事務所経営

「軽やかに」をテーマに、明るく安心感のある事務所を目指す

税理士法人みなと元町会計事務所 川上哲司(近畿兵庫会神戸中央支部)
川上哲司会員

川上哲司会員

税務・会計の枠にとどまらず、マーケティングやコーチングなどの手法も経営支援に取り入れる川上哲司会員。3年前には宮﨑敦史会員と税理士法人を設立。他事務所との差別化を意識した事務所経営について聞いた。

10年勤務後に独立 1年目は600万円赤字のスタート

 ──税理士になるまでの経緯を教えていただけますか。

 川上 もともと実家が自営業でしたので、サラリーマンになるというイメージを持っていませんでした。高校生のときに資格をとろうと考えて、自分は数字に強い方だったので公認会計士か税理士がいいかなと漠然と思っていました。その後大学の4年間は特に資格の勉強はせず遊びほうけていたのですが、就職活動をしてもしっくりこなかったので、ゼミの教授に相談して改めて税理士を目指すことになり、大学院にいくことにしたのがスタートです。
 大学院に2年間通って、会計事務所に就職しました。5年ほどかけて資格を取得し、勤務していた事務所がTKC会員事務所だったので、勤務時にⅢ型会員として入会しました。その頃から地域会の委員会活動などにも参加して諸先輩方と交流していたので、独立のときもTKCしか選択肢を考えませんでした。
 独立したのは10年勤めた後の平成19年です。独立に当たっては、まず「みなと元町会計事務所」という名前を決めました。川上という名前はありふれているので看板や広告を出しても目立たないですし、個人事務所でも地名を入れることでしっかりしたイメージを出せるのではないかと考えました。事務所名にひらがなが入っているところはあまりなかったので、その点も意識しました。
 最初は思い切って借金をして事務所を借りて、サーバーなどもそろえ、正社員も一人雇いました。いま思えば無謀でしたが(笑)。お客さんもわずかでしたので当然毎月赤字。1年目は600万円の赤字でした。でも将来的に大きい事務所にしたいと考えていましたので、自宅で始めるなど小さくスタートすると大きくするのに時間がかかってしまうなと思ったのです。このあたりの考え方は前近畿兵庫会会長の吉田正之先生や現会長の稲田実先生など、先輩会員のお話をいろいろ聞けたことが大きく影響していまして、感謝しています。

 ──税理士法人を設立したきっかけはどのようなことでしょうか。

 川上 開業から3年で顧問先が50件ぐらいになりました。その頃に「TKCタックスフォーラム」で近畿兵庫会が研究発表を行うことになり、私もプレゼンターの一人に入れてもらっていました。そこで今のパートナーである宮﨑と意気投合しまして、税理士法人にしました。
 もともと税理士法人を作りたいという思いはあったのですが、具体的にいつとは決めていませんでした。そんな中で父親が病気で急死したことで、このまま個人で会計事務所をやっていると、自分が倒れたらお客様、従業員、家族と全部を困らせることになってしまうなと考えるようになり、法人組織にしようと思いました。法人のお客様にサービスを提供するのにこちらが法人でないという点に私がしっくりきていなかったということもあります。
 法人にして3期が終わりましたが、いまは税理士2人と正社員2名、パート2名という体制で、顧問先は個人と法人合わせて100件ほどです。

8年計画で売上3億円を目指し業務の標準化を進める

 ──事務所経営ではどのようなことに力を入れていますか。

経営指針書

 川上 3月決算にしていますが、4月12日が当事務所の設立記念日なので、毎期その日に経営指針を発表して所内で共有しています。
 また、毎期の経営指針とは別に「みなと元町ビジョン」という8年計画を作っています。8年後は私がちょうど50歳になる年なので、そこまでに売上3億円を達成したいと思っています。これも無謀ですが(笑)。
 今期は8年計画の1年目ですが、足場固めの時期だととらえ、業務の標準化に取り組んでいます。月によってやり方が違うとか、人によってやり方が違うということもよくあったので、標準の業務の流れをきっちりとさせたかったのです。
 法人化して3年経ち、スタッフも含めた業務分担がようやくできてきたので、私が不在でも業務がうまく回っていくような体制を早く確立させようと思っています。いまはまだ私も十数件の顧問先を担当していますが、これを早めにスタッフに移行することも今期の方針の一つです。

 ──独特な経営理念を掲げていらっしゃいます。

 川上 「『軽やかに』安心感をお届けします。」というのが当事務所の経営理念で、「軽やかに」の解釈についても自分で定義付けしています。この理念は中小企業家同友会の2泊3日の研修で作ったものです。事務所主催のセミナーなどでは「経営理念が大事です」と話していましたが、いざ自分が作ってみるとなかなか出てきませんでした。考え続けて出てきたのが「軽やか」という言葉でした。私はもともと周りから良くも悪くも「軽い」と言われていましたし(笑)、ただ「軽い」だけでは軽薄だというマイナスイメージにとらえられてしまうので、「軽やか」という言葉にしました。税務・会計という言葉は以前入れていたのですが、いまはあえて入れていません。税務・会計のサービスはもちろんやるのですが、当事務所の業務は「安心感をもってもらうこと」だととらえています。極端な話、相手が顧問先でなくても、税務以外の依頼でも、そのお客様が安心して事業を続けられることにつながるのであれば、引き受けていきたいと思っています。

