トップ対談
税理士の精神的独立性と心のあり方
髙橋宗寛 TKC全国会中央研修所顧問 臨済宗妙心寺派妙性寺住職 × 坂本孝司 TKC全国会会長
1995年4月7日にスタートしたTKC全国会入会セミナー。髙橋宗寛和尚は、その第1回から、2026年現在の第278回まで講師を務め、長年にわたりTKC会計人に対して宗教的信念の必要性などを説いてこられた。対談では、髙橋和尚と飯塚毅TKC全国会初代会長、坂本会長との邂逅(かいこう)をはじめ、税理士の精神的独立性、そしてTKC全国会の基本理念である「自利利他」をテーマに深い議論が交わされた。
進行 TKC出版社長 内薗寛仁
とき:令和8年4月3日(金) ところ:リーガロイヤルホテル東京
「お車代」の実費以外は雑収入にと初対面で直言
内薗(司会) 本日は、お忙しい中ありがとうございます。旧知のお二人ですが、あらためまして、お二人の出会いからお聞かせいただけますか。
坂本 髙橋和尚のことはずっと存じ上げていましたが、1対1で初めてお話をしたのは1992年6月下旬頃でTKC北海道研修所が主催していた生涯研修の場でした。ホテルで朝食をとろうとしたところ、偶然髙橋和尚がいらして。
当時、私は30代半ばでしたが、僭越ながらTKC全国会を背負って立つぐらいの意気込みでいて、髙橋和尚とは一生のお付き合いになると思い、若気の至りもあり、思わず単刀直入にこう切り込んだのです。「TKC全国会とお付き合いする以上は、帳簿に一円のごまかしもない申告をお願いします」と。
髙橋 懐かしいですね。しかも具体的に「髙橋和尚、お車代をもらって余った時はどうされていますか? 余剰分は雑収入として計上すべきです」とピシャリと言われました。以前から坂本会長のことは存じ上げていましたが、「すごい先生だなぁ」と思いました(笑)。
今はもちろん違いますが、当時、僧侶の世界では、お車代としていただいた包みの中で移動し、余った分は個人の裁量とするような風潮が、少し残っていて、私も、その慣行に甘んじていたのです。
しかし、坂本会長からズバッと言われて、「本当にその通りだな」と目が覚めました。それ以来、お車代という曖昧な枠を設けず、いただいた謝金はすべて全額収入として計上して、実際にかかった交通費だけを実費で処理するようになりました。
坂本 相当ハードルを上げてしまったかもしれませんが、TKCとのお付き合いが始まる以上は身を律していただきたいという一心からでした。あのときは、失礼いたしました(笑)。
飯塚毅初代会長との「邂逅」と「原点の会」誕生の軌跡
──髙橋和尚は、飯塚毅TKC全国会初代会長と深いご縁をお持ちですね。
TKC全国会中央研修所顧問
髙橋宗寛和尚
髙橋 ええ。まずTKCとのご縁は、1982年頃に、東京都港区の龍源寺で行われていた坐禅会に髙橋湞夫先生(東京中央会)が来られたことが始まりです。そこから、TKC出版主催の研修にも加わらせていただきました。
また、ちょうど同じころ、鹿野山国際禅道場に、TKC千葉会の先生方が生涯研修として坐禅に来られていました。そこで坐禅指導をさせていただき、TKC千葉会とのご縁もできました。
ありがたいことに、それ以来TKC千葉会の秋期大学の講師として呼んでくださるようになりました。そして、当時TKC千葉会会長でいらした宮﨑健一先生から、「私の尊敬する師匠に会わせたい」と言っていただきました。恐れ多くて、最初はお断りしていたのですが、何度もそうおっしゃるものですから、1987年の秋期大学で飯塚毅TKC全国会初代会長に初めてお会いしました。とても緊張したことをよく覚えていますが、ものすごいオーラをまとった方でした。
お会いするにあたり、ご著書である『TKC会計人の原点』を読みました。読み進めるうちに、内容の深さに圧倒され、居住まいを正して、背筋を伸ばし、3日間かけて熟読しました。
飯塚初代会長との出会いを経て、当時のTKC千葉情報サービスセンター長に「若手会員の中で『TKC会計人の原点』を一緒に読み、勉強し続けられるような仲間はいないだろうか」と声をかけたところ、伊知地正一先生、加瀬昇一先生、上村文明先生、武藤和義先生をご紹介いただき、こうして、たった5人での読み合わせ会が始まりました。
坂本 「原点の会」の始まりですね。
