税理士事務所開業前に
すべきこと

事務所のビジョンと戦略

税理士事務所の独立開業も「一般的な会社の起業」と同じです。
開業することは、起業家になるわけですから、中途半端な気持ちでは成功できません。
開業するときに、「資金・人脈・顧客」がなくて不安になると思いますが、税理士として、経営者として、成功するためには「ビジョンと戦略」を描くことが大切です。

1.税理士としてのビジョン

当然ですが、税理士事務所は、税理士資格がないと開業できません。
ここは、一般的な会社の起業家と異なる点です。

  • どんな税理士になりたいですか?

    税理士として成功するためには、税理士としてのビジョン、「志」を持つことが大切です。

    どんな税理士になりたいか、目指していく税理士像が固まらない方もいると思います。
    輝いている税理士、格好いい税理士、志の高い税理士との出会いは、かけがえのない財産です。
    また、ビジョンを語り合う税理士仲間の存在は切磋琢磨しながら成長していくための財産です。

2.経営者としてのビジョン

税理士資格を取得して、実務経験を経て、いざ独立開業したとき、自分の意識を改革しなければならないことがあります。
それは、「自分は税理士であると同時に、経営者であると自覚する」ことです。

経営者であるという自覚を持って、経営者としてのビジョンを考えます。

  • どんな会計事務所にしたいですか?

    少なくとも、1年後、3年後を見据えて、どのくらいの「年商・顧問先数・職員数」にしたいかという目標を設定します。

    ただ、なんとなく開業して、1年後、3年後のビジョンを持たずに、会計事務所を発展させている方もなかにはいるかもしれません。
    ですが、会計事務所を成長・発展させている方の多くは、明確なビジョンを持っています。
    ビジョンを持っているから、そのために何をしなければいけないのかと真剣に考えて、行動しているので、会計事務所は成長・発展します。

    また、自分自身がビジョンを持っていると、お客様である中小企業の経営者との関係構築にも役立ちます。
    見込み顧客とはじめて面談するとき、「社長さんは、どのような会社にされたいのですか?」と質問すると、社長さんは喜んで「ビジョン」や事業内容を語ってくれます。
    その「ビジョン」を実現するために、どのような課題があり、悩んでいるかを引き出しながら、税理士として、会計事務所として、何が貢献できるかを提案すると顧問契約までスムーズに運びます。

    自分が経営者としての自覚を持っていると、お客様である経営者の気持ちが分かってきます。
    自分がビジョンを持っていれば、お客様がビジョンを語りたくなる気持ちも分かってきます。

3.自分の「強み」と「弱み」

開業当初は税理士自身が商品です。
その商品の価値を客観的に評価します。

税理士事務所は・・・

  • 所長の弱みは、事務所の弱みになります。
  • 所長の強みは、事務所の強みになります。

独立すると、自分が事務所のトップとなりますので、なかなか自分自身の欠点を指摘してくれる人がいなくなります。
つまり、自分の評価は自分で行わなくてはならず、その評価に基づく、自分の弱点を自分で克服していかなくてはなりません。

すべてにおいて完璧な税理士、経営者はいらっしゃいません。
所長として足りない部分、弱点や欠点があるから、スタッフを採用してサポートしもらい、組織としての力を付けることで補います。
また、自分自身で気がつかないこともありますので、相談できる仲間、税理士が周りにいると心強いです。

自分を客観的に評価するため、自分の「強み」と「弱み」をそれぞれ10個以上、書き出しましょう。
独立開業したときに、自分が商品ですから、自分の「強み」と「弱み」を分析しておくことが入り口になります。

4.「競合」の分析

開業するエリアの会計事務所の状況について調べます。
競合分析は、ライバルとの戦い方を考えるというよりも、自分の「強み」を生かす戦略を考えるためだと考えます。
地域にもよると思いますが、税理士業界の場合、税理士の先輩から教わったりするケースがあると思いますので、税理士会で親しく付き合うためにも、そのように考えた方が良いと思います。

それでは、どのように会計事務所の状況を捉えながら、自分の「強み」を生かしていけば良いのでしょうか。
たとえば、「自分が開業するエリアの税理士の平均年齢」を調べてみます。
すると、自分は相当若いことが分かることで、「若手税理士」を強みにして、同じ年齢の創業者をターゲットへアピールしよう、という戦略を立てることができます。

または、「自分が開業するエリアの会計事務所のウェブサイト」を調べてみます。
すると、ウェブサイトを持っている事務所が少ないことから、ウェブサイトから顧客を獲得するために、「DXに強い税理士」を強み・売りにしよう、という戦略を立てることができます。

