クルマ離れ、海外旅行離れ、ブランド商品離れ……。一部で「嫌消費」世代とも呼ばれ、消費に対する考え方が昔とはまるで違う今の若者たち。だが、そんな彼らにも“買わずにはいられない商品”はある。今どきの若者を攻略するための秘訣とは?

今どきの20代が気に入る商品って何?

 最近の20代は、消費に対する考え方が昔と大きく違っているようだ――。都内の大手印刷会社で営業マンとして働くAさん(42)がその現実を目の当たりにしたのは、社内の飲み会の席。隣り合わせた入社2年目のB君(24)との会話のなかでだった。「ケチ」というのとは少し違うのだが、モノを買うという行為に対して「憧れ」の気持ちをまるで持っていないと感じたのだ。自分の若い頃とは異質な考え方をもっている。それは、B君のこんなセリフからも伺えた。

 「クルマなんて親のを借りれば十分。ローンを組んでまで買いたいとは思わない。周りにもクルマを買いたいという友達は少ないですよ」

 しかしバブル期に入社したAさんにしてみれば、自動車は所有すること自体にある種の意味があり、無理してでも手に入れたい商品だった。実際、会社に入ってまもなく新車で『ボルボ』を購入。新入社員がローンを組んで自動車を買うのは当時、ごく当たり前の行為だった。

 さらにB君は、高級なAV家電、海外旅行、有名ブランド品なども、周りの友達で関心を持つ者は少ないという。かつてAさんは「プレーヤーはオンキヨー、アンプはサンスイ」といった具合に、こだわりながらオーディオを揃えたくち。音楽CDを“ジャケ買い”することも珍しくなかった。それに対してB君は、「3,000円もする音楽CDは滅多に買いません。アルバムのなかで好きな曲だけをインターネットのダウンロードで一曲ずつ購入しています」というだけでなく、「先日、彼女とデートしたのですが、そのとき使ったお金は1,000円程度。カフェ代ぐらいですね」と当然のように話す。そんなB君の言葉に、Aさんは微妙な笑みを浮かべるしかなかった。

 このような消費意識を持つ人は、なにもB君だけに限ったことではない。「欲しがらない」若者たちは今、マーケットに大量に存在するのだ。その実態を明らかにした『「嫌消費」世代の研究』(東洋経済新報社)の著者である、JMR生活総合研究所の松田久一氏がこう語る。

 「『嫌消費』世代という表現がずばり当てはまる、いまの20代後半から30代前半にかけての“バブル後世代”に属する消費者は、モノを買ってもらわなければ経営が成り立たない企業にとって、かなり手強い相手といえます。なにしろ『クルマを買うなんてバカじゃないの?』とか、『大型テレビなんていらない。ケータイのワンセグで十分』などと平気で口にしていますからね」

 実はこの年代の消費者を攻略することは、どの企業にとっても大きな課題となっている。例えば自動車メーカーなら、若いうちにその魅力を知ってもらえば30代、40代での買い替え需要が期待できるからだ。しかし20代で一度もマイカーを購入しなかった消費者の場合、その後もずっとクルマなしのライフスタイルを選ぶ可能性が高くなる。これは他の商品にも同じことがいえる。

お金や地位は一時的なもの

 なぜ今どきの若者はクルマやブランド商品などを買うことに消極的なのか。そのわかりやすい理由として、国内の景気が悪化するなかで「収入」が以前よりも減っていることが挙げられる。

 「ただ、いまの若者はたとえ収入が増えたからといっても、おそらく以前と同じような消費の仕方はしないはず。彼ら(彼女ら)は、収入に見合った消費をしないという心理的な態度を持っているからです。収入は増えても支出は増やさない。それがバブル後世代の特徴なのです」(松田氏)

 年功序列賃金制度が崩壊し、現在の給与額が大幅に増える見込みは薄く、平均的な生涯収入は上の世代よりも少ない。それに、将来の税負担や医療負担が高まることが予想される一方で、平均寿命は延びている。だとすれば、支出水準を切り下げ、将来に備えて預貯金を蓄えるという方向に走るのも当然といえよう。経済学の「ライフサイクル恒常所得仮説」からは、こうした答えがしっかりと導き出せる(〔『戦略経営者』2010年11月号10頁〕図表2参照)。

 そもそも今の若者にとって、バブル期に“三種の神器”と称されていた「自動車」「AV家電」「海外旅行」は、お金さえあれば買いたいという商品ではなくなっている。それらの商品は、他人に直接見せびらかし、顕示できるもの。だが今の若者にとっては、購入したこと自体が周囲から見下されかねない、マイナスの顕示効果を含んでいるのだ。なぜなら、それを買って自慢することに「スマート(賢明)」さが感じられないと思っているからだ。この辺りの複雑な心理を知るためには、彼らの育った時代体験から生まれる共通の考え方や、ものの見方を知る必要があるだろう。

 松田氏が言う“バブル後世代”とは、小学校でバブルの頂点を迎え、中学校でバブル崩壊を体験した人たちのこと。コツコツと何かを成し遂げる勤勉の価値がバブル期には軽視されたが、崩壊後には見直されるようになった。そして、学校で学んだ「ゆとり教育」の価値観とは対極といえる、小泉政権の構造改革の中で世間がいかに競争社会であるかを痛感した。実際、数十社に「エントリーシート」を送っても面接にさえ応じてもらえないという「就職氷河期」の現実は驚きだったに違いない。さらに「稼ぐが勝ち」と言い切るホリエモンこそがヒーローだと思っていたのも束の間、一転してヒールになるという様子を目の当たりにする。

