経営・労務・法務

在宅で認知症患者を支えるクリニックの取り組み

周辺症状の治療で家族を救う
食事指導・栄養療法も積極展開
認知症患者の急増が問題視されている。2012年に約462万人だったその数は、2025年に700万人を超えると推計され、厚生労働省でも「新オレンジプラン」を発表するなど、その対策に力を入れる。こうした状況のなか、実際の現場で認知症患者を支えるクリニックではどのようなことが求められるのか。今号では、約150人の重度認知症患者を在宅で支える一方で、予防を含めた健康状態の最適化・オプティマルヘルスを行う医療法人アクア(大阪市中央区)の取り組みを紹介する。

石黒 伸
医療法人アクア
アクアメディカルクリニック
理事長


Ishiguro Shin
1976年名古屋市生まれ。2002年愛媛大学医学部卒。04年大阪大学大学院に国内留学するも、患者に寄り添わない西洋医学一辺倒の現代医療に疑問を感じ、06年同大学院を中退。海外を放浪しながらインドネシア・バリ島の民族医学、フィンランドの高齢者医療や自然代替医療法、イタリアの湧水医学やSPA医療などを学ぶ中で医師として目指す方向が明確化。2011年アクアメディカルクリニックを開院。外来診療・在宅医療・代替療法を同時に実践。コウノメソッド実践医として、認知症・神経難病患者の在宅医療に取り組むとともに、コウノメソッドの普及を目指し精力的に講演活動を行う。著書に『告白します、僕は多くの認知症患者を殺しました。』(現代書林)、『病気になるのはもうやめよう』(悠飛社)がある。

認知症治療は在宅が最良
周辺症状の安定化に効果

──認知症患者の急増にともない、在宅での認知症治療のニーズが高まっています。現状をどのように見ておられますか。
石黒 現在の在宅医療対象の多くは末期がんや脳卒中の患者さんですが、今後は間違いなく認知症高齢患者さんが増えますし、在宅で診ることは避けられない。そして、僕は、認知症患者さんは可能な限り在宅で診るのがベストだと考えています。
理由はいくつかあります。まずは、患者さん自身の安心感のためです。記憶障害が重度でなければ、患者さんはご家族のことをきちんと認識し頼りにします。信頼できるご家族と安心して暮らすこと自体が認知症の進行を予防するのです。患者さんにとって一番の環境です。
また、患者さんの認知症以外の疾患を早期に発見、予防できます。認知症患者さんは自分が感じる不快な症状をご家族に正確に伝えられません。在宅医療では2週間に1回診察するので、継続して全身状態を観察するなかであらゆる疾患に素早く対応できます。
他にも、患者さんの生活環境、たとえば、トイレ、ベッド、テレビの位置、生活動線などについて、医師や看護師からさまざまなアドバイスを受けることができます。
ただ、在宅での認知症治療は多くのメリットがあるのですが、実際に在宅で認知症患者さんを診ている医師は少ないのが現状です。
──それはなぜですか。
石黒 理由は、一般の在宅医では認知症の治療が難しいからです。認知症には大きくアルツハイマー型認知症、レビー小体型認知症、前頭側頭型認知症、脳血管性認知症の4つのタイプが有名ですが、それ以外にも混合型などさまざまな症例があります。当院では、神経難病を併せ持つ認知症患者さんが増えています。つまり、個々の認知症のタイプに応じた完全個別化治療を考えなければいけませんが、一般の開業医はもちろん、認知症専門医でさえ正しく診断できないことが多く、結果的に薬の使い方も間違ってしまうケースが多々あるのです。
誤った投薬で患者さんの状態が悪化した場合、多くの医師は薬をさらに増やしたり、専門病院を紹介したりする。特に陽性周辺症状(大声、暴言、暴力、徘徊、妄想、幻覚など)が悪化し、怒ったり暴れたりする患者さんは無理やり精神科病院に入院させられるケースも少なくない。
いずれにしても、多くの在宅医は、認知症に対して無知であり、専門外ということで診ないのです。

