事務所経営

人と人との縁を大切にして関与先の発展に貢献したい

渡邊洋一税理士事務所 渡邊洋一(TKC四国会香川支部)
渡邊洋一会員

渡邊洋一会員

香川県丸亀市に事務所を構える渡邊洋一会員は、専門商社勤務で鍛えた営業力を発揮し、開業10年で関与先を約200件まで拡大。TKC方式の自計化を前提とした巡回監査を通じて、さまざまな人との縁を大切にした事務所経営に努めている。

「自分自身から逃げたくない」 2,000万円を借りて事務所を開業

 ──化学者志望だったと伺っています。

 渡邊 私は、もともと大学の農学部でバイオマスという動植物などから生まれた生物資源の研究をしていました。専門は紙パルプ産業の廃液の研究です。しいたけなどのきのこで工場廃液をきれいにする研究をしていました。
 大学卒業後は化学系の専門商社に入社しました。海外出張などもある営業職に就き、東京、大阪にそれぞれ5年。当時は生意気で(笑)、どんな仕事でもやらせてくださいと名乗りをあげて、半導体やリチウム電池の開発、医薬品の開発、化学薬品をつくる工場の三交替勤務の仕事をしながら特許を出願したこともあります。まさに「24時間戦えますか?」を地でいく業界でした。
 大阪勤務時代、大手取引に加え、町工場との取引も担当しました。その町工場が、景気悪化の影響を受けて信用不安があるからと取引停止が決まり、それを告げに行ったときに、町工場の社長からバケツの水をかけられたことがありました。それまで、「この業界に渡邊あり」とまで言われていたのに、その時はさすがに何もできない自分自身がふがいなかった。ストレスでついに電話の応対もまともにできなくなり、一時は、言語障害もありました。妻から「あなたはこれまで会社のために情熱をかけてきた。今度は自分自身と家族のために生きてほしい」と言われたことが、退職を決めたきっかけでした。

 ──なぜ税理士になられたのですか?

JR予讃線丸亀駅から徒歩3分の場所にある事務所。市内には日本一小さい城として知られる丸亀城を擁する。

JR予讃線丸亀駅から徒歩3分の場所にある事務所。
市内には日本一小さい城として知られる丸亀城を
擁する。

 渡邊 妻の実家がもともと香川県で会計事務所をしていました。その事務所を継いだ叔父に後継者がいなかったため、専門商社を退職後、妻の勧めで入所しました。私は職員として働きながら大原簿記学校に通い、かつ大学院にも通って税理士資格を取得。しかし、義理のいとこが事務所を継ぐことになり独立しました。
 開業資金として国金(現、日本政策金融公庫)と信用金庫から2,000万円借りました。確かに資金面では大変でしたが、自分自身から逃げたくなかったので、最初から事務所としての体裁を整えました。開業当初から正社員2人、パート1人を雇い500万円ほどかけて他社システムを導入し、パーテーションを立てて応接室も作りました。TKC入会は、開業から2年後の平成17年です。

 ──入会のきっかけはなんですか。

 渡邊 開業当初からTKC社員が一生懸命営業に来ていましたが、他社システムを入れたばかりで、当初は入会する気はまったくありませんでした。
 直接のきっかけは、入会の少し前に高知県で行われたニューメンバーズ向けのセミナーに参加したことです。現、四国会会長の三好豊先生や刈谷敏久先生からのお誘いをいただきました。多々羅秀治先生からは「俺のノウハウを全部教えてやるからとにかくTKCに入れ」とまで言われて。それで断ったら体育会系でもありますし、さすがに男がすたりますから。

異業種同士のマッチング等を目的に年に9回セミナーを開催

 ──関与先拡大は順調でしたか?

