経営・労務・法務

2035年を見据えた施策で国民の健康・長寿を守る

超高齢社会を迎える2025年を見据え、現在、国民医療費の抑制策や効率・効果的な医療・介護の提供体制づくり、疾病構造の変化への対応策などが講じられている。2025年問題を乗り切るために、今後、どのような政策、取り組みが重要になるのか。厚生労働大臣の塩崎恭久氏に話をうかがった。


塩崎恭久201512_01.jpg
厚生労働大臣
聞き手
海来美鶴
TKC全国会
医業・会計システム研究会 代表幹事
(医業経営コンサルタント 税理士)


Shiozaki Yasuhisa
昭和50年、東京大学教養学部教養学科アメリカ科卒業後、日本銀行に入行。昭和57年、ハーバード大学行政学大学院修了。平成5年、衆議院議員当選(旧愛媛1区)。その後、大蔵政務次官、外務副大臣、内閣官房長官・拉致問題担当大臣等を歴任し、平成26年より厚生労働大臣。


制度の持続可能性の担保が
2025年までの最大の課題

──第2次安倍内閣において厚生労働大臣に就任されて以降、超高齢社会を迎える2025年を見据えた医療・介護の問題に向き合い、さまざまな実績を残してこられました。先般の第3次安倍改造内閣でも引き続き重責を担うことになられました。まずは、2025年に向けた医療・介護の提供体制における課題等についてどのように見ておられますか
塩崎 2025年には、いわゆる“団塊の世代”が75歳以上の後期高齢者になり、3人に1人が65歳以上、5人に1人が75歳以上という、かつてない超高齢社会を迎えることになります。先般の「一億総活躍社会」の実現に向けた「新・三本の矢」の「安心につながる社会保障」でも触れられていますが、都市部の高齢化問題は特に深刻化することが予測されています。
 また、高齢者数が増加すれば当然、亡くなる方も増えていくわけですから、そこでは終末期医療の体制強化、最期の場所をどのように確保するのかといった視点が欠かせません。
 さらに、認知症や糖尿病、高血圧症などの慢性疾患といった非感染症疾患(Non-Communicable Diseases)の増加にともなう対応も求められます。国際会議に参加すると、非感染症疾患の問題は、先進国だけでなく発展途上国等でも大きな話題になっているのですが、世界に先んじて日本がその問題に直面するということです。
 すべての国民が強く認識しなければならないのは、このような問題が起きるのは、決して遠い未来の話ではないということです。今から約10年後のすぐ先の話なのです。果たして、今の社会保障制度で乗り切ることができるのでしょうか。医療・介護を支える財源は、保険料と税金と自己負担(窓口負担)の3つしかありません。現在の制度のままで給付と負担が成り立つのか。つまり、社会保障制度の持続可能性という最も深刻で大きな問題を抱えています。これを担保できなければ2025年問題は乗り切れません。
──制度の持続可能性のため、現在、さまざまな施策を打ち出しているわけですが。
塩崎 大きなものとしてあげますと、ご存じのように、各地域において着実に推し進めているのが「地域包括ケアシステム」の構築です。住み慣れた地域で最期まで安心して暮らすことができる仕組みをつくっていく。これは2025年問題を乗り切るための大前提となります。
 また、平成30年度には赤字体質が続く国民健康保険の財政運営主体を市町村から都道府県に移し、財政基盤を強化します。
 明るい目標として国民の健康長寿の延伸もあげられます。そのためには疾病予防や重症化予防に積極的に取り組んでいかなければなりません。これについては、インセンティブを設けるなどして、保険者にもこれまで以上に協力していただく考えです。
──新しい試みとして、都道府県では今年の4月から「地域医療構想」を策定していくことになりましたね。
塩崎 「地域医療構想」は、病床の機能分化、連携を進めるために医療機能ごとに2025年の医療需要と病床の必要量を推計し、目指すべき医療提供体制を実現するための施策を定めるものです。各地域の関係者らが集まる「地域医療構想調整会議」で議論、調整を行っていくわけですが、各医療機関が議論に臨むに当たっては、TKC会計人の皆様の多角的なアドバイスが極めて重要になると考えています。それぞれが自身の都合ばかりを主張していては話はまとまらないので、各地域の議論が上手く進むようなアドバイスを期待しています。
 それぞれの地域の医療・介護がきちんと成り立つためにはどうするのかという視点のもと、制度の持続可能性を担保しながら、負担と給付がアンバランスにならないように、そして、すべての人々が健康で長生きできるような社会を、国民運動として盛り上げながら、みんなでつくりあげていきたいと考えています。
──「地域医療構想調整会議」の実際の議論では、各病院の経営に直結する話でもあり、利害関係が絡んでなかなかスムーズに進まない側面もあるようです。そのなかでは、地域住民の視点、人々がより安心して暮らすためにはどのような提供体制が望ましいのかという視点が根本だと思います。