髙橋 禅の言葉は分かっても税務や会計が分からない私と、それとは逆の先生方。最初は共通言語がなく完全に手探りでしたが、お酒好きな武藤先生が懇親の席を設けてくれて本音で語り合ううちに、だんだんと言葉がかみ合い、深い信頼関係が生まれました。そこに我々より先輩にあたる粟飯原一雄先生が「俺も入れてくれないか」と快く加わってくださり、活動の幅が一気に広がりました。
飯塚初代会長にはこの勉強会をとても喜んでいただき、「その話を聞かせてほしい」と茅ケ崎のご自宅へ何度も招いてくださいました。また、貧乏寺を預かっていた私に対して「私が外護(げご)者になるよ」と経済的にも精神的にもバックアップしていただき、本当に大きなご恩を受けました。
──昔、髙橋和尚が、体調を崩された飯塚初代会長に代わって、秋季大学の講師を務められたことがあると『TKC会報』(1995年12月号「巻頭対談」)で拝見しました。飯塚初代会長の代わりに講演をされたのは、おそらく、髙橋和尚お一人だと思います。当時のお話を伺えますか。
髙橋 1992年10月に開催された第16回TKC北海道会秋季大学でした。代役のご依頼をいただいたときには、大変重く受け止めました。私に代役が務まるはずがないと思っていましたから。ただ、代役を務めさせていただくからには全身全霊で臨まなければと思い、「『会計人の原点』に学ぶ」というタイトルで講演させていただきました。
飯塚初代会長との会話はとても勉強になりました。常に「私が受け止めてあげるから何でも言ってごらん」という和やかな雰囲気で話を聞いてくださり、多くの時間と、かけがえのない教えをいただきました。そうした時間と教えをいただけたことを心から感謝しております。
峻厳な独立性こそ職業会計人の涙に裏付けられた生き甲斐
──現在の税理士法第1条には、飯塚毅初代会長のご尽力により「独立した公正な立場」という文言が明記されています。お二人からこの「税理士の独立性」について、お話しいただきたいと思います。
坂本孝司TKC全国会会長
坂本 私は長年、飯塚毅初代会長の生き方や、アメリカにおける公認会計士の「独立性概念」の歴史を研究してきました。アメリカは7月4日が独立記念日(Independence Day)で、アメリカ国民にとって「Independence」という言葉は、特別な意味を持っています。
髙橋 その日は私の誕生日です(笑)。
坂本 そうでしたか。それは何とも運命的ですね。アメリカにおける「独立性概念」の歴史を見ても、結局のところ独立性(Independence)は「心のあり方」に行き着くのです。1930年代以降、アメリカではSEC(証券取引委員会)などの行政が、外側から細かいルールでがんじがらめにしようとしました。
これに対して、当時のアメリカ会計士協会(AIA)は、1947年に『声明』を採択し、「独立性(Independence)は、目に見える基準の表面的な表示よりもはるかに深遠な、心構えである。歴史的にも哲学的にも、独立性は公共会計プロフェッションの基礎であり、その維持には職業専門家としての強さとその矜持(stature)が試されている」と猛反発した歴史があります。つまり、人間の弱さを前提にルールで固めても、中心にある「精神的独立性」を保たなければ意味がないと。
これを、日本で初めて紹介されたのが飯塚初代会長であり、それを髙橋和尚が心のあり方として引き継がれたと捉えています。私は、独立性というものを、制度論ではなく、一人の人間の生き方として教えてくださったお二人の存在の大きさを、今でも感じています。
髙橋 ありがとうございます。私は、独立性とは、臨済義玄禅師の「随処に主と作(な)る──真に主体的に生ききる」に通ずるものだと感じています。
表面的には、納税側・徴税側のどちらにも片寄らないことでしょうが、内面的にも、内なる他者ともいうべき、本当の自分とは異なる、立場・好み・思考のクセ・イデオロギー等々に支配されないことが要請されていると思います。
それは、禅的・哲学的テーマです。
『TKC会報』(1978年1月号)の巻頭言「職業会計人の独立性再論」において、飯塚初代会長はアメリカの会計学者A・C・リトルトン教授の弟子である、R・K・マウツの言葉を引用されてこのように書かれています。
