プロフィール
まえかわ・さとし●1964年生まれ。博士(工学)。京都大学理学部物理系卒業後、日本電気株式会社入社。京都大学工学研究科電気工学専攻博士課程修了。郵政省通信総合研究所(現国立研究開発法人情報通信研究機構)に入所し、ディープラーニング等の研究を経て、空中映像技術の開発を行う。2010年パリティ・イノベーションズを設立。

 空中に浮かび上がる、キャラクターや文字。われわれの開発した「パリティミラー」の背面に物体を置き、空中映像化したものです。単に映像として浮かべるだけでなく、指先位置を検知するセンサーと組み合わせれば、電源スイッチやタッチパネルとして機能します。

 愛知県刈谷市にある刈谷ハイウェイオアシスでは、トイレの一部個室にパリティミラーを活用した「空中浮遊リモコン」が設置されています。自動車用バックミラー製造を手がける企業との共同研究により生まれた製品です。何よりの利点は空中に浮かぶボタンにタッチするだけで、トイレの洗浄等を行えるところ。機能面の意外性はもちろん近未来的な外観から、SNSなどで話題を呼んでいます。

 当社とタッグを組んだコンテンツ制作会社は、「エアータッチパネル」という製品をリリースしました。300ミリ四方の「パリティミラー300」が使用されていて、利用者はパネル表面に手を触れることなく操作できます。この製品は図書館、書店での蔵書検索や、病院等の受付端末といった用途での利用を見込んでいます。

 近年は空中映像に類似する技術として、AR(拡張現実)やMR(複合現実)も登場しています。スマートフォンのカメラで撮影した映像に架空のキャラクターを登場させる「ポケモンGO」は、ARの一例といえるでしょう。もっとも、ARやMRのコンテンツを利用できるのは、スマホやゴーグルといったデバイス越しであり、現実空間そのものは何ら変化しません。

 空中映像は昨今よく耳にするメタバースとも異なります。メタバースはインターネット上の仮想空間であるのに対して、現実空間に仮想の世界を創出するのが空中映像です。

ゆがみなくクリアに表示

 パリティミラーの肝は、ミラー内部の構造にあります。何の変哲もない板に見えるもしれませんが、無数の微小な四角柱が埋め込まれています。基盤技術として採用しているのが「二面コーナーリフレクタアレイ(DCRA:Dihedral Corner Reflector Array)」というしくみ。ミラーの背面に光源を置くと、光線が四角柱のコーナーを2回反射。光源の面対称位置に映像が浮かび上がります。 パリティミラーの肝は、ミラー内部の構造にあります。何の変哲もない板に見えるもしれませんが、無数の微小な四角柱が埋め込まれています。基盤技術として採用しているのが「二面コーナーリフレクタアレイ(DCRA:Dihedral Corner Reflector Array)」というしくみ。ミラーの背面に光源を置くと、光線が四角柱のコーナーを2回反射。光源の面対称位置に映像が浮かび上がります。

 このようにレンズによって物体の像をつくることは「結像」と呼ばれ、そのツールとして凸レンズや凹面鏡、平面鏡などが使用されてきました。テーマパーク等で見かける空中映像アトラクションでは、おもに凸レンズや凹面鏡が用いられています。それらは実像を投影しますが、距離に応じて映像の大きさが変わったり、ゆがんだりする難点がありました。パリティミラーはDCRAにより透過した光線を集め、実像を空中に映し出します。そのため、映像にゆがみを生じさせず、フルカラーで表示できる特長があります。

 製品化に際してとりわけ大変だったのは、成型の工程です。四角柱の形状に落とし込むにはサブミクロン単位の精度が要求され、垂直の壁面をつくる必要もありました。さまざまな素材を用いて試作をくり返し、現在のアクリル樹脂にたどり着きました。また、空中映像には触感がないという声を聞くため、さまざまな工夫を施しています。例えば、タッチパネルにふれた際に音を発するようにしたり、色を変化させたり。このように、ある感覚を刺激すると別の感覚を覚える現象は、共感覚というそうです。

海外展開も視野に

 各種展示会にパリティミラーを出展すると来場者の反応が良く、手ごたえを感じていました。ただ、自動車関連やアミューズメント系をはじめ、さまざまな業種の企業からサンプル提供の依頼が絶えなかったものの、実用化に至らないケースが大半でした。しかし足元では、空中映像関連の市場がようやく立ち上がりつつあります。潮目が変わるきっかけになったのは、新型コロナウイルス感染症の拡大にほかなりません。不特定多数の人々が触れる場所を非接触化するニーズが一挙に高まっています。

 ことし1月には、米国で開催されたデジタル見本市「CES2022」に出展しました。空中映像の用途として海外でおもに想定されているのは、エンターテインメント分野。感染症対策としての引き合いは思いのほか少なかったようですが、未曽有のパンデミックにまつわる記憶が消失することは、この先もないでしょう。とりあえずはパリティミラーの量産体制をととのえ、取引先にしっかり供給していくのが第一の目標。そして非接触ニーズにとどまらない、空中映像の可能性を追求していきたいと考えています。

(インタビュー・構成/本誌・小林淳一)

掲載:『戦略経営者』2022年9月号