トップ対談
地域企業の持続的発展に向けて──経営者の想いを金融機関に直接届ける「決算報告会」
鼎談「顔の見える関係」企画
秋野哲也 常陽銀行頭取 × 坂本孝司 TKC全国会会長 × 増山英和 TKC関東信越会会長
茨城県水戸市に本店を構える常陽銀行は、長年にわたりTKC全国会・TKC関東信越会・株式会社TKCと、トップ対談やTKCモニタリング情報サービス(MIS)等を通じて連携を深めてきた。地域金融機関との「顔の見える関係」構築が一層求められる中、常陽銀行秋野哲也頭取を、坂本孝司TKC全国会会長と増山英和TKC関東信越会会長が訪問し、中小企業の金融円滑化に向けた取り組みについて意見を交わした。当日は、営業・融資の現場を担う小松崎光一専務、植田優人常務、地元茨城支部の幹部会員も同席した。
進行 TKC出版社長 内薗寛仁
とき:令和7年8月4日(月) ところ:常陽銀行本店

左から、坂本孝司 TKC全国会会長、秋野哲也 常陽銀行頭取、増山英和 TKC関東信越会会長
地元茨城への想いからバンカーの道を志した
──本日は、ご多忙の中、常陽銀行の秋野哲也頭取に坂本孝司TKC全国会会長と増山英和TKC関東信越会会長との鼎談の時間を作っていただき、ありがとうございます。中小企業を取り巻く関係者間の「顔の見える関係」構築に向けて、さまざまなテーマで語り合っていただきたいと思います。
坂本 常陽銀行とは大変長いお付き合いで、笹島律夫前頭取とも対談させていただきました。またここに来られたことをありがたく思います。本日は、地域会会長を交えての金融機関トップとの鼎談企画第二弾として、秋野頭取にご登場いただくことができました。
増山 秋野頭取には日頃から大変お世話になっております。せっかくの機会なので、本日はTKC全国会原田伸宏副会長、そして茨城支部長の湯原拓会員、茨城支部中小企業支援委員長の常行卓朗会員も同席いたします。
秋野 増山先生、原田先生をはじめ、TKC会員の先生方にはいつも大変お世話になっております。本日はよろしくお願いします。
──最初に、秋野頭取が常陽銀行入行後のご経歴などをご紹介いただけますか。

秋野哲也頭取
秋野 私は1986年4月に入行したので、ちょうど今年で40年目になります。就職活動では、地元茨城への想いから、バンカーの道を志し、当行に縁をいただきました。営業店を4カ店ほど経験し、最初の配属先は、日本橋堀留町の店舗でした。
その後は小山支店、日立支店、下妻支店等で経験を積み、下妻支店長、リスク統括部長、人事部長などを経て、現在に至ります。バンカーとしての経歴は、現場よりも本部の方がやや長くなりました。
坂本 現場でご経験を積まれた上で、本部でご活躍されていらっしゃるという理想的なロールモデルですね。ところで、貴行は今年で創立90周年を迎えられると伺いました。誠におめでとうございます。
秋野 ありがとうございます。当行は常磐銀行と五十銀行が1935年に合併して設立されました。この2行が銀行免許を取得したのが明治のはじめである、1878年ですから、比較的歴史の長い地方銀行になります。
現在、茨城県の人口は約280万人で、当行には約220万の稼動口座があり、多くのお客さまに預金をいただいております。
90年の歴史の中で培ってきたこの「信用」こそ、当行最大の財産であり、プライドでもあります。これをベースに、10兆5,000億円ほどのご預金をいただいており、1%ほどの利鞘で運用することで、毎年およそ1,000億の粗利益を生み、加えて、手数料収入が約240億円となりますので、毎年約1,240億円の粗利益を安定的にもたらす経営体質となっております。
現在は創立100周年を見据え、地域への恩返しの意味も込めて、本年4月1日から、めぶきフィナンシャルグループとして、第4次グループ中期経営計画をスタートさせています。当行の経営理念である「健全、協創、地域と共に」を胸にこれからも取り組んでいく所存です。
なお、この中期経営計画では、主に「社会課題解決戦略」、「事業ポートフォリオ戦略」、「経営基盤強靭化戦略」の三つの戦略に基づいて、地域社会の持続的発展への貢献を目指しています。
特にわれわれが日々取引させていただいている事業者の皆さまが、付加価値額を増大し、大きな経済効果を生み出せるよう、ご支援してまいります。

