システム移行

TKCビジネスモデルの徹底で関与先と職員の幸せを実現したい

【TKC方式の自計化・PX推進編】田中義一税理士事務所 田中義一会員(TKC中国会)
田中義一会員

田中義一会員

記帳代行型の事務所を親族外承継した田中義一会員は、これまでTKCビジネスモデルの実践を通じ事務所の変革に取り組んできた。地域貢献と人財育成を経営理念に掲げる田中会員に、TKCシステムへの移行の工夫や職員育成等についてお聞きした。

社長から「税金を安くして」と求められ記帳代行のやり方に疑問を感じていた

 ──田中先生は9年前に親族外の事務所を承継されたとお聞きしました。税理士を目指してから承継されるまでの経緯をお聞かせください。

 田中 私は山口県萩市の生まれで、地元の商業高校に入学しました。1年生の1学期に簿記3級試験があり、合格したのが私を含めクラスで2~3人だけだったため、友達に「田中は税理士になれるよ」と言われたという単純なきっかけで税理士を目指しはじめました(笑)。
 卒業後は大阪のガソリンスタンドで働きながら夜は専門学校に通い、簿記1級を取得。そして勉強に専念するため地元に近い福岡の専門学校に入学し、税理士試験に科目合格してからは、その専門学校で講師をしながら勉強を続けました。
 5科目に合格した時、そのまま講師を続けるか開業するか迷っていたのですが、たまたま知人から萩市で後継者を探していた先代所長を紹介され、面談の結果、後継者として入所させていただくことになったのです。2年間の実務経験を経て2008年に税理士登録し、翌2009年に承継し田中義一税理士事務所を開業しました。

 ──事務所の概要を教えてください。

 田中 関与先は法人・個人計約150件、職員は監査担当6名、総務1名、パート4名と、新入職員1名の計12名です。パートは巡回監査担当者のサポートという位置づけで、チームで関与先を支援しています。
 経営理念は「地域貢献と人財育成──感動を得よう」。地域の経営者とともに学んで「将来を語れる仲」になること、またできるだけ地元の若い方を職員として採用し育成することで、地域貢献につなげたいという願いを込めています。

 ──TKC入会のきっかけは。

 田中 同じ萩市内にTKCの先輩会員がいらっしゃって、まだ税理士登録をしていなかった私をTKCニューメンバーズフォーラムに誘ってくださったのです。そのフォーラムで現TKC全国会会長の坂本孝司先生が講演されていて、それが入会のきっかけになりました。

 ──どんな話だったのですか。

 田中 坂本会長が開業したばかりの頃、巡回監査をしていて、明らかに家族で行った日曜日の日付のレストラン代のレシートを発見した際、解約が怖くて「社長、これは経費になりません」と言えなかったというエピソードです。「まさに現在の自分だ」と共感できたし、「今はダメなことに対しては社長にダメと言えます」という坂本会長の言葉に「すごいな」と。
 また当時は、決算・申告書を持っていくと、社長から「税金が高いから何とかしてよ」と言われることがあり「こんな仕事はおかしい」と常々思っていたことも理由の一つです。これは年に一度しか社長と会う機会がないことが原因であり、月次巡回監査を前提とするTKCビジネスモデルなら、こうした理不尽な要求もなくなるはずだと期待したのです。

他社システムと並行してFX2に入力し使い方に慣れてから社長に提案

 ──入会後、どのようにTKCシステムに移行したのですか。

事務所外観

昨年新築した幹線道路沿いの事務所。「みんなが集まれる事務所」
をコンセプトに、働きやすい環境を整えている。

 田中 会計システムについては、当時はお客さまからシステムサポート料をいただくのは無理だと思っていましたし、先代からの職員は記帳代行のやり方に慣れていたため、なかなか移行に踏み切れませんでした。
 そこで、まず税務システムから使ってみようと思い、近隣のTKCの先輩会員に来所していただき、法人・個人向け決算申告システム(TPS10002000)の研修をしていただきました。
 そして関与先のデータを他社システムと並行して入力し、問題がないことを確認。「税法エキスパート・チェック機能」などTKCシステムの信頼性が高いことを職員も納得してくれて、税務システムへの切り替えができました。