認知症治療の問題に気づき
コウノメソッド実践医に

──貴院は認知症に特化した在宅医療を行っています。先生はもともと泌尿器科が専門だそうですが、どういう経緯で認知症専門在宅医になられたのですか。
石黒 僕は腎不全が専門ですが、大学院時代に病気を治すのではなく、病気にならないためにはどうすべきかを強く考えるようになり、予防医学に力を入れたいと思い大学院を辞めました。その後、知り合った調剤薬局の経営者から横浜で高齢者施設への訪問診療を行うクリニックを立ち上げたいので協力してほしいという話をいただき、院長になりました。在宅医療はド素人でしたが、勤務医時代は外科的な治療や処置はもちろん、腎不全を含めた泌尿器科疾患や、高血圧、糖尿病、心臓病なども診ていましたので、高齢者の診療は得意でした。ですから在宅医療への不安はほとんどなかったです。
ところが、施設には認知症患者さんがたくさんおられました。当時の僕には認知症の知識がまったくなく、本を読むなどして自分なりに勉強しました。そして当時、認知症治療の常識とされていたアリセプトをはじめとする認知症中核薬を処方しました。しかし、患者さんの状態は全然よくならない。アルツハイマー型でアリセプトを処方していた患者さんの場合、1年くらい経って気になる行動が見られるようになりました。攻撃性が増すとともに歩行障害が現れたのです。こうした現象が5~6割の高い確率で出てきました。
そこで今度は神経内科の本を読み漁り、歩行障害や転倒しやすくなるなどのパーキンソン症状の患者さんには抗パーキンソン薬を追加投与しました。すると今度はその副作用で幻覚症状が現れる。介護スタッフから「何とかしてください」とお願いされるため、向精神薬を増やすと、患者さんは寝て静かになる。
こうした治療にだんだん疑問が出てきました。知人の精神科医や神経内科医に相談しても、認知症が進行しているので仕方ないという答えでした。それでも本当に認知症治療はこれでいいのかという思いは募るばかりでした。
そうしたなか、アロマセラピーなど認知症の代替医療についても調べていくうちに出会ったのが、河野和彦先生(名古屋フォレストクリニック院長)の提唱する認知症治療法「コウノメソッド」です。これをきっかけに2011年に大阪で認知症専門のクリニックを開業し、13年の法人化と同時にコウノメソッド実践医に登録しました。

家族が困っている
周辺症状の治療が最優先

──コウノメソッドでは薬物とサプリメントを併用し、認知症の中核症状(記憶障害、見当識障害、理解力・判断力の障害など)よりも周辺症状を抑えることを中心に治療されると聞きます。
石黒 コウノメソッド実践医のミッションは、「中核症状より周辺症状を治す」「ご家族や介護者が困っていることを解決する」というものです。「患者さんとご家族のどちらか一方しか救えないのであれば、躊躇せずご家族を救う道を選択せよ」と教えています。ご家族を救うことが患者さんを救うことにつながるからです。そのため改善が難しい中核症状ではなく、ご家族が困っている周辺症状の改善を治療目標にするわけです。ご家族が楽になれば、それが結果的に患者さんの症状をよくすることにもつながります。
周辺症状を改善するための具体的な治療は、薬剤投与量の微細な調整です。代表的な認知症中核薬アリセプトは国により増量規定が定められています。「3㎎からスタートして1~2週間後に下痢などの副作用がなければ5㎎に増量、効果がなければ10㎎まで増量する」というものです。たとえば、男性と女性では体格が違いますし、年齢もさまざまです。それを一律に同じ「アリセプト3㎎→5㎎」と増量するのは、普通に考えてもおかしい。コウノメソッドではこれら中核薬の用量を1㎎単位で患者さんの状態に合わせて個別に判断して決めています。
さらに薬だけで改善が難しい症例には各種サプリメントなども活用します。コウノメソッドは科学的エビデンスがないという批判もありますが、豊富な経験に基づき、効果は間違いなくあると確信しています。
──貴院では現在どれくらいの患者を診ておられるのですか。
石黒 在宅患者数は約150人。そのうち施設が約30人です。患者さんの99%が認知症と神経難病です。外来は隔週で週2日ずつ、月4回です。完全予約制で延べ30人くらいが限界で、ほとんどが認知症と神経難病です。医師は僕1人なので、看取りは年間5~6人です。 当院の特徴は、重度の患者さんが中心という点です。別の医療機関にかかっていたけれど、どうしようもなくなってうちに来るケースがほとんどです。
神経難病では余命数か月といわれて来られる患者さんも多い。たいていは肺炎をこじらせている。大病院とのつながりをどうしても切れず、在宅に踏み切れなくて、最後の最後、病院の先生がもう治療がないのでケアマネと相談してくださいという段階でやっと来られる。それでもコウノメソッドを駆使すればよくなります。
──在宅医療では多職種連携が重要ですが、貴院ではどのような取り組みをされていますか。
石黒 在宅での認知症治療は医師1人ではできません。看護師、理学療法士、介護職、歯科医師、薬剤師などさまざまな職種が連携しながらかかわっていくことが不可欠です。僕はコウノメソッド実践医ですから、そうした職種の人たちにもコウノメソッドを理解してもらい、それをベースに動いていただくため、当院では勉強会を開いています。
クリニックが今ある場所は昨年引っ越してきたので、この1年は忙しくて休んでいましたが、それまでは毎月1回スタッフ全員で勉強会を行っていました。そこで情報共有も行う。勉強会はこの11月から再開する予定です。
そのほか、僕が定期的に行っている講演会にも、できるだけスタッフに参加してもらうようにしています。
患者さんの情報共有に関しては、当院と連携する訪問看護ステーションのグループ内では、全スタッフがアイフォンを使用し、カルテや画像などはメッセージアプリ「iMessage」を使って共有しています。グループ内のパソコンもマックなのでそこでも共有できます。歯科医も1人、「iMessage」に入っています。外部の介護スタッフに関しては、アイフォンを持っていない人もいるので電話とファクスが基本です。薬局とは、文書管理アプリの「Evernote」とクラウド共有アプリの「Dropbox」で情報共有をしています。

