「売れる店」とは何か…永遠のテーマである。様々な見方があろうが、中小小売店にとくに欠けているのが消費者心理に基づいた仕組みづくりだといわれる。繁盛店が駆使する“つい買ってしまう”仕掛けとは…。

顧客の心理的ハードルを乗り越える

売れるお店の心理学

 品揃えがほぼ同じで立地条件も変わらない2つの店舗…にもかかわらず、時として繁盛店と“閑古鳥の鳴く店”とに画然として分かれてしまうのはなぜなのか。

 結論から先に言おう。

 「消費者行動・心理を念頭に置いた売り場づくり」が出来ているか否かが、そのような分かれ道をつくるのである。

全体の76%が「非計画購買」

 具体論の前に、まず、次のような基本的な誤謬をおかしてないか検証してみて欲しい。

 財団法人流通経済研究所が2001年に行った調査によると、スーパー(GMS/SM)の顧客が商品を購入する際、「非計画購入」つまり店舗内で購入意思決定をする商品が76%を占めていることが分かった(図表1(『戦略経営者』2007年4月号9頁))。要するに、全体の4分の3が衝動買いに近い形で購入されているのだ。裏返せば「この商品を買いたい」と明確な目的の下に購入されるケースはわずか4分の1。恐らく感覚的には逆をイメージされている方が多いと思う。心理的錯覚である。この錯覚を取り除けば、あとは芋づる式に問題点が見えてくる。

 当然のことながら、非計画購入の場合、店舗・売り場づくりが売上を左右する重要なファクターになる。図表2(『戦略経営者』2007年4月号9頁)をみて欲しい。このデータは商品力の違う商品Aと商品Bの棚割りのフェイス配分を変えるだけで、40%合計売上が増加したという実際のケースである。

 この店頭実験は極めて単純だ。人気商品のフェイス配分を増やし、不人気商品のフェイスを減らしたのである。「いまさら何を当たり前のことを」と言われそうだが、この程度の棚割の変化が40%もの売上増を引き起こすとは普通の経営者は想像できないと思う。このケースではフェイス配分を単純に面積比で示しているが、目線の高さのゴールデンゾーンと呼ばれる棚割の活用法も含め、もっと細かな戦略的配置も当然可能である。

 結局のところ、商品がなぜ売れるのかというと「顧客が見るから」というしかない。見えなければ売れるものも売れないのである。この単純な事実を十分に咀嚼することが最も重要なこと。上記ケースはその象徴的な例といえるだろう。

動線を意識した商品配置

 次に意識すべきなのは顧客の動線。どの場所が通過率が高く、立ち止まる確率が高く、さらにいえば購入確率が高いのか。これをまず調査することから始めるべきである。店の見取り図を持って顧客一人ひとりの動線を記録するのだ。数日も行えば十分なデータが採れるだろう。

 そのデータを使って何をするかというと、もちろん通過率の高いところに売りたい商品を置くというのが基本戦略。たとえば食品スーパーの例でいえば、入り口から入っていわゆる「主導線」の周辺が最も目につく場所である。また「エンド」と呼ばれる棚の端部分も訴求力が高い。ちなみに、この「エンド」での催事や販促活動はいまやスーパーやコンビニの定番となっている。

 もっといえば、店舗側が戦略的に動線を誘導し、購買へとつなげることも可能だろう。いずれにせよ、動線を意識した商品配置ができるかどうかで、全体の売上は意外なほど違ってくる。

 さて、これも店舗側の陥りやすい誤謬なのだが、顧客は思うほど売り場内に滞在しない。実際に複数のスーパーを調査してみると、各売り場内において顧客の平均滞在時間は1分を切ることが明らかになっている。パッと入ってパッと出て行く感じだ。その上、全体の4分の3が非計画購入なのだから、顧客の購入の意思決定は理屈ではなくほとんど感覚的なものと考えてもよいのかもしれない。だからこそ、その感覚的なもの、つまりは顧客の心理にいかに訴えるかがポイントとなるのである。

 その場合、色や照明あるいは音楽なども重要な要素なのだろうがそれは後欄に譲る。ここではクロスMD(マーチャンダイジング)の重要性について説明しておく。

顧客の想像力をかき立てる

 クロスMDとは別カテゴリーの関連商品を一緒にして顧客に提示すること。図3(『戦略経営者』2007年4月号10頁)のショッピングバスケット分析を見てもらいたい。この調査ではサラダ油・天ぷら油との同時購買率が高いのはつゆとマヨネーズという結果が出た。このデータをもとに、3商品を1ヵ所に集めて提示すれば、消費者にとっての利便性は向上するし売上も増加するだろう。

 このクロスMDの概念は、上記のような使い方はもちろん、もう少し緩やかな仮説検証のツールとしても有用である。

 たとえば最近、「生ハム」が売れているようだが、生ハムだけを並べるのでなく、マリネのレシピとともに魚介類や野菜、油や酢とともに提示してみたらどうだろうか。生ハムをあまり食べたことがない人が、「つくってみようか」などと考えるかもしれない。その後、実際に生ハムと並べた食材が同時に購入されたかを、ショッピングバスケット分析を通して確認すればよい。

 あるいは特売品による販促活動にもクロスMDの概念を加えるべきだと思う。たとえばカップ麺やインスタントコーヒーを特売品にしても、顧客はそれだけを購入して帰ってしまう可能性が大きい。ところが、たとえば肉や野菜、調味料などを特売品にすれば、具体的な料理のイメージを喚起するため、ほかの商品を購入してもらえるかもしれない。つまり、同じ値頃感を訴求した販売をするなら、客単価の上昇が見込める商品の方が全体としての効果を見込めるというわけだ。これは、食品に限らずあらゆる業態の店舗に当てはまると思う。たとえば、「お買い得Tシャツに合わせたジャケット」「特売の釣り竿に最適の糸」などという売り方は、ベタではあるが確実に効果が見込める手法だと思う。

 要は、ほんの少し顧客の想像力をかき立て、背中を押す。顧客の心理的弾みを誘導する施策。これをできるかできないかで、全体の売上結果に大きな影響が出てくるのである。

 繰り返すようだが、スーパーの各売場内での顧客の滞在時間は1分以下。購入の意思決定はその4分の3が店内で行われる。計画されていた購買行動の約1割が中止されるというデータもある。スーパー以外の小売店においても、程度の差はあれその傾向性は同じだろう。つまり、売れる店とは、非計画購買を促す力の強い店舗のことではないだろうか。

いかにしてリスクを下げるか

 ものを買うという行為、とくに非計画購買には「リスク」がつきものである。基本的に顧客は失敗を恐れるし損をしたくない。いわんや衝動買いで失敗したのでは目も当てられない。そのリスクを下げることが、これまで縷々述べてきた戦術の最終的な目的だ。値引きや広告宣伝のみならず、前述のフェイス配置やクロスMDも結局は消費者のリスク低減のための施策なのである。

 要するに、顧客の「思ったよりも」短い滞在時間のなかで、いかに効果的に顧客心理のなかにあるリスクのハードルを取り除けるか…ここが繁盛店になるための最大のボトルネックであるということ。

 そのための具体的戦術は店舗の種類や扱い用品によって千差万別である。基本的な考え方は示したつもりだが、後はそれぞれの経営者が想像力を発揮しつつ、仮説・検証を繰り返していけば、必ず売上の拡大に結びつくと思う。

(インタビュー・構成/本誌・高根文隆)

掲載:『戦略経営者』2007年4月号