書面添付実践

TKCビジネスモデルを徹底実践して「書面添付全件実践」の原則を中堅企業にも貫く

【書面添付実践会員インタビュー】望月慎一郎会員(静岡会富士支部)
望月慎一郎会員

望月慎一郎会員

平成20年の開業以来、TKC方式の自計化と書面添付実践に基づく関与先支援を忠実に実践している望月慎一郎会員。その姿勢は全関与先に例外なく貫かれており、このほどある中堅企業の関与先が意見聴取の結果、調査省略となったという。「基本を大事にしてTKCシステムを徹底活用すれば、中堅企業の書面添付実践も怖くない」と語る望月会員に、推進のポイントを聞いた。

顧問契約時に「方針書」を提示してTKC方式の自計化と書面添付を推進

 ──望月先生は、税理士になる前は会社員だったそうですね。

 望月 はい。大学時代は千葉で過ごしましたが(千葉大学)、「地元に帰ってくるなら車買ってやるぞ」という父の言葉に乗せられて(笑)、故郷の静岡県富士市に戻ってガス給湯器メーカーに就職しました。仕事は充実していたのですが、「自分が辞めても替えが利くな」という思いが強くなってきて……。「替えが利かない、一生の仕事をしたい」と考え、4年ほどで退職。そこから簿記を勉強して、税理士を目指すようになりました。

 ──「替えが利かない仕事がしたい」と思われた背景は?

 望月 うちは両親をはじめ、親戚も含めて一般的な会社員はおらず、ほとんど学校の先生なんです。父方の祖父は教育長、母方の祖母は教頭先生を務めていました。教育者も替えが利かない仕事ですから、教育者家系の影響はあるかもしれません。ちなみに私の弟も公認会計士で、監査法人系の税理士法人でパートナーになっています。

 ──平成20年に開業され、現在では関与先95件に対して自計化割合は98%、書面添付実践割合は約8割とお聞きしました。推進のポイントは何でしょうか。

 望月 顧問契約の前に「望月会計事務所方針書」をお渡しして、うちの事務所がどういう方向を目指しているのかということを、きっちりお伝えしていることが大きいと思います。顧問契約はTKC方式の自計化を前提としていますし、記帳代行をお願いされたらお断りしていますね。
 この時、巡回監査の実施とあわせて必ず書面添付についてもお話しします。特に、年商規模が大きい企業や老舗企業では、税務署と税理士との関係性を気にされる方も結構いらっしゃいますので、「いまは、『税務署に顔が利くかどうか』で税理士を選ぶ時代じゃないんです。税務署の信頼を得られる法的な手段が、きちんとあるんですよ」とお伝えします。
 そうすると必ず興味を持っていただけるので、「月次巡回監査体制がしっかりできたら、申告時、税理士法第33条の2第1項に基づく書面を申告書に添付して税務署に提出します。これはいわば、税務署への申告内容説明書。この書面が申告書に添付してあると、税務署側で何か疑問があった場合には、意見聴取といってまず税理士に意見を聞かなければならないこととされています。基本的にこの意見聴取で疑問が晴れれば、税務調査は省略されます。ちなみに私は今までに意見聴取を4回受けて、すべて調査省略になっています」とお伝えする。これが顧問契約時の決めゼリフです(笑)。
 特に、中堅企業や老舗企業では税務調査を経験しているところが多いですから、税務調査に対して不安な思いを抱いている方も少なくありません。そうした方には、特に書面添付制度は大きな安心材料になるようです。

「書面添付全件実践」を原則として「できない理由」を一つずつ減らしていく

 ──事務所内で書面添付の実践を定着させるコツを教えてください。

事務所写真

東海道新幹線新富士駅より車で15分の市道吉原沼津線沿いに位置する新事務所(上)は、平成30年9月に移転・新築したばかり。
2階の執務室はペーパレス化を推進し、フリーアドレス制を導入(下)。