 渡邊 税理士も自らノルマを課すことが必要だと考えています。士業や金融機関と連携し、開業後は年間20件ほど関与先が増えました。特に、金融機関については、関与先の借り入れ交渉等に同行するようにしています。それをきっかけに私の顔を覚えてもらえるようになり企業の紹介にもつながっています。
 私は現場主義で、職員時代から数字だけでは何も分からないという気持ちがあり、関与先の社長だけではなく現場の社員とも直接会って話すようにしています。それが良かったのか、職員時代に担当していた関与先が移ってきたこともありました。もちろん、ときには飲みながらの会話も必要です(笑)。

 ──専門商社で培われた営業力が活かされているということでしょうか。

 渡邊 私にとって人脈はなによりの宝です。人とのご縁がこれまでの関与先拡大を支えてきたと思います。ですから、私でよければご支援したいという気持ちで関与させてもらっています。

 ──出身地の島根県にも関与先があると伺いました。

 渡邊 十数件関与先がありますが、もともと関与先拡大が目的ではなく、町おこしの取り組みが関与のきっかけでした。
 主にシャッター通りの商店街や倒産の危機にある地元スーパーなどの再生について、地域金融機関とタイアップしたり県の産業振興課に「補助金を使ってPRできませんか」と相談したりしながら進めています。
 地道な活動ですが、とある日本海沿いの小規模水産会社の支援では、漁師の方と一緒にスーツ姿でアワビとサザエを抱えて大阪のホテルに売り込みに行ったこともあります。「税理士がよくそんなことまでしますね」と言われましたが(笑)。
 また、関与先支援においては、事務所主催で関与先同士のマッチングと税務に関する情報提供を目的に、年に9回セミナーを開催しています。その後の懇親会で関与先同士交流を深めているので、いまでは私がいなくてもお互いに仕事につなげているようです。セミナー後の懇親会では関与先の居酒屋を使うなどの工夫もしています。

 ──これまで、どんなテーマでセミナーを開催されたのですか。

 渡邊 昨年のセミナーでは、関与先以外の参加者も募り、異業種交流会を併催したオープン講座を行いました。そのときは、金融機関の行員も含めて、一度に50人から60人ほど参加しました。また、関与先社長の視野が広がればとの思いから、高知県の製造業を会社訪問して、異業種見学会を行う企画もしました。

決算を機にシステム移行 ときには経営者に厳しく指導

 ──開業2年後にTKCシステムを導入されたわけですが、システム移行は大変ではなかったですか。

 渡邊 TKC入会後、新規の関与先は、TKCシステムを導入することにしたので、それほど苦労はありませんでした。
 しかし、入会前に他社システムを導入した関与先の中にはなかなか移行が進まなかったところもあります。医療の場合は、法人設立のタイミングや確定申告が終わった頃を目安に他社システムからのシステム移行を進めました。SCGの支援もあって、他社システムの割合は数件程度まで減りました。
 ときには、経営者に厳しく指導したこともあります。ある新規の関与先でFX2を導入したのですが、二重帳簿が発覚。私よりだいぶ年上のご高齢の社長に、「せっかくいい仕事をしているのに、これで世間への申し訳が立ちますか?」と説得したこともあります。メインバンクの銀行と信用保証協会への謝罪に同行しました。それからはきちんとFX2での自計化が進んでいます。このように厳しい指導をして良い方向に変化したところもあれば、脱税志向がある企業が離れていったこともありました。

 ──最近、FX4クラウドを導入された関与先があるそうですね。

 渡邊 2カ月ほど前に、売上20億円ほどの関与先で導入しました。通信事業が柱の企業ですが、電気工事などの新たな事業展開が進み、社長から「早く収支が見たい」という依頼がありました。それで、情報を一元化できるFX4クラウドを導入してもらいました。事業別の実績が把握できるようになり、とても喜ばれています。
 TKCシステムによる自計化推進とともに、所内では翌月巡回監査の徹底を進めていてようやく7割弱まで上がりましたが、まだ万全ではありません。

