全体的な社員の健康管理を経営的視点で実践する“健康経営(ヘルシーカンパニー)”という概念が注目されつつある。社員の健康を経営資源と考え、損失を防ぎ、生産性を上げる心構えが、いま経営者に求められている。

ポイント1―「十分な睡眠」

 “自分は生まれつき朝が弱い”と公言する人は多い。彼らは、これを「人間の生理」と諦めているようだが、まったくの誤りだ。実は、人を含めた大部分の生物は朝の方が脳の働きが良く、機嫌が良いはずなのである。では、実際なぜ、朝、機嫌が悪い人が多いのか。

 最大の要因は、“睡眠不足”だ。

 仕事が終わりまっすぐ家に帰ったとしても、酒を飲み食事をしながらダラダラとテレビを見たりインターネットをしたりで、結局は、床に就くのが12時を超えてしまう…というのがサラリーマンの典型である。

 そのしわ寄せとして、翌朝なぜか身体がだるく、昼くらいまで調子が出ない。午後からようやくエンジンがかかり始めるが、結局は残業へとなだれ込む。そのため、帰りが遅くなってまた睡眠不足…。結果、本人の生産性はますます落ち込み、場合によっては、うつ病などメンタル面での不調にもつながる可能性がある。また、企業にとっては、午前中は大きな損失となり、おまけに本来支払う必要のない残業代や各種光熱費等までのしかかってくる。深夜労働が常態化している会社は、大抵はこの負のサイクルにはまってしまっているのだ。

 最近の脳科学の研究では、早めに就寝し十分に睡眠を取ることによる脳への効用が証明されている。経営者は「働け!」とやみくもに檄を飛ばすよりも、これら信頼すべきデータを援用しながら、まず、社員に「早寝早起き」を強く奨励すべきである。

 もちろん、個人的な生活習慣を短期的・劇的に変えることは難しい。しかし、経営者がなるべく社員を早く帰らせるとともに「早く寝て朝は元気に来い!」と、繰り返し求め続ければ、徐々に変わってくるはず。朝は、夜の3倍効率がアップするとも言われている。そうすれば、間違いなく時間当たりの労働生産性は大幅に向上する。

ポイント2―「適度な運動」

 「運動」も生産性向上のための重要なキーワードである。運動はセロトニンなど脳内の神経伝達物質の状態を変化させ、人間の気分を良くする。運動をすると、ストレス解消になるといわれるのはそのためだ。

 また、寝たきりの人が不思議なほど急速に衰えるように、身体を動かさないと脳が“もうダメだ”と判断して自ら機能を低下させてしまうという説もある。逆に、身体を動かしていれば、脳が反応して生命力が維持されるというわけである。要は、運動することは、「前向き」になる注射を打つようなもの。ハイな状態で職場に来ると仕事がはかどるのは当然である。ではどのような運動をすればよいか。

 もちろん、自らの体力や体調との兼ね合いは必要だが、“きつい”と感じられる運動を、できれば毎日行うべきだと思う。ジョギングでも水泳でもよいが、いま流行のウォーキングは、私はあまり推奨していない。「笑顔のまま」できるような散歩程度では、効果が薄いからである。ウォーキングであれば、競歩のように心臓がバクバクし辛いと感じるまでスピードを出してはじめて目に見える効果が現れる。身体に高い負荷をかけることで壊れた筋肉が修復する際に出る化学物質は、精神を安定させるといわれている。また、基礎代謝が増加し、同じ生活でもより多くのカロリーを消費するようになり、フィットネス効果が上がる。

 私は年間約100回の「管理職研修」を行っているが、管理職の方々の95%は定期的な運動をしていない。「時間的に無理」との理由からだ。しかし、多くの場合それは「言い訳」に過ぎないし、1時間程度は簡単につくれる。夕食後にゴロゴロする時間を当てれば良いし、早めに寝て1時間早起きすることも可能だろう。

 機嫌が良く、活力のある状態で出勤すれば当然、生産性は上がる。会社の利益のためにも経営者は率先して運動を奨励すべきである。

 たとえば、定期的に運動会を行う。会社内に野球やサッカーのチームをつくる。あるいはノー残業デーをつくって運動を奨励し、スポーツジムの料金やウェア代などを補助する――など、仕組み的にもできることはたくさんある。

ポイント3―「適切な食事」

 最後に「食事」である。

 まず、重要なのは、食品や飲料が生産性を改善・維持する重要な要素であると認識すること。とくに若い人は、夜にファーストフードや焼き肉屋などで肉中心の食事を大量に摂取しがちで、睡眠の質が低下する可能性がある。また、脂肪分の多い食事をとると疲労を感じやすくなる。

 野菜や果物をバランス良くとることも、生産性維持には重要な要素だ。果物には、ビタミンやエネルギー源となる果糖が含まれているし、野菜の繊維質は便通を良くする。便通が安定しない人はその分生産性が下がる。さらに、砂糖の入った清涼飲料水を大量に摂取すると、体内の血糖値が激しく上下し、活力を長時間保てない可能性がある。コーヒーなどカフェインの入った飲料も摂りすぎると不眠や動悸、めまいなどの影響を及ぼす。

 それから、もう1つ重要なのが朝食の摂取である。脳は大量のブドウ糖を必要とするので、朝食抜きだと身体は肝臓に蓄えたグリコーゲンでブドウ糖をつくる。それでも足りないと脂肪を燃焼させるのだが、それには時間がかかり血糖値は上がらず、午前中から集中力を欠いてしまうことになる。同様に、昼食は午後のエネルギー源となり、夕食は疲労を回復させ、身体を成長させる。つまり、3食食べることは理にかなう行為であり、生産性向上のためには大切な要素なのだ。

 経営者は、これらの事実を朝礼や社内報で啓発するとともに、できれば社員食堂で栄養士の意見を反映させたバランスの良い食事を提供するべきだろう。あるいは、昼食バウチャー制度などで健康に配慮した店のメニューを推奨することも可能だ。「睡眠」「運動」「食事」は“健康経営”のために欠かせないポイントである。この3要素への経営者の取り組みが、生産性を大幅にアップさせる原動力になると確信している。

プロフィール
かめだ・たかし 産業医科大学卒業後、NKK(元JFEスチール)、日本IBMの産業医などを経て、2006年10月、株式会社産業医大ソリューションズ代表取締役に就任。職場の健康管理対策を専門とし、企業へのコンサルティング、研修講師をつとめる。『18歳からのメンタルトレーニング』(メディア総研)など著書多数。2011年2月には「できる社員の健康管理術~産業医が勧める、生産性を高める暮らし方・働き方~」(仮題)が東洋経済新報社から発刊予定。

(インタビュー・構成/本誌・高根文隆)

掲載:『戦略経営者』2011年1月号