オプティマルヘルスに注力
認知症患者も“最適化”する

──クリニックが入居するこのビルは、その全体を医療法人が借りているのですね。
石黒 今後新たな展開をしていくために借りました。まず、次世代の医療として「オプティマルヘルスケア」に力を入れていく方針です。オプティマルヘルスとは、その人にとって「最高・最善の健康状態」という意味です。僕は「最適化」と呼んでいますが、要は人生に大切な食事、薬、仕事、ライフスタイル、休息などを最適化するということです。認知症の高齢者もすべてを最適化すると、すごくよくなります。
最適化では、特に食事と栄養が重要です。認知症の背景には必ず栄養欠乏があります。ですから当院では半年ほど前から栄養療法に力を入れています。たとえばビタミンB1は、不足すると心不全や認知症になります。いわゆる「脚気」の症状です。当院の調べでは、高齢者の朝食は80%がパンだけで、10%がコメ、残り10%は食べないか、野菜やフルーツです。つまりほとんどの高齢者が白いものばかり食べている。ビタミンB1は豚肉に多く含まれますが、高齢者の食卓は、あっさりやわらか食が主体。質的栄養欠乏こそが認知症の悪化を招く主たる原因です。そこでいまは白いものを極力控え、野菜、肉や魚、卵をたくさん食べてもらうように指導しています。高齢者はこれだけでかなりよくなります。
また、栄養療法を本格的に行うために昨年11月、当ビルの1階に「HARU JUiCE」という店をつくりました。当院の患者さんは重度の認知症や神経難病の患者さんが多く、みなさん嚥下が悪くなります。ところが、うちのジュースを飲んでもらうと、ほぼ100%飲める。とろみをつけた食事を必死に食べている人が、うちのジュースはごくごく飲むのです。素材は無農薬の野菜とフルーツの100%天然のもので、舌触りは若干自然なとろみがついています。コールドプレスジュースというもので、強い圧力をかけてすりつぶして搾ったジュースです。絞りかすの不溶性食物繊維は取り除くので、胃に負担が少なく、高齢者も飲みやすいのです。これですごく栄養状態が改善されます。
──サプリではなく素材そのものから栄養を摂ることも大事だということですね。
石黒 サプリも必要ですが、やはり毎日の食事できちんとしたものを食べてほしいのです。質のよい野菜、肉、卵など。そのために1階の店内では有機野菜も販売しています。ジュースの材料を仕入れるなかで、農家との付き合いが増え、いま全国から無農薬の野菜を仕入れています。今後はいわゆる「医農連携」の方向に進みたいと思っています。クリニックで食事指導し、それをビル1階の店ですぐに買える。
今後の治療スタイルはそれが主になると思います。まず栄養ベースを整えて、人間の体として正しい状態に最適化してから薬を使うとより効きます。当院はそうしたスタイルの1つのモデルになりたいと考えています。
──他に今後どのような展望をお持ちですか。
石黒 オプティマルヘルスについては、専門外来を今年の冬から始める予定で準備を進めています。オプティマルヘルス外来は自費診療です。基本は1時間のカウンセリングを行い、その人の状態を医師が把握して、どう改善すべきか治療デザインを描く。それを看護師に落とし込み、再診以降は看護師がカウンセラーになります。
主な対象者は、慢性疲労、副腎疲労、慢性疼痛、気分障害など病院では治らない人たちです。また、生活習慣病も対象になります。糖尿病、高血圧、高脂血症などです。
こうした取り組みは、今後、診療所経営の観点からも大事になってくると考えています。自院の価値をどう高めていくかということです。開業医は常に考えなければいけない問題です。従来のマニュアルどおりの医療ではその価値は高められません。当院はサプリメントをはじめ、ジュースや野菜販売など新しい取り組みに挑戦しています。そうした取り組みを通じて患者さんに必要な情報を提供していく。それを選ぶかどうかは患者さんの自由ですが、情報提供は高い価値になります。
実際、当院の収入に占めるサプリの割合は約15%です。これは大きいです。うまく自由診療を取り入れていくと収入は増えます。
──この地域での役割についてはどのように考えていますか。
石黒 食と栄養に関する塾を開きたいと思っています。当院ビルの5階をセミナールームに改装しました。主に医療・介護従事者を対象に塾を開催する。たとえば、ヘルパーさんは買い物代行で高齢者の朝食として買うのはだいたい菓子パンです。安いし楽だからです。砂糖たっぷりだから患者さんの満足度も高い。しかし、それが認知症をつくっているのです。そこの知識をひっくり返さないと、認知症は増えるだけです。
他にも子育て中のお母さんらもターゲットです。若い世代に伝わる仕組みをここで展開したい。病気にならないためには食事が大切です。医療機関にできるだけかかってほしくないと思っています。
このビル名は「アクアメディカルキャンパス」としています。ここに来る人全員の学びの場にしたいのです。スタッフも職場ではなく、学びの場に来る。これは米アップル本社のアップルキャンパスにならったものです。このビルから医療・介護と食に関する情報を発信し、地域での拠点になりたいと考えています。(平成29年9月18日/ライター 田之上 信)

医療法人アクア
アクアメディカルクリニック
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Fax:06–6537–1996

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