「彼(職業会計人)は、たとえ、それが彼を委嘱した人々の意思に抵抗することになり、また否定することになり、そしてその人々が、彼を委嘱することを止めるだろうことが分かっていても、その時でも、この義務(独立性堅持の義務)を充たさなければならない」。
そして飯塚初代会長はこう続けます。
「会員諸公は、この文章によって、職業会計人の独立性というものが、世の中の一切の自由職業のなかで、比類のない崇高さと威厳とをもつものであることを、理解されることと思う。この峻厳な独立性こそは、職業会計人の、涙に裏付けられた生き甲斐なのである。生き甲斐とは、苛烈なる自己規制を乗り越えたところで与えられる人生の冥利だ、と知るべきであろう」。
飯塚初代会長ならではの文章ですし、こういった言葉を日本中のTKC会員の方々にお届けするのが、私の使命であると考えております。
坂本 まさにその通りですね。アメリカの公認会計士の歴史を紐解いても、偉大な先人たちはその「比類のない崇高さ」を自らの生き方で体現していました。例えば、アメリカ会計士協会の元会長であるエドワード・B・ウィルコックスは「契約が解除されるかもしれないと分かったときでさえ、廉潔性の義務は果たさなければならない。これが独立性(independence)なのである」と明言しています。また、プライス・ウォーターハウス会計事務所の所長を務めたジョージ・O・メイも「現在の仕事や利益を犠牲にするのもやぶさかではない」と、不当な圧力に対しては契約解除すら辞さないという強烈な矜持を持っていました。
飯塚初代会長がおっしゃる「峻厳な独立性こそは、職業会計人の、涙に裏付けられた生き甲斐」とは、まさに日米を問わず、真の職業会計人を貫く、普遍的な精神です。
誰も見ていない時に自らを律する「慎独」の教えは巡回監査の現場の葛藤そのもの
髙橋 以前、「原点の会」の創設メンバーでもある武藤和義先生が、1995年の2月に静岡で開催された合同原点の会において、飯塚初代会長に次のようにお願いをされたことがありました。
「自分は税理士として、人間として本物になりたい。飯塚会長より生涯のテーマをいただきたい」。
そこで、飯塚初代会長は「あなたは、自分自身に対して正直に生きなさい。大概の人は自分を偽って生きているからね」と、おっしゃいました。
はしゃいだり、情に流されたりしている自分は、環境が作っている自分であって、本当の自分ではありません。本当の自分が納得する生き方を貫くことこそが「自分に嘘をつかない」ということです。
私もこれが非常に重要であると捉えています。また、これは儒教の教えである「慎独(しんどく)」に通じます。独りを慎む。つまり「誰も見ていない独りの状態でも、行いを慎み、心を正しく、ちゃんとしたあり方をしなさい」という教えです。よく日本人は実直で真面目と言いますが、アメリカの文化人類学者ルース・ベネディクトによる著書『菊と刀』では、日本人には他者からの視線を気にする「恥の文化」があるとし、良心に基づく「罪の文化」が根付いている欧米と対比しているのは、興味深い考察です。
帳簿をつける時は、1人であることも多いですよね。その誰も見ていない孤独な環境の中で、誘惑に勝てるか。自律心を働かせることができるか。それが飯塚初代会長の言う「独立性」の究極のテーマだと私は考えています。
坂本 「独りを慎む」という今の髙橋和尚のお話は、まさに巡回監査の現場において常に直面する問題です。現場では、すべての取引が適法か適正かを確認する中で、「これは個人的な支出ではないか」と思うものが出てくることもあります。しかし、いざ社長と1対1で向き合っていると、特に若手の会員先生や職員さんは、「これを指摘したら社長の機嫌を損ねるかもしれない」と納税意識の低さをストレートに指摘できない等、心が揺らぐ場面が少なくないと思うのです。巡回監査の現場はその連続です。
もちろん、「これは適法ではありません」と頭ごなしに言うのではなく、なぜ問題なのか? どういった影響が起きうるのか等、相手に納得していただけるように説明することが重要です。そこでは常に自分自身が試されているということです。