坂本孝司
TKC全国会会長
坂本 地元中小企業の付加価値額を増大していくという姿勢は素晴らしいですね。私もよく申し上げることなのですが、われわれ税理士は、関与先企業に対し、マクロ的な支援策ではなく、100社あれば100通りの経営支援、いわばミクロ的な支援が重要だと訴えています。
TKC全国会では「会計で会社を強くする」中小企業の増大と、その結果としての付加価値額(限界利益額)の増大を目指して中小企業支援に取り組んでいます。ぜひ金融機関の皆さまと力を合わせて、中小企業の付加価値向上の支援に努めていきたいと考えています。
秋野 そのためには売上をいかに上げていくかが重要で、ただ単にコストを上乗せする価格転嫁ではなく、お客さまにとって価値あるものを提供することが、何より重要になりますね。
粉飾決算が増える中、MISの価値がより高まっている

常陽銀行の概要
本店所在地:茨城県水戸市南町2丁目5番5号
資本金 :851億円
創立 :1935年(昭和10年)7月30日
従業員数 :3,007人
店舗数 :国内181店、海外4駐在員事務所
総資産 :13兆827億円
預金 :10兆4,571億円
貸出金 :7兆7,330億円
自己資本比率:連結 12.59%(国内基準)
単体 12.47%
経営理念 :健全、協創、地域と共に
(2025年3月31日現在)
──常陽銀行さまにおかれては、「TKCモニタリング情報サービス(MIS)」第一号のユーザーとして、サービス提供直後の平成28年10月から、積極的にご活用いただいておりますこと、心より感謝申し上げます。
MISを発案した飯塚真玄TKC名誉会長から、その誕生のきっかけの一つに貴行の寺門一義第10代頭取とのやり取りがあったと聞いております。また、本年6月に金融庁が公表した「金融機関における粉飾等予兆管理態勢の高度化に向けたモニタリングレポート(2025)」からも粉飾決算が増加している傾向にあると窺えますが、その点についても見解をお聞かせください。
秋野 前任の笹島が「オープンAPI(銀行と外部の事業者との間の安全なデータ連携を可能にする仕組み)」の企画・開発を担当していた際のご縁がきっかけと承知しています。MISは、融資先企業の予兆管理に最適なシステムであり、当行としても、もっとその利用を促進していきたいと考えています。
粉飾決算については確かに一定数存在しています。私自身、以前ある支店の課長を務めていた際、たまたま部下の融資担当者が休みをとっていたときに、本部から決算書提出の要請があり、代わりに送付したところ、本部からの指摘で粉飾決算が判明した、という苦い経験があります。
ですから、MISによって提供されるTKC会員による信頼性の高い決算書は、われわれとしても安心して活用できます。
加えて、決算書の財務データ登録においても効率化が図られており、その前提として信頼性の高い決算書のデータが活用できるという点が大きなメリットになっています。また、われわれが融資先企業の経営支援において、決算書などの財務情報をチェックすることは当然ですが、その他の非財務情報をどれだけ知ることができるかも重要であり、その点、書面添付制度等で非財務情報を提供いただける点もとてもありがたく感じています。
坂本 私が昭和56年4月に浜松で会計事務所を開業した頃、関与先企業を支援していく上で、そのメインバンクである金融機関とわれわれ顧問税理士との連携はまだまだ進んでいるとは言えない状況でした。ときには「税理士が作成した決算書をわれわれは信頼していない」と言われることもありましたから、MISを積極的にご活用いただけるような状況になり、大変うれしく思います。
植田 先ほど申し上げた通り、現在においても税務署に提出したものとは異なる決算書を提出され、粉飾決算を行う企業もありますから、MISによってTKC会員の先生方から信頼性の高い決算書を提供いただけるのは、大変ありがたいことです。また、融資先企業の格付けにも非常に有効です。
実務的には営業店がお客さまのもとへ決算書を受取にうかがう時間が省けますし、税務申告書提出時に同じ内容のものが届きますので、正確性も担保されています。粉飾決算を行う企業は、税務申告書を金融機関に提出しない企業が多いですから。
当行においてはTKC会員の先生方による関与先企業は多数ありますが、そのうち約2,500社でMISをご利用いただいています。
さらに、今後も利用者数を増やすためにTKC会員の先生方と連携を強化してまいりたいと考えています。
秋野 MISという手段はもとより、TKC会員事務所が作成する決算書は、皆さまが関与先企業に対して月次巡回監査を実施し、その積み重ねが反映されているという信頼性の高さが極めて重要だと考えています。
坂本 われわれTKC会員は、関与先企業に対し、適時に正確な会計帳簿作成を指導し、月次巡回監査を通して、正確性や適法性を確認します。それらが集約された結果が決算書であり、それをもとに税務申告書を作成します。いわば、証憑書から税務申告書まで一気通貫で作成しています。
また、これは貴行へのお願いになるのですが、MISで信頼性の高い決算書を提供している融資先企業の経営者を褒めていただけないでしょうか。金融機関の皆さま方から「立派な会計事務所さんに見ていただいていますね」と経営者の方にお伝えいただくことで、「会計で会社を強くする」ことに真摯に取り組んでいる経営者や、それを伴走支援している顧問税理士が報われます。
増山 MISの積極的な活用は資金調達力の向上につながります。われわれも常日頃から経営者の方々へ「しっかり会計帳簿を作成し、立派に経営に取り組まれていますね」とお伝えしていますが、同じように金融機関の皆さまからお伝えいただくことで、より、経営者に響くと思います。
M&Aは、地域経済を筋肉質にする手段の一つ
──中小企業の事業承継や成長支援においては、「M&A」が重要なテーマの一つです。中小企業の後継者不足が進む中で常陽銀行さまではどのようにM&Aを活用されていますか。
秋野 M&Aについて、われわれは内部でチームを組んで取り組んでいますが、ともすると「成約して報酬を得る」という近視眼的な発想に陥りがちです。ただ、本質はそこではありません。企業をよくしていくための方法論であって、地域経済全体を筋肉質にしていくための一つの「手段」なのです。
坂本 われわれ顧問税理士も、事業承継の支援を通じてM&Aに関わることが増えていますが、重要なことは単なる売買ではなく、企業の存続や持続的な発展、雇用の維持が目的であるという点です。