 ──翌月巡回監査をしっかり行うために、どんなことに取り組まれていますか。

 渡邊 いまは巡回監査の質を上げることに集中して取り組み、職員がお客さまの信頼を得てさまざまな相談を受けることができるように気を配っています。特に関与先の経営環境は目まぐるしく変化しているので、職員がその変化に素早く気付けるように、巡回監査のレベルアップは必要だと考えています。巡回監査の質を上げるには、所内の体制を整えることが先決です。そのためには職員教育の充実が必要になります。
 職員育成には、TKCの研修制度を利用しています。特に、中級職員研修はオンデマンド研修もあり、メニューも豊富で助かっています。

困っている人にはできる限りおせっかいをしたい

 ──中小企業支援の取り組みについてお聞かせください。

 渡邊 現在、認定支援機関として2件の経営改善計画策定支援を進めています。
 そのうちの一件は80年続いた企業で、主となる取引先が1社しかなく、経営がかなり厳しい状態です。「絶対に他社に負けない技術があれば、教えてください」と従業員に聞いてまわり、改善には社長・ご両親だけではなく、社員にも一丸となってほしいという意思を伝えました。もう一件のある会社では、経営者の意思を確認し、営業先も紹介。職員のアンケートを取ってSWOT分析を行い、計画策定を進めている状況です。
 これは経営改善計画策定の支援ではありませんが、ある関与先からの紹介で、個人の確定申告のお手伝いをしたことがありました。その方の息子さんが商売で騙されてかろうじて家だけが残ったというご相談です。ボランティアのような案件ですが、私はその方のその後の努力と熱意に心を打たれました。2年連続で申告のお手伝いをしたところ、庭で摘んだフリージアの花や収穫した米を毎年持ってきてくださって。いまは、小作として一からスタートし、前向きに生きていらっしゃる。やはり経営改善も同様で、改善に向けた経営者の熱意が何よりも大事だと思います。
 ある弁護士の方から「早く第二の人生を歩ませてあげることも選択肢の一つ」と言われたことがあります。私自身その正解がどこにあるのかは分かりませんが、困っている人がいれば助けずにはいられないというのが正直な気持ちです。事務所の採算を考えるとなかなか厳しい面もありますが、困っている人にはできる限りのおせっかいをしたい。私にはそれしかできないと思っています。

 ──そのようなお気持ちが、渡邊先生の原動力ということでしょうか。

 渡邊 髙橋宗寛和尚のある話を聞いて、自分なりに考えさせられたことがあります。それは、「原因があって結果がある。人生は、すでに決まってしまっていて何をしても変わらない」というのではなく、「縁」によって「結果」が変わる可能性があるというお話でした。うまく言えませんが、私の人脈を使って、その縁をつくることができれば税理士冥利に尽きます。
 今後は、困っている経営者を支援することと、事務所経営をうまく両立させることが必要だと思います。まずは所長として、職員が、翌月巡回監査をしっかり行えるよう所内体制を整備していきたいと思います。

渡邊洋一税理士事務所の皆さん

渡邊洋一税理士事務所の皆さん


渡邊洋一(わたなべ・よういち)会員
平成15年4月開業。平成17年TKC入会。現在、関与先数約200件(法人・個人)。職員数11名。TKC四国会理事兼香川支部副支部長。52歳。モットーは「情けは人の為ならず」

渡邊洋一税理士事務所
 住所:香川県丸亀市南条町57番地
 電話:0877-58-2113

センター長からの一言

四国SCGサービスセンター長 山﨑裕義

 渡邊先生は、とてもユーモアがあり、ダンディーでお酒が大好きな先生です。また、インタビューの中で「困っている方を見ると放っておけない」などと述べられていますが、まさに先生のお人柄がにじみ出ている感じがいたします。
 現在、香川支部の副支部長、ならびに企業防衛制度推進委員長に就任され支部活性化にご尽力されるとともに、支部のリーダーとして活躍の場を広げておられます。また、四国会の若手の先生方からも絶大な信頼を得ております。これからも渡邊先生の事務所のご発展を全力でご支援いたします。

(TKC出版 益子美咲)

(会報『TKC』平成26年1月号より転載)