経営改善計画策定を支援するTKC会員紹介の申込みコーナー

「経営改善計画書」作成が中小企業36万の命運を決める

経営コンサルタント 久保田博三氏 ◎経営コンサルタント 久保田博三氏に聞く

 昨年末施行された「金融円滑化法」。中小企業等の借入金返済の負担軽減を謳ったこの法律は、当時“モラトリアム法”などと呼ばれ世間から多くの耳目を集めた。それがいま、改めて注目されている。同法に基づき中小企業等が申請を行った約48万1000件のほとんどで、負担軽減の条件である「1年以内の経営改善計画書の提出」が困難と予想されているからだ。中小企業金融に詳しいコンサルタントの久保田博三氏は、「このままではたいへんなことになりかねない」と警鐘を鳴らす。久保田氏に問題の背景と経営改善計画策定のポイントを聞いた。

プロフィール
くぼた・ひろみ●昭和48年青山学院大学法学部卒業。同年朝日信用金庫入庫。本店融資部次長、支店長、審査部長などを歴任。平成19年、K・ビジネスソリューション代表就任、株式会社ファインビット顧問。中小企業診断士、宅地建物取引主任者。主な著書に『地域活性化と融資先ランクアップ事例集』(銀行研修社)『こう変わる!中小企業の資金調達』(ダイヤモンド社)等がある。

円滑化法施行でリスケが急増

――まずは「金融円滑化法」(中小企業者等に対する金融の円滑化を図るための臨時措置に関する法律)の内容と、同法が施行された背景からご説明いただけますか。

久保田 金融円滑化法とは、資金繰りが苦しくなった中小企業や住宅ローン利用者の負担を軽減するため、金融機関に対し融資先の返済条件の変更(リスケジューリング、通称リスケ)などに努めるよう定めた法律です。
 リーマンショック以降、日本の経済情勢や雇用情勢が急激に悪化し、これによって借入金返済が重い負担となり金融機関にリスケを求める中小企業などが増加しています。そうした状況を受け昨年12月4日に、平成23年3月末までの臨時措置法として同法が施行されました。

――当時は「モラトリアム法」「平成の徳政令」などとずいぶんマスコミでクローズアップされました。資金繰りに窮している中小企業にとってはありがたい法律といえるのではないでしょうか。

久保田 そう単純に言い切れません。順を追って説明しましょう。
 まず、金融庁が定めた「金融検査マニュアル」、これは金融機関が融資の際などに守らなければならないルールブックのようなものですが、それが金融円滑化法の施行に併せて改訂されました。そこには、条件変更を実行した日から最長1年以内に融資先に実現性の高い抜本的な「経営改善計画」(通称「実抜計画」)の策定見込みがあれば、金融機関はその融資先を不良債権にしなくてもよいといった趣旨のことが書かれています。
 この「最長1年以内」というのがくせ者です。以前は、企業はリスケ交渉の際に金融機関に経営改善計画書を提出しなければなりませんでした。企業に今後の業績回復と借金返済の目途を改善計画書として提出させ、これを見て金融機関がリスケを実行するのが基本だった。それが改訂されて、条件変更が先で計画書提出は1年間の猶予が与えられたのです。
 この金融検査マニュアルの改訂と金融円滑化法の施行によって、いま膨大な数のリスケ申込みが一斉に金融機関に持ち込まれています。金融庁のデータによれば、施行日から今年の3月末までに実に48万1367件の申込みがあり、うち36万8074件が実行されたとされています。
 問題は、この36万8000件の中で、果たしてどれだけの中小企業が1年以内に改善計画の策定が行えるかということ。すでに実抜計画を提出している企業はたぶん1割もないと思います。実現性の高い抜本的な計画ですから、根拠もなく売上高が毎年2、3%ずつ増えていくなんていうのは絶対に認められない。かなりの割合で計画を提出できない企業がでてくると懸念されます。

――仮に計画書を提出できなかったらどうなるのでしょうか。

久保田 当然、不良債権として扱われます。例えば、債務者区分(〔『戦略経営者』2010年9月号73頁〕図表1参照)の「破綻懸念先」になってしまった中小企業が銀行に手形割引を依頼した場合、それがたとえ日本を代表する大手企業の手形でも銀行は割引きしてくれません。「債権区分」や「債務者区分」とは、銀行が行う貸出先の格付けと基本的にリンクしているもので、下に行くほど貸し倒れのリスクが高いとされます。ちなみに破綻懸念先とは、大まかに言って債務超過で2期連続赤字の企業に対する債務者区分です。