同じように、「顧客・市場」を分析しながら、自分が成功できる要因は何か?を考えることが成功するための「戦略」を策定することに繋がっていきます。

「競合」や「顧客」を分析していると、意外と自分では気づかなかった「強み」と「弱み」を発見することができますので、開業するエリアをしっかりと分析しましょう。

5.市場開拓する戦略を考える

ゼロから開業したとき、既存のお客様はいないわけなので、新しく顧客を獲得するため、アンゾフの成長マトリクスでいうところの「新市場開拓戦略」が求められます。

一般的に、市場開拓戦略とは、既存の商品やサービスに少し手を加えて「こだわり」や「付加価値」をつけ、新たな顧客に対して売り出していく事業戦略のことです。

これを税理士業務で考えてみましょう。
新たな顧客である中小企業の社長さんに、自分なりの付加価値を付けて売り込んでいくことです。

では、具体的にどのような付加価値を付ければ良いのでしょうか。

M.E.ポーターが提唱した「3つの基本戦略」の「コスト・リーダーシップ」「差別化」「集中」を独立開業した税理士で考えてみると、こんな感じになります。

  • 1 独立開業した強みを活かした「低価格戦略」
  • 2 既存の顧問税理士ができていないサービスを提供する「差別化商品戦略」
  • 3 特定分野や特定市場へ経営資源を一点集中させる「集中戦略」

ここで、自分はどの戦略で挑むかを考えることが大切です。

  • 1独立開業した強みを活かした「低価格戦略」

    これは決して、顧問報酬の価格破壊を助長することではありません。
    価格破壊は、税理士の価値を下げることになりますので、避けなければいけません。

    さて、飲食店や小売店が開店したとき、新規顧客を獲得するために、特売や安売りをする光景を目にしたことはありませんか。
    同じように、独立開業した1年目だけ、顧問した初年度だけは、特別価格や値引きをするなど、独立開業した強みを活かして「低価格戦略」で勝負しても良いかもしれません。

    ただ、低価格戦略は長続きしません。
    5年も10年も続けていると、それなりのサービスしか提供できなくなるので、付加価値サービスの高い会計事務所にお客様は流れて行ってしまいます。

    開業当初、まだお客様が少ないので、時間的な余裕もあるし、給料を払うスタッフもいないから、自分のキャリア(営業やサービス提供)を積むトレーニング期間と考えて、 独立開業した強みを活かして「低価格戦略」でいくのは、ひとつの選択肢です。

  • 2既存の顧問税理士ができていないサービスを提供する「差別化商品戦略」

    この戦略でいくのは、少しハードルが高いです。
    なぜなら、すでに顧問税理士がいる顧客を獲得することは容易ではないからです。
    見込み顧客と出会うきっかけがないと、成立しない戦略だからです。

    いきなり見ず知らずの税理士に顧問をお願いすることは、ほぼありませんので、集客力のある事務所のウェブサイトがあるか、口コミや紹介ルートが必要となります。

    でも、いつ・どこで、見込み顧客と出会うか分からないので、「差別化商品戦略」の備えをしておくことは大切です。
    つまり、見込み顧客のニーズや既存の税理士への不満を想定しておくことで、自分だったらどのようなサービスを提供できるか、説得できるだけの営業ツールやトークを準備しておくことがポイントです。

  • 3特定分野や特定市場へ経営資源を一点集中させる「集中戦略」

    3つ目の「集中戦略」は、イメージが付きやすいと思います。
    特定分野は、資産税や事業承継・M&A、または連結納税や組織再編など、自分の得意分野に特化することです。
    特定市場は、医業や飲食店、または公益・社団法人など非営利法人に特化することです。

    これも差別化商品戦略と同じように、見込み顧客と出会う・知り合うきっかけがないと、成立しない戦略なので、開業当初から集中戦略で行ける方は多くはないかもしれませんが、ひとつ紹介ルートをつかむことで、うまく軌道に乗せることができます。

秦 勝行(はた まさゆき)

TKC全国会は、開業税理士が独立して3年間で事務所経営を軌道に乗せていただくためにニューメンバーズ・サービス委員会を設置しています。当委員会は、全国各地で活躍する約300名の税理士・公認会計士で構成されています。当サイトの記事は、この委員会で制作された独立開業ノウハウの書籍・セミナー資料をもとに執筆・編集しました。

編集責任者(執筆者) 株式会社TKC

秦 勝行(はた まさゆき)

昭和50年生まれ。千葉県出身。専修大学大学院経営学研究科経営修士課程修了。平成10年、TKCに入社。平成23年、独立行政法人中小企業基盤整備機構に出向。令和3年10月現在、SCG営業本部在籍。