 ──会計はいかがですか。

 田中 まず会計事務所勤務未経験の職員を採用し、他社システムで記帳代行をしていたある関与先のデータを並行してFX2にも入力してもらうようにしました。慣れてきたところでその関与先の社長に「経理業務が効率的になり、業績もタイムリーに把握できるようになるので、御社で会計システムに入力していただけませんか。毎月訪問してサポートしますし、料金は1年間無料で構いません。もし1年後に社長と経理の方が納得したらお支払いください」と提案したのです。
 そして1年後、経理担当者に「使い続けたい」と評価していただき、社長も納得して無事に移行が成功しました。

 ──何が評価されたのでしょうか。

 田中 社長が毎月試算表を確認し、自社の業績をタイムリーに把握できるようになったことで、数字に対する意識が変わったのだと思います。最初のうちは試算表を読むのも苦労していたので、損益分岐点売上高など項目を絞って「この数字だけは必ずチェックしてください」とお伝えすることで、それほど抵抗感なく見ていただけるようになりました。
 経営計画についても、それまでは社長の頭の中に漠然としたビジョンがあっても計画に落としこめていなかったのですが、自計化したおかげで、継続MASを使って具体的な経営計画を立てられるようになりました。

70代の社長に自計化を提案し快諾 先入観を持ってはいけないと痛感した

 ──それ以後は、どのようにFXシリーズの導入を推進したのですか。

 田中 何といっても、1件目で成功体験ができたのが大きかったですね。その後も新しく職員を採用したらTKCシステムを使ってもらうようにして、少しずつ事務所内の「TKC派」を増やしていきました。
 お客さまへの自計化の提案については、先代所長の頃からの関与先は長い付き合いなので職員任せにはできず、所長である私自身が行いました。年配の経営者はPCが苦手な方が多いので難しいケースが多いですが、経営者の代替わりや経理担当者の交代といったタイミングでご提案しています。
 もちろん、年配でも自計化に応じていただけたところもあります。ある70代の社長から「顧問料が毎月3万円は高い」と言われたことがありました。試算表を作ってもらうだけなら、地元の商工会が月数千円でやってくれると。そこで「本当は経営計画をしっかり作り、社長と未来を語れるような仕事がしたいんです。そのためには御社で自計化していただかないといけません」と想いをぶつけたところ「よし、分かった」と快諾いただけたのです。
 後継者が社長の娘さんだったので、「ありがとうございます!それでは娘さんに入力をご指導しますね」と言ったら「いや私に教えてくれ」と怒られまして(笑)。実は社長はパソコンが得意だったんです。年配だから自計化してもらえないと先入観で決めつけるのではなく、まず提案してみることが重要だと痛感しましたね。担当職員もその社長に根気よく指導してくれました。もうすぐ自計化して3年目の決算を迎えますが、業績も順調です。

 ──システムを導入してからの職員さんのフォローも大事ですね。

 田中 はい。入所歴の浅い職員が、記帳代行のお客さまの自計化を軌道に乗せてくれたこともありました。アドバイスしたのは「とにかく社長を褒めてきて」ということ。例えば、仕入伝票を入力してもらえていたら「ちゃんと入力してすごいですね。次は売上伝票も入力してみましょう」というように、毎月少しずつ入力できる項目を増やすことで、半年かけて自計化を定着させてくれました。
 彼女にとっても大きな成功体験になり、それからお客さまの経営助言などもできるようになってきました。