支援できるのは税理士だけ

――リスケに頼らざるを得ない中小企業が48万件もあったわけですね。ただ、この数がどれくらいのボリュームなのか正直ピンとこないのですが…。

久保田 法人税申告数は280万社ですが、常識的に言ってリスケを申し込むのは赤字に転落した企業です。で、日本企業の赤字割合は7割ですから、これを掛けて196万社とします。一方、1社の取引金融機関は平均3行程度なので、48万を3で割り16万社。つまり、赤字企業の約8%(16万÷196万)が申し込んだ計算になります。この数は昨年の12月から約4ヵ月間のものですから、今後も増えていくでしょう。
 繰り返しますが、出口は2つだけです。1年間という審判までの期限内に金融機関の納得する計画を出し不良債権となるのを避けるか、計画が出せないあるいは実抜計画と認めてもらえず不良債権となってしまうかです。

――アジア向けを中心に輸出が回復基調にある等、経済は徐々にですが明るさも見えています。ここを乗り切るためにも、条件変更を受ける企業は何としても実抜計画を作成しなければならないですね。

久保田 そうしなければ、金融円滑化法が中小企業を一時的に生き残らせるためだけの単なる延命措置になってしまいます。
 結論を言うと、中小企業が単独で計画を作成するのは非常に困難だと思います。そこで多くは金融機関と一緒に計画を検討していくと考えられます。金融検査マニュアルでも金融機関に対し、借り手の中小企業に適切な経営相談・指導や経営改善計画の策定支援に取り組むなどのコンサルティング機能の発揮を期待しています。
 ところが、これにも大きな課題がある。金融機関の人員が絶対的に不足していることです。
 私は信用金庫で支店長や審査部長を務めてきました。昔の地域金融機関の支店長は、日頃から会社を訪問し、社長と茶飲み話をしながらさまざまな情報を得ていたんです。会社の黒板を見て「仕事のスケジュールが埋まっているな」とか、電話の内容から「新しい仕事を受注したみたいだ」とか…。そうした多くの情報を事前に入手した上で、企業の経営計画の策定支援などを行っていました。
 一方でバブル崩壊以降の金融機関は、経営合理化のために店舗の統廃合を進め、職員も減らしてきました。十分なコンサルティング機能を発揮するためのマンパワーが足りないのが実情なんです。

――中小企業は誰の助けを借りればいいのでしょうか。

久保田 それは、税理士しかいないと私は思っています。
 税理士さんは日頃から企業の経営状態を掴んでいますし、優秀な方は税金の計算や節税対策だけでなく経営助言や計画策定支援にも力を入れています。例えばTKC会員税理士などは、企業に対して経営学の分野までを含む幅広い指導を行っていると聞いています。
 税理士の方には経営改善計画策定のニーズが高まっていることを認識いただき、是非、積極的な支援をお願いしたいですね。

改善計画は“成長への発射台”

――税理士の支援を受けて計画を作るとしても、経営者自身がどのような計画が必要なのかを理解しておかなければなりません。

久保田 今回改訂された金融検査マニュアルでは大部で精緻な計画は求めないと書いています。とはいえ、実現性の低い計画は認められない。金融機関は、「モニタリング」といって改善計画の進捗状況のチェックを金融庁から求められています。さらに金融機関自体も金融庁の検査を受けますから、極端な話、計画に対して実績が6割とか7割しか達成できないといったことになれば相当な問題になるでしょうね。
 そもそも何のために計画を作るのかといえば、金融機関に提出するためではなくて、現在の窮境を脱し再び黒字路線へと転換するためです。数字が踊っているだけの計画では意味がありません。

