【開催レポート】 出版記念イベント『詳説 ビジネスと人権』

弁護士 小林美奈

企業の経営課題として今、注目が集まる人権。
どのように取り組まなければならないのか?執筆者の弁護士が解説しました!

開催日時:令和4年11月14日(月) 18:30~20:00
主催:株式会社現代人文社、株式会社TKC
協力:企業法務ラボ、TKCローライブラリー

お申込受付は終了しました。

開催概要

 近年、わが国においてもSDGsやESG投資に注目が集まる中、2020年には政府の「ビジネスと人権に関する行動計画」が、本年9月には政府の「責任あるサプライチェーン等における人権尊重のためのガイドライン」が策定されるなど、「ビジネスと人権」について本格的な取り組みが進んでいます。

 『詳説 ビジネスと人権』の出版を記念した当イベントは2部構成で開催。第1部の特別講演では、この分野のエキスパートである執筆者の弁護士を講師に迎え、企業がビジネスと人権に取り組む意義やその背景、求められる取り組み等について解説。第2部では、執筆した5名の弁護士によるパネルディスカッション形式で、この分野に精通した弁護士の知見をもとに、企業に求められる人権に関する取り組みについて、具体的なケースを用いてさまざまな観点から掘り下げ、活発な意見が交わされました。

特別講演① 企業にとって必要不可欠な「ビジネスと人権」

――ビジネスと人権とは?

弁護士 小林美奈

 ビジネスと人権とは、「企業自身の活動を通じて、または取引関係の結果として生じる人権侵害およびそのおそれ(人権リスク)に、対応する必要がある」という考え方です。これは、2011年の国連人権理事会で採択された「ビジネスと人権に関する指導原則」で求められている取り組みです。指導原則は、①国家の人権保護義務、②企業の人権尊重責任、③救済へのアクセスの確保の3つの柱で構成され、「企業の人権尊重責任」が定められています。企業にはこれに沿った取り組みが求められています。

――なぜ、企業はビジネスと人権に取り組まなければならないのか

 それは、持続可能な社会の実現のために不可欠だからです。あらゆる企業がコミットしているSDGsでも誰ひとり取り残さない社会というものを謳っており、すべての人の人権が保障される社会を前提にしています。また、ESG投資の観点からも、人権尊重に取り組まない企業に対しては投資撤退するという動きもあります。2021年6月に改訂されたコーポレードガバナンス・コード(企業統治指針)でも、サステナビリティ課題として人権の尊重が明記されました。このように人権尊重は、すでに経営課題になっており、このようなさまざまなフレームワークにおいてもその意識が求められているのです。

 もう一つは、企業の社会的責任の重要性です。いわゆるソフトローと呼ばれ、法律ではないのですが、法的責任と同じように重要であることをご理解ください。国連の指導原則制定の背景には、この企業の社会的責任を問う声がありました。1990年代に当時のナイキやロイヤルダッチシェル社といった多国籍企業が、ガバナンスの脆弱な新興国等で、人材や資源を搾取して利益をあげるといった経済活動に対する批判が高まりました。「法律に違反していないのだから問題がない」という立場は、社会から受け入れられなかったのです。企業が社会的責任に真摯に取り組むことが、結果的に自社を守ることにつながるのです。

――国連「ビジネスと人権に関する指導原則」上、企業に求められる取り組みとは?

 指導原則②の企業の人権尊重責任には、その責任を果たすためには何をすべきかが記載されています。具体的には、①人権方針を全社的に策定する②人権DDを実施する③人権侵害が生じた際には、是正・救済を行う――という3点であり、あらゆるステークホルダーとのエンゲージメントが重要です。

 また、人権リスクとは、事業及び取引関係の結果として生じる恐れや人権侵害そのものを指します。従って、人権リスクは概念上経営リスクとは関係ないのですが、人権リスクに対応しないことは、レピューテションリスク、財務リスク、投資撤退リスク等につながる恐れがありますので、この点では経営リスクとも繋がっていると言えます。

特別講演② 指導原則で求められている効果的な救済

――「ビジネスと人権に関する指導原則」の考え方

弁護士 稲森幸一

 指導原則は、①人権及び基本的自由を尊重し、保護し、充足する国家の既存の義務、②全ての適用可能な法令の遵守と人権尊重を要求しており、専門的な機能を果たす専門化した社会的機関としての企業の役割、③権利と義務が、その侵害・違反がなされた場合に、適切かつ実効的な救済を備えている――という3つの認識に基づいて制定されています。

――「ビジネスと人権に関する指導原則」で求められている効果的な救済とは?

 指導原則26では、「国家は、ビジネス関連の人権侵害に対処する際、国内の司法手続の実効性を確保するため、救済へのアクセスの拒否に繋がるような法的、実際的およびその他これに関連するような障害を減少させるための方策を考えるなどのしかるべき手段を取るべき」としています。ここでは、何が効果的な救済かを積極的に述べるのではなく、救済へのアクセス拒否に繋がる障壁の除去を求めていることが特徴です。

 では、法的な障壁とはどのようなものでしょうか?