PX2の戦略情報を活用することで後継者が数字を意識するようになった

 ──PXシリーズ(戦略給与情報システム)の推進についてお聞かせください。

資料1:PX2の「支給総額分布・同業他社比較」

資料1

 田中 3年前に職員の一人が社会保険労務士試験に合格してくれたので、給与や労務関係の業務は当事務所の強みの一つになっています。
 PXシリーズについては、以前は給与計算が手書きという関与先も多く、賃金台帳の数字と、振替伝票から市販会計ソフトに入力された数字が一致しないなど問題が生じていました。そうしたミスを一気になくし、年末調整などの業務効率を上げるためにも、極力導入していただくようにしています。
 説明の際によく利用するのが、戦略情報の「支給総額分布・同業他社比較」画面(資料1)です。これを見れば従業員の年齢や勤続年数、給与支給額だけでなく、同業種の平均的な賃金が視覚的に把握できるので、社長に適正賃金をアドバイスするのに役立ちます。
 給与や社会保険料等の計算をするだけなら市販の給与計算ソフトでも同じ結果がでるかもしれませんが、こうした戦略情報が充実していることがPXシリーズの特長ではないでしょうか。
 さらに、この機能は将来の採用計画の支援でも活用できます。例えば、将来事業承継を考えている社長に現状の支給総額分布を示して「社員の年齢層が高いので、今から若い社員を採用しておかないと、10年後の資金繰りが厳しいですよ」など、将来を見据えたアドバイスが可能になります。

 ──その他に、予想以上の効果があった導入事例があれば教えてください。

 田中 ある関与先では、社長の奥さまが経理を担当していたのですが、常務であるご子息は数字についてはノータッチでした。ある時、奥さまから「常務に後継者としての自覚を持ってもらうため、まず社員の給与計算から教えてほしい」と相談されたため、市販の給与計算ソフトに替えてPX2を導入していただき、入力からご指導したのです。
 社員の給与計算業務を始めた常務は、社員に払っている給与の他、社会保険料や雇用保険料が想像以上に多額なことに驚いたようです。それをきっかけに全体の数字にも関心を持つようになり、今では誰よりも熱心に試算表をチェックしていただけるようになりました。

関与先からの値下げ要求がなくなり顧問料アップに応じていただけた

 ──TKCビジネスモデルを実践した結果、事務所経営にどのような変化がありましたか。

TKC方式の自計化推進のポイント

  • 新人職員にTKCシステムを覚えてもらう
  • 先入観を持たずすべての関与先に提案する
  • 会計システム(FXシリーズ)が難しい場合は、給与システム(PXシリーズ)から導入する

 田中 最初にお話ししたTKC方式の自計化1件目のお客さまには、現在SX2(戦略販売・購買情報システム)とPX2も導入いただいています。システムサポート料収入が増えましたし、何よりお客さまの業務の中核までシステムが入っているので、余程のことがない限り解約される心配がなくなったのが大きい。
 むしろ、顧問料の値上げ交渉もできるようになりました。年一から月次関与に変えても顧問料がそのままだったお客さまがあったので、社長にOMS(税理士事務所オフィス・マネジメント・システム)の関与先カルテの画面をお見せして「社長、今のサービスを提供するのにこれだけ時間がかかっています。スタッフの給料を考えると採算が厳しいので、顧問料を上げていただけませんか」とお願いしたところ、社長も経営者ですから「実は私も安いと思っていたよ(笑)」とすんなり応じていただけました。
 記帳代行の時は、逆に「業績が悪かったので顧問料を安くしてほしい」と値下げ要求をされることの方が多かったのですが、TKCビジネスモデルに変えてから値下げ要求は全くありません。

 ──関与先拡大という面ではいかがですか。

 田中 業務品質が上がったためか、お客さまからの紹介は増えました。ただそれ以上に、私の価値観に共感いただける社長と仕事ができるというメリットを実感しています。先日も創業社長と面談したのですが「当事務所では、毎月の巡回監査や経営計画の策定支援など、夢を実現するためのサービスを提供しています。もし安さだけがご希望なら他の事務所をお勧めしますが、将来を語れる税理士を探しているなら、ぜひご支援させてください」と自信を持って伝えられました。
 ありがたいことに、金融機関からの紹介も増えています。昔は金融機関と接点がない事務所だったのですが、TKC全国会に入会し7000プロジェクトや早期経営改善計画策定支援に取り組む中で金融機関との関係が良好になり、お客さまへの金融支援もスムーズになりました。