増山英和
TKC関東信越会会長
増山 実際、事業承継の現場では、親族内承継が難しいケースも多く、M&Aが現実的な選択肢になることもあります。ただ、顧問税理士が事業承継に必要な専門的知識がないと、なかなか話が進みません。TKC全国会では、特例事業承継税制対応プロジェクトなどを通じて、そうした専門知識の習得や事例共有などを通じてスキルアップに努めています。実は、私自身、そのプロジェクトのサブリーダーであり、率先して関与先企業の事業承継に取り組んでいるところです。
小松崎 県内には同業種の企業が多数存在しています。今後さらなる発展のためには、M&Aが不可欠となる場合もあります。その際、財務デューデリジェンス(※)を実施するわけですが、そこでは相手企業の決算書が信頼できるかどうかが非常に重要になります。TKC会員事務所の月次巡回監査を受けている企業であれば、われわれも自信を持って支援できます。
秋野 力のある企業を地域に残すという視点で見れば、M&Aは極めて有効な手段です。あくまでも目的は報酬ではなく、地域の経済基盤を強くするということです。そのためには、ヒト・モノ・カネの集約も必要ですし、地元企業同士でのマッチングが理想です。
増山 M&Aについても、やはり、地元の金融機関と顧問税理士が連携して、企業の実態を理解した上で支援することが、地域経済の活性化につながると思います。
※財務デューデリジェンス…
対象企業の財務状況を詳細に調査し、潜在的なリスクや課題を評価する重要な手続きのこと
企業を選定した上で、「決算報告会」に金融機関が同席する意義
──TKC会員事務所では、中小企業の実態に即した会計ルールとして、2012年2月に公表された、「中小企業の会計に関する基本要領(中小会計要領)」に準拠した信頼性の高い決算書を作成することに努めています。これは、企業の財務状況を正確に把握し、金融機関との円滑な連携を図るための基盤となるものです。
具体的には、日本税理士会連合会が作成した『中小会計要領チェックリスト』を決算書に添付し、金融機関に提出するように努力しています。本チェックリストの添付の有無で、決算書の信頼性を識別することができ、金融機関の皆さまによる融資判断に役立つ資料となると考えています。
また、中小企業等経営強化法の告示によって、「中小会計要領等に拠った信頼性のある計算書類等の作成及び活用を推奨」している点についても、あらためてご認識いただくことも重要だと考えています。
坂本 そうした中小会計要領に準拠した信頼性の高い決算書を共通の言語として、経営者と対話する「決算報告会」の開催を金融機関の皆さまにご提案しています。「決算報告会」とは、経営者が自社の決算内容や来期の経営計画について、顧問税理士や金融機関の担当者と共有・対話する場です。単なる数字の報告にとどまらず、企業の課題や展望、経営者の本音などを聞くことで、対話へとつながり、より信頼関係を深めることができます。そこで重要なことは、金融機関の皆さまから見て、「決算報告会」に参加してみたい融資先企業や、今後取引をしたい優良な関与先企業などを選定して実施することです。「決算報告会」で経営者からの決算報告に基づき、来期の設備投資の話が出た際に、メインバンクが同席していれば、その場で資金ニーズが把握できるなど、非常に効率的かつ効果的な機会になると思います。
増山 例えば貴行の融資先、あるいは今後取引関係を構築したいと考える地元企業を選定し、茨城支部のTKC会員と連携して「決算報告会」に参画される、というのはいかがでしょうか。
秋野 経営者の想いを共有できる貴重な機会ですし、われわれ金融機関としても、支援の精度が格段に上がることが期待できる、とてもありがたいご提案です。
坂本 先ほども申し上げましたが、この「決算報告会」の対象は、すべての関与先(融資先)企業ではない、という点がポイントです。予兆管理など特に気になる企業や、取引がなくとも、今後、関係を構築していきたい優良企業等に絞り、顧問税理士とともにご参加いただくことを想定しています。経営者自ら決算内容を語り、来期の計画を示すことで、金融機関も会計事務所も一体となって支援できる。これが理想の形だと思っています。
増山 私の関与先企業における事例をご紹介します。その関与先企業は、毎年、「決算報告会」を、メインバンクである常陽銀行さまの支店長と担当者のほか、関与先企業の役社員など、利害関係者を集めて開催しています。最初は経営者が自社の決算内容について30分も話せなかったのですが、年々経験を積まれるごとに熟達され、今では2時間にわたって自社の決算内容や、来期の経営計画などを語ることができるようになりました。
はじめは債務超過で赤字の企業でしたが、月次巡回監査で月次試算表を提供し、予算と実績を対比することで財務経営力を高め、メインバンクからもスムーズな資金調達を得るまでになった好事例です。
さらに、先ほど坂本会長から説明があった通り、「決算報告会」を通じて設備投資の必要性が明確になり、支店長と担当者が即座に対応し、融資に結びついたことで、企業は大きく成長を遂げました。経営者は当初、会計の話が苦手でしたが、今ではパワーポイントをふんだんに使って語れるようになり、会計リテラシーの向上が、企業の成長力に直結していることを実感しています。
小松崎 当行の営業店の法人担当者の半分以上が5年目未満の若手行員です。彼らが企業の現場を見て、「決算報告会」に参加し、経営者と対話することで、金融の本質を学ぶ。これは行内の教育面からも非常に価値があります。
植田 会計リテラシーが高い企業の姿勢は、われわれ金融機関にとっても非常にありがたいです。決算報告会を通じて、数字の背景にある実態を理解できる。
現場を担当する若手行員にとっても、経営者の話を直接聞くことは大きな学びとなります。
秋野 現場の担当者が、社長の言葉を聞いて、企業の課題や方向性を肌で感じる。これは格付けや的確な融資判断にもつながりますし、何より、融資先企業の経営者と顧問税理士との信頼関係が築ける。地域経済発展の要と中小企業金融の本質は、そこにあると思っています。