税理士法人みなと元町会計事務所 経営理念

TKCで学んだコーチングを強みに経営支援に力を入れる

 ──特に力を入れているサービスはありますか。

 川上 自分も事務所経営をしていく上で試行錯誤しながらマーケティングに取り組んできましたので、規模の大きな会社に対応できるほどではありませんが、そこで得たノウハウをもとに助言をしてお客様にも喜んでいただいています。
 自分で言うのも何ですが、ウチの事務所の強みは自分だと思っています。特別何かができるというわけではないのですが、話をよく聞くということは徹底的に意識しています。TKC全国会で数年前に研修があったコーチングですね。あの研修を受けてからコーチングに興味を持って、とにかく「聞く」ということに力を入れ、どうやったら相手に気持ちよく話していただけるか、いかにしゃべってもらうかということを常に考えています。経営者にしゃべっていただくと、しゃべっている本人が自分で納得していくのですね。そして行動してくれるようになるということを何度も実感しています。

『実践!経営助言』

川上会員は、テキスト『実践!経営助言』
の編著者の一人として制作に参画した。

 最近は話を聞く場を広げようと考え、『実践!経営助言』(TKC出版)にも書かれていることですが、顧問先の会議の場に定期的に参加させていただくことを増やしています。社外の人間が一人入るだけで雰囲気もがらりと変わって、物事が前に進むようになる効果があるので、これからはこれを売りにしていきたいと考えているところです。
 コーチングも最初は自分だけで取り組んでいたのですが、少しずつスタッフにも実践させはじめており、巡回監査のときに社長さんが待っていてくれるようになるなど、うまくいきそうな手応えを感じています。
 ウチのスタッフは若くて明るいのが取り柄です。だから社長さんも話しやすいのではないかと思います。一般的に会計事務所業界全体は明るいというよりまじめで堅いイメージだと思うので、差別化するという意味でも明るい事務所づくりを心掛けています。

 

 ──認定経営革新等支援機関として取り組んでいこうと考えていることはありますか。

 川上 認定支援機関の制度ができたいまが、会計事務所とってはチャンスの時期だととらえていますので、認定支援機関としての業務は事務所の基本的なサービスメニューの一つと考えています。特別な話が来たときにだけ対応するのではなく、基本的に対応するという考えです。来るのを待つというよりも自分から広げていきたいと思っています。幸いなことに地域会の活動などで行政や金融機関とのパイプもできていますので、あちこちから手伝ってほしいという声も掛けていただいています。いまがチャンスなので、早いうちに認定支援機関のエキスパートになってしまおうと考えています。
 お客様の売上アップに貢献できるとまでは言わないにしても、経営全般のサポートをして業績を伸ばすことをできるようにしなければいけないですし、自分達だけでは難しいことは、お手伝いしてくれる外部のブレーンがいますので、連携してやっていきたいと思っています。

事務所にFX4クラウドを導入 機能を研究し事務所の強みを増やす

 ──お客様はどういった業種が多いのでしょうか。

 川上 いろいろな業種がありますが、この神戸の中央区というところは、近隣のお客様でいうとサービス業で比較的小規模なところが多いです。最近は特に飲食業のお客様が増えています。また、ちょっとずつですが、中堅規模のお客様も増えてきています。ある程度中堅規模のお客様が増えないと事務所の経営も安定しませんし、業務のレベルも上がっていかないと思うので、これからも継続的に増やしていくため、まず事務所にFX4クラウドを導入して、機能を研究し強みを増やそうとしているところです。

 ──他のTKCシステム活用への取り組みはいかがですか。

 川上 事務所にはOMSクラウドも入れています。自計化については、いま新規のお客様は、開業したばかりというよりも他の会計事務所から移ってこられるところが多いので、何かしら会計ソフトが入っていることが多いです。最初の頃はお客様に合わせて、「そのままでいいですよ」とやっていたのですが、お客様によって種類の違う会計ソフトを使われていて、スタッフも何種類もの会計ソフトの機能を覚えなければなりませんでした。それが業務の標準化の大きな阻害要因でしたので、TKCシステムへの移行に取り組みはじめ、とくに昨年e21まいスターが出てから、規模の小さいお客様で移行がスムーズに進むようになりました。そうしたお客様にとっては会計ソフトの機能だけだと差がわかりにくいので、給与計算やホームページ作成といったプラスアルファの機能をアピールすると反応がいいですね。
 ほとんどのお客様が何らかの自計化をしていますが、TKCシステムによる自計化100%を目指して今後も取り組んでいきたいと思っています。