――計画策定の目的をはき違えてはいけないということですね。では、どのような手順で計画を策定すればいいのでしょう。

久保田 最初に行うのは、現状を正確に認識することです。過去5期分程度の財務諸表から窮境に陥った原因を探り、ビジネスモデルを見つめ直す作業を行います。
 ビジネスモデルの再考においては、自社の強み・弱み、外部環境における機会・脅威などを分析して戦略を組み立てていきます。そしてこの戦略を税理士の協力を得ながら向こう5ヵ年の数値に置き換え、予想損益計算書や予想貸借対照表、予想キャッシュ・フロー計算書などを作成します。
 これで改善計画書は一応完成ですが、大事なのはこの後で、作った計画を具体的な行動計画に落とし込んでいきます。いつまでに、どの問題を、誰が、どうやって改善するのか明確にしていきます。
 次に、計画を従業員全員と共有します。私が経営再建のコンサルティングを行うときは、行動計画まで完成したら、全社員を一堂に集めて計画を社長から直接、説明してもらうようにしています。全社一丸にならないと再建は成し遂げられません。
 最後に計画の進捗管理です。月次決算や四半期業績検討会で目標と実績を確認しながら計画を遂行していきます。もし目標が達成できていないようなら、修正を加えていきます。いわゆるローリングプランです。これができないと計画は空中分解してしまいます。

――方向性は、経費削減で黒字化を目指すことでいいのでしょうか。

久保田 いいえ、財務リストラは必要ですが、併せて成長戦略がなければいずれじり貧になります。
 あるホテル業のケースでは、設備をリニューアルしないと集客力が落ちてしまうのに、切り詰めることばかりを金融機関が求めた結果、再建に失敗してしまいました。金融機関も改善計画の妥当性を認めたのであれば、同時にその後の設備投資計画にも関与しなければ計画の実現性は担保されません。ましてホテルのような装置産業であ れば、リニューアル費用は欠かせない。経営改善計画は、あくまでも会社を成長軌道へと乗せるためのものなのです。“成長への発射台”であると認識していただきたいですね。

中小の弱点は決算書の信頼性

――社長が数字に強くないと難しそうですね。

久保田 経営者はみな損益計算書は読めるんです。儲かっているかどうかが最大の関心事ですから…。これは経営者の本能だと感じます。ところが貸借対照表は読めないし、興味も示さない。これは中小企業の最大の弱点ですね。
 金融機関は、中小企業の決算書が不正確であることを前提に融資審査を行っています。例えば、金銭債権(売掛金、受取手形、貸付金など)に不良なものがないかを調べるところから審査が始まる。こうした決算書の信頼性の低さは、金融円滑化法への対応だけでなく、中小企業融資全体にとってのボトルネックになっています。

――つまり、審査資料である決算書の信頼性が低いと金融機関は疑心暗鬼にならざるを得ないと?

久保田 大手企業は投資家に向けて積極的に情報開示をしていますよね。同様に中小企業も、資金調達のためにもっと金融機関へ情報開示をしないといけない。中小企業の情報開示資料は、決算書しかありません。決算書が信頼できないということは、その企業の信用力もゼロだということです。
 このことは金融機関にも責任があって、中小企業に決算書の信頼性向上を促すために、もっと堂々と「金銭債権の処理はこうしてください」とか「退職給付引当金を積んでください」などと要望を出せばいいんです。言いにくい部分もあるでしょうが、遠慮せず指導すべきだと思います。

――決算書の信頼性を高めるための具体策には何がありますか。

久保田 会計参与の設置や「中小企業会計指針」の適用が理想ですが、まだハードルが高いようでなかなか普及していません。そこで私が期待しているのが、TKC会員税理士が提供している「記帳適時性証明書」です。
 これは、過去3年間における企業の月次決算と年度決算の状況を証明する書面で、税理士が顧問先企業に毎月出向き適時に正確な記帳が行われているかをチェックした履歴などが記載されています。
 こうした書面を用いて金融機関との信頼関係を築くことが、経営改善を進める大前提となります。

――改善計画策定は十分条件で、決算書の信頼性が必要条件だと…。

久保田 そう。さらに必要条件はもう1つあります。それは経営者の決意です。
 私の苦い経験をお話すると、かつてある再建途上の企業で、計画が非常にうまく進んで支援者たちもこれならいけると確信しだしたときに突然、経営者が「会社は俺のものだから他人の好きにはさせない」と言いだして計画を破棄してしまうということがありました。結局その会社は、1年後に倒産してしまいました。
 私心を捨て去ることが企業再生の要諦だということを、経営者には肝に銘じてもらいたいですね。

(インタビュー・構成/株式会社TKC 千葉博文)