「地域企業の持続的発展」という共通目的に向け、ともに未来を作ろう

出席者(敬称略)
◎常陽銀行
秋野 哲也 取締役頭取
小松崎光一 取締役専務執行役員
植田 優人 常務執行役員
◎TKC全国会
坂本 孝司 会長
原田 伸宏 副会長
◎TKC関東信越会
増山 英和 会長
湯原 拓 茨城支部支部長
常行 卓朗 茨城支部中小企業支援委員長
◎TKC
松本 祥彦 TKC全国会事務局課長
中嶋 貴志 茨城SCGサービスセンターセンター長
坂本 TKC全国会では「三現主義」と言って、「現地(現場)」「現物(証拠)」「現人(顔の見える関係)」を重視しています。この三現主義が月次巡回監査の本質であり、現場に行き、社長の顔を見て、実際の設備や商品を確認する。これが何よりも重要だととらえています。
その集大成が、「決算報告会」ですので、ぜひ、そうした機会を、金融機関の皆さまには活用していただきたいと考えています。
秋野 今後、どの融資先企業に対して、どのような形で「決算報告会」に同席させていただくべきか。TKC茨城支部の先生方としっかりお話しながら対象企業を選定していきたいですね。まずは数社でトライアルを行って、実効性を確認したいと思います。
増山 常陽銀行さまとの取り組みでの成功事例を示すことで、全国の金融機関に波及させていきたいですね。われわれも全力を尽くしますのでよろしくお願いします。
秋野 地域の企業が元気になることが、銀行の成長にも直結します。だからこそ、こうした取り組みを本気で進めていきたいと思っています。これからも地域の皆さまとともに歩むためにも、TKC会員の皆さまとも連携しながら、持続可能な経済を築いていければと考えております。
坂本 地域企業の持続的発展という共通の目的のために、金融機関と顧問税理士が力を合わせれば、より多くの企業が前向きな未来を描けるはずです。われわれも、現場で汗をかきますので、地域とともに未来を作っていきましょう。
(構成/TKC出版 米倉寛之)
秋野哲也(あきの・てつや)氏
1963年茨城県那珂郡瓜連町生まれ。慶應義塾大学経済学部卒業後、1986年に常陽銀行入行。営業統括部次長、下妻支店長、リスク統括部長、人事部長、執行役員経営企画部長、取締役常務執行役員等を経て、2022年4月常陽銀行取締役頭取、6月にめぶきフィナンシャルグループ取締役社長に就任。
(会報『TKC』令和7年10月号より転載)