経営・労務・法務

現場での活用の幅に広がりを見せる「医療メディエーション」

医療メディエーションの考え方に学ぶ

一歩踏み込んだ患者との信頼構築の方法

 

裁判に発展する前に紛争を解決する手法である「医療メディエーション」。2005年にその仕組みがスタートしてから約10年が経過した現在では、紛争解決だけに留まらず、日常的なクレームや患者対応に活用されるなど、その幅が広がり、成果をあげている。医療メディエーションの考え方が日常的な患者対応にどのように活かすことができるのか。社団法人日本医療メディエーター協会専務理事の和田仁孝氏(早稲田大学大学院教授)に話をうかがった。

 

和田仁孝

早稲田大学大学院法務研究科 教授

社団法人日本医療メディエーター協会専務理事

聞き手/

本誌編集委員

岩田修一(医業経営コンサルタント)

 

Wada Yoshitaka

京都大学法学部卒業。京都大学大学院法学研究科修了。ハーバード大学客員研究員、京都大学助手を経て、1988年九州大学法学部助教授、1996年同教授。2004年より現職。日本法社会学会理事・事務局長。日本学術会議連携会員。Law&Society Association. Program Committee委員(200203)。財団法人日本医療機能評価機構・認定病院患者安全推進協議会・教育プログラム部会委員などを務める。

  

医療メディエーションが進化

さまざまな場面で効果

 

──「医療メディエーション」の仕組みがスタートしてから約10年が経過しました。まずは、その現状や変化についてお聞かせください。

和田 ご存知のとおり、「医療メディエーション」とは、医療側と患者側との間にトラブルが起きた際、「医療メディエーター」と呼ばれる第三者がその間に入り、両者の対話を促進することで、信頼関係の再構築を支援する仕組みです。2005年から日本医療機能評価機構や日本医療メディエーター協会が中心となり、医療メディエーターを養成する研修会の開催や、その普及などに取り組んできました。

この仕組みがスタートした当時は、いわゆる医療バッシングが強まっていた時期で、医療の民事訴訟件数もピークに達していました。トラブルが起きて、裁判にまで発展すると、あとは法律家の論理のなかでのやりとりになってしまう。医療側と患者側が話し合う場も失われ、「医療側にしっかり向き合ってほしい」「本当のことをきちんと説明してほしい」という患者側の想いもないがしろにされてしまう。もちろん、医療側の負担も相当なものです。そうした裁判に発展する前に関係を再構築する手段の1つが医療メディエーションというわけです。

院内医療メディエーションの仕組みができてから約10年が経った今でも、日本でこの話をすると、裁判所の調停のように第三者が当事者間に入って解決案を示すようなイメージに誤解されるのですが、そうではありません。医療メディエーターが答えを出すのではなく、答えの方向性を把握しながらも、問いを投げかけながら両者に語り合わせるのです。そして、答えはあくまでも当事者たちが見つける。患者側にとっても、自分で納得した答えになりますので、誰かに言われた答えよりもずっと満足度は高くなります。

このように当初は、裁判に発展する前に関係を再構築することが、直接的な目的だったわけですが、最近では、日常的なクレームへの対応や、インフォームド・コンセント、院内の会議など、さまざまな場面で、医療メディエーションの考え方が応用されるようになっています。たとえ、11の場面であっても、第三者である医療メディエーターの視点を、自分自身の頭の中に持ち、疑似的な一人二役をつくりあげて対応するわけです。これを「セルフメディエーション」というのですが、こうしたことに取り組む医療機関、医療従事者も増えています。

ちなみに、従来から院内医療メディエーションの仕組みを導入しているアメリカでは、一般企業で取り入れる例が出てきています。管理職が部下との人間関係を構築する、また人事部が従業員同士の揉め事を調整するといった場面にも活用されています。

──医療メディエーションの考え方が応用され、現場のさまざまな場面で有効に活用されるようになってきたわけですね。実際の医療機関等への浸透状況はどのようになっていますか。

和田 初年度は年3回の研修会からスタートしたわけですが、そこから加速度的に研修会の数が増えてきまして、現在では全国各地で年100回を超えるまでになりました。累計の受講者数は約18,000人超となっています。そのなかで、認定を受けて実際に医療メディエーターとして働いている人が約4,000人です。

──2012年度診療報酬改定では、医療機関の医療メディエーターの配置を評価する「患者サポート体制充実加算」が創設されましたが、このことも追い風になったのでしょうね。

和田 「患者サポート体制充実加算」の創設により、特に大病院での医療メディエーターの配置が増えています。当然、それにともない受講者数も増加しています。

それまで医療メディエーターがしっかり成果をあげてきたという実績があるからこそ、加算という形で評価されたのだと思います。

実際、ある病院では、各病棟の師長、主任、さらには一般のスタッフまでが医療メディエーションの研修会を継続的に受講しているのですが、病棟で起こる日常的なトラブルが現場レベルで適切に対応できるようになったという報告を受けています。また、患者さんとの日常会話にもそのスキルを取り入れ、対話の質自体が向上したという話も聞いています。