 望月 実は開業数年は「できるところから実践しよう」という考え方だったのですが、それを「全件実践」を原則として、「できない理由」を明確にして減らしていくという方針に変えたことが大きいと思います。
 もともと私はTKC会員事務所に勤めていて、職員時代から書面添付を実践していました。ですから開業後も実践していたのですが、実践率が4割くらいになった頃から件数が伸び悩んだんです。そうした時、TKC静岡会沼津支部の齋藤保幸先生から「考え方が逆だよ。『できるところから』じゃなくて、全部やる。その上でできない理由を一つずつ減らしていけば、8割くらいはできるようになる」と励まされて、「あ、そうか」と腑に落ちたんです。
 結局、「できるところから」という方針だと、職員も自分で「ここは大丈夫」「ここはまだ無理かな」と判断してしまうんですよね。「全件実践」が事務所の基本方針であれば、職員もやらざるを得ない。そうすると自分なりに工夫してくれるようになります。発想を変えれば、行動も違ってくるんです。
 しかも、書面添付ができない場合には、書面添付推進責任者の職員が作ってくれた「不書面添付理由書」に「書面添付ができない理由」を書かなくてはならず、「どうしたらできるようになりますか?目標はいつですか?」と、推進責任者の職員と私から、実践できるまでずっと追いかけられる羽目になりますから、嫌でしょう(笑)。でも、「理由書」で「できない理由」をしっかり明確にして、一つずつ対応していけば、数年後には自ずと実践できるようになります。
 それに書面添付は、税理士にしかできない業務です。お客さまは、自計化して毎月の巡回監査を受けてくれているわけですから、そのお客さまの毎月の努力を、税理士としてしっかり書面添付で示して、正しい決算書・申告書であることを保証してあげたいですよね。せっかく、自計化・巡回監査の体制ができている企業に対して書面添付をしないのは、税理士として不誠実なのではないかと思っています。

国税局の税務調査をきっかけに中堅企業のガバナンス強化を徹底支援

 ──「書面添付全件実践」の原則は、中堅企業に対しても例外なく貫かれているとうかがいました。具体的な事例を教えていただけますか。

 望月 代替わりをきっかけに、平成23年から関与している年商50億円の建設業ですが、先代経営者の時には数年に1回の頻度で税務調査があったそうです。比較的規模が大きく、先代も豪快な性格で、業種的にも調査対象になりやすかったのでしょう。私が関与してから2年後の平成25年、名古屋国税局資料調査課の調査がありました。資料調査課の方は2人くらいでしたが、税務署の特別部門の方も含め総勢10人くらいの調査。実は、先代経営者の時に従業員不正のようなものがあり、それに関連した調査だったようです。1週間以上にわたって下請け企業や外注先、従業員への聞き取りも徹底的に行われました。
 ただ現社長は、不正があったことに対して非常に悔しい思いをされていたんですね。そこで「この経験をきっかけに、一緒に不正が起きない仕組みを作って、会計面ももっときちんと整えてガバナンスを強化しましょう。その代わりに、私も書面添付でその旨をしっかり情報開示しますから」とお約束したんです。
 まずは業務フローを見直して、例えば会社の資材を一切外部に持ち出さないようにするなど、内部牽制ができる仕組みを一つひとつ整えていきました。そして会計面では、FX4クラウドの仕訳連携機能を徹底活用して、計上ミスや漏れがないようにしました。この企業の月の仕訳数は1500くらいあり、なるべく連携できるところは連携して、経理事務の省力化と合理化をさせてあげたかったんです。例えば、外注先からの請求書には「支払依頼書」といったような明細が付いている場合がありますので、それを読み込めば連動して仕訳が起きるようにするなど設計を見直していきました。

 ──月次巡回監査はどのように?

 望月 FX4クラウドは事前確認が可能ですから、巡回監査日の数日前~前日に、細かな課税区分のチェックを終わらせます。そして修繕費や金額の大きな取引など、巡回監査で重点的に見るポイントを把握。巡回監査は私と担当職員の2人で行き、巡回監査支援システムを活用します。複数人監査ができますから、仕訳の全部監査をしても4~5時間で終了できるようになっています。

