説明してくれた。

「日本の屋根材の40%を占めるといわれるスレート屋根は、一般的に7~10年で塗装が痛んできます。ほうっておくと雨漏りがするし外観も悪くなる。そのため再塗装が必要なのですが、その屋根材の重なっているところに塗料がつまってしまう。すると、たまった雨が排出されずに雨漏りの原因になります。なので、縁切りという作業が必要になりますが、従来の工法では、塗装完了後に屋根に上がり、カッターや皮スキなどで行います。すると、足跡もつくし塗膜を切る際に破損するリスクも出てくる。一方、タスペーサー工法では上塗り作業の前にタスペーサーを挿入することで隙間が確保され、塗装後に屋根に上る必要もなく縁切りを行うことができるのです」

 タスペーサーを使うことで、スレート屋根の塗装作業は丸1日から数時間の作業へと一気に迅速化された。商品化されると、口コミでまたたくまに評判となり、全国から注文が殺到するようになる。ほぼ創業時からのメンバーで、現在は同社経理部に在籍する青山奈緒さんはいう。

青山奈緒さん

青山奈緒さん

「これは世界初の技術で特許も取得済みです。累計では、計算上、タスペーサーを地面に敷き詰めると岩手県の面積くらいになると考えられています」

 それほどの大ヒット商品だけに、いまでも同社の年商の90%以上は、このタスペーサーに依存している。しかし、もちろん、倉持社長はじめ社員たちは、この状況が永遠に続くとは思っていない。最近では、より使い勝手を良くした新製品の開発にも成功し、今春から販売。これがまた品切れ寸前の盛況となっている。さらには外食産業にも進出。近い将来ベトナムでの店舗展開も考え、ベトナム国籍の女性も採用。とはいえ、倉持社長は「安易に多角化するつもりはありません。あくまで、外食店舗のオリジナル容器などの開発のための実験店舗という位置付けです。われわれはあくまでものづくりを主軸とするメーカーですから」という。

社員自らが目標を立てる

 さて、倉持社長は原田税理士・公認会計士との出会いについてこう振り返る。

やまゆり工房外観と社員のみなさん

「タスペーサーをつくるには当時は金型が必要(現在は3Dプリンターで試作)で、この制作費が非常に高額でした。なので、政府系金融機関に融資を申し込んだのですが、その担当者から、どうせなら経理をきちんと整えた方がよいと原田先生を紹介されたのです」

 ほどなくして転機が訪れた。当時の「中小企業経営革新支援法」(国の施策で認定されれば低利融資などのメリットが得られた)に原田氏の後押しでチャレンジ。5カ年計画を立て、2007年に承認がとれ、低利融資を受けることができたのだ。「それがなければいまの当社は存在しなかったのでは」と倉持社長は笑う。

 二人の間の信頼感はふくらみ続け、約2年前に倉持社長の方から原田氏に「会計参与」への就任を要請する。

「私はどちらかというと現場サイドからしか経営を見ていませんでした。そんな時、会計参与という制度の存在を原田先生から教えられ、そういうものがあるならぜひ就任願いたいと……」

 以前は、四半期に一度、倉持社長が原田会計にでかけ、業績検討会を開催、マネジメントレベルでPDCAを回す作業を繰り返していた。しかし、原田氏が会計参与に就任してからは、それに加え、社員たちとのコミットをより密にするため冒頭のような毎月の会議を開催。これを通じて、全社的な人的クオリティーが上がってきたという。倉持社長がいう。

「最近は社員が自主的にものごとを考えて、動くようになったと思います。当社では、社員教育制度も経営指針もありませんでした。なので、私が怒鳴ってばかりでしたが、ここ数年はまったく怒鳴らなくなりましたね(笑)」

 そんな社員の成長について原田氏はこう表現する。

「当初、社員さんたちは、私の提示する数字の意味が分かりませんでした。しかし、議論を繰り返すうちに、1年ほどで、自分たちで週間の計画や行動目標を立てることができるようになった。そして、各部門でPDCAを回せるようになってきたのです。いまではみんな社長抜きでやってますよ(笑)」

 いずれにせよ、会計参与となり、各社員の計数管理能力の向上を手がける原田氏は、セイムという企業にとって、社長以外の同社のもうひとつの「柱」となりつつあるという印象だ。

(取材協力・原田税理士・公認会計士事務所/本誌・高根文隆)

会社概要
名称 株式会社セイム
設立 2006年3月
所在地 茨城県守谷市本町257-1
社員数 16名
URL http://www.e-same.biz/

掲載:『戦略経営者』2017年6月号