 要するに今の若者は、社会が大きく変化するなかで、自分の価値観や世の中に対する見方を育んできた世代ということだろう。それが結果的に「お金や地位、名誉は一時的なものにすぎない」といった考え方を身に付けるようになったと松田氏はいう。

 「また、この世代に特徴的なのは、友達とのコミュニケーションにメールやインターネット掲示板、ブログといったバーチャルな手段を積極的に取り入れたことです。それが、イジメ問題と絡んだことで、独特の世代意識を醸成していったように思います。

 これはどういうことかというと、彼らが心の奥底に秘めている『他人の目を気にする』意識があるということです。クラスメート全員のメルアドを登録した携帯電話はちょっとした凶器。なにかをきっかけにイジメの標的にされると、大勢にメールやブログで悪口を言いふらされるという恐れを感じながらの学校生活。あるいは“イケてない奴”とのレッテルを一度貼られると、そこから容易には抜け出すことができないという現実のなかで、周囲から自分がどう見られているかをずっと気にしてきたんです」

 こうした心理を持つバブル後世代が嫌消費をリードし、その下の世代も同じような感覚を身に付けている。いまや20代の消費者にとって、ローンを組んでまで高額な自動車や大型テレビ等を購入することは夢でも何でもないのだ。

「衣・食・住」が三種の神器

 ならば、今の若者たちはどんな商品に対してなら関心を示すのだろうか。モノを買うことに消極的なのは事実だが、そんな彼らでも買わずにはいられない商品というものは確かに存在する。そこに、20代消費者を攻略する糸口がきっと隠されているはずだ。

 松田氏は「若者へのアンケート調査などを通じて明らかになったのは、『ファッション』『食』『家具・インテリア』については男女ともに消費意欲が高いということです。つまり最近の若者にとっての三種の神器は、『衣・食・住』なのです。しかし、それらを必要以上に高い値段で手に入れたいとはまったく思っていない」と話す。

 ここから、今の若者の消費意欲を引き出すキーワードとして、次の3つが浮かんでくる。

 (1)日常性
 (2)必需性
 (3)ローリスク性

 ファッション、食、家具といったものは日常性が高く、普通の暮らしを営むうえで欠かせない。ローリスク性というのは大雑把に言えば、長期間のローンを背負ってまで買うことはしないという意味だ。

 さらに、例えばファッションに関していうと、「安価な割にはデザイン性の高いブランドを選んで着こなす」とか「ユニクロなんだけど、自分ならではのデコレーションをして着る」といったことが若者にとっての大事な要素とされる。つまり低価格だが、それを上回る「商品選びの賢さ」や「工夫」といったものが重要になるわけだ。『H&M』や『フォーエバー21』に代表されるファストファッションが人気を集めていたり、ユニクロの服にラインストーンを貼り付けるなどカスタマイズして着る、いわゆる「ユニデコ」(ユニ隠し)が流行っているのはその現れだ。

 もちろん若者たちも、自分が納得する価値をその商品に見出せれば、少しぐらい値が張っても買いたいという気持ちになる。だが、あくまで他人に見栄を張るためだけに大枚をはたくつもりはない。近年、若者たちの間で10万円前後もする高級炊飯器が割と売れているが、これはまさしくお米を炊くという行為の必需性と、日常の暮らしを充実させたいという思いから購買にいたるケースで、その人にとっては無駄な消費ではなく、他人に自慢するための買い物でもないのだ。

ビジネスチャンスは存在する

 このような若者たちの考え方を知ったうえで、彼らが望むような商品・サービスを開発・提案していくことが、どの企業にとっても求められるだろう。例えば、自動車を購入するつもりはないという若者でも、行楽でどこかに遠出したい時には「クルマがあればなぁ」と思うかもしれない。そうした要望を捉えてカーシェアリングサービスやレンタカー事業をはじめるというのも一つの戦略だ。実際、オリックス自動車がカーシェアリングサービスを始めているし、ガソリンスタンドを運営する会社がマイカーを持たない若者との接点をつくる手段として格安レンタカー事業に参入したというサイケイ(『戦略経営者』2010年11月号17頁)のケースもある。

 他にも、ユニクロの服にアレンジをして着たいというユーザー向けに、多種多様な手芸用品を販売するというところにもビジネスチャンスはあるだろう。この分野では約70万点もの商品を扱うユザワヤが先行しており、ユニクロに隣接した場所に店をつくる出店戦略をとっている。ただ、地方での店舗数はそう多くないので、中小企業が割って入れる余地はまだまだある。愛媛県で手芸用品のオンラインショップを運営するクラフトマックス(『戦略経営者』2010年11月号14頁)は、それらの需要を掘り起こすことで順調に売上を伸ばしてきた。

 また、外食にお金をかけるぐらいなら自宅で美味しいものを手作りしようという若者たちの「内食」ブームを受けて躍進を遂げている会社もある。全国で料理レッスン講座を展開するABCクッキングスタジオ(『戦略経営者』2010年11月号12頁)だ。お弁当を自分でこしらえ職場に持参する“弁当男子”に向けて、男性を対象にした料理教室も開設している。

 このように、やり方次第では20代の若者を取り込み、優良顧客にすることができるのだ。その際、大事なのは、対象となるユーザーを明確にし、そのニーズを吸い上げ、それを商品・サービスの中に落とし込むという点だ。

 そのためには、「20代消費者の心理をよく理解している人を商品開発の責任者やマーケティング担当者にすることが肝心です」と松田氏はいう。要は、若者目線でモノづくりすることが重要というわけだ。

(本誌・吉田茂司)

掲載:『戦略経営者』2010年11月号