意見聴取ではFX4クラウドと巡回監査支援システムをフル活用

 ──一連の経営改善の「総仕上げ」として、書面添付を実践されたわけですね。

 望月 税務調査があった翌年、平成26年から書面添付を実践していますが、正直に言えば、最初は怖かったです。年商規模も大きいですし、従業員も取引先も外注先も多いですから、必然的に取引の流れも複雑で確認できない資料も多くなる。だからこそ、「自分が見ていないもの、実施していないことは絶対に書かない」という書面添付の基本を何より大事にしました。企業の業務フローや取引の流れ、どんな書類があるかきちんと把握した上で、「何の書類をチェックしたか」ということを明確に記載するようにしました。
 そして調査から5年後の平成30年、意見聴取がありました。このときはパソコンを持参して、相当気合を入れて臨みました(笑)。意見聴取では過去の不正のことについても質問がありましたので、企業が取り組んでいる不正の防止策や、その後の顛末(該当社員への懲戒処分など)についてもきちんと説明しました。
 それから、「支払手数料と交際費が多いのでは」との指摘を受けましたので、「支払手数料に関しては、今期は複数の行政手続きが必要だったため、その手数料がかかっています。交際費に関しては、『取引先の誰と何人で行ったか』まで全て摘要に書いてありますので、ご覧ください」とFX4クラウドの画面をお見せしながら背景を説明していきました。
 そうしたら「企業のことをしっかり把握されているんですね。先生は普段どんな関与をされているんですか」との言葉。「ここだ!」と思って(笑)、今度は巡回監査支援システムの画面をお見せしながら、2人体制で毎月巡回監査を行い、添付書面に書かれている書類と現場ですべて突合している──ということを確認していただきました。その後はすんなり終わり、いくつかの資料の提出を求められただけ。数日後に「調査省略通知」を頂くことができました。FX4クラウドと巡回監査支援システムの画面を直に見ていただいたことが、調査省略となる大きなきっかけだったように思います。

「調査は必ずある」との認識の先代から「調査省略されるなんて」と驚きの電話

 ──以前の調査履歴があるだけに、担当官の方もきっと驚かれたでしょうね。

「創業10周年感謝イベント」

平成30年9月21日に富士商工会議所で行われた「創業10周年感謝イベント」。経営支援セミナーを兼ねた同イベントには、関与先経営者・金融期間関係者等約100名が参加。

 望月 一番びっくりしていたのは企業さんでした。特に、先代経営者である会長さんと会長の奥さまは、「3~4年に1回は必ず調査があるもの」という認識だったようで、「調査省略なんてことがあるんですか」と、驚きのお電話をいただきました。社長もすごく喜んでくれたので、平成30年9月に開催した事務所の10周年記念イベントで「書面添付連続提出表敬状」の授与を行い、調査省略になった経緯についてスピーチしていただきました。同じ経営者のお話は非常にインパクトがあったようで、まだ書面添付が実践できていないお客さまから「うちも書面添付したいのですが」というお声をいただくようになりました。
 また、「規模の大きな会社にも書面添付ができて、しかも調査省略になった」という事実は、事務所内にも良い影響をもたらしてくれました。もともとうちの職員はよく頑張ってくれていましたが、自分たちの業務品質に大きな自信と確信を持てるようになったようです。事務所全体で「質の高い書面添付を実践しよう!」という雰囲気がより高まったのもうれしい効果ですね。

中小企業の黒字化に貢献できる地域ナンバーワンの事務所を目指したい

 ──現在の課題を含め、望月先生の夢や目標についてお話しいただけますか。

 望月 最近は若い経営者でも、成功したらすぐに事業を売却する人が増えています。これは、放っておけばお客さまはどんどん減っていってしまうので、関与先拡大は課題の一つですね。それから人材採用。良いお客さまを獲得するよりも、良い人材を獲得するほうが難しい時代になってきたと思っています。いつ、どんな縁でうちの職員になってくれるか分かりませんので、一つひとつの出会いを大事にしていますし、事務所HPに税理士受験生向けのコンテンツを追加して、税理士業界のことをイメージしやすいように工夫しています。
 目指す事務所の理想像は、お客さまにとって本当に役立つ良いサービスを提供して、替えの利かない地域ナンバーワンの事務所。具体的に言えば、黒字化に貢献できる事務所です。黒字でなければ、納税も成長もできませんからね。今の黒字割合は約7割なので、8割超を達成したいと考えています。また、労務管理や人材教育を含め、中小企業のモデルになるような経営をしていきたい。従業員の給料も地域で一番高く払える企業になりたいし、成長スピードも一番早い事務所にしたい。税理士としてはもちろん、経営者としても一流になりたいと考えているんです。
 もう一つ、税理士業界全体でしっかりとした信念を持った税理士が増えてほしいと思います。それこそ、一生懸命受験勉強をしてせっかく税理士になったのですから、書面添付を標準業務として実践できる税理士が増えればいいなと。その意味では、TKC全国会には高い目標を持った先輩や仲間がたくさんいるので、良い環境に自分の身を置ける。仲間と一緒に切磋琢磨して、優良・老舗企業にふさわしい税理士になって、もっともっと地域に貢献していきたいと思います。


望月慎一郎(もちづき・しんいちろう)会員
望月慎一郎税理士事務所
 静岡県富士市中里443-7

(TKC出版 篠原いづみ)

(会報『TKC』平成31年2月号より転載)