 ──TKCモニタリング情報サービスも積極的に推進されているそうですね。

 田中 地元の金融機関が対応を開始してからすぐに取り組みました。約1カ月間「TKCモニタリング情報サービス登録強化期間」を設け、その時期に集中的にご案内したのです。金融機関の反応も良く、ある地銀の萩支店の担当者からは「決算書をデータでいただけるとすごく助かります」とおっしゃっていただけました。

集合写真

職員の皆さんと

お客さまと職員の幸せを通じて地域に貢献できる事務所を目指したい

 ──TKCビジネスモデルを実践するにあたり、職員育成で工夫していることがあればお聞かせください。

資料2:田中義一税理士事務所 業務内容一覧

  • 給与システムによる給与計算
  • 取引先への資料などの受け渡し
  • 電話応対・接客・所内清掃・機密文書の廃棄など
  • 総勘定元帳など製本作業
  • 重要書類のスキャナー管理
  • 日報作成
  • TKC巡回監査士補資格取得
  • 各種研修会の参加
  • 給与計算業務
  • 年末調整業務
  • 償却資産申告書の作成業務
  • 所得税の確定申告業務
  • 消費税の確定申告業務
  • 法人税の確定申告業務
  • 経営計画策定支援業務
  • 関与先への訪問監査業務(巡回監査)
  • 巡回監査報告書作成業務
  • 経営者・経理担当者への現状報告
  • 決算対策支援・経営助言
  • 書面添付作成業務
  • 各種研修会講師
  • 企業防衛による保険指導
  • 企業防衛による保険提案
    (生命保険の資格取得)
  • TKC巡回監査士資格取得
  • 資産活用による相続対策
  • 資産活用による経営助言
  • 贈与税の申告書作成業務
  • 相続税の申告書作成業務
  • 税理士試験・税理士資格取得
  • 関与先へのセミナーの実施
  • 金融機関交流会の実施
  • 経営者団体への入会と活動
  • 税理士会活動

 田中 まず採用については、基本的に地元のハローワークで募集しています。会計事務所未経験可で、勤務形態はできるだけ柔軟性を持たせ、例えば9時から15時までの時短勤務や週4日勤務なども受け入れることで、できるだけ受け皿を広くしています。おかげで「小さい子供がいるのでパートで働きたい」という優秀な女性からも応募がありますし、実際に、急に「子供が熱を出したのでお休みしたい」ということがあっても問題ありません。
 また入所した直後には、当事務所の業務内容の一覧(資料2)を示し、どこまで目指すか一緒に話し合います。それは、ある職員とのコミュニケーションがきっかけでした。先代の頃からの職員の中には、TKCのやり方が合わず残念ながら退職してしまった方もいましたが、彼女の場合は、逆に伝票の入力作業だけというのが不満だったんです。
 ある時面談してじっくり話を聞いたところ、本当は税務・会計を勉強したいし巡回監査もしてみたいと。そこで本人の希望通りTKCの職員研修に出して、巡回監査や書面添付などの業務も覚えてもらった結果、今では巡回監査担当者として活躍してくれています。
 目標が明確だとやりがいを持って仕事をしてもらえますので、最初にしっかりコミュニケーションをとることが大切ではないでしょうか。

 ──今後どのような事務所を目指していきたいですか。

 田中 先日、年一決算から月次関与に移行した関与先の社長から「田中さんがTKCでよかった」と言われ、「TKCを信じて取り組んできて正解だった」と本当にうれしく思いました。TKCに入会し、その方針の通り自計化や書面添付、7000プロジェクトなどを実践していなければ、おそらくこうした言葉はいただけなかったでしょう。
 また、TKCの会務に参加するようになってからは他の地域会に行かせていただく機会が増え、その度に多くの先輩会員の話を聞くことができ、その気付きが事務所経営に活きています。経営理念である「地域貢献と人財育成」を実現するには、TKCビジネスモデルに沿った事務所経営で間違いないと確信しています。
 これからも、お客さまと職員の幸せを通じて地域に貢献できる事務所を目指していきます。


田中義一(たなか・よしかず)会員
田中義一税理士事務所
 山口県萩市土原35-3 たなかセンタービル

(インタビュアー:TKC営業本部 山田千津 /構成:TKC出版 村井剛大)

(会報『TKC』令和元年5月号より転載)