所長が意識を変えることで巡回監査率が上がった

 ──巡回監査率の向上や書面添付にはどのように取り組まれていますか。

 川上 ここ1、2年でようやく巡回監査率80%台をキープできるようになってきました。巡回監査率が低かった時代は所長である自分も含め、事務所全体の「巡回監査率」を上げるという意識が低かったと思います。毎月巡回はしていても、伝送をしていなかったり、月内に終わらせようという意識がなかったりということがありました。私が地域会の委員長職を務めさせていただくことになってから意識するようになり、毎朝の朝礼で伝送をきちんとすることを徹底し、巡回監査が済んでいないところのチェック等をするようになって巡回監査率が上がるようになったと思います。あと大きいのは自分が担当を持たないようにし、スタッフに任せるようにしたことです。所長としての仕事やTKCの活動と並行しているとどうしても巡回しきれなくなるので、実は自分が一番のボトルネックだったということですね(笑)。
 書面添付は、関与当初の1~2年は様子を見ますが、基本的にすべてのお客様に勧めており、できるお客様についてはすべてやっています。つい最近も意見聴取で調査省略になったところです。
 以前はワンマンというか、自分の担当している先以外の分もすべて自分がチェックしてからでないと先に進ませないようなやり方にしていたのですが、スタッフにある程度任せるようになってから業務がスムーズに回るようになったと実感しています。事務所を大きくしていく上で通らなければいけない道ですし、一つ壁を越えられたかなと思っています。

 ──所内の体制づくりという面で工夫されていることはありますか。

 川上 職員教育という意味では、朝礼を毎日やるようにしています。これは私がいない日でもやってもらっています。それから毎月1回土曜日にミーティングと所内研修の日を設けています。所内研修ではスタッフ持ち回りで講師を務めるようにして、全員が勉強して発表する機会を持つようにしています。
 また、組織図を見てもらうと分かりますが、業務ごとに社内でチーム分けをして、スタッフにもチームリーダーになってもらっています。小さい組織なので同じ人が何回も出てきますが(笑)。各リーダーが年間の方針を立てて、それを基に細かい話し合いをして、これでいきましょうという形にしています。各自にリーダーになってもらうことで、業務への理解も深まりますし、やる気を上げることにもつながっているのではないかと思います。
 先ほど「明るい事務所づくり」を心掛けているとお話ししましたが、採用の際に業界経験や資格・知識といったことよりも人柄を重視しています。みんな明るく素直に取り組んでくれて、若いうちから戦力になっていますし、体制づくりという点では、ここが一番大きいといえるかもしれないですね。

諸先輩のアドバイスを活かしつつ揺らがない事務所体制を作る

 ──TKCの活動に参加されていて、どのような感想をお持ちでしょうか。

 川上 勤務していたⅢ型会員の時代から近畿兵庫会の旧創業・経営革新支援委員会の委員をさせてもらい、独立したときには副委員長に任命いただきました。そういう意味ではニューメンバーズとして手厚くサポートいただける時代がなかったのですが(笑)、早い時期から地域会の執行部の皆さんとお話しする機会ができ、いろいろな情報を教えていただいたり、相談に乗っていただいたりすることができましたので、そこがよかったと思います。また、地域会の委員長になってからは、全国会の会議にも参加しますので、そこで全国区の名だたる会員の先生方にお会いすることもでき、本当に大きい影響を受けたと思います。
 まだまだ自分の事務所は発展途上の状態ですが、その中でもTKCの活動に積極的に参加することで、ご縁が広がり、いろいろなチャンスもいただけました。各地で研修の講師なども務めており、元々講師をするのはあまり得意ではなかったのが、いまではうまく話せるようになってきました。
 若い会員の皆さんにはぜひTKCの活動にどんどん参加してもらいたいと思いますし、講師も依頼されたら積極的に引き受けてもらえるといいですね。
 私も諸先輩方や後輩に負けないよう組織として強い事務所にし、何があっても揺らがない体制を早く作り、「あの事務所に見てもらいたい」と言われるような事務所作りに取り組んでいきたいと思います。

税理士法人みなと元町会計事務所

後列左がパートナーの宮﨑敦史会員。

(TKC出版 蒔田鉄兵)


川上哲司(かわかみ・さとし)会員
平成16年税理士登録。平成17年TKC入会。平成19年みなと元町会計事務所設立。平成22年税理士法人みなと元町会計事務所設立、代表社員税理士。近畿兵庫会神戸中央支部支部長。42歳。

税理士法人みなと元町会計事務所
 住所:兵庫県神戸市中央区栄町通4-1-12 日新ビル201
 電話:078-367-4511

(会報『TKC』平成25年8月号より転載)