 企業グループの組織上の複雑さを利用した責任回避、企業の受入国及び本国の両方の裁判所へのアクセス拒否、先住民族や移民など特定の集団が法的保護から除外される場合などが考えられます。

 また、実務的、手続き的な障壁として、裁判費用や適切な弁護士の支援が得られない、集団訴訟などの選択肢が不足している問題などがあります。

パネルディスカッション

 書籍「詳説 ビジネスと人権」では、第8章ケーススタディにおいて、人権が問題になるさまざまなケースを紹介しています。第2部では、執筆者である5名の弁護士によるパネルディスカッションを行いました。登壇者のこれまでの経験等から想定すべきリスクや対処について議論されました。その一部をご紹介します。

司会 稲森幸一(福岡県弁護士会)

【ケース3-1】

 日系企業A社、現地法人B社がそれぞれ製造業を営んでいるとします。そして、B社は、工場を設立するために、至急、大規模かつ安価な土地を確保する必要がありました。そういった状況で候補にあがった土地は一つしかありませんでしたが、当該候補地の一部には、現地住民数十人がクラス集落を含んでいました。そこで、B社は、なかば強引に現地住民の代表者との間で協定を交わし、決して高いとは言えない補償金と引き換えに土地を入手し、工場を設立しました。このケースについてビジネスと人権の観点からどのようなことが考えられるでしょうか?

パネリスト

湯川雄介(東京弁護士会)

(湯川)― 人権デューデリジェンスに取り組む必要があります。書籍でも紹介しましたが、現地住民の方が、先住民の場合は特殊な考慮が必要です。私は海外での経験からこの事例と似ているケースを実際対応したこともあり、その点から申し上げると、現地住民の代表者について実務では考えていただく必要があります。さまざまな論点があるのですが、まずステークホルダーである現地住民の範囲確定から行う必要があります。

 この設例では、10数人の集落と記載がありますが、この集落でどのようなプロセスで選ばれるのか――多数決かもしれないし、昔からの伝統的な選び方があるかもしれない。さらに、本当にこの人が代表者なのかという疑義、もっと申し上げると、実は代表者であっても住民の皆さんの意見を本当に反映しているのかなどといったことです。適切な人権デューデリジェンスの観点から申し上げると、ステイクホルダーエンゲージメントが一連のプロセスにおいてできているのかということに、個人的な経験からも着目していただきたいと思います。

蔵元左近(東京弁護士会)

(蔵元)― 先日公表された日本政府のガイドラインにも盛り込まれていますが、ステークホルダーとの対話を行うことが非常に重要だということです。政府のガイドラインでも示されていますが、湯川さんがおっしゃったようにステークホルダーは誰なのかという問題と、対話をどこまで行うのが望ましいのかという点です。

 日本企業は、現地の文化や慣習も理解していない中で、法律だけで割り切れるのかといった非常に難しい点があるかと思います。そのような点では、専門家や現地のNGO等の力を借りて対応していかなければなりません。

尾家康介(東京弁護士会)

(尾家)― 人権が問題となっており、守らなければならない権利として人権があるわけですので、多数決で決めてよいということにはならないということを頭においてほしいと思います。仮に少数であったとしても、侵害されてはいけないものとして人権を考えてほしいですね。

(小林)― 土地の確保のために住民の方の立ち退きが発生しますので、権利者の方の権利が何か、その権利をどのようにして守る必要があるかにフォーカスする必要があると考えます。湯川さんのご指摘のとおり事前の対応、人権デューデリジェンスが極めて重要です。一般的地域住民が強制退去させられるという状況がある場合には、自由権規約や社会権規約の居住の権利、住居に対する権利を地域住民の方は有しますのですので、その権利が侵害される恐れがあります。

【参加者からの声】
  • パネルディスカッションでは、具体的なケースを取り上げ、とてもイメージがしやすく、興味深かったです。 国内法のみならず、国際人権法を視野に入れた問題解決が大切というのがとても心に残りました。
  • 貴重なお話をありがとうございました。現在の業務が指導原則の中でどのような位置付けか、改めて確認ができました。また、実際のケースに対する考え方が非常に勉強になりました。
  • 企業側からの立場での説明が分かりやすかったです。今後の法制化の方向性も油断はできないが安心できるコメントでした。

登壇者の経歴

  • 稲森幸一氏(福岡県弁護士会)
    2003年弁護士登録、2004年から2008年まで愛知大学法科大学院非常勤講師、2008年から2013年アメリカ留学、2011年ニューヨーク州司法試験に合格、同年よリニューヨーク州弁護士。主な役職として日本弁護士連合会国際人権問題委員会事務局長、日本弁護士連合会ビジネスと人権PT座長、日本弁護士連合会国際人権条約ワーキング副委員長。
  • 尾家康介氏(東京弁護土会)
    2010年弁護士登録。日本弁護士連合会ビジネスと人権プロジェクトチーム。幹事、東京弁護土会外国人の権利に関する委員会元委員長、外国人技能実習生問題弁護士連絡会会員。主な著作として「外国人技能実習生法的支援マニュアル」(共著、明石書店、2018年)、「現場で役立つ!外国人の雇用に関するトラブル予防Q&A」(共編著、労働調査会、2018年)。
  • 蔵元左近氏(東京弁護士会)
    米国ニューヨーク州弁護士。2004年弁護士登録。ビジネスと人権対話救済機構(JaCER)共同代表。東京オリンピック・パラリンピック委員会「持続可 能性に配虐した調達コード」通報受付窓口助言委員長。責任ある外国人労 働者受入れプラットフオーム(JP-MIRAI)専門家会合委員。日本弁護士連合会国際室幹事、国際人権問題委員会幹事、同委員会ビジネスと人権PTメンバー。ビジネスと人権□イヤーズネットワーク運営委員。
  • 小林美奈氏(第二東京弁護士会)
    米国ニューヨーク州弁護士。2009年弁護士登録。日本弁護士連合会国際人権問題委員会幹事、同委員会ビジネスと人権PTメンバー、日本弁護士連合会国内人権機関実現委員会委員。
  • 湯川雄介氏(東京弁護士会)
    2000年弁護士登録。日本弁護士連合会国際人権問題委員会幹事、同委員会ビジネスと人権PTメンバー。ビジネスと人権□イヤーズネットワーク運営委員。慶應義塾大学法務研究科、学習院大学国際社会科学部講師。

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