ICTをフル活用し
データに基づき問題を解決

──各論になりますが、今後の具体的な取り組み、また特に重視していかなければならないことなどについてお聞かせください。
塩崎 健康づくり、疾病予防、重症化予防を特に進めていかなければなりません。そのポイントになるのがICTのフル活用です。先般、取りまとめられた「保健医療2035」でも示めされているように、ICTの活用によって得られたデータをきちんと分析・検証し、エビデンスベースの対策を打っていかないといけないのが医療にも介護にもいえることです。実は、他の先進国と比べて、日本の医療・介護におけるICTの活用は進んでいるわけではありません。これからは、医療や介護のサービスの中身に至るまでのさまざまな問題を、データに基づいて解決していくことが重要です。
 また、医療供給体制では、今まで急性期に偏り過ぎていた側面があります。しかし、これからは病床機能報告制度や地域医療構想に基づき、より地域ニーズに合わせて、リハビリテーションや在宅医療等の充実、拡充という方向に転換していかなければなりません。
 慢性期医療についてもこれまで病院で対応してきた部分が大きいですが、必ずしも病院でなくても対応できる患者さんもいます。要は、すべての患者さんを病院で診るのではなく、地域の医療と介護が1つのつながりとして機能することが大事なのです。それが地域包括ケアシステムの構築ということでもあるわけですが、医療は医療、介護は介護と分けるのではなく、広島の“尾道方式”と同じように両方を融合させた形の患者本位のシステムをつくり直していきます。
 それと介護についてですが、これからは認知症への対応が不可欠です。2012年のその患者数は462万人(約7人に1人)でしたが、今後、さらに増加し、2025年には約700万人、約5人に1人が認知症患者となることが予測されています。認知症になっても住み慣れた地域で自分らしく生活できるような仕組みをつくらなければなりません。そのためには、高齢者だけでなく、子どもたちを含めた若年者にも認知症という病気を理解していただく必要があります。先般、認知症対策としては、政府一丸となって取り組む総合戦略として「新オレンジプラン」を策定し、7つの柱の1つとして、認知症への理解を深めるための普及・啓発の推進を掲げていますが、その他の柱についても、当然、早急に進めていく考えです。

質を上げてコストを下げるのが
未来の世代への我々の責任

──制度の持続可能性ということを考えると財源の問題は切っても切り離せないものです。2025年にはどれぐらいのコストを見込んでおられるのでしょうか。
塩崎 2025年の国民医療費は約62兆円、介護費は約21兆円と推測されています。先述したように財源は3つしかありません。最も簡単なのは、負担を増やすこと、そしてサービスを切ることです。でもそうではなくて、これからはどうすれば国民が健康のままで暮らすことができるのか、病気にならないようにするためにはどうするかという視点が重要です。
 たとえば、がんの検診で精密検査が必要だということがわかった際、その精密検査を受けている割合は、被用者保険の方で半分ぐらいです。それで何事もなければよいですが、そうではない場合もあります。この部分について、現状、十分なプッシュがなされていないので、何かしらの対応を講じていく必要があります。
 また、重症化予防ということでは、糖尿病の重症化予防に積極的に取り組んでいる自治体や協会けんぽがあります。糖尿病の重症化を予防し、人工透析にならないようにすることで多くの医療費を削減できます。人工透析になると、1人あたりの年間医療費は約600万円で、現在、全国で1兆5,000億円といわれています。この重症化を防ぐことができれば、医療費の削減につながるだけでなく、患者さんにとっても大きなメリットがあります。つまり、糖尿病に限らず、今後、重症化予防に力を入れることで、現在、予測されている2025年の医療費の数字を下げることも十分可能なのです。
 第2次安倍内閣から、国民医療費・介護費の伸びは比較的、抑えることができましたが、これまでの施策が少なからず結びついていると見ています。今後もその努力を続けていきます。ただ、その方向が国民の健康を犠牲にするような形になっては本末転倒です。そうならないように、引き続き、知恵を出しながら方策を講じていきたいと考えています。
 そのなかでは、繰り返しになりますがICTの活用がカギを握ります。データを駆使して、医療のパフォーマンスの向上を図る。今、DPCによって外科手術については、すべての分析・検証ができています。それぞれの病院がどのような実績を残しているのかがわかるようになっていますが、これをもっと広げていく方針です。
 データに基づいた医療・介護サービス提供体制をつくり、質を上げてコストを下げる。それが未来の世代への我々の責任だと思っています。