 

患者側と医療側に語らせる

解決策や答えは一切出さない

 

──紛争解決における実際の医療メディエーションの流れを教えてください。

和田 たとえば、ある病院で患者さんと医師がトラブルになったとします。まず、医療メディエーターが患者さんと11で話をします。そこでは、患者側と病院側の橋渡し役をしているということを最初にお伝えします。病院側の立場で患者さんと向き合っているわけではないことをしっかり認識してもらいます。

その上で、実際に話を聞くなかでは、患者さんは「あの医師は解雇しろ!」「この治療費は払わない!」などの無理難題を訴えるケースがあります。それに対して、医療メディエーターは反論せずに、「それは不快な思いをされたのですね」「ご不安な気持ちになられらたのですね」などと受け止めてあげる。そして、「その先生は普段はどのような対応だったのですか?」と質問するなど、とにかく語らせるのです。すると次第に「この人は私の気持ちを受け止めてくれる、否定もしない」と感じ、少しずつ気持ちが落ち着いてきます。気持ちが落ち着くと患者さんにも気づきが生まれ、トラブルが起きた場面にとらわれることなく、本当は何を求めているかが自覚できるようになります。

一方、同じように医師の状況、背景もしっかりヒアリングし、それらの情報を把握した上で、三者による対話に入ります。

三者の対話でも、医療メディエーターは、一切、解決案や答えは出しません。それをすると患者さんからは、「やっぱりお前らは仲間じゃないか!」ということになってしまいます。ですから、ここでもとにかく両者に問いを投げかけて、語らせるわけです。

紛争が起きる時は、決まってお互いがお互いの状況、背景が見えていないことが原因です。それぞれに抱えた状況や背景を語らせ、把握し合うことで、少しずつ認知が変化してくるのです。

この前向きになるような語りを引き出すのが医療メディエーターの仕事です。患者さんの表面上の主張と、論点を取り出して、整理し、本当に求めていることを分析し、そのことを語るように導いてあげる。お互いがわかりあえるような状況をつくっていくということになります。

 

患者との認識のズレを

普段から強く認識すること

 

──紛争解決に限らず、いろいろな場面で医療メディエーションの考え方が応用されているということですが、そこでは、どういうことがポイントになるのでしょうか。

和田 まず、医療者は患者さんとは異文化の世界に住んでいると強く意識しなければなりません。医療者は専門知識を持ち、医療分野について、とても精細に見えるメガネをつけているわけです。一方、患者さんは、そのメガネをつけていないので、医療についてピンボケの状態なのです。すると、医療者は懇切丁寧に説明しているつもりでも、常に専門知識のなかで話をしてしまうことになります。「低血糖」という言葉を1つとっても、医療者は、どんな症状が出て、どんなことに気をつけて、どんなことをすればよいのかが頭の中でつながっていきます。だから、いろいろなことが伝わっている気になるわけです。でも、患者さんは「低血糖」と聞いても、文字通り「血糖値が低い」ということ以外、わかりません。そこにズレが生じてしまう。これを踏まえることが重要なのです。

たとえば、「この抗がん剤には重篤な副作用の可能性が1%ある」と説明します。その時、医師は100人に1人という可能性なので危ないという認識で患者さんに話している。でも患者さんは、もちろん人にもよりますが、一般に日常生活のなかでの1%は無視できる数字なので、「1%なら安全な薬だ」という気持ちで承諾する。

こうした認識のズレが医療現場では無数に起きています。ほとんどのケースでは何事もなく済んでいますが稀に問題化する。すると、医師は「副作用の危険があるから危ないと説明した」といい、患者さんは「安全だといった」となるわけです。どちらも間違っていません。問題は認識がズレていたことなのです。

医療者と患者さんは違うということを普段から強く意識して対応することが重要なのです。

──その他のポイントとしてはいかがでしょうか。

和田 普段、患者さんから何か聞かれた時に、すぐにその答えをいわないことです。すぐに答えると、「お前は患者なんだから黙って聞いていればいい」というニュアンスに捉える方も少なくありません。これも、コミュニケーションスキルの1つなのですが、患者さんから何か聞かれた時は、一旦、受け止めることが重要になります。

たとえば、「この薬の効果がないじゃないか」といわれたら、「確かに効果が出ないと不安になりますよね」「他に不安なことはありませんか」などと話した上で、「では、この薬について少し説明させてください」という形で答えていく。そうすると患者さんも聞く耳を持つようになります。

要するに、患者さんがファイティングポーズをとって言葉を投げかけてきた時、すぐに返答すると、医療者は冷静に答えを伝えているつもりでも、ファイティングポーズをとられたと感じるのです。問い詰められたりしたら、一旦、受け止めることによって、ファイティングポーズを下させることが要点となります。