だからこそ、私たちは、租税法律主義に基づいて、「一円の払いすぎた税金なく、一円の払い足らざる税金なかるべし」という確固たる信念、価値判断の基準を柱として自分の中にしっかりと立てておかなければなりません。その柱がなければ、現場の葛藤の中で無意識のうちに安きに流されてしまいます。
したがって、飯塚初代会長がおっしゃったように「われわれ職業会計人には宗教的信念が不可欠」であり、「税理士の精神的独立性が不可欠」なのです。
その点を、髙橋和尚が入会セミナーや原点の会を通じて分かりやすく解説してくださっていることには大きな意義がありますし、大変ありがたいことです。
「自利利他」、税理士の精神的独立性を次世代につないでいきたい
──AIなどの急速な進展は、現代社会に飛躍的な利便性をもたらす一方で、そうした激変に息苦しさや難しさを感じる若い世代も増えているようです。そこで、次世代を担う若手の会員先生、職員さんに向けて、アドバイスをいただけますか。
髙橋 「自利トハ利他ヲイフ」の「自」とは、真の自分です。生涯追求し続けなさいと飯塚初代会長は言われました。「他」は「自」以外のすべてであり、「利」は仏の教えに従って得られる本当の幸せです。例えば、坂本会長がよく講演などでおっしゃる話ですが、業務の中で、ふと「休日のお子さまランチの領収書を経費に計上しようとしている場面に出くわした時、自分はこんなことを許して仕事をしていていいのか」とハッと気づく。そこを絶えず自分に問い続けることです。言葉だけでなく、心から心へ伝わるものを大事にし、他者の幸せを作りたくなる自分になっていくことが「自利利他」なのだと思います。私もそういう人間になりたいと、ずっと思っています。
坂本 道元禅師の『正法眼蔵(しょうぼうげんぞう)』※(発菩提心の巻)には「自未得度先度他(じみとくどせんどた)」という言葉があります。これは髙橋和尚から教わった言葉で「私は未熟ですが、それでもあなたの手助けをしたい」という意味であると解釈しています。「自利利他」に関して、私はまだまだ修行中の身ですが、「自未得度先度他」であれば実践できると思い、この言葉に救われています。関与先はもちろんのこと、同業の先生や職員など、取り巻くすべての人たちを、本当の幸せに導いてあげたい。
その繰り返しの中で職業人生を全うしていく。日々の業務を実践していく中で最も身に染みている言葉です。
──最後に全国のTKC会員に向けて、メッセージをお願いします。
髙橋 若い世代の皆さんには、飯塚初代会長や坂本会長の書籍を、「分からなくてもいいから、まずは風に当たるつもりで」開いて読んでほしいと願っています。
そこから必ず、自分を磨く何かが始まるはずです。私は引き続き自分に残された時間を使って、飯塚初代会長のお言葉を「入会セミナー」や「原点の会」を通して、全国のTKC会員の先生方へ広めることに力を注いでまいります。
坂本 髙橋和尚との邂逅は私にとって、本当にありがたいご縁でした。そして何より、髙橋和尚は私にとって、今でも「師」のような存在です。
私がここまで歩んでくることができたのも、髙橋和尚をはじめ、多くの皆さんの教えのおかげなのです。髙橋和尚がおっしゃる精神的独立性をTKC全国会の羅針盤として次世代へとつないでいくことを、改めて誓いたいと思います。
本日は、貴重な対談をありがとうございました。
※『正法眼蔵(しょうぼうげんぞう)』とは、鎌倉時代の禅僧・道元禅師(1200–1253)による仏教思想書であり、曹洞宗の根本教典とされる。仏法・時間・存在・修行をめぐる思想が独自の表現で記されている。
(構成/TKC出版 米倉寛之)
髙橋宗寛(たかはし・そうかん)氏
1951年7月4日岩手県生まれ。東京農工大学を卒業後、(財)全国青少年教化協議会へ就職。1979年3月、龍源寺の松原泰道・哲明両和尚の許で得度。神戸・祥福寺での修行を経て、臨済宗妙心寺派布教師として鹿野山国際禅道場で坐禅指導。1984年10月より、妙性寺住職。1994年全国会中央研修所顧問に就任。2013年に第21回飯塚毅賞受賞。1995年4月7日にスタートした第1回TKC全国会入会セミナーより現在まで、30年以上にわたり講師を務め、また、全国各地で開催されている「原点の会」を通して、「自利利他」の理念を多くの新入会員に伝えられている。
(会報『TKC』令和8年5月号より転載)