これまでの考え方を
180度転換しなければならない

──これまで少しお話がありましたが、塩崎大臣は、「保健医療2035」において、2025年問題だけでなく、2035年を見据えた検討、取り組みも進めておられますね。
塩崎 今年6月に取りまとめた「保健医療2035」では、人々が世界最高水準の健康、医療を享受でき、安心、満足、納得を得ることができる持続可能な保健医療システムを構築し、日本、そして世界の繁栄に貢献するという目標を達成するための3つのビジョンと、具体的な改革の方向性を示す120の提言が掲げられています。
 この提言を“絵に描いた餅”にしては意味がないので、早速、今年8月に「第1回保健医療2035推進本部」を開催し、「提言に沿って直ちに着手するもの(参考①)」「実行のため具体的な検討を進めるもの」「ただちに実行することは難しいが検討を深めるもの」に分け、特に大事な5つの施策(参考②)については、推進本部の下に省内検討チームを設置し、具現化に向けた議論を進めているところです。
 主なものとして、たとえば、患者の価値やアウトカムを考慮した診療報酬体系・インセンティブの設定です。これまでインプットのみに着目してきた診療報酬について、医療技術の費用対効果を測定する仕組みや、医療技術評価に患者さんにとっての価値に関する指標を速やかに導入していく。これは、平成28年度診療報酬改定において一部導入も視野に入れて進めています。
 あとは重症化予防。その最たる取り組みとして、「たばこフリー社会」の実現です。オリンピック開催国で受動喫煙を罰則付きで禁止していない国は、実は日本だけです。関係省庁や東京都と連携しながら、法律改正を含めて推進していく方針です。
 医療の国際化、国際貢献にも力を入れていきます。記憶に新しいところでいうと、エボラ出血熱(Ebola Hemorrhagic fever)やマーズ(MARS)が世界的に注目されました。幸い日本では水際で食い止めることができましたが、決して“対岸の火事”ではない。こうした疾患に対応するとともに、国際貢献としてこうした疾患にかかっている患者さんを救っていくことが大事になります。そのために、グローバル・ヘルスを担う人材を官民一体となって育成し、プールする仕組みを検討します。
 いずれにしても、これまでの考え方を180度転換し、2025年問題だけでなく、その10年後までを展望した方策を講じることで、いまだかつて誰も経験したことのない少子高齢社会を乗り越え、日本のさらなる発展、ひいては世界を牽引する日本をつくりあげることができると考えています。
──将来を見据えたさまざまな政策によって、人々がいつまでも健康で幸せな生活ができる社会になることを期待しています。
 最後に、すでに実現に向けて動いているところもあると思いますが、これまで私が医療機関の経営に携わってきたなかで感じている問題について、3点、ご提案させてください。1つは、医学部の教育問題です。地域では慢性期の患者さんを支える医療が求められていますが、大学教育ではその部分が欠けているように思います。2つ目は、診療・介護報酬における成功報酬制度の一部導入の検討をお願いしたいと思います。質の高い医療を提供し、結果を出している医療機関を適正に評価する。これは医療費の削減にもつながることだと考えています。3つ目は代替医療についてです。疑わしいものがある一方、安価なコストで治癒させている医療機関もあるので、そこを評価する仕組みをつくることも重要になると思います。
 本日はお忙しいところありがとうございました。(平成27年10月27日/構成・本誌編集部 佐々木隆一)
 

セミナーのご案内

運営組織のご紹介

TKC全国会医業・会計システム研究会 (略称:TKC医会研) は、TKC全国会の中でも特に医業・会計に精通した約1,800名の会員により構成されており、約23,000件の病院・診療所の健全経営をご支援させていただいております。