あと、日頃からの患者さんとの関係を良好にするためには、相手の言葉をそのままとるのではなく、本当は何を求めているのか、何に困っているのかなど、一歩、先に踏み込んだ視点、対応がポイントになります。

──これまでお話を聞いていますと、実際に医療メディエーションを実践するためには、個々の医療者の資質、特性にも左右されるように思います。

和田 研修会を見ると、職種による特徴が明らかに出ます。医師は、限られた時間のなかで正確な診断をするということを日常的に行っているので、問題状況を整理、分析して、方向性を導き出すのはとても早いのですが、相手の言葉や気持ちを受け止めることが苦手な傾向にあります。事務スタッフは、論点の着地点を見つけるのは得意ですが、その着地点に無理やり引っ張っていこうとする特徴があります。看護師は、ケアマインドが高いので受け止めは上手なのですが、話がどこに向かっているのかわからなくなる傾向にあります。

しかしそれでも、向いているのは受け止めができる看護師だと考えています。医学的なこともある程度、理解していますので、経験豊かなベテランの看護師がその役割を担うことが最も適しているのではないかと思います。

日常的な患者さんとのコミュニケーションにおける医療メディエーションの実践では、確かに個々によって向き不向きがあります。コミュニケーションが上手な方は、学ばなくてもすでに実践しています。その実践のエッセンスを取り出し、体系化したのが研修プログラムです。

研修会を受講して勉強すれば、それなりの効果は出ると思います。それを意識として持ち、実践すれば、コミュニケーションが苦手でも患者さんの地雷を踏まなくなる。普段から実践できている人はより洗練されてくると考えています。

 

高齢社会での新たな役割

家族間対立の関係再構築

 

──近年の高齢社会の進展や認知症患者の増加などにともない、これまでとは少し違った視点での医療メディエーションということも求められるのではありませんか。

和田 高齢者医療の場面では、患者家族間の対立という新たな問題がたびたび出てくるようになってきました。

たとえば、高齢者の終末期医療の場面で、人工呼吸器を外すことが問題となった時、長女はずっと母親を看病して、抗がん剤の治療等で辛そうな姿を見てきて、「もうお母さんを休ませてあげたい」と。そのなかで、遠くに住んでいる次女が「治療を諦めるとはどういうことか」と怒り、家族間の対立が起きてしまう。

この対立関係の再構築を医療メディエーターが担うケースが増加しています。

この対立の原因は、医療側と患者側の対立と同じです。持っている情報に違いがあるから溝ができるわけです。だからお互いに語らせていく。長女には、お母さんがずっと辛い思いをして頑張ってきた様子を詳しく語ってもらう。妹は、その状況を少しずつ理解することで、自分は本当は何に怒っているのかが見えてくる。そして、「お姉ちゃんはずっと寄り添ってきたけど自分は何もしてあげられていないから、お母さんをケアするチャンスがほしい」と。お互いの気持ちがどんどんわかってきて、少しずつどうすればよいのかがわかってくる。関係性を再構築できるわけです。

こうした事例は今、特に在宅看取りに取り組む医師が苦労されている場面だと聞いています。その時、この医療メディエーションの考え方が役立つと思います。

いずれにしても、医療メディエーターの役割として、これまでの医療側と患者側の調整だけでなく、家族間対立の調整という多元的な視点が求められるようになっています。

 

信頼関係構築のカギは

「受け止め」「共感」

 

──現在の課題としてどのようなことがあげられますか。

和田 「患者サポート体制充実加算」がついたことによるプラス面だけでなく、マイナス面も少しずつ出てきています。「患者さんと信頼関係を構築したい」という想いはまったくなく、加算を算定するためだけに、とりあえず研修を受けるという傾向が若干、見られるようになってきました。この部分を修正していかなければならないと考えています。

あと、まだ十分に「医療メディエーション」が浸透していないことが課題だと思います。都道府県によって差がある。出発点は、事故後の対応ですが、日常的な場面でも有効に活用できるコミュニケーションスキルです。医療者の日常的な素養として不可欠な考え方であることをさらに広げていく必要があると思います。

──最後になりますが、医療メディエーションという側面から、患者さんとの信頼関係を構築するための真の対話とはどのようなものだとお考えですか。

和田 医療者と患者さんの信頼関係を構築するための対話は、二重構造になっています。1つは、専門的な医療者としての対応です。そして、もう1つは人間としての対応です。提供する医療サービスやその説明、対応はしっかりしているけど、無愛想となれば信頼関係は構築できません。逆に、人間的魅力に溢れていても、肝心の医療面できちんと結果を出していなければ、それも難しいでしょう。両方を兼ね備えていなければならないのです。

単に、医療的な情報を提供して、診断、治療するということから、一歩、踏み込んだコミュニケーションが求められます。病気という共通のファクターを間に、患者さんはそれをどのように捉えているのか、どのようなことを感じているのかを聞き、受け止めて、共感する。それを行うことができて初めて信頼関係が構築できると思っています。(平成271224/本誌編集部 佐々木隆一)

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